孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

マレーシア  ナジブ首相の「1MDB」疑惑 マハティール、アンワルによる野党共闘の追及は?

2016-10-31 22:16:32 | 東南アジア

(夫婦で疑惑の追及を受けるナジブ首相とロスマ夫人 Stephen Morrison-REUTERS 【10月18日 大塚智彦氏 Newsweek】)

アメリカの不正調査に怒るナジブ首相は中国接近?】
マレーシア・ナジブ首相が代表を務めていた政府系投資会社「1MDB」(ワン・マレーシア・デベロップメント)を舞台にした巨額汚職疑惑については、これまでも何回か取り上げてきました。

“1MDBは、2009年にナジブ首相が主導して創設された投資会社であり、創設以来、同首相自身が顧問会議のトップとして経営に関与していた。マレーシアを先進国入りさせるプロジェクトの一環として期待されたこの投資会社は、14年3月末時点で約420億リンギットに上る巨額(GDPの3.9%、国家予算の16%に相当する金額)の負債を抱え込む状況に陥った。さらに、不正経理の疑惑も指摘されている。”【6月1日 石井順也氏 「苦境を乗り切るマレーシア・ナジブ首相のしたたかな統治術」 読売】

疑惑は、巨額負債のほか、マネーロンダリング、首相親族の関与、更には,ナジブ首相の個人口座に約7億ドル(約800億円)の不透明な資金が振り込まれた・・・という首相自身への資金還流など多岐にわたっています。

政府批判の中核となるべき野党連合が、取りまとめ役のアンワル・イブラヒム元副首相が同性愛問題という政治的策略とも思われるような形で政治生命を断たれたことで崩壊した一方で、与党側の中核にあったマハティール元首相がナジブ首相批判の先頭に立つ形で、両者の権力闘争的な側面も見せていました。

マハティール元首相の政権批判も国内的に圧倒的な権力を握るナジブ首相の壁を崩すには至らず「一件落着」の様相も見せていたとこへ、アメリカ司法省が7月20日、マレーシアのナジブ首相が主導して設立した政府系ファンド「1MDB」から資金が不正に流用された疑いがあるとして、米国にある不動産や美術品など総額10億ドル(約1070億円)の資産の差し押さえを求める訴訟を起こしたと発表、改めて国際的な不正疑惑として火の手があがった・・・という話は、8月8日ブログ“マレーシア 国内的に幕引きがなされた「1MDB」疑惑 アメリカ司法省の差し押さえ訴訟提訴で再燃”http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160808で取り上げたところです。

アメリカ・ホワイトハウスは、マレーシア政府は良好なガバナンスと透明なビジネス環境を重視していることを示す必要があるとの見方を示しています。

アメリカ司法省が「1MDB」からの資金の受け取り手の一人と指摘した「マレーシア政府関係者」の氏名は公表されていませんが、ナジブ首相だとも見られています。

その後、目立った進展があったようには聞いていませんが、ナジブ首相は‟表立っては”アメリカの調査への協力を表明しています。

****マレーシア政府系ファンドの資金不正流用、首相が米調査に協力表明****
マレーシア政府系ファンドの資金不正流用問題で、ナジブ首相は27日、米国など国際当局の調査に協力する方針を表明した。

ドイツのメルケル首相と会談後、記者団に語った。ナジブ氏は「良好な統治と法の支配の範囲内で、マレーシアは協力し、必要なあらゆる措置を講じることに最善を尽くす」と述べた。

選挙の早期実施には反対する考えを示し、単一要因に基づいて実施を決めるべきでないと語った。【9月28日 ロイター】
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ただ、ナジブ首相が自身のスキャンダルそのものである「1MDB」に関するアメリカの対応に怒り心頭に発しているであろうことは、誰が考えても明らかです。

逆に言えば、アメリカが同盟国マレーシア首相に対し、随分と思い切った対応をとったものだ・・・とも思えます。

そうしたアメリカの対応に対するナジブ首相の答えが、中国への接近です。

****マレーシア首相が訪中、「中国から軍艦購入」に海外注目****
2016年10月31日、マレーシアのナジブ首相は同日から11月6日まで訪中するが、海外メディアでは期間中にマレーシアが中国から沿海域任務艦(LMS)を購入する見通しや、これにより米国に打撃を与えるとの指摘が聞かれている。環球時報が伝えた。

軍艦の購入に関してロイター通信は専門家の見解を紹介し、「マレーシアが中国から軍艦を買う背景には、今年7月に米司法省がマレーシアの政府系ファンドのワン・マレーシア・デベロップメント(1MDB)の資産差し押さえを求め提訴した騒動がある。米司法省は1MDBに巨額の資金流用・洗浄疑惑があったとしており、ナジブ首相が関与した疑惑も持たれている。マレーシアは米国に不満を抱いていると思われる」と報じ、英デイリー・スターは、「米国は南シナ海での影響力を強化しようとしているが、(マレーシアと中国の接近は)米国の打撃になる」と指摘している。

中国の専門家は、「金銭的な理由も考えられる。現在マレーシアの国防予算は大幅に削減され、高額な欧米の軍備を買い続けるのは困難。そこで、品質そこそこで値段が安い中国の軍艦に目を向けたのだろう」と分析。

このほか、「マレーシアが中国から軍備を購入することは、たとえマレーシアに意図がなくても『米国と距離を置き、中国に近づく』との印象を植え付けることになる」との声も海外で聞かれている。【10月31日 Record china】
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アメリカはフィリピン・ドゥテルテ大統領の超法規的処刑に関して人権上の懸念から批判したことで、結果、ドゥテルテ大統領の反米意識に火が付き、フィリピンの中国への急接近となっていることは、連日メディアが報じているところです。

形としては似たような話で、マレーシア・ナジブ首相の不正疑惑を追及することで、同盟国マレーシアの中国接近を呼ぶところともなっています。

こうした両国の動きは、外交面だけを見れば、「米国は南シナ海での影響力を強化しようとしているが、米国の打撃になる」ということになりますが、個人的には、アメリカは言うべきこと言い、行うべきことをやったのであり、それで両国が一時的に離れていくなら、それはそれで致し方ない・・・と考えます。

長い目で見たとき重要なのは、南シナ海情勢でも中国との覇権争いでもなく、不正や人権侵害はただすという価値観であり、日米などの強固な、信頼できる同盟は、そうした価値観を共有するところから生まれます。

価値観を共有するものではない同盟関係など、一時的・便宜的なものであり、情勢次第ではいかようにも変容する頼むに足りないものに過ぎません。

「1MDB」疑惑に関しては、アメリカのほか、シンガポールでも表面化しています。

****シンガポール当局、3銀行を処分 マレーシア流用疑惑****
シンガポール通貨金融庁は11日、汚職疑惑に揺れるマレーシアの政府系ファンド「1MDB」の取引に絡んで、シンガポールに拠点のあるスイスの銀行など3行を処分したと発表した。
 
処分対象は、スイス最大の銀行UBS、同じくスイスのファルコン・プライベート・バンク、それにシンガポールのDBS銀行の計3行。

ファルコンについては「経営幹部による不適切行為と資金洗浄統制に重大な欠陥があった」として銀行免許を取り消し、当局が支店幹部1人を逮捕した。UBSとDBSには資金洗浄の防止対策に不備があるとして制裁金を科した。
 
1MDBの資金疑惑をめぐって、シンガポール当局は5月にもスイスの銀行BSIの免許を取り消した。7月には疑惑に関係するシンガポール国内の資産(約181億円相当)を差し押さえたことを明らかにした。【10月11日 朝日】
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【「マレーシアのイメルダ」こと首相夫人のスキャンダル、疑惑も
「1MDB」疑惑を抱えるナジブ首相にとって、「マレーシアのイメルダ」との異名をとるロスマ・マンソール夫人のスキャンダルも頭痛の種となっているようです。

****ナジブ首相の足をひっぱるマレーシアのイメルダ夫人****
<マレーシアの首相夫人ロスマの豪勢な暮らしぶりがかつてのイメルダ・マルコス(フィリピン大統領夫人)並みと、アメリカのメディアを騒がせている。自らもスキャンダルを抱え、大物マハティール首相との対決も控えたナジブ首相には泣きっ面に蜂>

東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10か国首脳、元首の夫人たちの中で「最も美しいファーストレディ」を選ぶイベントがあり、見事2位を獲得したこともあるマレーシアのファーストレディ、ロスマ・マンソール夫人(64)が夫のナジブ・ラザク首相の新たな重荷、頭痛の種になっている。

国営投資会社ワン・マレーシア開発(1MDB)に関連した不正資金流用問題や治安維持で首相に強大な特権を与える「国家安全保障会議(NSC)法」制定、仇敵となったマハティール元首相による「ナジブ打倒」を掲げる新党結成などで人気と支持に陰りのでてきたナジブ首相に、追い打ちをかけるようにロスマ夫人の疑惑やスキャンダルが次々と浮上しているのだ。

夫人の立場でありながら政治に口出ししたり、不動産購入や宝飾品収集といった贅沢三昧の私生活などが暴かれ、その「マイナスイメージ」には夫のナジブ首相も口をさしはさめない状態のようで、内外から「マレーシアのイメルダ」と不名誉な異名を与えられている。(中略)

9月19日、マレーシアの中国語新聞などが国連教育科学機関(UNESCO)の受賞対象リストにあったロスマ夫人の名前が表彰式の直前になって除外されたことを伝えた。

2007年にマレーシア政府の支援で設立された貧困層の子供に対する社会支援を続けるマレーシアの組織「プルマタ」の活動が国際的に高く評価され、その代表としてロスマ夫人へのUNESCOの「リード・バイ・エグザンプル」賞の受賞が決まった。

ところがこの「プルマタ」の設立時にロスマ夫人が多額の寄付をしたことが指摘され、その資金源が不透明、不明確なことから受賞対象から除外されたというのだ。

この措置に対し、ロスマ夫人と大統領府報道官は「UNESCOの決定の背後にはウォールストリート・ジャーナル(WSJ)とニューヨーク・タイムズ(NYT)という米2紙による圧力があった」とその公平性に疑問を投げかけた。その上では「この賞にプルマタは自ら応募したわけではなく、UNESCOが(一方的に)選んだだけだ」と指摘して、UNESCO側が勝手に選んでおいて一方的に除外したとUNESCOを批判した。

不動産、ブランド、宝石大好きの首相夫人
(中略)9月14日の地元マスコミネット版にはロスマ夫人の写真が大きく掲載され、その写真に写る腕時計とイヤリングが拡大され「腕時計=250万リンギット(約61万7000円)、イヤリング=50万リンギット(約12万3000円)」との大きな見出しがつけられて報じられた。

さらに米紙WSJの報道を引用する形で「最近数年間のクレジットカードの支払いが600万米ドルになった」「2008年から2015年までに洋服、靴、宝石をロンドンのハロッズ、ニューヨーク5番街のSaksなどで少なくとも600万ドルを支払っているその額と同じである」「この金額の一部には1MDBの資金が流用されている可能性がある」「夫人自身には定期的な収入はない」などと指摘して、ロスマ夫人にまつわる疑惑を報じた。そしてロスマ夫人のお気に入りブランドが「エルメス・バーキンのハンドバッグ」であるともNYTは伝えた。

このほかにNYTはロスマ夫人には米ニューヨークにあるタイムワーナーセンターのペントハウス(約3000万ドル)、ロスアンゼルスのLAヒルズにあるマンション(約3900万ドル)などを含む約10億ドルの資産があるとも報じている。

夫唱婦随のスキャンダル、疑惑
ナジブ首相が副首相時代の2008年6月にはネットニュースの編集者が「ナジブ副首相夫人のロスマ女史が殺人現場に居合わせた」と指摘、殺人事件への関与疑惑が浮上したこともある。しかし副首相側が政治的陰謀として全面否定したが、ロスマ夫人は警察の事情聴取を受けたとされている。

また2015年8月には「首相夫人がマレーシア中央銀行総裁の追放を画策」などと人事への口出し疑惑を報じたアジア・センティネルの記者に対し「ロスマ夫人に対する48時間以内の無条件、自発的全面謝罪」を求める警告が夫人の顧問弁護士から出される事件も起きた。これは首相夫人の地位を利用して政治に介入しようとしたロスマ夫人を追及する報道に「過剰反応」を示したことで、逆に疑惑を深める結果となった事例だ。

今年4月に開かれたバドミントンのマレーシア・オープン決勝戦でマレーシア・バドミントン協会の強力な後援者として優勝選手への賞贈与者としてロスマ夫人の名前が場内にアナウンスされると約1万人の観衆から盛大なブーイングが沸き起こった。

さらに8月にはクアラルンプール市内で開かれた政治腐敗追及のデモでは参加者から「ロスマ夫人の金銭疑惑の解明」を捜査当局に求める声があがるなど、世論は次第により厳しくなりつつある。

その一方で与党系のマスメディアでは連日のようにその公的活動が伝えられ「ファーストレディとして貧困対策、社会運動支援に活躍する姿」が大きく報じられている。10月10日の「ニュー・ストレート・タイムズ」は、ロスマ夫人が自閉症児の施設を訪問し約3時間にわたる施設訪問の様子を自閉症児やその親と笑顔で歓談する写真とともに掲載した。【10月18日 大塚智彦氏 Newsweek】
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マハティール、アンワルによる野党共闘とはいうものの・・・・
肝心の国内における「1MDB」疑惑追及については、マハティール元首相を軸にした取り組みがなされています。

****選挙前の辞任を目指し野党大同団結へ*****
マハティール元首相がかつてのライバル、アンワル元副首相と連携して「打倒ナジブ」に動き出し、反ナジブ運動が拡大の様相を見せる中、2018年に予定される次の総選挙の日程を前倒しするのかどうかが焦点となっていた。

ナジブ首相は、野党の足並みが揃いその勢力を拡大する前に議会を解散し、総選挙を前倒しすることを一時模索していたといわれる。しかし、自らのスキャンダルに加えてロスマ夫人の数々の疑惑が急浮上するなか、「総選挙の前倒しは逆に不利」と判断して方針を転換、政権維持にまい進する覚悟を決めたとされる。(中略)

これに対し、今や公然と反旗を翻し「ナジブ退任」を求めるマハティール元首相は、野党「人民公正党」の実質的指導者でかつての右腕、有力後継者でありながら「同性愛疑惑」で政界から葬り去ろうとしたアンワル元副首相との歴史的和解で連携を深めている。

さらにナジブ首相を批判して副首相を解任され、与党UMNOからも除名されたムヒディン前副首相を新党党首に迎えるなどマハティール元首相を軸にして「ナジブ包囲網」を着実に固めつつある。

マハティール元首相は野党勢力の大同団結で総選挙での政権交代を目指す、としているが、ナジブ首相やその夫人の次々と浮上するスキャンダル、疑惑を追い風にして、学生や人権団体、中華系組織、イスラム組織など社会のありとあらゆる階層、組織、団体をまとめることで社会的気運を盛り上げ、ナジブ首相に総選挙前の辞任を迫る方策を練っているとみられている。今後のマレーシア情勢からますます目が離せなってきたのは確実だ。【10月18日 大塚智彦氏 Newsweek】
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仇敵の関係にあったマハティール元首相とアンワル元副首相の連携については、以下のようにも報じられています。

****18年の怨念を超えて握手 マハティールと仇敵が目指す政権打****
<マハティール元首相と彼に追い落とされたアンワル元副首相が再会、親しげに握手を交わす姿に、世界中が驚愕。その後約30分間の密談を交わした2人の狙いはナジブ政権を倒すことだ>

9月5日、マレーシアの首都クアラルンプールにある高等裁判所は異様な雰囲気に包まれていた。この日はナジブ・ラザク政権下で8月1日から施行された「国家安全保障会議(NSC)法」に対してアンワル・イブラヒム元副首相が違法性を訴えた裁判の口頭弁論が開かれる予定だった。

その裁判所に予告なしに突然マハティール・モハマド元首相が現れたのだ。

2003年まで22年間マレーシアの首相を務めたマハティールは同国を代表する政治家。一方のアンワルはマハティール政権で副首相を務め、最有力の後継者と目されながらも1998年にマハティールから突然解任され、同性愛や職権乱用の容疑で追及を受けるなどマハティールによって政界の第一線から葬り去られた人物。

言ってみればこの2人は「蜜月から仇敵」と極端に変質した関係を18年間続けてきた関係なのだ。その2人が裁判所の一室で約30分間密談、関係者によると二人は笑顔で握手を交わし「18年に渡る怨念を消去させた」ように真剣に話し合ったという。(後略)【9月13日 大塚智彦氏 Newsweek】
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ただ、ナジブ首相は10月21日に行われた2017年予算案の国会説明において、“自分の選挙区プカンをはじめとして、去る5月のサラワク州選挙および6月のスンガイ・ブサールとクアラ・カンサーでの補欠選挙で与党連合が勝利したように、あらためてナジブ安泰を誇示した”【Onozawa Jun氏ブログ http://ampang301.blog.fc2.com/blog-entry-784.html】とのことで、権力の壁は未だ厚いようです。

“予算案は、低所得層や公務員(農業人口を上回る160万人)への現金支給などの大判振る舞いが目立ち、1MDB問題による政府不信を総選挙で乗り切ろうとするナジブ首相の“選挙予算”と言われても仕方がない色彩が濃い。”【同上】とも。

いかんせん、アンワル元副首相は禁固5年で服役中の身。一方、マハティール元首相は91歳。ギネス級の執念ではありますが、その権力闘争的な取り組みに頼っているようでは、限界があります。

“マハティール、アンワルによる野党共闘は中華系野党を巻き込みながら(1)IMDB疑惑の追及(2)イスラム刑法導入反対(3)NSC法による首相権限強化反対の3点を突破口にして反政府の国民的運動を盛り上げる展開になるとの見方が野党関係者の間では広がっている”【9月13日 大塚智彦氏 Newsweek】とのことですが、都市部はともかく、地方のマレー系住民への浸透がどれだけ実現できるかにかかっていると思われます。
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