(2月11日 イエメン首都サヌア トラック荷台でスローガンを叫ぶシーア派系のザイド派武装勢力(フシ)のメンバー【2月13日 AFP】
【イエメンは崩壊しつつある】
中東イエメン・・・サウジアラビアが大半を占めるアラビア半島のアラビア海沿いで、国家崩壊した東アフリカ・ソマリアの対岸に位置しています。
2011年の民主化要求運動「アラブの春」で、当時のサレハ政権が動揺した際、サウジアラビアが調停役となって、副大統領だったハディ氏への平和的な権限移譲を実現させました。
しかし、北部のイスラム教シーア派系のザイド派武装勢力(フシ)、南部の分離独立派、更にアルカイダ系イスラム過激派という三つの問題を抱えるイエメンの混乱は治まらず、国家崩壊に向かっています。
新しい憲法の制定を巡ってシーア派系のザイド派武装勢力(フシ)と政府との対立が深まり、1月にハディ大統領が辞意を表明したのに続いて、2月6日に武装勢力が首都サヌアを掌握し、議会を解散すると宣言しました。
武装勢力側は、議会に当たる「国民評議会」や政権を運営する「大統領評議会」など、暫定的な統治機構を新たに設置するとしていますが、発足のめどは立っておらず、「権力の空白」が生じています。
ザイド派武装勢力(フシ)による事実上のクーデターでイエメンの治安が悪化していることを受け、アメリカ政府は11日までに首都サヌアの米国大使館を閉鎖し、職員を国外に退避させました。イギリス、フランス大使館も同日に閉鎖されたと報じられています。
この「権力の空白」の間に、アルカイダ系の「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP)の活動が活発化する事態ともなっています。
****国連、イエメンは崩壊しつつある アルカイダが軍施設制圧****
国連の潘基文(バン・キムン)事務総長は12日、イエメンで国際テロ組織アルカイダが軍施設を制圧し、武器を強奪しているなどの状況を受け、同国は崩壊しつつあると警告、内戦を回避するための行動を呼びかけた。(後略)【2月13日 AFP】
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イエメンの崩壊は、サウジアラビアなどの中東情勢にも大きく影響します。
****<中東情勢>サウジ難局、南北に敵対勢力抱え****
イエメンで6日、イスラム教シーア派武装組織フシが実権を完全掌握し、イエメンに隣接するスンニ派国家サウジアラビアが警戒感を強めている。
中東の覇権を争うシーア派国家イランの影響力拡大や、国内のシーア派による反体制運動につながりかねないためだ。
サウジは、北部のイラク国境でイスラム過激派組織「イスラム国」(IS)の脅威にさらされており、南北に敵対勢力を抱える難局を迎えている。(中略)
フシの勢力拡大は、サウジの中東政策にとって大きな脅威だ。スンニ派のアラブ人国家サウジは、シーア派のペルシャ人国家イランとは、長年ライバル関係にある。イランが1979年の革命で王政を倒した後、「イスラム革命の輸出」を掲げたことが、国内での反王政運動を警戒するサウジを刺激した。
イラクやシリア、レバノンに続き、親イラン派がイエメンで実権を握ったことで、シーア派による「アラブ侵食」は加速する一方だ。
またイエメンの混乱は、サウジ王室を敵視するスンニ派の過激派の勢力拡大につながる恐れもある。イエメン南・東部では、1月の仏週刊紙襲撃事件で犯行声明を出した国際テロ組織アルカイダ系の「アラビア半島のアルカイダ」(AQAP)やISが勢力拡大を狙っており、サウジの安全保障上の懸念材料となっている。【2月7日 毎日】
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【根本的な原因はイエメンの途方もない人口爆発だ】
イエメンや中東の混乱は政府軍・イスラム武装組織などの間の武力衝突や宗派対立として語られることが多いのですが、その背景には、人口爆発、それに伴う水不足、食糧不足という基本的な要因が存在しており、こうした要因が社会の不安定化を招いているとの指摘があります。
****イエメンに迫る「水戦争」の脅威****
中東 シーア派とスンニ派武装勢力の台頭に加えて、深刻な水不足で国が干上かって枯死する可能性も(ジェームズ・ファーガソン
4年前の「アラブの春」で可憐な花を咲かせ、ずっしり重い民主主義の実を結実させた稀有な例……になるはずだった。
しかしアラビア半島の突端にある国イエメンで民主主義が実を結ぶことはなく、今や(この地域にある多くの国と同様)国家の存続すら危ぶまれている。
なぜか。宗教と政治の複雑微妙な関係ゆえではない。宗教や政治に無縁な人たちにも不可欠な「水」がないからだ。
首都サヌア(人口260万)の状況はとりわけ深刻だ。
水道から水が出るのは月に1度、それもわずか数時間。だから住民はずっと前から、水道よりも屋上に設けた貯水槽を頼りにしてきた。ただし貯水槽にためる水はタンクで運ばねばならないから、けっこう高くつく。
世界銀行の調査によれば、このままだとサヌアは、あと4年ほどで「持続不能」になりかねない。しかるべき対策が取られなければ、住民たちは町を捨てて逃げ出すしかない。すべてが干上がって、枯死する前に。
古代ローマ人はこの土地を「アラビア半島の楽園」と呼んだ。しかし今のイエメンはアラビア半島で最も貧しい国。しかも人口(現状で約2600万)は急激に増え続けている。(中略)
しかし、(シーア派やアルカイダ系などの)いずれの脅威よりも水不足の脅威のほうが大きい。
21世紀には石油ではなく水資源をめぐる戦争が起きると予言されてから久しい。だがイエメンでは、この終末論的な観測が現実になりつつある。
世界銀行によれば、イエメンは世界で最も水不足に苦しめられている国の1つであり、国民1人当たりの1年の真水供給量はわずか86立方メートルだ(アメリカは8914立方メートル)。
水を武器にするテロ組織
政府に敵対する勢力は、水不足がもたらす社会の亀裂を巧みに利用している。いい例がAQAPだ。イエメンを拠点とする彼らは欧米でのテロ攻撃を計画して実行する一方、地元では水の配給や井戸の掘削支援などを通じて住民の支持を獲得しつつある。(中略)
一方のイエメン政府は、国民への水の提供が持つ重要性の認識ではAQAPに大きく後れを取っている。
国民和解会議では国内にいる少数の水文学者たちが水不足の解消に優先的に取り組むよう訴えたが、水の管理運用に当たる水資源・環境省の予算は70%も削減されてしまった。
政府予算の大半を占めるのは軍事費だ。(中略)
イエメン政府は間違いを犯しているが、現下の危機がすべてハディの責任というわけではない。根本的な原因はイエメンの途方もない人口爆発だ、と社会学者は言う。
60年代には500万人だった人口が、今は2600万人に膨れ上がり、30年には4000万人に達すると予想されている。
たとえイエメンが豊かで安定した国たったとしても、この人口に十分な真水を供給することはかなりの難題だ。
人口増加率が全国平均の2倍以上の7%に近いサヌアは最大の問題に直面している。1910年には2万人に満たなかったこの都市の人口は、もうすぐ300万人に達する。
海水から塩分を除去して飲料水にする技術はアラビア半島のいくつかの国が採用しているが、イエメンでは採用しにくい。海から遠過ぎる上に、海抜が2200mと高過ぎるからだ。
この国の水危機は少なくとも40年前から進行している。70年代以前のイエメンでは伝統的なかんがいが行われてきた。それは雨期の雨水をためる複雑な段々畑のシステムだった。
だが人口の増加につれて食料の需要が増えた。そのため農家はもっと確実な水資源が必要になり、それを地下水に求めた。そこで始まったのが「掘り抜き井戸革命」。
直径―センチほどの鉄管を地中に打ち込み、地下水脈に達するまでひたすら掘り抜く単純な方法だ。
雨水から地下水への切り替えは、原油が発見された70年代に加速された。農産物の生産増加を目指す政府が、井戸掘削に必要な燃料への補助金を農家に支給し始めたからだ。
その裏で、昔ながらの段々畑式かんがいシステムは放棄された。地下水をくみ上げるほうが手っ取り早いからだ。かつては世界的に有名だった美しい緑の景観は、今や見る影もない。(中略)
言うまでもなく、地下水によるかんがいへの転換は環境への悪影響も大きかった。帯水層に再び水がたまるまでには一定の時間がかかるが、イエメンではもはや、その余裕がない。(中略)
しかも、今くみ上げているのは地下水脈ではなく「化石水」と呼ばれるもの。自然には補充されないから、すぐに枯渇してしまう。そうなれば農民は土地を捨て、仕事を探しに大都市へ流入してくる。だが都市部にも仕事はなく、不満だけが募ることになる。
イエメンの水事情を悪化させる原因の1つは作物にもある。
そもそも政府が70年代に農業用燃料に対する補助金を出したのは食料の増産が目的だった。
だが農民の多くは、野菜や穀物よりも力ート(葉に含まれる成分に興奮作用のある植物)の栽培を増やした。カートの葉には常習性があり、イエメン人の3人に1人が日常的にかんでいる。麻薬の一種だが、イエメンやソマリアなどでは合法的に栽培されている。
イエメン人は平均して収入の4分の1から3分の1をカートに費やしているとされる。国全体では年間約40億ドルだ。オランダでの研究によれば、産業として見ると、カードは雇用の16%、GDPの実に25%を生み出している。
カートの水は地中深く根を張り、大量の水を吸い上げる。消費されるのは先端の柔らかい葉だけであるため、非常に無駄の多い作物だ。イエメンで手に入る真水の40%が、栄養的価値のないカートの栽培に使われているという報告まである。
5歳未満の幼児の過半数が栄養不良に苦しむこの国で、カートの栽培面積は年間10%ずつ増え続けている。(後略)【2月10日号 Newsweek 日本版】
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【輸入穀物の増大で、遊牧から都市定住・人口増加へ】
人口増加はイエメンだけでなく、中東に共通した現象であり、また、共通した社会不安の要素です。
人口爆発の背景には輸入穀物の大量消費があり、それに伴って従来の遊牧生活から都市定住への変化が起きています。
しかし、一方で、人々の意識には遊牧時代の部族社会のものが残存しており、そのギャップが問題ともなります。
****シリアとヨルダン、「イスラム」フィルターを外すと見えてくるもの 人口と食料生産で読み解く国家の姿****
人口が急増するシリアとヨルダン
シリアとヨルダンでは人口が急増している。1961年のシリアの人口は470万人、ヨルダンは93万人。世田谷区の人口は約80万人だから、50年前のヨルダンは世田谷区のようなものだった。
それが2015年にはシリアが2200万人、ヨルダンが770万人になった。
シリアが4.7倍、ヨルダンは8.3倍である。これほど人口が増えれば、もめ事が増えるのは当然だろう。(中略)
1970年頃(シリア、ヨルダン)両国共に1人当たりの肉消費量は10キログラム程度であった。それが、現在、ヨルダンの消費量は45キログラムぐらいになった。一方、シリアの消費量はその半分程度にとどまる。
本来、農業国であるシリアの方が肉の生産量が多いはずだが、ヨルダンは飼料を輸入して大量に鶏肉を生産している。ヨルダンの肉消費量は日本と変わらない水準になっている。
ヨルダンはリン鉱石や天然ガスを産する。それを輸出して外貨を稼ぎ、かつ巧みな外交によって西側諸国から援助を得ている。食料の輸入に困らない。
人間の食べ物に対する欲求は基本的なものだ。腹が空けば怒りっぽくなる。一方、美味しいものを食べれば満足して温和になる。そのために、開発途上国の政情を考える時、肉の消費量はその国の政治を考える上で重要なファクターになる。(中略)
アラブの春によって、シリアのアサド政権は内戦に引きずり込まれることになったが、それは生活水準がなかなか改善されなかったからだろう。
一方、ヨルダンのアブドラ国王は危機が叫ばれながらも、なんとか政権を維持している。それは、肉の消費量が順調に増加したことに見られるように、生活水準が改善したためと考えられる。ヨルダンの人々に不満がないわけではないが、シリアよりはよいと思っているのだろう。
国家ではなく部族を信頼
アラビア半島に住む人は放牧によって食料を得てきた。(中略)
遊牧を行う人々は国家にはとらわれない。部族社会を形成する。そして、遊牧で養える人口は少なかったから、シリアもヨルダンも50年前の人口は少なかった。
だが化学肥料が使用されるようになって穀物生産量が増加すると、余った穀物が貿易を通じて砂漠の国にも流入した。それが人口を増加させた。
食料を輸入できるようになると、人々は遊牧を止めて都市で暮らし始めた。しかし、都市で暮らしても遊牧時代の記憶はなくならない。人々は国家ではなく、部族を信頼している。シリアもヨルダンもその実態は部族連合国家である。
そのような国を統治するためには、強力な独裁者が必要になる。イラクのサダム・フセイン、シリアのアサドはまさにそのような人物だった。
ヨルダンの王家は人口が少なかったために彼らほどの独裁的な政治を行う必要はなく、部族間の力関係を調節し巧みに操縦することでなんとか国家を維持してきた。
それが欧米に好感をもたれたのだろう。ヨルダンは西側について援助を引き出し、それなりに発展することに成功した。(後略)【2月9日 川島 博之氏 JB Press】
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【人口爆発と資源の減耗が同時進行し、食糧は輸入に依存】
****中東・北アフリカが世界の火薬庫である理由****
中東・北アフリカ地域の人口爆発と資源減耗
・・・・中東・北アフリカ地域の人口は爆発的に増加している。同地域の人口は、1970 年の 1 億 9,000万人から 1995 年には 3 億 8,000 万人に倍増、2010 年には 4 億 5,000 万人程度に増加している。
そして年齢別人口構成も、日本や欧州の「少子高齢化」とは対照的な「多子若齢化」が進んでいる。
エジプトはナイル川の水を利用した農業が盛んであり,穀物生産量は北アフリカで最大であるが,小麦、トウモロコシを多く輸入しており、小麦は世界最大の輸入国である。
サウジアラビアは,80年代より地下水を汲み上げて砂漠を小麦畑にしてきたが,水資源の枯渇が問題になったため、小麦生産はほとんど停止している。
イランは乾燥地帯であり、需要に見合う降雨のある地域は国土の10%しかないが、農業生産を地下水の汲み上げに依存しており、地下水位の低下は深刻だ。
アフリカ・中東の穀物輸入量が世界の穀物貿易量全体に占める割合は約3 分の 1 になっており人口爆発に食糧生産が追い付いていない。
一方、中東・北アフリカ地域は原油生産により発展してきた地域だが、資源の減耗は著しい。例えば、エジプトはかつて有数の産油国だったが、現在は原油の輸入国である。
内戦が続くシリアも、内戦勃発前には、原油生産がピーク時の60%まで低下し、国内のガソリンの価格が補助金の引き下げにより一気に三倍になった。現在は内戦のため、国内の原油生産はピーク時の5%にまで落ち込んでいる。
世界最大の産油国、サウジアラビアでさえ、原油輸出を続けられるか不安視されている。
このように、中東・北アフリカでは、人口爆発と資源の減耗が同時進行しており、食糧を海外からの輸入に頼っている。このことが、若年層の失業を招いており、その解は、見いだせないのが現状である。【2014年03月04日
辻元氏 「アゴラ」http://agora-web.jp/archives/1548248.html】
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食糧の多くを輸入に依存したとしても、労働力を吸収できる農業やその他産業を育成できていれば問題もないのでしょうが、補助金によって安価に輸入食料を供給することで国民不満をなだめる安易な方策と産業振興の無策によって、国内農業・産業が成長せず、若年層の大量失業という現在の社会不安を招いているように思われます。
中東・北アフリカの社会・治安の安定のためには、武力衝突への対応と同時に、人口爆発、水・食糧不足への対応も必要になります。