(ロヒンギャの避難民キャンプ “キャンプ内には支援物資などを扱う商店もある。黄色いボトルは日本のODAで贈られた食用油だ”【1月27日 須田 英太郎氏 「小さな組織の未来学」】http://www.nikkeibp.co.jp/article/miraigaku/20150126/433160/)
【1日で撤回されたロヒンギャへの投票権付与 根深い多数派仏教徒の不寛容】
これまでも何回も取り上げてきたように、ミャンマーの民主化にとって、少数派イスラム教徒、特に西部ラカイン州のロヒンギャの問題と、少数民族武装勢力との停戦の問題が大きな課題となっています。
野党指導者スー・チー氏の大統領資格問題も絡む憲法改正作業などで、最近は“民主化の停滞”も懸念されるミャンマーですが、上記の両方の問題に関しても芳しくない状況が見られています。
西部ラカイン州のロヒンギャは単にイスラム教徒であるというだけでなく、ミャンマー国民として認められていないという基本的な問題もあって、国際社会が懸念する厳しい状況に置かれています。
そういうなかにあって、暫定的な身分証明書を有するロヒンギャに憲法改正のための国民投票の投票権を与えるとする法律が成立したのですが、多数派仏教徒の強い反対にあって、法律成立の翌日には暫定的な身分証明書自体を廃止するということになりました。
****ミャンマー、ロヒンギャ族への投票権付与を撤回****
ミャンマー政府はイスラム教徒の少数民族ロヒンギャ族に対し、国民投票の投票権を与える方針を1日で撤回した。
仏教徒が多数派を占めるミャンマーで、ロヒンギャ族の人口は約130万人にすぎない。彼らは隣国バングラデシュからの不法入国者として扱われ、さまざまな差別を受けてきた。
今月10日、ロヒンギャ族であっても「ホワイトカード」(暫定的な身分証明書)を発給されている一部の人に限り、憲法改正のための国民投票の投票権を与えるとする法律が成立。
ところが翌11日、首都ヤンゴンでは多くの仏教僧も参加して、この条文の撤廃を求めるデモが起きた。
国営新聞によれば同日夕、テインセイン大統領はホワイトカードは3月末に失効するとの声明を出した。投票権も与えられないことになる。ただし失効後2カ月以内にカードを返還すれば、当局が市民権について審査を行うという。
国連は12月、ロヒンギャ族が市民権を取得する道を作るようミャンマー政府に求める決議を可決している。
ミャンマーでは10~11月に総選挙が予定されており、これに先だって憲法改正に必要な国民投票を行うことになっている。【2月13日 CNN】
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「ホワイトカード」(暫定的な身分証明書)は、ロヒンギャのほか、中国やインド系の一部住民に発給されています。
“ミャンマーでは無国籍者に対する国籍付与の手続きが行われているが、ロヒンギャはバングラデシュからの不法移民と見なされ、手続きはあまり進んでいない。”【2月13日 朝日】という状況で「ホワイトカード」も失効ということになれば、ロヒンギャの立場がさらに不明瞭になる可能性があります。
今回の件で、ロヒンギャへの対応が改善しない主な原因は、政府の施策というよりはロヒンギャを許容しようとしない多数派仏教徒国民に側にあることが窺えます。
スー・チー氏など民主化を求める野党勢力がロヒンギャの問題にはあまり関与しないのも、国民の反発を恐れてのこと・・・とも言われています。
なお、アメリカのマリノウスキー国務次官補(民主主義・人権・労働担当)は1月16日、ヤンゴンで記者会見し、国内で急進的な仏教徒による反イスラム運動が広がっていることについて、「政治などに宗教を利用することは危険だ」と懸念を表明しています。
【戦闘再燃で「連邦記念日」の“全土での停戦合意の調印”出来ず】
少数民族武装勢力との停戦協議も、武力衝突が再発する状況で、今後が危ぶまれています。
憲法改正についても、“少数民族勢力は憲法改正で「高度な自治」を求めており、国軍は「改正は国家統合を危うくする」と消極的だ。テインセイン大統領も「改正はすべきだが、時期を見極める必要がある」と慎重な姿勢に転じている。”【2月2日 毎日】と、政府と少数民族側には溝があります。
****少数民族結集も「停戦合意」果たせず ミャンマー、大規模衝突再発****
ミャンマー政府が進める少数民族武装勢力との停戦協議の行方が危ぶまれている。
民主化の試金石とされる総選挙を今秋に控え、テイン・セイン政権は全土での停戦合意の早期実現を重要目標に掲げてきた。
だが、国営メディアは13日、東部シャン州で今月9日に始まった戦闘で国軍側の47人が死亡したと伝えるなど、武装勢力との対立が収束する気配はみえないままだ。(中略)
(ミャンマーの「建国の父」、アウン・サン将軍の生誕100年記念行事の)前日の12日は、将軍が各民族勢力と連帯を誓ったことにちなむ「連邦記念日」に当たる。
テイン・セイン大統領は同日、主要な少数民族組織16団体を首都ネピドーに招いたが、傘下の武装勢力と国軍との衝突が続くカチン独立機構(KIO)など3団体が欠席。この日に合わせて目指してきた全土での停戦合意の調印も果たせなかった。
少数民族はミャンマーの人口の3割を占める。イギリスから独立した直後の49年から分離独立や自治権拡大を求め、ビルマ族中心の国軍と交戦してきた。犠牲者は数十万人に上り、今も百万人以上が避難生活をしているとされる。
かつて内戦の指揮をとった元将軍のテイン・セイン大統領は2011年の民政移管後、武装勢力と和解協議を推進。昨年秋には大幅な自治権を認める「連邦制」導入を受け入れる姿勢を示し、早期の全土停戦合意に意欲を見せた。
総選挙で(スー・チー氏率いる野党)NLDの優勢が予想される中、少数民族からの支持獲得は不可欠だ。
だが、昨年からシャン州や北部カチン州で散発的な戦闘が再発。シャン州では今月、国軍が空爆を行い、避難民約2千人が中国側に逃れたとの情報もある。
軍政時代、少数民族は木材や宝石などの国境貿易を資金源としてきたが、停戦に応じれば、これら既得権を失うとの懸念も強い。
全土停戦合意に向けた協議は近く再開されるというが、難航が続くと予想される。【2月13日 産経】
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上記記事にあるシャン州で政府軍と衝突しているのは少数民族コーカンの武装勢力です。
“コーカン地区は、軍事政権と停戦を結んだコーカン族の「ミャンマー民族民主同盟軍」が軍政末期まで支配した。麻薬生産で資金を得たとされる。”【2月14日 朝日】
地元紙によれば、コーカン地区では14日も、国軍との交戦で少数民族コーカン族武装勢力の13人が死亡した報じられています。
北部カチン州については、1月に戦闘激化が報じられていました。
****ミャンマー内戦激化 交戦地域に住民1000人超置き去り****
AP通信は18日、ミャンマー北部カチン州での同国軍と少数民族武装勢力「カチン独立軍(KIA)」との戦闘が激化し、中国との国境に近い交戦地域で住民ら1千人以上が置き去りにされていると伝えた。
戦闘はKIAが数日前、州政府の運輸相や警官3人を拘束した(運輸相は後に解放)のをきっかけに激しくなり、多くの住民が近くの仏教寺院やキリスト教会に避難している。【1月19日 産経】
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“北部カチン州などでは、政府軍と少数民族武装組織の戦闘で約10万人が国内避難民になったままだが、国連によると昨年9月以降、政府の許可が出ず、国際機関が物資を届けられていない”状況に、先述のマリノウスキー国務次官補は、「非常に懸念している。(避難民への)人道上の完全なアクセスが即座に必要だ」と語っています。【1月17日 朝日より】
【少数民族問題の背景には密貿易利権】
この戦闘激化で、森林の伐採などを目的に密入国した中国人多数が脱出できなくなる・・・という騒動もあったようです。
****ミャンマー北部の内戦がエスカレート、中国人数百人が現地から脱出できず・・・多くは「仕事のため」の密入国か****
中国人数百人が、ミャンマー北部の内戦地帯から脱出できなくなった模様だ。現地では、ミャンマー政府軍とカチン族による反政府武装勢力の内戦が激化した。
中国人の多くは森林の伐採などを目的に密入国した人で、駐ミャンマー中国大使館も状況を把握できていないという。中国メディアの環球網などが報じた。
反政府武装闘争を続けているのは、ミャンマー北部に住むカチン族による勢力「カチン独立軍」だ。
1948年のミャンマー独立時から自治権の拡大、さらに独立を目指して活動を続けた。1990年代に政府側と和解。しかし2000年代に中国企業によるイラワジ川にミッソンダムの建設計画が発表されたことで、武装闘争を再開した。
ミャンマー政府もミッソンダムの建設計画を中止するなどで対応し、2013年には停戦で合意したが、その後再び戦闘が始まり、エスカレートしているという。
中国・ミャンマー国境はそれほど厳格に管理されていなかったとされる。ミャンマー北部にはヒスイの産地があるために、入国手続きを行わずにミャンマー領内に入る中国人向け「買い付けツアー」が行われていたことがあるという。
内戦が激化した地域で脱出できない無関係の民間人は2000人程度で、うち中国人は数百人程度とみられている。環球網によると、カチン独立軍側は「条件さえあれば、われわれは中国人が帰国するための『命の回廊』を確保する」と述べたという。
ただし、実現の見通しについては、明らかにされていない。(中略)
駐ミャンマー中国大使館は情報収集につとめているが、脱出不能になった自国民のいる場所や、どのような状況なのかは把握していないという。
中国人のミャンマー「密入国」については、国境地帯を実効支配する反政府勢力が容認してきたとの背景もあるとされる。
「密入国者」が政府当局につかまれば、処罰の対象になる。事実であるかどうかは不明だが、これまで密入国をしてヒスイを採掘していた中国人が政府側につかまり、懲役7年を言い渡されたことがあるとの噂が流れたこともある。
そのため、政府軍がわが自分の所在地を掌握した場合、名乗り出ることができず、身を潜めているのではないかとみられている。また、伐採作業をしていた中国人が密林の中に身を潜めるケースもあるとの見方がある。【1月19日 Searchina】
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中国人が取り残されたのか、あるいは身を潜めたのかはともかく、ミャンマー国境では木材やヒスイ、麻薬などの密貿易が行われており、少数民族側がその利権を生業としているという事情、今後この利権がどうなるのかという問題が停戦合意がスムーズに進まない背景にあります。
ついでに言えば、ミャンマー国境で取引されているのは木材やヒスイなどだけではないようです。
****ミャンマーの女性ら177人救出 中国、売買目的で誘拐****
14日付の中国紙、法制晩報によると、中国の治安当局はミャンマーの女性たちを売買目的で誘拐した中国人とミャンマー人の容疑者計37人を拘束、女性と子供の計177人を救出した。
容疑者らは仕事や結婚の紹介と偽って女性たちを誘拐し、河南省や山東省の農村で5万~8万元(約95万~152万円)で売り渡していた。【2月14日 共同】
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【「スー・チー氏は大統領職を断念していない」】
一方、13日にミャンマー各地で「建国の父」、アウン・サン将軍の生誕100年記念行事が行われましたが、娘のスー・チー氏も群衆の歓迎を受けています。
****スー・チー氏、父アウン・サン将軍生誕100年行事に****
ミャンマー最大野党・国民民主連盟(NLD)のアウン・サン・スー・チー党首は13日、同国独立の英雄で自らの父であるアウン・サン将軍の生誕100年を記念する祝賀行事に出席した。
アウン・サン将軍生誕の地、ナッマウに集まった数千人の群衆にスー・チー氏は大歓迎を受けた。年内に実施される予定の総選挙を控え、スー・チー氏は父から受け継いだ人気の高さを見せつけた。【2月13日 AFP】
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“スーチー氏は支持者ら数千人を前に演説し「もし父の遺産を受け継ごうとするなら、真の民主国家を築かねばならない」と訴えた”【2月14日 毎日】とのことです。
スー・チー氏の去就を巡っては、“1月初め、地元誌トレード・タイムズがNLD報道官の話として「憲法改正は(大統領選までに)間に合わない。スーチー氏は(代わりに)国会議長になることでハッピーだ」との発言を報じた。これを内外メディアが引用して波紋が広がり、NLDは「スーチー氏は大統領職を断念していない」と発表している。”【2月2日 毎日】とのことです。