(白馬にまたがり白頭山に登る北朝鮮の金正恩委員長(中央)と妹の金与正氏(左)(2019年10月16日)【3月5日 福山 隆氏 JBpress】)
【金正恩朝鮮労働党委員長の妹、金与正氏が政治的に重要性の高い声明】
韓国・文在寅大統領が北朝鮮との関係改善に熱心なのは周知のところ。
いろんな政治的問題を抜きにして、民族分断という現状を考えれば「当然」にそういう考えがあるだろうとは思いますが、韓国内でも保守派からは、国内問題に目をくれず、ひたすら北に媚びているとも批判されています。
一方、韓国・文在寅大統領からのラブコールを受ける北朝鮮・金正恩(キム・ジョンウン)体制の方は、韓国に対するつれない対応が目立ちます。
このあたりは、単に政治的な問題というだけでなく、他国にはうかがい知れない同族国家間の微妙な関係があるようにも思えます。
経済力では比較にならないほどの格差が生じた今、韓国のペースで両国関係を改善することは北朝鮮の存在が埋没してしまう・・・という恐れ・警戒心もあってのことでしょう。
それにしても、金正恩朝鮮労働党委員長の妹、金与正(キム・ヨジョン)同党第1副部長の「飛翔体発射」に関する韓国側の懸念に対する反論は過激でした。
****金正恩氏妹が韓国大統領府に「低能、ばか、3歳児」=韓国ネットの反応は?****
2020年3月4日、韓国・チャンネルAによると、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の妹、金与正(キム・ヨジョン)同党第1副部長が、韓国・大統領府を「低能な考え方に仰天する」と非難した。金副部長が直接非難する談話を出したのは今回が初めてという。
記事によると、金副部長は、北朝鮮が2日に行った「超大型放射砲」と呼ばれる飛翔体の発射について「大統領府から強い遺憾の意と中断を求める声が聞こえてきたことは、実に疑問に思わざるを得ない」と述べたという。
また、大統領府と文在寅(ムン・ジェイン)大統領を名指しして「事実、大統領府の行動は、3歳の子どもと大きく変わらない」とし、「吐き出す一言一言、振る舞い一つ一つが全てばかげている」などと非難。
さらに、韓国軍の戦力増強についても批判を展開したほか、今月に予定されながら延期になった米韓合同軍事演習については、「南朝鮮(韓国)で荒れ狂う新型コロナウイルスが延期させた」とし、「平和や和解に関心がない大統領府の者たちが決めたことではないということは、世の中に知られている事実だ」と主張したという。
大統領府は、金副部長の談話について特に立場を表明していないという。
金副部長が出した初談話に、韓国のネットユーザーからは、「自国の大統領がこんなに非難されるのは気分が悪い」「国民の自尊心を傷つけられた」「『ばか』という表現は良くない」など批判的な声が上がる一方で、「北朝鮮の立場からすれば、間違ったことは一言も言っていない」「私は与正氏の意見に同意する」という声や、「こんなに言われて、反論一つできない文大統領」と嘆く声なども出ている。
また、「いつから北朝鮮は言論と表現の自由が認められるようになったのか」と皮肉交じりのコメントも寄せられている。【3月4日 レコードチャイナ】
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韓国側は“金与正氏は2018年の平昌冬季五輪に合わせて北朝鮮の代表団として訪韓し、その後に開かれた3度の南北首脳会談で主要場面に登場し、南北対話を象徴する人物の一人とされてきただけに、同氏の談話発表に当惑する様子もみられる。”【3月4日 聯合ニュース】とも。
今回の金与正氏の発言は、内容もさることながら、韓国との関係という重要な問題に関して、これまで兄・金正恩氏の秘書的なイメージがあった同氏が表立って政治的発言を行った点で、非常に注目されています。
****金正恩氏の妹、韓国を「生意気」で「愚か」と非難 火力演習めぐり****
(中略)与正氏は今年1月、党中央委員会第1副部長に指名された。与正氏が直接的で、政治的に重要性の高い声明を出したことは、同国の政治的な序列において与正氏が中心的役割を果たしていることを浮き彫りにしている。 【3月3日 AFP】
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【「謹慎説」もあった金与正氏のスピード出世】
基本的に北朝鮮政権内部のことは外部の人間にはわかりません。
金与正氏に関しても、不調に終わった昨年2月の米朝首脳会談の責任を問われて謹慎状態にあるという「謹慎説」が一時ありましたが、その後公の場に姿を見せ、更に党中央委員会第1副部長という政治的ポジションを任されるようになっており、何が何だかわからないというのが実情です。
****「権力掌握」に動き出した妹・金与正氏…重要会議を招集****
北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の妹・金与正(キム・ヨジョン)党中央委員会第1副部長を巡り、注目すべき動きが同国内で出ている。
北朝鮮の内部消息筋が韓国デイリーNKに伝えたところによると、最近、党中央本部で金与正氏が主宰する緊急会議が開催されたという。(中略)
それはさておき、この会議を金与正氏が主催したというのは注目に値する。金与正氏は昨年末の総会で、党組織指導部の第1副部長に任命された可能性が一部で指摘されている。党組織指導部は、北朝鮮の政務と人事を一手に掌握する国内最強の権力機関である。
かつては、最近になって健在が確認された金正恩氏の叔母・金慶喜(キム・ギョンヒ)氏や異母姉の金雪松(キム・ソルソン)氏が部長を歴任したとされており、いずれは金与正氏がその座に就くと見られる。そうなれば名実ともに、兄に次ぐ「ナンバー2」の地位を占めることになる。
部長になるにはさすがに年齢が若いが、第1副部長になれば実質的な権限を握ることができる。(中略)
軍に対してこのような指示を下すのも党組織指導部の領分であり、金与正氏が同部の第1副部長として権限を行使し始めたことの表れと見ることも出来る。
しかしそれにしても、金与正氏の出世スピードは速い。北朝鮮の最重要事項は、朝鮮労働党政治局で決定される。金与正氏は政治局員候補だが、この分だと政治局入りする日は遠くないはずだ。叔母の金慶喜氏が政治局員になったのは64歳のときだ。
妹の超スピード出世から垣間見えるのは、金正恩氏が「自分の時代」を築くべく猛烈に動いているということだ。【1月30日 高英起氏 YAHOO!ニュース】
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【金正恩氏の健康問題から、与正氏に過渡的な中継ぎを・・・・との「憶測」も】
北朝鮮権力内部の動きがわからないだけに、いろんな憶測がなされますが、下記はそうした“かなり大胆な”「憶測」のひとつ。
****風雲急を告げる北朝鮮、金正恩に生命の危機か ****
昨年末以来続く北朝鮮の異変
筆者は、2月5日に「新型コロナウイルスで北朝鮮崩壊の兆し」(https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/59207)という記事で、昨年末から北朝鮮で起こっている「異変」について書いた。「異変」を列挙すれば次の通り。
①“人工衛星”状態だった金平一の帰国(昨年12月1日以前)
②党中央委総会は何ら新しいビジョンを打ち出すことができず尻切れトンボ(昨年末)
③ミサイルも発射せず:トランプ氏への「クリスマスプレゼント」は反故に
④金正恩氏の「新年の辞」なし
⑤6年ぶりに金正日氏の、金正日の実妹・金慶喜氏(正恩氏の叔母で、その夫の張成沢氏は正恩に粛清された)妹の健在を確認(1月25日)
⑥人事の刷新:軍出身の李善権氏の外相就任(1月)
現在、北朝鮮では、深刻な食糧不足で飢餓が深刻化しているとみられる。
加えて、昨年末に中国で新型肺炎が発生し、飢餓で免疫力が低下した多くの人民に計り知れないダメージを与える恐れが高まっている。
このように、2つの危機が重なり、北朝鮮は体制崩壊の危機を迎えつつあるとの観測がなされているところである。
新たな異変が次々発生
●高麗航空チャーター便で、外国人の帰国を援助
(中略)さらに言えば、穿ち過ぎかもしれないが、ウラジオストクからの帰りの便にヨーロッパから金正恩氏のための特別医療チーム・医療システムを搬入するためのカモフラ―ジュのためかもしれない。
●金正恩氏の妹金与正(ヨジョン)氏が韓国を非難
(中略)これについて、AFP=時事では「与正氏が直接的で、政治的に重要性の高い声明を出したことは、同国の政治的な序列において与正氏が中心的役割を果たしていることを浮き彫りにしている」と報じている。
「新たな異変」についての分析
●「高麗航空チャーター便で、外国人の帰国を援助」について
北朝鮮によるこの措置は、「外国人の数を減らすこと」が「情報漏洩」や「外国などによる謀略・工作」を減らすことに繋がるという判断に基づくものではなかろうか。
いかなる情報漏洩を防ぐのか。それは、いかの3点であろう。
①飢饉の深刻化と餓死者の発生状況
②新型肺炎の発生・拡大とそれによる犠牲者の発生状況
③飢饉と新型肺炎拡大による金王朝独裁体制の動揺状況(中略)
●「金正恩氏の妹金与正氏が韓国を非難」について
「異変」は、北朝鮮が金与正氏名義の談話を出すのは初めてのことだ、という点だ。
これについて筆者は、AFP=時事が伝えた「与正氏が中心的役割を果たしている」という理由だけでは到底納得できない。
金王朝3代で、「身内」がしゃしゃり出たのは金日成の晩年に金正日が父に代わって事実上の元首を演じた例だ。
この時は、後継者に認められた金正日が継承を確かなものにするのが目的だった。
独裁国家の北朝鮮において、今回のように与正氏が直接的で、政治的に重要性の高い声明を出したことは、その内部に何か重大な「地殻変動」が起こりつつある兆候ではないだろうか。
●北朝鮮政権内部における「地殻変動」を読み解く:金正恩氏の生命の危機?
唯一考えられるのは、金正恩氏の健康問題である。
金正恩氏の生命の危機が迫っているのではないかという仮説が浮上する。(中略)
そのような配慮から、正恩氏は重用している妹の与正氏に過渡的な中継ぎの「女帝」にしようとしているのではないか。(中略)
否定的要素もある。
北朝鮮は儒教の影響が強く「男尊女卑」が染みついている。そんな中で、「女帝」が容認されるかということだ。(中略)
しかし、与正氏は「白頭山の血筋」ではない妻ではなく、まごうことなき「白頭山の血筋」である。
目を離せない北朝鮮の動向
上記の「金正恩氏の生命の危機」が迫っているという仮説が正しければ、①食糧不足による飢饉と②新型肺炎の伝播・拡散という事態に加え、③北朝鮮は体制崩壊の危機、という3つのリスクが現実のものとなる。(後略)【3月5日 福山 隆氏 JBpress】
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あくまでも“かなり大胆な”「憶測」です。
ただ、繰り返すように、誰も実際のところがわからないだけに、誰も否定もできない憶測です。
なお、過激な金与正氏の発言内容を中和するためか、下記のような北からの“温かい”メッセージも。
これまでの一連の北側のつれない対応からすれば、こっちの“温かさ”の方が“異例”のものにも思え、その真意は?と勘繰ってしまいます。
****新型肺炎「必ず勝つことできる」 金正恩氏が韓国に親書****
韓国大統領府は5日、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が文在寅大統領に親書を送ってきたと発表した。新型コロナウイルスと戦っている韓国国民にねぎらいの意を伝えるとともに、必ず勝つことができると信じていると伝えてきたという。
大統領府によると、文氏も感謝を伝える親書を送り返した。【3月5日 共同】
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【強硬な新型コロナウイルス対策で住民不満?】
金正恩氏の健康問題よりは、体制動揺にもつながる、もう少し“ありそうな(体制動揺にもつながる)話”は北朝鮮国内の新型コロナウイルスの拡散。
公式には感染者ゼロとされていますが、一昨日ブログでも“北朝鮮で新型コロナウイルスのため7000〜8000人が隔離されている”という韓国・国家情報院(国情院)の報告を取り上げました。
当局の厳しい封じ込め策に対し、それでは生活できないとの住民からの不満が高まっているとも。
****「このままでは餓死する」北朝鮮、新型コロナで動揺が拡大****
北朝鮮当局は、自国に新型コロナウイルスは流入していないと繰り返しているが、現地からは、各地で死者、感染者が相次いで発生していると伝わってきている。
感染者が集中しているのは、中国と国境を接する新義州(シニジュ)、羅先(ラソン)、海外との往来が多い首都・平壌だが、新義州から300キロも離れた黄海南道(ファンヘナムド)の海州(ヘジュ)でも死者2人、隔離患者7人が発生している。
公開処刑に頼り
これについてデイリーNKの北朝鮮内部情報筋は、当局が新型コロナウイルスによる肺炎(COVID-19)と思しき症状を示した後に死亡した男性から感染が広がったと見ていると伝えた。(中略)
これに対して、国境地域の住民を中心に当局の防疫体制に不満が高まっているが、当局は無理やり押さえつけて乗り切ろうとしていると、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じている。
咸鏡北道(ハムギョンブクト)の情報筋は、新型コロナウイルス対策で国境封鎖、国内の移動統制が行われているために、商売ができなくなったことによる生活苦を訴える人が増えていると伝えた。支援策がまったくないことへの不満を口にする人も多いという。
それが度を越したと判断した当局は、「不平不満を述べる者を見つけ出し、取り締まれ」という特別指示を司法機関に対して下した。政府も、新型コロナ対策により住民感情が不穏であることを認識し、強硬策で臨もうとしたようだ。
1990年代後半の未曽有の大飢饉「苦難の行軍」に際し、当時の最高指導者だった金正日総書記は犯罪者や不満分子(と決めつけられた人々)への公開処刑を繰り返し、恐怖政治で世論を抑え込もうとしたことがあった。金正恩政権も一昨年から、経済制裁の影響で悪化した治安を抑え込むため、一時低調になっていた公開処刑を活発化させている。
数ヶ月前までは、国際社会の制裁下に置かれていても、密輸や商売でなんとか食べていける状況だったが、新型コロナ対策で国境が封鎖されたことで物価が高騰し、商売ができなくなったことで、1日3食も食べられない状況となっている。
両江道(リャンガンド)の情報筋によると、密輸で北朝鮮の中では豊かな暮らしをしていた地域住民が、国境を封鎖した当局に対して不満を噴出させていることを受け、当局が取り締まりを始めた。
地域住民は、生活のすべての面において中国への依存が激しすぎるため、国境が封鎖されると人々の暮らしが転落すると当局を批判しているというが、中国依存が激しいのは地理的な面を含めて致し方ない部分がある。
当局は、ウイルス拡散を防ぐとして、外出するな、集まるなという指示を出しているが、「おとなしく従っていたら餓死する」と大反発している。【3月5日 デイリーNKジャパン】
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中国も厳しい対策で、事態をなんとか制御したようですが、北朝鮮の住民生活への配慮のなさは中国以上でしょうから、上記のような不満、それに対する締め付けがあっても不思議ではありません。