(4月16日の党首討論会 右端のグレーのスーツがスコットランド民族党(SNP)のニコラ・スタージョン党首 ピンクの上着姿がウェールズ国民党のリアン・ウッド党首 元気な左派系女性党首に対し、左端でいささか困惑気味に立っている男性が労働党・ミリバンド党首 【4月21日 ブレイディみかこ氏 Yahooニュース】)
【躍進が予想されるスコットランド民族党】
イギリスでは5月7日に総選挙が行われます。
この選挙は、4月5日ブログ「イギリス “自分は何者か”を問う総選挙 選挙後に待ち受けるEU離脱問題」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20150405)でも取り上げたように、スコットランド国民党の躍進予想や選挙後のEU離脱を問う国民投票と絡んで、「自分たちは英国人なのか、欧州人なのか。または、スコットランド人なのか、イングランド人なのか」というアイデンティティーが問われる選挙ともなっています。
前回ブログで「EU離脱」を主に扱いましたが、今回はスコットランド独立問題の方。
イギリスの選挙は小選挙区制ですので、勢いのある政党が圧勝する形にもなります。
スコットランドはもともと労働党の地盤でもありますが、先に独立を問う住民投票以来の勢いを持続するスコットランド民族党(SNP)が、スコットランドに割り当てられた59議席のうち56議席を獲得する可能性さえあるとも言われています。
SNPに対する支持はスコットランドに集中しているため、全国ベースでは4%足らずの得票率で全議席の9%近くを勝ち取る可能性があるということです。【4月17日付 英フィナンシャル・タイムズ紙より】
今回選挙では、保守党・労働党のいずれの二大政党も過半数を制することはできず、「ハング・パーラメント(宙ぶらりん議会)」となることが予測されていますが、そうなると第3党に躍進するSNPが連立交渉において非常に強い力を有することになり、スコットランド独立問題が再び浮上してくることもありえます。
****スコットランド独立が蒸し返される****
・・・・いちばん「自然」な連立――労働党とスコットランド民族党という左派の2つの政党の協力――もまた、問題が多い。労働党は、スコットランド民族党を政権に迎え入れることで、彼らにお墨付きを与えたくはないと思っている。
スコットランド民族党はまさに、スコットランドの分離独立のために存在している。彼らは昨年行われた独立の是非を問う住民投票で敗れ、独立は近い将来の議題から完全に外されたものと思われていた。
だが5月の総選挙で彼らがスコットランドにおいて大勝すれば、「状況は変わった」と主張しだす可能性もある。
彼らが即座に行動に移ることはないだろうが、事前の世論調査どおりにスコットランド民族党が善戦すれば、彼らはスコットランド独立の議論再開に向けて再び戦略を練り始めないわけにはいかない。
だから、2014年の住民投票の結果「維持された」はずのイギリスの連合は、またもや危機にさらされることになる。(後略)【4月17日 Newsweek】
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SNP躍進はスコットランド独立問題だけでもなく、SNPのスタージョン党首の人気にも影響されているようです。
****【英総選挙】「最も危険で魅力的」女性党首が台風の目 ポケットに収まる二大政党党首?****
5月7日の投開票まで2週間を切った英総選挙(下院、定数650)で、与党・保守党、最大野党・労働党に次ぐ第3党に躍進する勢いのスコットランド民族党(SNP)が台風の目となっている。昨年9月の住民投票で否定された独立の問題が、再燃するとの見方も出てきた。
SNPを率いるのが、「最も危険な女性政治家」(英紙)と呼ばれるニコラ・スタージョン党首(44)だ。昨年11月にスコットランド自治政府首相に就任後、急速に支持を伸ばし、下院選では、現有6議席を50議席前後に増やすと予測されている。
地方政党のSNPに支持が集まる背景には、スコットランドにおける中央政界への根強い不信感や労働党への不満があるが、英各紙はスタージョン氏の個人的“魅力”も指摘する。
保守党党首のキャメロン首相や労働党のミリバンド党首らを相手に一歩も譲らず、冷静に議論する姿勢には、投票権のないイングランドでも人気が高まり、メディアでも「カリスマ的スター」のように扱われる。
20日には、マニフェスト(政権公約)を発表、「緊縮財政を終わらせる」と述べた。医療や福祉など社会保障分野への政府支出を増やし、福祉国家建設を目指すとの目標を掲げ、緊縮財政の継続では違いが少ない保守、労働の二大政党とは逆の方向が目を引く。
さらに、「進歩的な国づくりのために他政党と友好関係を築きたい」と強調。「実質的な変化を」との前向きな訴えは多くの人の心をつかんだようだ。
危機感を抱く保守党は、小さなミリバンド氏がスタージョン氏の胸ポケットに収まる刺激的なポスターをつくった。選挙では保守党も労働党も過半数に届かない公算が大きい。労働党がSNPと連立を組む事態になれば、緊縮緩和や核兵器廃絶を求めるSNPに操られる危険があると訴える狙いだ。
キャメロン首相は、労働党とSNPが手を結べば、「英経済に地獄がやってくる」と断言。スタージョン氏が「スコットランドの独立と英国の破壊をもくろんでいる」と警告した。
SNPは来年5月に行われるスコットランド議会選挙(129議席)でも大勝し、独立の是非を問う住民投票の再実施を求める戦術だとされ、「英国分裂の危機は消えてはいない」と、専門家らは見ている。【4月23日 産経】
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【元気な左派系女性党首】
元気な女性党首はSNPのスタージョン氏だけではないようです。
また、反EU・反移民のイギリス独立党(UKIP)は、急速に勢いを失っているとか。
****UK総選挙がおもしろい:国の右傾化を止めるのは女たち****
総選挙投票日まで3週間を切った英国で、BBCが4月16日に野党5党の党首討論を放映した。
前に投稿した記事でも書いたが、今回の選挙は、男性党首たちの保守派(保守党、自由民主党、UKIP、そして労働党)、そして女性党首率いる左派(SNP、ウェールズ党、みどりの党)の戦いであり、連立相手の模索でもある。
で、総選挙の台風の目と言われてきた右翼政党UKIPがここに来て急速に勢力を失い、もはや党首ナイジェル・ファラージの落選の可能性が囁かれるほどの体たらくで、右傾化が叫ばれていた英国が、一気に左へ揺れ戻っている感がある。
そのムードを牽引しているのは、明らかに共同戦線を張っている左派三党の女性党首たちだ。「レフトの女たちが結束してUKIPを潰しにかかっている」と言われるほど、まあこの女性たちが強い。右翼政党の没落はこの「左翼女性党首連合」のせいではないかと思えるほどである。
例えば、BBCの党首討論に「住宅危機」のテーマがあった。この問題は以前ここで書いたことがあるが、英国では富裕層が住宅を貯金箱にしているので空き家が増えている一方で、上昇を続ける家賃が払えなくなってホームレスになる人が急増。という現象が起きている。
投資家の不動産買い漁りにより手頃な値段の住宅がなくなり、若者たちの殆どが「一生自分の家は買えないだろう」と思っている。この問題をどう改善するかの討論で、UKIPのナイジェル・ファラージは答えた。
「市場の原理を知る者なら、これは需要と供給の問題だということがすぐにわかる。EUからの移民が前代未聞の数で流れ込んで来て人口が急増しているから住宅が不足しているのだ。そんな簡単なことをどうして誰も勇気を持って言えないのだ」
と主張するファラージに対し、スコットランドSNPを率いる二コラ・スタージョンは言った。
「英国で住宅が不足している理由の全てが移民ではありません。現在の政権とその前の労働党政権が十分な数の住宅を建てていなからです。保守党政権は特に、公営住宅を建てることに投資しない。何でも移民のせいにすれば済むという単純な問題ではありません」
うむ。と言う風に脇で力強く頷いていたみどりの党のナタリー・ベネットは言った。
「市場原理と仰いますが、市場主導型にしたから住宅政策は失敗した。投資家が住みもしない家を買って放置し、大家が非人道的なプロフィットを追求し始めたのは国が住宅政策を放棄して市場に任せたからです。住宅は人間が住む場所であり、金融資産ではありません」
また、この「左翼女性連合」は英国が保有する唯一の核兵器、スコットランド沖のトライデント潜水艦プログラム撤廃でも結束している。
「核兵器を使うことを考える人も、実際に使う人もいないのに、どうしてそんなもののために大金を使うのでしょう。寧ろ撤廃することで世界をリードする国になればいい」
とみどりの党のベネットが言えば、ウェールズ党のウッドは言う。
「ISISの脅威などがあり世界が益々危険な場所になっているから核は必要だ、と労働党は言っていますが、では核兵器を使えばISISは無くなると思っているのですか?」
そしてSNPのスタージョンがこう締める。
「核兵器トライデントのために投資する1000億ポンド(約17兆8000億円)があるのなら、私なら迷わず保育や医療や教育のために使います」
今回の英国総選挙は1997年にブレアの労働党が大勝した時と同じぐらい面白い。
というのも、何か新しい風が吹いている感じが地べたでもはっきりと感じられるからだ。
BBCの党首討論で、観客の拍手や歓声を集めていたのは、UKIPのファラージではなく、左派政党の女性党首たちだった。
核兵器撤廃といった少し前なら「極左」「アナキスト」と眉を潜められていた主張にまで客席から拍手が湧いている。ファラージが「今日の観客は左寄りのBBCの水準にしても特に左翼的」と討論の途中で観客を批判し、司会者から注意されたほどだ。
「NHSの諸問題も移民が増えすぎているから。だから医師も病院のベッドも足りなくなる」
というファラージにみどりの党のベネットは言った。
「そのNHSは外国人によって支えられていますよ。医師の4人に1人、NHSの全スタッフの40%が外国で生まれた人々です」
もはやファラージは使い古しのネタで大衆に飽きられたコメディアンにしか見えない。
「左派女性連合」は、すっかり保守党化してしている労働党のミリバンド党首にも容赦しない。
SNPのスタージョンは言った。
「緊縮に反対するふりをするのはやめてください。私たちが必要としているのは『ふり』ではなく、本物のオルタナティヴです。私は保守党と労働党が同じだとは言っていません。ただ、その違いがもっと大きくなければならないと言っているのです」
(ここでみどりの党のバーネットから「その通り」、ウェールズ党のウッドから「イエスッ!」の合いの手が入る)
「SNPは労働党と組んで保守党を政権から追い出す準備はできています。だけど私たちは保守党を『保守党みたいな別の政党』で置き換えたくはない。労働党はもっと大胆で進歩的な政治を目指すべきです。私たちがその手助けをします」
とSNPのスタージョンは言うが、労働党のミリバンド党首はSNPとの連立を否定する。
「SNPは危険だ。彼らは今でもスコットランド独立を目指しており、英国を分裂させようとしている。そんな政党と連立は組めない」
というミリバンドにスタージョンは言った。
「独立投票は去年の話です。私たちは、いま保守党政権を終わらせたいのかどうかという話をしているのです。あなたがSNPとの連立を拒否することによってキャメロン首相に再び政権を握らせたら、人々はけっしてあなたを許さないでしょう」
それは地鳴りのような拍手が会場から沸き起こった瞬間だった。
今年の総選挙はあまりにカオティックで英国の政治危機とも言われている。が、辺境地域(スコットランド、ウェールズ)やエコ左派陣営という、これまでまともに取り上げられなかった人々を代表する声が政治のトップ・レベルで聞こえたことはなかった。そうした声のボリュームが大きくなるにつれて排外主義の政党が下層での支持を失っているのは偶然とは思えない。【4月21日 ブレイディみかこ氏 Yahooニュース】
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もっとも、この日の討論会が左派系ペースになったのは、与党側の保守党と自由民主党が参加しなかったためでもあることは留意する必要があるでしょう。
【保守党の苛立ち】
上記記事にもあるように、SNPは核兵器に否定的な立場にあり、労働党とSNPの連立によりイギリスの核政策が揺らぐことを保守党は警戒(あるいはアピール)しています。
****「核」も議論に****
・・・・選挙戦が過熱する中、ファロン国防相(保守党)は9日、労働党のミリバンド氏が首相の座を手に入れるため、今回の総選挙で第3勢力となる可能性が高い反核のスコットランド民族党(SNP)と手を結び、英国の核戦力を葬り去る危険があると訴えた。
ファロン氏は「英国を裏切ろうとしている彼を信じてはいけない」とも発言し、騒ぎが拡大。ミリバンド氏はこれに対し、「ぶざまな姿を見せた」と反論している。
英政府は2016年までに英国唯一の核戦力、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「トライデント」を搭載するバンガード級原子力潜水艦の4隻体制を更新するか否かを決断する計画だ。
SNPのスタージョン党首は、トライデントの更新に賛成しないと表明。さらに、更新には200億ポンド(約3兆5242億円)以上の建造費に加え、整備費や維持管理費、運航費などが必要で、最終的には1000億ポンド以上の巨額投資になるとしており、反対する意見も根強い。
労働党は、核の抑止力維持の立場を表明している。だが、ファロン氏は、同党とSNPの連立政権となった場合、英国が核戦力を放棄する事態がやってくる危険があると主張し、一歩も譲らない姿勢だ。
核戦力をめぐる専門家の議論が活発化する一方で、ファロン氏の一連の発言には選挙戦で伸び悩む保守党のいらだちがにじみ出ているとの見方も出ている。【4月16日 産経】
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スコットランドが実際に独立した場合は、現在の福祉水準を維持していくうえで財政的にかなり難しい状況が想像されます。(SNPは否定していますが)
“独立”ということにこだわらなければ、連合を維持したまま連立政権に参加することで、自治権は最大限に獲得して、福祉等においては中央政府の資金をスコットランドに比較的有利に注ぎ込むということの方が、スコットランドの利益にかなうかも・・・・。
ただ、そうしたことは連合内の他地域を苛立たせることにもなります。
****英国よ永遠なれ――ただ、その代償には限度がある****
総選挙間近、今度はイングランドが連合離脱を考え始める番か
・・・・いま問われるのは、スコットランドが連合を抜けるべきか否かというより、むしろイングランドが離脱すべきか否かということかもしれない。(中略)
SNPは英国の運命にほとんど興味を持っていない。結局のところ、同党は連合からの離脱を望んでいる。
SNPの関心はむしろ、スコットランドの利益のために、連合からどれだけ絞り出せるかというところにある。
その要求の結果として英国の他地域に害が及んだとしても、スコットランドはこれを二次的被害ではなく恩恵と見なすかもしれない。英国が弱ければ弱いほど、連合内にとどまる魅力が減じるからだ。(中略)
もし(SNPが)キングメーカーになったとしたら、連合の安定性は非常に危うくなる。
ウェストミンスターの勢力バランスが、もっぱら自分がいいとこ取りをすることばかりに関心がある政党に握られる状況は、連合のために支払う価値のある代償には思えない。
さらに悪いことに、この政党は我が国の成功に興味がない。SNPは唯一、我々から絞り出せるものだけに関心があるのだ。
筆者は連合の存続を望んでいるが、どれだけの犠牲を払っても存続を望むわけではない。
もしスコットランドが永遠にその忠誠心をSNPに移したのだとすれば、他地域が言える最善のことは、悲しいが礼儀正しい別れの言葉なのかもしれない。【4月17日付 英フィナンシャル・タイムズ紙】
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相当にSNPへの“苛立ち”が噴出した記事ですが、保守党サイドの思いを示すものでもあります。
もっとも、連立の組み合わせは労働党-SNPだけではありませんし、その先に何が起こるのかもわかりません。
“たとえ5月の総選挙の勝者が曖昧で、その後に混乱の連立交渉と脆弱な連立政権が待ち受けているにしても、僕たちは2020年までその状態を続けなければならない。だから、僕があえて予想をするとこうなる――未来のことは、分からない。”【4月17日 Newsweek】