(「手にはAK-47 肩にはバズーカ 邪魔する奴は頭を吹っ飛ばす 俺たちは血に飢えているんだ 殺しには目がないぜ」 麻薬組織のボスたちを英雄として称える音楽=ナルコ・コリードを歌うグループ 【3月15日 映画.com】)
【未だ出口の見えない「麻薬戦争」】
メキシコは経済的には、安価な労働力を背景に、巨大市場アメリカに隣接していることもあって、中国に代わる「世界の工場」として、近年停滞するブラジルにとってかわる勢いで中南米での存在感を大きくしてきました。(産油国でもあるメキシコは、昨年後半からは原油価格下落の影響などで苦境にあるようですが)
一方で、これまでもしばしば取り上げてきたように、2006年以降、政府が麻薬組織の取締まりの強化を方針として打ち出し、これに対する麻薬組織の警察などへの襲撃事件、また、麻薬組織どうしの抗争などが日常化し、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチによればこれまでに6万人を超える死者が出ていると言われています。10万人以上が死亡、または行方不明になっていているとの報道もあります。
こうした状況は「麻薬戦争」と称されており、治安対策が最重要課題となっています。
軍の武力を行使した強硬姿勢で「麻薬戦争」による治安悪化を招いたとして国民から嫌気されたカルデロン前大統領に代ったペニャニエト大統領は、武力中心の麻薬犯罪組織掃討・全面戦争から一般犯罪の取り締まりに治安対策の主軸を移しています。
ペニャニエト大統領は昨年9月、2014年上半期の殺人件数が、自身が就任した2012年の同期比で29%減少したと誇示しましたが、麻薬組織による暴力は依然として続いています。
(2014年10月12日ブログ“メキシコ 「麻薬戦争」の現状 大統領は殺人事件減少を誇示しましたが・・・・”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20141012)
その最たるものが、地元警察に襲われた学生43人が連れ去られ、麻薬組織に引き渡されて殺害された事件で、この事件には市長夫婦や多数の警官らが関与した(市長夫人は麻薬組織創設者の兄弟)とされています。
(2014年11月11日ブログ“メキシコ 学生失踪事件と高速鉄建設契約における疑惑で、高まるペニャニエト大統領への批判”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20141111)
****不明学生43人「敵と誤認、殺害」 麻薬抗争、市長が拉致指示 メキシコ検察結論****
メキシコ南部で昨年9月、学生43人が連れ去られ行方不明になった事件で、メキシコ連邦検察庁は、「学生たちは麻薬組織メンバーによって殺害され、遺体は燃やされた」と結論づけた。逮捕された容疑者の証言などから、学生たちは敵対する別の麻薬組織のメンバーと間違われたとみられるという。
地元メディアによると、連邦検察庁のムリリョ長官が27日、記者会見で発表した。検察当局が「殺害された」と断定したのは初めて。
事件は昨年9月26日夜に発生。教員養成学校の学生たちがバスで移動中、地元警察に襲撃され、6人が死亡、43人が行方不明になった。
捜査当局は、ゲレロ州イグアラ市の当時の市長夫婦や多数の警官らが関与したとして、これまでに99人を逮捕。政治家や警察の腐敗ぶりが明らかになり、メキシコ全土にペニャニエト大統領の辞任を求めるデモが広がった。
同長官の説明では、学生たちは地元警察によって連れ去られ、麻薬組織に引き渡されて殺害された。遺体は燃やして灰にしてから川に流された。
麻薬組織のリーダーが、学生の中に敵対組織のメンバーがいると思い込み、痕跡を残さずに全員を殺害するよう指示したという。
一連の捜査で、当時の市長は麻薬組織のメンバーだとわかったといい、学生連れ去りを警察に指示した罪で起訴される見通し。主犯格の麻薬組織メンバーには、禁錮140年の求刑が検討されているという。【2月1日 朝日】
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今年2月には、ローマ法王が友人に送った個人的な電子メールのなかで、母国アルゼンチンで麻薬密売が増えていることを「メキシコ化」という表現を使って嘆いたことが明るみになり、メキシコ政府の反発を買い、バチカンが釈明に追われる出来事もありました。【2月26日 CNNより】
たとえ事実でも、外交上は口にしていけないこともあります。
【麻薬組織のボスを逮捕するだけでは・・・】
そんなメキシコで2月末から3月初めにかけて、相次いで麻薬組織の大物が逮捕されました。
****メキシコ、麻薬組織掃討作戦 大物を相次ぎ逮捕*****
メキシコ当局が麻薬組織の掃討作戦に力を入れている。2月末に同国最大規模とされる麻薬カルテルのトップを逮捕したのに続き、4日には麻薬カルテル「セタス」のトップ、オマル・トレビノ・モラレス容疑者を逮捕した。
同国では昨年、43人の学生が麻薬組織に拉致され殺された事件が起きるなど、麻薬組織による社会不安がおさまらず、ペニャニエト大統領にとって治安回復は重要課題となっている。
地元メディアによると、連邦警察と軍は4日、米国に隣接するヌエボ・レオン州モンテレイ市の自宅にいたモラレス容疑者を逮捕。千人以上を殺害した疑いがあり、メキシコ当局が200万ドル(約2億4千万円)、米国当局が500万ドル(約6億円)の懸賞金をかけていた。
「セタス」はメキシコ陸軍特殊部隊の出身者が多く、殺害した人の生首をさらしたり、歩道橋から遺体をつるしたりするなどの残虐行為で知られる。2010年には麻薬の運び屋になることを拒否した中米移民72人を殺害したとされる。
2月27日には、同国最大規模とされる麻薬カルテル「テンプル騎士団」のトップ、セルバンド・ゴメス容疑者(49)が逮捕された。元教師で「ラ・トゥタ」と呼ばれるゴメス容疑者には、メキシコ当局が200万ドルの懸賞金をかけていた。
麻薬問題に詳しい米スタンフォード大学のアルベルト・ディアス・カイエロス教授は「麻薬組織のボスが逮捕された後、半年間は暴力事件が増えるが、長期的には減るだろう」などと話している。【3月6日 朝日】
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「テンプル騎士団」のセルバンド・ゴメス容疑者は、築き上げた財産の一部を地域の住民に還元していたそうで、小学校教師出身の経歴に加え、政治の腐敗を批判する映像をインターネットにたびたび流すなど、麻薬組織のトップとしては異色の存在として知られていました。【2月28日 時事より】
おそらく地元では、“ロビンフッド”的な人気があったのではないでしょうか。
こうしたトップの逮捕は成果ではありますが、単にトップを逮捕するだけ、あるいは、ひとつの組織を潰すだけでは、他の人間がとってかわるだけ、他の組織が生まれるだけに終わることも考えられます。
また、短期的には、跡目を狙った抗争が激化します。
【将来に希望が持てない社会の現状が、犯罪組織を受け入れる土壌を作っている】
メキシコでは、麻薬組織とその幹部を賛美する「ナルコ・コリード」という音楽のジャンルが人気があるそうです。
“ナルコ”は麻薬を、“コリード”は古くから伝わった「物語り歌」を意味する言葉です。
この音楽に象徴されるメキシコの現状を扱ったドキュメンタリー映画「皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇」が今月11日から日本公開されるそうです。
****【佐々木俊尚コラム:ドキュメンタリーの時代】「皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇」****
メキシコに「ナルコ・コリード」という音楽のジャンルがある。スペイン語のわからない私が聞くと、なんだか少し懐かしい感じの陽気なラテンミュージックにしか聞こえない。踊りたくなるほどだ。
しかしナルコ・コリードは実はとても怖ろしい音楽だ。日本語に直訳すれば、「麻薬密売人のバラッド」。実在の麻薬組織のボスたちを題材にして、彼らを英雄としてあつかった語りの音楽なのだ。歌詞がすごい。
「手にはAK-47 肩にはバズーカ 邪魔する奴は頭を吹っ飛ばす 俺たちは血に飢えているんだ 殺しには目がないぜ」
ナルコ・コリードの歌手たちは特定の組織と親しくするため、敵対する組織から憎まれ、これまでたくさんの歌手が殺害されているという。何とも言えない話だ。おまけに反社会的すぎてメキシコ国内では放送禁止になっている。
それでも人気者になれば大金が稼げるというので、ナルコ・コリードを歌う若者たちはたくさんいる。
この映画には、ふたりの主人公がいる。ひとりがナルコ・コリードで人気急上昇中の歌手、エドガーだ。エドガーはロサンゼルス生まれのメキシコ系アメリカ人で、インターネットでしかメキシコの麻薬組織のことを知らない。
でも本場に憧れ、「スラングも何もかも本場がやっぱり凄いぜ」と、麻薬組織の本拠地を目指す。映画の中でエドガーのパートは、徹底的にハイテンションに描かれる。
もうひとりの主人公は、警官のリチ。彼は「世界で最も危険な街」と言われているシアダー・ファレスという100万都市の警察署で働いている。
年間3000人をこえる殺人事件が起きている土地。殺人の現場で鑑識活動や遺体の検分などにあたる警察官たちは、なんと覆面をしている。顔がばれると、麻薬組織に狙われて殺されるのだという。
なんという常識外れな、恐怖に支配されている恐るべき街……リアル北斗の拳というか、リアル・マッドマックスというか。
リチは正義のために戦う信念の人であるけれども、そして同時に彼の表情からは深い深い諦念が伝わってくる。映画の中での彼のパートは、静謐につつまれている。
かつては静かで愛すべき街だった故郷を、彼はいまも愛している。「ここにあるのは死と暴力だけじゃない。愛も優しさも気遣いもある」。リチはそう独白するけれど、人は狙われるのを恐れて外出せず、ストリートには人影がない。
アメリカは巨大な麻薬の消費地だ。かつてはこのマス市場に向けて、コロンビアから大量の麻薬が運ばれていた。しかし1980年代のレーガン政権時代の麻薬戦争によってコロンビアからのルートが壊滅すると、麻薬の道はメキシコ経由に変わった。
そしてメキシコの麻薬組織が台頭し、まるで軍隊のように武装し、メキシコ政府と真っ向から対立するようになり、2000年代後半からの血で血を争う麻薬戦争となる。かつては静かだった街が戦場に変わり、すべては呑み込まれていく。
狂気と諦念がリフレインのように何度もくり返され、見ていると目眩がしてくるようなドキュメンタリである。戦慄ということばは、こういう映画のためにあるのだろう。【3月15日 映画.com】
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メキシコでも「ナルコ・コリード」人気は急上昇。
悪をたたえる文化は映画産業にも浸透し、庶民のヒーローのような存在だというのです。
(街の若い女性)「皆、ナルコ・コリードを聴いてる。 嫌いな人はいない。」「麻薬ギャングとつき合いたい。」
犯罪組織に立ち向かう者と、それを賞賛する者。
映画は、相反する姿を通して、麻薬戦争が引き起こす社会の歪みを浮き彫りにしています。【4月6日 NHK】
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カメラを回し、暴力にまみれた人間像を浮き彫りにしたのは、イスラエル出身の報道カメラマン、シャウル・シュワルツ監督で、同氏は、これまで戦場の現実を独自の視点で切り取り、世界的に権威がある「ロバート・キャパ賞」を受賞しています。【4月6日 NHKより】
以下は、シュワルツ監督へのインタビューです。
****“麻薬戦争”に見る闇の深層*****
映画監督 シャウル・シュワルツさん
「麻薬戦争というのは、結局のところ“ギャング同士の殺し合い”に過ぎないと思われがちです。
しかし実際にはもっといろいろな側面があり、多くの一般市民にも影響を与えます。
そこからサブカルチャーとして『ナルコ・コリード』が生まれたのです。
ラテン系米国人からメキシコまで、その影響は広がっています。
それは衝撃的でした。
しかし彼らの文化をただ非難するだけでは、麻薬戦争をめぐる本質は見えてきません。
なぜ子どもたちは犯罪組織をヒーローだと思うのか、そこに興味を引かれ、理解しようとしたのです。
犯罪組織はメキシコの“がん”です。暴力でこの美しい国を支配している。
だからこそ『ナルコ・コリード』をテーマにしたのです。」
犯罪組織を賛美? 不条理を生む土壌
人口の半数が貧困にあえぐメキシコ。
将来に希望が持てない社会の現状が、犯罪組織を受け入れる土壌を作っていると監督は言います。
映画監督 シャウル・シュワルツさん
「なぜ犯罪組織に魅了されるのか。現地の子どもを想像して下さい。母親の収入は1日わずか10ドルたらず。
必死に働いてもです。
一方で、中学生ぐらいの子どもが高級車を乗り回し、大金を稼いで、誰にも邪魔されず好き放題している。
それを見て、子どもには力を持つ方がいいという気持ちが沸き上がります。
『お母さんのようにはなりたくない、金を稼いで力を持ちたい』となるわけです。
私は、麻薬組織がヒーローだとも、貧しい人々を助けているとも思いません。
しかしアメリカは、空虚なスローガンをこれからも掲げるでしょう。
『より多くの金と銃を投入し、取締りを強化すれば麻薬戦争は終わらせられる』とね。
それでは解決しません。
一部の人々にとって犯罪組織は、希望と成功の象徴です。私たちには突拍子もなく見えますが、現地にいれば分かってきます。重要なのは、どうやってそれを希望の象徴にさせないかを考えることです。
彼らの文化に怒りを覚えますが、今では理解はできます。それを表現したかったのです。」
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将来に希望が持てない社会の現状が、犯罪組織を受け入れる土壌を作っている・・・・番組でもコメントしていましたが、ISなどの過激思想に身を委ねる若者が後を絶たないのも同じような土壌が背景にあると思われます。
今もメキシコでは暴力が吹き荒れています。
****待ち伏せ襲撃で警官15人死亡、麻薬組織による報復か メキシコ****
メキシコ西部ハリスコ州で6日、警察の車列が待ち伏せしていた武装集団に襲われ、警察官15人が死亡、5人が負傷した。当局者が7日、明らかにした。同国で近年起きた治安当局と麻薬密売組織との闘争の中では最悪の事件となった。
事件はソヤタン村近郊の農村地帯にある曲がりくねった主要道路で発生。警察の精鋭部隊を乗せ同国第2の都市グアダラハラに向かっていた警察車両の一団が襲撃された。
当局によると、犯行に及んだのは麻薬密売組織「ハリスコ新世代カルテル」で、実行犯らはキャンプを張って1~2日間待ち伏せしていたとみられる。
麻薬組織がらみの暴力事件では、ミチョアカン、ゲレロ、タマウリパスの3州が注目を浴びることが多かったが、今回の事件により、ハリスコ州も「麻薬戦争」の主な舞台になっていることが改めて示された。
先月同州では治安当局トップの暗殺未遂事件が発生し、その捜査の一環で麻薬組織の構成員4人が逮捕されており、当局によると、今回の事件はそれに対する報復とみられるという。【4月8日 AFP】
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