孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

インドとパキスタン、インドと中国の領有権問題に絡む「水資源」争奪戦

2016-10-05 21:51:38 | 南アジア(インド)

(【http://noteabc.altervista.org/10051_%E7%9F%A5%E3%81%A3%E3%81%A8%E3%81%93%E3%81%86%E3%80%81%E3%83%92%E3%83%9E%E3%83%A9%E3%83%A4%E6%B0%B4%E6%99%B6.html】)

カシミール地方をめぐる印パの衝突
双方が核保有国である「宿敵」インドとパキスタンが領有権を争うカシミール地方で緊張を高めていることは、9月19日ブログ“インド外交 カシミールでの兵士襲撃で再び印パ関係緊張か 中国を意識した微妙な米日への接近”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160919でも取り上げました。

インドが実効支配するジャム・カシミール州では7月以降、インドの実効支配に対する抗議デモが続いており、治安部隊との衝突でこれまでに約80人が死亡。パキスタンはインドの対応を「非人道的」と非難し、印パ関係悪化の一因となっていました。

9月18日には、ジャム・カシミール州ウリで、武装集団4人がインド軍の宿営地を襲撃し、軍などによると、少なくとも兵士17人が死亡、35人が負傷する事件が。

この襲撃はパキスタンに拠点を置くイスラム過激派組織「ジャイシェ・ムハンマド」が関与したと見られており、インド側は「パキスタンがテロとテロ集団を継続的かつ直接に支援している」(シン内相)とパキスタン政府を批判しています。

その後、インド軍は9月29日、「特殊部隊がカシミールの停戦ラインを越えてパキスタン支配地域に入り、武装勢力の7拠点を急襲した。パキスタン側に大勢の死傷者が出た」と発表しています。

“インド政府がカシミールでの越境作戦を公表するのは極めて異例。「強いインド」を誇示してきたモディ首相が、国内向けに毅然とした姿勢をアピールしたい事情があるとみられる。”【10月1日 朝日】

パキスタン側は「インド軍の越境攻撃」を否定し、境界線での“停戦ライン付近での銃撃戦”でパキスタン兵士2人が死亡したと説明していますが、シャリフ首相は声明で「一方的で敵意むき出しの攻撃だ」とインドを非難しています。

今月2日にも銃撃戦が起きています。
***印パ国境の基地で銃撃戦、3人死亡 武装勢力が襲撃****
インドとパキスタンが帰属を争うカシミール地方のインド支配地域で2日夜、インド軍基地に武装勢力が侵入して銃撃戦となり、インド側の民兵1人と武装勢力側の2人が死亡した。地元メディアが伝えた。インドからのカシミールの分離独立を目指す武装勢力の攻撃とみられる。(後略)【10月3日 朝日】
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【「水と血を一緒に流すことはできない」(モディ首相)】
こうしたインド・パキスタンのカシミールをめぐる衝突は以前から繰り返されてきたものではありますが、両国の緊張には「水資源」をめぐる争奪戦も絡んでおり、この「水」の問題が表面化すると危機は一気に加速するとも懸念されています。

****印パに忍び寄る水戦争の悪夢****
インドが下流のパキスタンを干上がらせる戦略に出れば限定戦争を上回る膨大な人的被害が発生しかねない

・・・・このウリ事件(9月18日の武装集団がインド軍の宿営地を襲撃した事件)以来、両国は物騒な非難合戦を繰り広げている。インドの内相はパキスタンを「テロ国家」と非難。パキスタンの国防相は核戦争の可能性にまで言及した。
 
だが、おそらくパキスタン側を心の底から震え上がらせたのは、もっと穏やかなインド側の脅しだった。
 
インド外務省は9月22日、インダス水協定(IWT)を破棄する可能性もあるとはのめかした。56年前にインド-パキスタン両国が結んだ同協定は、カシミール地方を流れるインダス川水系の共同管理に関する国際的な取り決めだ。
 
数日後に開かれた同協定の再検討会議では、当面は破棄を見送るという結論になったらしい。だが、インドのナレンドラ・モディ首相は会議の席上、「水と血を一緒に流すことはできない」と発言。それを受けてインド政府は、年2回のベースで開催されてきた同協定をめぐる両国の高官協議を中断した。
 
パキスタン側にとっては、悪夢のような展開だ。ナワズ・シヤリフ首相の外交顧問を務めるサルタイ・アジズは、同協定の破棄は「戦争行為」と見なし得ると語り、この問題を国連や国際司法裁判所に訴える可能性もあると示唆した。
 
協定が破棄されれば、パキスタン側に膨大な人的被害が発生する恐れがある。その規模は限定的な戦争をはるかに上回るはずだ。

協定の破棄は自殺行為
インダス水協定はパキスタン側にうまみの大きい取り決めだ。同協定はインド、パキスタン双方に3本ずつの河川の管理権を割り当てているが、パキスタンは西側の大きな3河川(インダス川、ジェラム川、チェナブ川)の管理権を与えられた。水量で見れば、これだけでインダス川水系全体の80%を占める。
 
インダス川水系の河川は上流のインド側から下流のパキスタン側に流れているので、もし協定が破棄されれば、インド側か水系全体の支配権を握ることになる。インドが大型ダムの建設などで貯水量を増やせば、下流域を完全に干上がらせることも不可能ではない。 
 
パキスタンはインダス川水系西側の3河川、特にインダス川に大きく依存している。シンド州全域を含む一部の地域では、かんがい用水と生活用水をインダス川に頼り切っている。もしインダス川水系の水を断たれたり、供給量を減らされたりしたら、破滅的事態になりかねない。
 
IMF(国際通貨基金)が発表した最近の調査によると、パキスタンは世界で最も水資源の確保に苦労している国の1つだ。国民I人当たりの年間水資源量は約1000立方メートルで、深刻な水不足となっている。しかも、GDP単位当たりの水使用量は世界最大だ。国内最大の産業分野である農業が、水資源の90%を消費している。
 
さらにパキスタンでは、地下水も急速に減少している。NASAが15年に公表した衛星データによると、インダス川水系の地下帯水層は世界で2番目に大きな負荷がかかっている(地下水の使用量が自然による供給量を上回っている状態)。地下水は地表の水源を使い果たした後で頼る最後の切り札とも言うべき水源だ。
 
現在もパキスタンでは、人目2億人のうち少なくとも4000万人が安全な飲料水を確保できていない。協定が破棄されれば、水問題がさらに深刻化するのは確実だろう。
 
一方、インド側にとっても同協定の破棄は得策とは言えない。
第1に、世界銀行の仲介で結ばれた同協定は、国際的な水資源管理の成功例として高く評価されている。これを破棄しようとすれば、国際社会から猛反対を受けるはずだ。(中略)

報復テロを招くおそれも
第2に、下流のパキスタンに流す水の量を減らせば、インドの北部に大量の水がとどまることになる。これは危険な選択だ。ジャムーカシミール州とパンジャブ州の主要都市で大規模な洪水が起きかねない。
 
第3に、インダス水協定を破棄すれば、中国に対して危険な前例を与えかねない(中国はパキスタンの友好国でもある)。 

インドに流れ込む河川の上流に位置する中国が大量のダムを建設すれば、インドの水不足が深刻化する恐れがある。中国政府は河川管理に関する国際合意を一切結んでおらず、インド政府は常々、この北の隣国の動きに神経をとがらせてきた。
 
第4に、パキスタンに拠点を置くイスラム過激派組織ラシュカレ・トイバを刺激する危険もある。これは、08年にムンバイで同時テロを起こし、165人の命を奪ったグループだ。
 
ラシュカレートイバはかねてより、インドを「水泥棒」と非難してきた。その主張を裏付ける根拠はほとんどなかったが、もしインドが協定を破棄すれば、そうした反インド・プロパガンダに説得力を与えることになる。同グループはそれを口実に、インドヘの報復テロに乗り出すかもしれない。
 
インドが協定に不満を抱くのは理解できる。何しろ現状では、インドに割り当てられているのは、インダス川水系の水量の20%にすぎない。
 
それに、同協定の下、インドはカシミール地方での貯水ダム建設を制約されている。パキスタン同様に水不足に悩まされているインドにとっては、見過ごせない問題だ。
 
インドでは3億人以上の人が水不足に直面している。深刻な干ばっが原因で自殺をする農民も後を絶たず、この20年間の自殺者は何と30万人に上る。
 
それでも、インド政府はインダス水協定を維持させる方針を貫くべきだ。協定を破棄すれば、パキスタンが-とりわけパキスタンの一般国民が-壊滅的な打撃を被るだけでなく、インド自体もダメージを受ける。
 
水不足という人道上の危機につながる行動をちらつかせれば、一触即発の印パ関係を暴発に一歩近づけることになる。【10月11日号 Newsweek日本版】
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インドは今のところ、さすがに「水資源」という危険な手段を使うことは控えてはいますが、南アジア地域で周辺国と共同でパキスタンを孤立させる外交戦略に出ています。

****南アジアの首脳会議が延期 印パ対立激化の影響****
パキスタン外務省は9月30日、11月に首都イスラマバードで予定されていた南アジア地域協力連合(SAARC、8カ国)の首脳会議を延期すると発表した。インドと帰属を争うカシミール地方で対立が激化し、インドのほかアフガニスタンやバングラデシュ、ブータン、スリランカの計5カ国が欠席を表明していた。

地元メディアによると、パキスタン外務省は声明で「欠席国は二国間の問題を持ち出して地域協力の理念を害した」と非難した。新たな日程は未定という。(中略)

1985年に設立されたSAARCは、南アジア各国の経済や文化を中心とした地域連携の枠組み。首脳会議はほぼ隔年で開かれ、今回が19回目の予定だった。【10月1日 朝日】
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印中間にも存在する領有権問題
一方、インドはパキスタンとだけでなく、中国とも、カシミール地方とインド北東部アルナチャルプラデシュ州の2地方で領有権問題を抱えています。

****中国軍、勝手にインド北東部に侵入し数日間駐留 中印間で緊張高まる****
インドと中国が領有権を争いインドが実効支配する印北東部アルナチャルプラデシュ州に、中国人民解放軍が今月上旬、インドが主張する実効支配線を超えて45キロ侵入し、4日前後にわたり駐留していたことが分かった。インドの国境警察当局者が27日、産経新聞に明らかにした。

中国兵がインド側にこれほど深く、長期間駐留するのは異例で両国の緊張が高まりそうだ。
 
国境警察などが今月9日、現地で中国兵を発見した。地元メディアによれば、40人以上が一時駐留の施設を設置しており、インド側が求めた退去要求を無視し、自国の領土だと主張して駐留を続けた。数日後の協議の後、ようやく立ち去ったという。
 
両国の実効支配線についての認識は必ずしも一致しておらず、中国外務省は「中国部隊は巡回活動中、実効支配線をきちんと守っている」と越境行為を否定した。ただ、現地はインド側が実効支配し、駐屯施設を設置している。
 ア
ルナチャルプラデシュ州では今年6月にも、中国軍が約3時間滞在したことが発覚したばかり。当時インドは日本近海で、日米と海上共同訓練「マラバール」に参加しており、中国が日米印の連携を牽制した動きとみられていた。
 
インドは先月にも、同州に超音速巡航ミサイル「ブラモス」(射程約290キロ)を初配備することを決め、中国軍機関誌が「深刻な脅威になる」と批判していた。【9月27日 産経】
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ブラマプトラ川の水資源をめぐる緊張
このインドと中国の緊張にも、やはり「水資源」が絡んできます。
パキスタンに対してはインドは上流に位置していますが、中国との関係では下流になります。

前出【10月11日号 Newsweek日本版】でも、インドがパキスタンに対し「水資源」で攻撃を仕掛けた場合のインド側のリスクとして、「中国に対して危険な前例を与えかねない」ことが指摘されています。

****中印国境がアジアの火薬庫になる日****
領有権や水資源問題がくすぶる中国とインド 大国へと成長する両国の行動が世界の安定を左右する

・・・・国境争いよりさらに深刻な問題もある。国境など無関係に、さながらインドの破壊と殺戮の女神カーリーのごとく押し寄せる温暖化の脅威だ。
 
(インド北部のヒンズー教徒の聖地があり、中国との領有権争いの舞台でもある)ラダックの氷河もその影響は免れない。今や年間5~7m後退し、このままでいけば数十年以内に消滅すると予測される。一帯の河川に流れ込む雪解け水はインド北部の住民の命綱だが、既に水量が減少し、水不足が加速している。
 
中印の国境紛争にはインドの水問題、そして中国の差し迫ったエネルギー需要が絡んでいる。(中略)

中国「ダム建設」の思惑 
昨年10月、中国がチベット自治区内のブラマプトラ川上流に建設した蔵木水力発電所が稼働を開始した。今後20年間にエネルギー需要が40%増大すると見込まれるなか、中国政府はブラマプトラ川上流域にさらに複数のダムを建設する計画だ。
 
だがこの(「水」を「火」に変える)五行思想的アプローチは、カーリーの怒りを買うかもしれない。ダムの存在はインドの水問題に関わるからだ。
 
チベットに発するブラマプトラ川はインド北東部、バングラデシュを流れてベンガル湾に注ぐ。つまり上流にダムを建設した中国は、インドやバングラデシュにとっての水源である川の流れをコントロールできるということだ。
 
インド北東部やバングラデシュは既に水不足に悩んでいる。温暖化や人目増加、地下水の枯渇などによって今後、深刻な飲料水不足が起こるのは必至だ。
 
中国はダム計画の詳細を明かそうとしないものの、敵対的な意図はないとインドに説明してきた。それでもダムの存在は、中印関係における新たな懸念材料になっている。
 
中印関係の行方、ひいては戦争勃発の可能性を左右するのは両国の政府の行動だ。それぞれの戦略的目標や判断次第で、関係改善に向けた近年の努力にもかかわらず、緊張が高まることになりかねない。

牽制合戦の行き着く先は
中国はインドに圧力をかけるべく、インドの宿敵パキスタンと親密な関係を維持してきた。最近ではインド洋にも触手を伸ばし、モルディブやスリランカと関係を強化。インドの隣国ネパールヘの関与も深める。
 
中国の外交的な囲い込み政策はインドヘの影響力を高めるためだ。地域・グローバル大国としてのインドの勢力拡張に、歯止めをかけることも目的だろう。
 
インドも負けていない。同国当局は今年7月、中国・新華社通信の記者3人の滞在ビザ延長申請を却下。50年以上にわたってチベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世を保護していることも中国の神経を逆なでする。
 
今夏には、マレーシア海軍との軍事演習のため南シナ海へ軍艦3隻を派遣した。明らかに、同海域で各国(マレーシアもその1つ)と領有権を争う中国を意識した行動だ。中国に対抗して東南アジアなどでの影響力を強化する「ルック・イースト政策」の一環だろう。
 
いずれにしてもインドは水資源を確保し、成長に伴う社会のひずみを解消する必要がある。
一方の中国はエネルギー資源の確保が課題だ。中印の国境問題はいずれ、両者の体面を保つ形で解決されなければならない。
 
国内がよほどの混乱に陥らない限り、中印は共に台頭を続ける。互いを牽制する両者の行動はリスクをはらむ。平和的関係を築けるかは、双方の指導者が政策にどこまでナショナリズムを反映させるかによって決まる。
 
中国の習近平国家主席とインドのナレンドラ・モディ首相はそれぞれ、ナショナリズムカードを切ってきた。国民の支持を確保し、国内での緊張を緩和し、国家をまとめようとする指導者が頼りがちな手法だ。
 
だがナショナリズムは、指導者の手を離れて暴走することがあまりに多い。その先に待つのは、おそらく戦争だ。【10月4日号 Newsweek日本版】
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「ナショナリズムカード」の危険性はあるにしても、現在の国際状況では互いに核兵器を保有するインドと中国が大規模な軍事衝突にまで至ることはまずないでしょう。1962年の印中国境紛争以後、関係正常化の試みが実行され、いまやインドにとって中国は最大の貿易相手国にもなっています。

ただ、両者のインド洋をめぐる覇権争いに上記の水資源争奪戦も加わって、緊張が一層高まることはありえます。
その関係は、東シナ海あるいは南シナ海情勢にも影響してきます。

インドとパキスタンの関係は、全面戦争はともかく、局地戦ぐらいは起こりかねないもっと危ういものがあります。
そのときは、パキスタンと親密な関係を有する中国とインドの関係もキナ臭くなります。

今後、「温暖化」の影響でヒマラヤなどの氷河が減少し、インダス川やブラマプトラ川の水量が減少すれば、「水資源」争奪戦は危険でホットなものになります。
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