
(2014年4月7日 プーチン大統領と会談するチェチェン・カディロフ首長 http://www.kremlin.ru/events/president/news/20735 )
【チェチェンは事実上、カディロフ氏の支配下にある独立したイスラム国家になった】
ロシア・チェチェン共和国における独立派と、ロシア軍及びロシアへの残留を希望するチェチェン人勢力との間で発生した第2次チェチェン紛争は、2009年4月、独立派の掃討が完了したとしてチェチェンを対テロ作戦地域から除外することがロシア側から発表されて終結した形となっています。
チェチェン独立派への強硬な姿勢でロシア軍を指揮したのがプーチン首相(当時)で、その強い指導力が国民に支持され、その後の権力基盤を固めるスタート台ともなりました。
そのロシア軍と協力して独立派と戦ったチェチェン人勢力を率いたのがカディロフ氏で、現在も首長としてチェチェンを支配しています。
カディロフ氏は、首都グロズヌイ中心部の大通りを「プーチン大通り」に改名したり、「プーチン氏のためなら死ぬ覚悟がある」と発言するなど、プーチン前大統領への絶対的忠誠心を強調しています。
その一方で、連邦政府が吸い上げる地元油田の利権分配を主張し、共和国内部においては私兵組織を駆使し、ロシア政府のコントロールも及ばない絶対的な権力を行使しています。
2009年8月26日ブログ「ロシア南部・カフカス地方(チェチェン、イングーシ、ダゲスタン)で続く混乱」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20090826
2011年6月18日ブログ「ロシア・チェチェン 進む復興、消えない民族対立」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20110618
2012年3月に行われたプーチン氏の大統領復帰を実現した大統領選挙にあっては、チェチェン共和国のプーチン支持票は全国最高の99%に及んでいます。
当然ながら不自然な数字ですが、そうした数字が公表されても異論が出ないあたりに、カディロフ首長のチェチェンにおける権力の実態が推察されます。
****ロシアとチェチェン:カフカス・コネクション 殺害、誘拐、拷問・・・やりたい放題****
元軍閥のカディロフ氏は、プーチン氏によって無名の存在から引き立てられ、暗殺された父親の後を継ぎ、かつてロシアに反抗的だったチェチェン共和国の指導者を任された。
プーチン氏は、カディロフ氏がロシアの法律を無視し、好きなように恨みを晴らすのを許した。過去10年間で、チェチェンは事実上、カディロフ氏の支配下にある独立したイスラム国家になった。カディロフ氏は総勢2万人の私設軍隊を抱え、独自の(非公式な)税制と独自の宗教法を敷いている。
ロシア最強の地域指導者として、カディロフ氏はその影響力を国中に広げている。同氏の警護員はモスクワで特別の地位を与えられている。
プーチン氏の出身母体のロシア連邦保安局(FSB)の将校たちが、誘拐、拷問、強奪の容疑でカディロフ氏の部下の一団をモスクワで逮捕した後、容疑者たちは無罪放免になった。
いくつかの卑劣な殺人事件が、何の処罰も受けないチェチェンのあり方を浮き彫りにしている。
勇敢なジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤ氏が2006年に殺害された時、主犯格の容疑者はチェチェンに行き、カディロフ氏の近くに住んだ。ポリトコフスカヤ氏の同僚たちの徹底調査の後、この容疑者は終身刑で投獄されたが、殺害を命じた人物の名前は明かされなかった。
カディロフ氏から脅迫を受けた後にチェチェンで殺害された人権活動家、ナタリヤ・エストミロワ氏の死後は、誰も責任を問われなかった。
カディロフ氏のかつての宿敵の1人、ルスラン・ヤマダエフ氏は、モスクワの公共建物の隣で、ラッシュアワーの交通渋滞の中で射殺された。
グルジアと戦う親ロシア派部隊を率いたヤマダエフ氏の弟はドバイで暗殺された。ドバイでは、警察がカディロフ氏の親戚でその右腕でもあるアダム・デリムハノフ氏に逮捕状を出した。
2009年には、かつての自分の上司たちが実行した拷問や処刑について話したカディロフ氏の元ボディーガードがウィーンで殺害された。(後略)【英エコノミスト誌 2015年3月14日号】
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“(プーチン批判の政治記者、アンナ・ポリトコフスカヤが殺害された)10月7日は、ロシア人なら誰もが知る「プーチンの誕生日」。モスクワでは、「カディロフが『最高の誕生日プレゼントを贈った』と言いふらしている」という話が公然と語られた。”【選択 4月号】とも。
【殺害されたネムツォフ氏は「プーチン、カディロフ双方に厄介な存在だった」】
ロシアでは2月27日、プーチン政権を批判する野党指導者、ネムツォフ元第1副首相(55)がモスクワ中心部で射殺されました。
これまでに逮捕された容疑者は5人。実行犯とみられているのが、チェチェンに駐留する内務省軍「セーベル(北)大隊」の副隊長だったザウル・ダダエフ容疑者です。
「セーベル(北)大隊」は、形の上では国内の治安維持を任務とするロシア内務省に所属していますが、その実態はカディロフ首長個人に忠誠を誓う「私兵部隊」に近いとされています。
カディロフ首長に忠誠を誓う容疑者、プーチン大統領に忠誠を誓うカディロフ首長・・・・当然に、そこに何らかのつながりも憶測されますが、捜査当局は、ダダエフ容疑者はフランスの風刺週刊紙シャルリエブド銃撃後のネムツォフ氏のブログ投稿(1月9日付)により、イスラム教が侮辱されたのが動機と供述したと説明しています。
ただ、昨年秋から犯行の下見とも思われる車(犯行で逃走にも使用)が目撃されていたことなど、この説明は辻褄があわないところもあります。
一方、殺害されたネムツォフ氏は生前、カディロフ首長が支配するチェチェンの現状を批判していました。
****暗殺、チェチェンの闇 ロシア・政治家射殺1カ月*****
■被害者、中枢批判繰り返す
一方で昨年来、ネムツォフ氏がカドイロフ首長を頂点とするチェチェン共和国の権力中枢をいらだたせる言動を繰り返していたことが明らかになっている。
ネムツォフ氏は、チェチェンの武装勢力がウクライナ東部の戦闘に参加し、現地の親ロ派に武器などを供給していると指摘。
フェイスブックにも「カドイロフ氏はチェチェン人は自主的にそこ(ウクライナ東部)にいると言っている。信じられるだろうか。チェチェンでは、カドイロフ氏の許可無しにはハエも飛べない」などと書いていた。
チェチェン人のイスラム教徒としての感情を傷つけるような書き込みもあった。「カドイロフ氏の手下は(ウクライナ東部の)空港を巡る戦闘の合間にイスラムの礼拝をしている」(後略)【3月29日 朝日】
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チェチェンを通じたウクライナへのロシアの関与を暴くネムツォフ氏は、「プーチン、カディロフ双方に厄介な存在だった」との見方もあります。
こうしたことからも、単にイスラム批判に怒ったダダエフ容疑者らが犯行に及んだという話ではなく、カディロフ首長らの何らかの意向を反映したものでは・・・とも推測されています。
ザウル・ダダエフ容疑について、カディロフ首長は「私はザウルが真の愛国者であることを知っている」と擁護、この声明の後すぐに、ダダエフ容疑者は自白を撤回しています。
【「プーチン大統領はカディロフ氏を甘やかし過ぎだ」】
仮に黒幕が存在したとしても、それだけの話であれば“ロシアでよくみられる政治的な事件”のひとつとも言えますが、今回事件が興味深いのは、チェチェンの安定と引き換えにこれまで好き放題にやることが許されていたカディロフ首長と、ロシア連邦保安局・プーチン政権中枢の間の緊張関係・対立がうかがえる点です。
****ロシア連邦保安局とチェチェンの対立****
ロシアの軍や治安部隊の幹部とカディロフ陣営は互いにいがみ合っている。
チェチェンにいるロシア人将校は、かつて敵だったチェチェン人の政治的権力や明らかな富に腹を立てている。ロシア軍は2010年、反乱勢力との衝突で自分たちを裏切ったと北部大隊を非難した。
カディロフ氏は、プーチン氏への忠誠を誓う一方で、チェチェン国内では、ロシアと戦うのではなく、ロシアからカネを絞り取ることで独立を勝ち取ったと自慢している。
ダダエル氏の逮捕に対するカディロフ氏の反応は、プーチン氏を軸にかつて結束していた勢力の間の激しい格闘を暗示している。FSB(ロシア連邦保安局 プーチン大統領の出身母体)と、プーチン氏のチェチェンの友人たちだ。(後略)【英エコノミスト誌 2015年3月14日号】
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地方自治体の長に過ぎないカドイロフ氏がこうした軍事組織を手中に収めている背景には、カドイロフ氏にチェチェンの治安を全面的に委ねるというプーチン政権の戦略がある。
90年代から悲惨な戦争が繰り返されてきたチェチェンは今、おおむね安定している。プーチン政権はそれと引き換えに、カドイロフ氏の強権的な振る舞いには目をつぶらざるを得ないのが実態だ。
ネムツォフ氏暗殺の動機解明はこれからだ。ただ、ダダエフ容疑者らによる犯行だとすれば、こうしたチェチェンを巡る不自然な権力構造を背景に起きた事件であることは間違いない。
ダダエフ容疑者らを素早く逮捕したことからは、プーチン政権が事件を極めて深刻に受け止めていることがうかがえる。
プーチン政権とカドイロフ氏が緊張関係に陥っている可能性もある。今回の事件やウクライナ東部の混迷を受けて、プーチン政権が中長期的にチェチェンの統治方法の見直しにまで踏み込むかどうかが、今後の焦点の一つと言える。【3月29日 朝日】
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“汚れ仕事を一手に引き受け、プーチンに取り入るカディロフが、FSBのアレクサンドル・ボルトニコフ長官らの妬みを買っているのは間違いないだろう。”【選択 4月号】とも。
プーチン大統領の立ち位置は不明ですが、ともにプーチン大統領を担ぐチェチェンのカディロフ首長とFSBやロシア政権内部との緊張関係は深まっているようです。
****「ロシア警官を銃撃せよ」=チェチェン首長発言が波紋****
ロシアのプーチン大統領に忠誠を誓っていた南部チェチェン共和国のカディロフ首長が23日までに、配下の治安機関に「外部から来たロシア警官を銃撃せよ」と厳命し、波紋を広げている。
隣のスタブロポリ地方の警官らが最近、チェチェンの中心都市グロズヌイで容疑者を射殺したことを受けた発言。
地方の権限を逸脱したような態度に「プーチン大統領はカディロフ氏を甘やかし過ぎだ」(識者)と懸念の声が高まっている。
カディロフ氏は、地方首長の中でも政府系メディアへの露出が極めて多く、特別扱い。これは2度の紛争に揺れたチェチェンを平定するに当たり、カディロフ氏ら親ロシア派を懐柔して力を借りざるを得なかったプーチン政権の事情を反映している。
今回の問題発言に、ペスコフ大統領報道官は「把握しておらず、コメントできない」と表立った批判を回避。しかし、警官を銃撃すると脅された内務省は声明で「容認できない」と強く非難した。【4月24日 時事】
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チェチェンで勝手に作戦を行うチェチェン以外の警察の部隊に対しては、武装勢力とみなして発砲すると警告するカディロフ首長に対し、警察を管轄するロシア内務省は、「許されない発言だ」とする声明を出してカディロフ首長に反発しています。
****異常なるマフィア国家「チェチェン」 プーチンを陰で支える「暴力装置」*****
・・・・共和国大統領職の解任は、プーチンの専権事項だ。
だが、プーチンはウクライナ出兵など、自らが企てた陰謀の片棒担ぎを、カディロフにさせている。
自分が育てた、どす黒い暴力機関を切る時には、ロシア政府も相当な血を流さなければならないことは、大統領自身がよく知っている。【選択 4月号】
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ダダエフ容疑者訴追翌日の3月9日、プーチン大統領はカディロフ首長への叙勲を発表しています。