(トルコとの国境に近いシリア北部の都市アレッポでの取材風景(写真:INDEPENDENT PRESS)【2014年5月30日 CHRISTIAN TODAY】http://www.christiantoday.co.jp/articles/13401/20140530/goto-kenji.htm)
【中国政府も、中国ネット上でも、日本人殺害テロを批判】
「イスラム国」による日本人人質殺害については各国政府が非難の声をあげていますが、日本とは利害の対立する問題も多い中国政府も、今回テロを厳しく批判しています。
****後藤さん殺害映像・・・中国政府「罪なき一般人に対する極端な行為には一切反対」****
中国政府・外交部の洪磊報道官は2日の定例記者会見で、過激派組織「イスラム国」が日本人ジャーナリストの後藤健二さんを殺害したとみられる映像を公開したことについて「中国は、罪なき一般人に対する極端な行為には一切反対する」と、改めて表明した。
記者からの「報道によると、“イスラム国”組織は(1月)31日、もうひとりの日本人人質を殺害したとする映像を公開しました。中国側の考えは?」との質問に答えた。
洪報道官は「中国はあらゆる形式のテロリズムに反対する。罪なき一般人に対する極端な行為には一切反対する」、「中国は、国際社会は国連憲章の精神と原則、および公認されている国際関係の基本ルールにもとづき、協力をさらに強化し、共同でテロリズムの威嚇に対応し、地域と世界の安全と安定を維持すべきだと考える」と述べた。
中国は、自国内でテロ事件が多発していることで対策を強化していることもあり、国外で発生したテロ事件に対しても「一切、反対」と表明しつづけている。
中国では、歴史問題や尖閣諸島を巡る対立に関連して、日本を批判する当局発言や報道が相次いていることがあり、中国人の日本人に対する感情は複雑だ。しかしイスラム国を自称するテロ組織による日本人拘束と殺害については強い怒りを示す意見が主流だ。【2月3日 Searchina】
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政府の見解だけでなく、普段は日本に対し厳しい意見が多い中国ネット上でも、テロリズム批判の意見が主流となっているようです。
****「イスラム国」邦人人質事件、「ISが後藤さんを殺害」の報道に・・・中国ネット上に「怒りの声」、「不謹慎なコメント」には「非難」の書き込みも****
イスラム過激派組織「イスラム国」による邦人人質事件。身柄を拘束されていた日本人ジャーナリストの後藤健二さんを殺害したと見られる動画が投稿された件は、中国でも衝撃をもって伝えられている。
中国人は、日本や日本人に対して「複雑な感情」を表出することが多いが、同件については、イスラム国やテロリズムを非難する書き込みが主流だ。
大手ポータルサイトの網易(ネットイーズ)では日本時間午後11時45分現在、後藤さんが殺害されたとみられることを報じる記事が、国内・国内などすべてを含め、過去24時間の閲覧数が最も多い記事と紹介されている。クリック数は110万を超えた。
同記事に寄せられたコメントで、「いいね」が最も多いのは「どうして罪のない人に、そういうことをするのだ。殺したのがどの国の人でも関係ない。ISこそ、みんな死んでしまえ」だ。その他も、最上位はすべてイスラム国に強い怒りを示す書き込みだ。
上位に並んだ書き込みの中にも「米帝のくそったれ」、「日本は出兵の理由ができた」などの米国に対する反感や日本の今後の動きを警戒する意見があるが、少ない。
中国でも、後藤さんが紛争地域で苦境にある人々を取材し、伝え続けたことが紹介されている。後藤さんが殺害されたとみられる動画が公開された後にも、「“人質”の後藤健二さん『どんなことが起こっても、シリアの人を恨まないで』」との見出しで、後藤さんの活動を紹介する記事が紹介されつつある(上海の有力メディア、東方早報など)。
網易への投稿でも「後藤健二さんの過去の取材を知った。彼は戦争で迫害された人がいたからこそ、報道に出たのだ。イスラム国は本当に、人類の敵だ」などと、後藤さんの活動を踏まえた上でイスラム国を非難する書き込みが見られる。
日本人を非難する書き込みに、改めて「非難」が寄せられるケースが目立つ。「殺してよかった。日本は米国について行っても、よいことはないよ」とする書き込みには、投稿者の所在地が雲南省と表示されていたことから「雲南の人よ。私は昨年3月1日に、あんたのところで発生した似たような惨劇を覚えているのだが」との指摘が寄せられた。
雲南省昆明市で2014年3月に無差別テロが発生したことを改めて指摘し、「どこで発生したのであれ、だれを対象にしたのであれ、テロは許せない」とする考えの表明だ。
「今、日本人を同情する人よ。将来は、日本人が来て女を強姦するのを待っているがよい」とする書き込みには、書きこんだ人に対して「けだもの以下」との非難が寄せられた。【2月2日 searchina】
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「けだもの以下」の書き込みが目に余るのは日本でも同様ですが、そうしたものをたしなめる意見も多いことにはホッとします。
【中国が「イスラム国」を懸念せざるを得ない事情】
また、中国ネット上では、中国共産党機関紙・人民日報系の環球網が2014年9月に掲載した「中国はイスラム国に対して気をもむ必要はない」との記事(中国現代国際関係研究院(CICIR)副研究員の田文林氏によるもの)に改めて批判的な注目が集まっているそうです。
****「イスラム国に気をもむ必要なし」 共産党機関紙の「過去記事」を、中国ネット民が問題視=中国版ツイッター****
・・・・また、田文林氏はイスラム国の存在は米国の中東における国益を脅かす存在であるものの、中国の国益にとっての脅威ではないと主張、さらに責任という観点からも中国がイスラム国と戦う必要性は薄いと主張した。
また、イスラム国の存在は米国の中東政策の失敗の結果だとし、明確な理由もないまま中国が軍事行動に参加するのは時期尚早だと論じた。
田文林氏の主張は14年9月のものであり、イスラム国をめぐる状況は当然ながら変化しているものの、日本人の人質殺害事件を受け、中国の簡易投稿サイト・微博(ウェイボー)では今になって田文林氏の主張が注目を集めている。
微博ユーザーであるNY智勇さん(アカウント名)が2日、田文林氏の主張を紹介しつつ、「中国の国益にとっての脅威ではないという理由でテロ組織と戦う必要はないとの主張はまったくのデタラメ」と批判したところ、「テロリズムは人類の敵だ。中国も無責任ではいられない」、「環球網はテロを正当化するつもりか」など、田文林氏ではなく、記事を掲載した環球網に対する批判の声も多く寄せられた。
日本人2人がイスラム国に拘束され、殺害されたことで中国でも人事ではないとの認識が広まっていることが容易に見て取ることができ、微博には「テロ許すまじ」といった声が多く寄せられている。(編集担当:村山健二)
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人命の観点からのテロリズム批判は当然ですが、国家的な利害の面でも、中国はイスラム過激派の台頭に無関心ではいられない状況にあります。
****「イスラム国」が中国の脅威に・・・・中央アジアで勢力拡大、天然ガスのパイプライン攻撃の可能性****
新華社系の中国メディア「参考消息網」は3日、ロシアでの報道を引用して、トルクメニスタンとアフガニスタン国境地帯で、過激派組織「イスラム国」の活動が見られることから「中国への天然ガスのパイプラインが直接の危険にさらされている」と指摘した。
記事は、アフガニスタン政府が国境地帯を統治できておらず、トルクメニスタンも統治力が低下しており武装力も弱体化しつつあるとの、ロシア紙の指摘を紹介。
トルクメニスタンの場合には、「脅威は外部からのものでなく、自国内からのものだ」、「特に国境地帯では、防備が極めて薄弱」と、同国当局が自国内におけるイスラム教原理主義者の増加を食い止められていないと指摘した。
中国は、ロシア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタンとの6カ国による、上海協力機構を結成している。同機構は軍事同盟の色彩が強く、最近ではイスラム教原理主義勢力によるテロ防止にも力を入れている。
トルクメニスタンの不安定化は、上海協力機構参加国にとっての脅威になっている。中国はトルクメニスタンと国境を接しているわけではないが、トルクメニスタンは天然ガス産地であり、同国からウズベキスタン、カザフスタン、キルギスタンを経由して、中国に天然ガスを供給するパイプラインが存在する。
トルクメニスタン軍の現地部隊では、イスラム教原理主義勢力が「小部隊」で攻撃してきても、防御は困難な状態という。【2月3日 Searchina】
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上記のような問題もさることながら、中国政府が一番懸念するところは、イスラム過激思想の国内流入によるウイグル族問題の悪化でしょう。
中国政府は、東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)がイスラム過激派を扇動して新疆ウイグル自治区などでテロ事件を引き起こしていると考えています。
「イスラム国」の台頭は、新疆のウイグル族の「イスラム国」への参加をもたらしており、戦闘を経験したこれらの者が再び中国に戻り、事件を起こすことを警戒しています。
****中国人200人、イスラム国参加…ウイグル族か****
イスラム過激派組織「イスラム国」に中国人約200人が参加し、イラク北部の油田都市キルクーク近郊などで活動していることがわかった。
イスラム国と戦闘を続けるイラクのクルド人政党幹部が23日、本紙の取材に明らかにした。中国のウイグル族の独立派にかかわるイスラム教徒とみられる。
同政党幹部によると、中国人要員は、キルクークの西約50キロ・メートルに位置する町ハウィジャなどに拠点を置いている。イスラム国に参加する以前から戦闘経験があったとみられる要員もおり、シリア国内でも活動している模様だ。
中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報(23日付)は、中国の孟宏偉公安次官が21日、訪問先のマレーシアで同国の閣僚と会談し、「300人以上の中国人がマレーシアを経由して第三国に向かい、シリアやイラクで『イスラム国』に参加している」と述べたと報じている。【1月24日 読売】
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もっとも、ウイグル族の国外脱出のなかには、「イスラム国」参加が目的ではなく、中国当局のウイグル族への弾圧から逃れるための逃亡も多いのでは・・・との指摘もあります。
****中国、不法出国者取り締まり 852人摘発、ウイグル族が中心****
中国公安省は19日までに、昨年5月から雲南省や広西チワン族自治区などの国境地域で、不法出国者を集中的に取り締まり、計852人を摘発したと発表した。
多くは新疆ウイグル自治区のウイグル族で、ミャンマーやベトナムなどに逃れようとしていた。組織的に出国を手引きしたとして、別の352人も拘束された。
公安省は、ウイグル独立派組織の東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)が指示し、イスラム過激派の「聖戦」に参加するよう扇動したなどと指摘している。
だが、新疆ウイグル自治区ウルムチ市は昨年12月、公共の場で顔や全身を覆う女性イスラム教徒の衣装着用を禁じるなど、ウイグル族の抑圧が強まっており、亡命を図ったケースも少なくなさそうだ。(中略)
公安省は「蛇頭」と呼ばれる密出国のための仲介組織の摘発も進めている。【1月20日 産経】
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ウイグル族弾圧については、ラビア・カーディル氏が「ウイグル人2000人が殺された」と訴えています。
あまりに膨大な数字でもあり、検証は必要でしょう。
****「中国が2000人殺害」=国際調査要求―ウイグル会議議長****
来日した在外ウイグル人組織「世界ウイグル会議」のラビア・カーディル議長は3日、中国新疆ウイグル自治区カシュガル地区ヤルカンド県で昨年7月末「ウイグル人2000人が殺された」と訴え、中国を非難した。東京都内の中国大使館前で記者団に語った。
事件発生は中国当局も認めている。容疑者59人を含む96人が死亡した大規模襲撃事件と発表されていた。
議長は、海外メディアや人権団体による現地調査を受け入れるよう中国政府に要求。現場近くに住む22歳の男性から提供された情報として「中国政府は北京から無人機を飛ばし、逃げる人を空から殺した」と主張した。この男性はその後、当局の拷問を受け死亡したという。
一方、過激組織「イスラム国」へのウイグル人の参加を主張する中国に対し「(過激思想に)洗脳された一部のウイグル人はいるかもしれないが、われわれの代表ではない」と反論した。日本には「アジアの平和や安定を維持する役割をウイグル問題でも果たしてほしい」と訴えた。(後略)【2月3日 時事】
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【日本人人質事件に関連して、日本社会の特殊性への関心も】
今回日本人人質事件に関して、中国の反応として興味深かったのは、日本社会の特性を取り上げた下記記事です。
****「イスラム国」の邦人人質事件 なぜ人質家族は謝罪するのか=中国メディア****
「イスラム国」とされるグループによる邦人人質事件。人質とされていた湯川遥菜さんと見られる日本人が殺害されたとされる事件について、湯川さんの父親がこのほど「ご迷惑をお掛けして申し訳なかった」と謝罪し、さらに「救出に向けて尽力していただいた」として感謝の意を示したことが中国で大きな注目を集めている。
中国メディアの騰訊大家は27日、中国人作家の唐辛子さんによる手記を掲載し、「なぜ日本人は謝罪するのか」と論じる記事を掲載した。
記事は、湯川さんの父親による謝罪の言葉は中国語に翻訳され、中国の簡易投稿サイト・微博(ウェイボー)や、チャットアプリ「微信(ウェイシン)」などで広まったと紹介し、中国のネット上では「自分の子どものことより、まず社会に向けて謝罪するとは。日本人は恐ろしい民族だ」、「日本人の全体主義とは本当に恐ろしい」、「日本人は“イスラム国”より恐ろしい民族じゃないか」などの反応が見られたことを伝えた。
さらに、日本で育った子どもが「湯川さんの父親の謝罪は、常識のある人ならば当然」と述べたことを紹介し、その理由として「湯川さんの一連の行動は個人による行動であり、その個人の行動が日本全体を不安に陥れたため」と語ったことを伝えた。
続けて記事は、日本の社会と中国の社会の違いを説明したうえで、日本の社会における「共同体」のなかでは、誰かが罪を犯したり、ミスを犯したりすると同じ共同体に属す人の足を引っ張ることになってしまうとし、「だからこそ謝罪が必要であり、共同体に属す人びとの許しを得る必要がある」と指摘。
こうした日本の「共同体」型社会におけるルールこそ日本の「常識」だと紹介した。
さらに、湯川さんが人質になってしまい、身代金を要求された際には、日本の一部ネット上で湯川さんに対する批判の声があがったことを紹介する一方、湯川さんの父親が社会に向けて謝罪するとネット上での批判は「明らかに減った」と指摘し、湯川さんの父親の謝罪は、日本の社会における常識に則った行動だったとの見方を示した。【1月29日 Searchina】
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おそらく中国だけでなく、日本以外の多くの国でも見られる感想でしょう。
自分自身を含め日本人の多くは、良きにつけ悪しきにつけ、この「共同体」の規制の枠組みのなかで生活しています。
それは「共同体」を安定させ、メンバーの居心地を良くしてくれるものでもありますが、時に、息苦しさを感じさせるものでもあります。
話は大きく飛躍しますが、もともとこういう「共同体」規制の極めて強い社会ですから、更に国家とか民族といった観点を重視するよりは、個々人の権利・生活を重視する観点のほうが、社会的バランスをとるうえでは有益ではないかとも考えています。