(ギリシャ国境近くのトルコ北西部ドイランでは、欧州を目指す難民らが立ち往生し、シートや毛布で簡易テントをつくっていた。【3月28日 GLOBE+】)
【難民ら欧州流入を容認したトルコ・エルドアン大統領 流入阻止のギリシャと難民が国境で衝突】
世の中、特に現在感染拡大の中心地となっている欧州では新型コロナ対策一色となり、その他の問題が吹き飛んでしまいましたが、新型コロナ禍が欧州で本格化する直前、欧州にとって重要な問題となっていたのがトルコが難民の欧州移動を容認した問題。
2015〜16年の移民・難民危機に成立した欧州とトルコの間の合意が守られていないこと、トルコ軍のシリア侵攻に批判的な欧州の対応などに業を煮やしたエルドアン大統領の欧州への「脅迫」「圧力」とも見られています。
ギリシャ国境では数万人規模の難民流入を阻止しようとするギリシャ側と難民の間で衝突が生じていました。
****トルコ、EUにシリア軍事作戦への支援要請 国境で移民らギリシャ警察と衝突****
トルコは4日、欧州連合に対し、ギリシャとの間で発生した新たな移民問題を解決する条件として、シリアで実施している軍事作戦への支援を要請した。欧州各国からEUを「脅迫」していると批判を受けたが、トルコはこれをはねつけた。
レジェプ・タイップ・エルドアン大統領は先週、移民・難民がトルコから欧州に向かうことを容認する発言を行い、トルコとギリシャの国境付近には1万人を超える規模の移民が集結。警察との衝突も発生する事態となっている。
エルドアン大統領は、ロシアの支援を受けたシリア政府軍がシリア北部を攻撃し、トルコ軍兵士34人が死亡したことを受けてこの発言を行った。同大統領はこれを契機に、国際社会からのさらなる支援を要請している。
一方EUの指導者らからは、欧州に100万人を超える難民が流入した2015〜16年の移民・難民危機の再来を懸念する声が出ている。
トルコ当局は、パザルクレの国境検問所付近で緊張が高まる中、ギリシャ側から実弾が発射され、移民1人が死亡、5人が負傷したと主張した。ギリシャ側はこれを強く否定した。
だが現場のAFPカメラマンは、移民の一団がフェンスを越えて前進しようとした際、そのうちの1人が足を撃たれたのを目撃した。この銃撃が実弾あるいはゴム弾のいずれであったかは確認できていない。
その一団がギリシャ警察に向かって投石すると警察は催涙ガスで応戦。複数回にわたって発射音と叫び声が聞こえた。 【3月5日 AFP】
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****ギリシャ、難民3.5万人の入国阻止 トルコは人権侵害と批判****
トルコ政府が国境を開放して以来、ギリシャが3万5000人近い難民の不法入国を阻止したことが、ギリシャ政府関係者らの話で分かった。(中略)
一方、トルコ側は、ギリシャの難民の扱いについて人権侵害だと批判、欧州人権裁判所に提訴する準備を進めているとしている。トルコのソイル内相は5日、ギリシャとの国境に近いエディルネを訪問し、難民がトルコ領内に逆流するのを阻止するため、1000人の特別警察部隊を配備することを明らかにした。【3月6日 ロイター】
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“難民がトルコ領内に逆流するのを阻止するため、1000人の特別警察部隊を配備”・・・・コンスタンチノープル攻防戦を題材にした塩野七生氏の小説の中に書かれている、トルコ軍の後ろに抜刀した親衛隊イエニチェリが控えて、自軍の退却・逃亡を許さなかった、そのため兵士たちは前に進むしかなかった・・・という話を思い出しもしました。
****トルコから流入の難民、ギリシャ軍が「身ぐるみはがし追放」か****
トルコ北西部パザルクレ国境検問所(CNN) トルコ北西部エディルネ県から国境を越えてギリシャ側へ入ろうとした難民らが、ギリシャ側の治安部隊に持ち物を奪われ、裸同然で追い返されているとの情報が8日までにわかった。
CNNは複数の男性が国境の川越しに、下着姿でトルコ側へ戻る場面の映像を入手した。トルコ国営放送が撮影したとされるが、CNNは状況の真偽などを確認していない。国際人権団体には近年、同様の証言が数十件寄せられているが、ギリシャ当局は一貫してその内容を否定してきた。
CNNにはこの数日間でシリア、アフガニスタン、モロッコ、パキスタンからの難民男性数人が、ギリシャ治安部隊から受けた扱いについて語っている。
シリア出身の男性(20)は「武装した軍か警察」の集団に殴られ、下着姿で追い返されたと話す。歩けないほどのけがを負った仲間もいるという。身分証明書と衣服は焼かれ、携帯電話と現金も奪われた。
幼い息子を抱いたアフガン人の男性(23)は家族で国境を越え、5時間ほど歩いたところで治安部隊につかまった。持ち物を取られ、棒のような物で殴られて追放されたという。
ギリシャのミツォタキス首相は6日、CNNとのインタビューで、同国には国境を守る権利があると強調。過剰な武力は行使していないと改めて主張した。(後略)【3月8日 CNN】
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こうした事態に、トルコ・エルドアン大統領は「ナチス」という言葉を使用してギリシャ側を批判していました。
****「ナチスと変わらない」 トルコ大統領、ギリシャの難民対応を非難****
トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領は11日、対ギリシャ国境におけるギリシャ側の難民対応を、ナチス・ドイツになぞらえて非難した。
現地テレビ局は、移民が欧州へ向けてギリシャ国境を突破しようとして催涙ガスを浴びる様子を捉えた映像を放映。同じ放送の中でエルドアン大統領は、「ギリシャ国境からのこれらの映像を見ると、ナチスがしたことと変わらない」と指摘した。
大統領は同時に、「自由な移動をはじめ...関税同盟や金融支援の更新など、トルコが期待するすべてが具体的に実現されるまで、われわれは国境での慣行を継続する」として、欧州連合が自身の要求を満たさない限り、欧州を目指す難民に国境を開放し続ける姿勢を改めて示した。(中略)
ギリシャ側は武力行使を否定するとともに、必死になった人々をけしかけて欧州を目指す危険を冒させているのは、トルコの方だと非難している。
エルドアン大統領は国境の開放について、シリア内戦をめぐり欧州諸国が支援を強化するよう圧力をかけるためだと主張。トルコは反体制派の最後の拠点となっているシリア北西部イドリブ県で、政権軍の攻撃に対抗している。 【3月11日 AFP】
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【「難民カード」で欧州に圧力をかけるトルコ】
上記記事にもあるように、欧州側は難民のギリシャ国境への移動はトルコによって仕組まれたものだと批判しています。
****トルコが切った「難民カード」、憤る欧州との摩擦激化*****
(中略)
<難民たちが駆け引きの材料に>
トルコとEUとの外交摩擦について、アムネスティ・インターナショナルのマッシモ・モラッティ氏は「難民たちが再び政治的な駆け引きの材料にされている」と批判する。
また、トルコが同盟国や潜在的な支援国に圧力をかける強硬策は裏目に出る恐れがあり、トルコ自体が「根本的に孤立してしまうという問題がある」とアナリストは指摘する。
特に緊張が高まっているのは、ギリシャとの国境地帯だ。トルコ側からギリシャの国境に押し寄せた難民は治安当局の催涙ガスによって追い返され、その多くが食料も身を寄せる場所もないままトルコ側にとどまっている。
トルコのチャブシオール外相は3日、ギリシャ軍の兵士が入国しようとした難民3人を殺害したと述べた。証拠は示しておらずギリシャ側は否定している。
一方、ギリシャは難民が国境を超えるのをトルコが組織的に支援していると批判。トルコの移民当局は難民をバスで国境まで送り届けているとの報道を否定した。
だがエルドアン氏が難民の流出を容認すると発表した数時間後、イスタンブールではすでに難民を移送するバスが複数台用意されていた。
トルコの旅行業界関係者は移民に協力する財団から連絡を受けてバスの手配を依頼されたと明らかにした。「以前難民をあちこちに運んで大金を得た。今回は無料だ」と語った。
トルコの政府系メディアなどは難民がイスタンブールからバスに乗り込み西部のエディルネ州の国境に向かって歩き、足止めされる様子を逐一報じている。(中略)
欧州の外交筋はトルコがEUから追加の経済的支援を引き出すことが目的だと主張。「(難民は)移動することを許されているだけでなく、むしろ退去することを促され、すべてが計画されたものだと信じる強力な根拠がある」と述べた。
エルドアン氏は2日、EUとの協議で10億ユーロの支援を打診されたことを明らかにした上で、トルコはもはや資金を求めないとし「誰もトルコの尊厳をもてあそぶことはできない」と述べた。【3月6日 ロイター】
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その後、世の中は新型コロナ一色になりましたが、コロナの話もあって(と言うより、コロナを表の理由にして)トルコ側は再び国境を閉鎖して難民流入は止まったようです。
****トルコ、対ギリシャ国境を閉鎖=新型コロナ対策、難民越境停止****
トルコは19日、欧州各国への渡航を目指して数万人規模のシリア難民らが殺到していたトルコ西部の対ギリシャ国境を閉鎖した。現地メディアが伝えた。
地元当局は「世界的に拡大する新型コロナウイルスから国民を保護する取り組みの一環」と説明している。これにより、トルコ国内の難民らは越境できなくなった。(後略)【3月19日 時事】
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【エルドアン大統領の決定の背景に、トルコ国内において強まる難民への批判も】
エルドアン大統領が国境開放という強硬手段をとった背景には、400万人を超す難民を受け入れてきたトルコ国内における難民らへの反発があると指摘されています。
****「難民を使った脅し」と批判するEU トルコから見える現実は****
(中略)
そもそもトルコはなぜこのタイミングで国境を開放したのか。10年目に入ったシリア難民問題を、トルコとEUとの関係から考えてみたい。
■トルコはなぜ国境を開放したのか
トルコに国境開放を決断させたのは、今年2月末、シリア北西部のイドリブ県で、ロシア軍とアサド政権軍による攻撃を受けトルコ兵士30人以上が死亡したのがきっかけだった。
かねてからトルコ国民の間で「なぜシリア人のためにトルコ兵士が死ななければならないのか」という不満が出ており、国民のシリア難民に対する不満が一気に爆発しかねない状況を察知しての政府の判断だったとみられる。
また、トルコの「これ以上の受け入れは無理」という度重なる訴えを前に、「深刻な人道危機」と言いながらも積極的に関与しようとしないEUに対する「ショック療法」の意味合いもあった。
紛争が続くシリア隣国の中でも、トルコは910㎞という最も長い国境線を接する。2011年のシリア内戦ぼっ発以降、戦火を逃れてきたシリア人を、国境開放政策のもと受け入れ続けてきた。
トルコに身を寄せるシリア難民は、いまや360万人。シリア以外の難民を入れると410万人に上り、2014年以降、トルコは世界最大の難民受け入れ国だ。
イドリブ県が陥落すればさらに100万人以上が流入すると見積られている。たとえ流入なくしても、難民の出生率は高く、人口はどんどん増えていく。トルコ国内で生まれたシリア人の子供は過去9年間で52万人に上る。
■試行錯誤のシリア難民支援
トルコは東西の十字路に位置するがゆえに、歴史的に多くの難民や移民を受け入れてきた。古くはコーカサスやバルカンから、80年代以降はイランやイラク、アフガニスタンのほか、最近ではアフリカからも受け入れている。
そんなトルコでも、年に100万人単位での難民の流入はかつてない経験であり、試行錯誤しながらの支援を続けてきた。
「シリア難民」と呼ばれるが、トルコではヨーロッパから難を逃れてきた人のみを「難民」という定義にしているため、シリア人は難民条約に基づく正式な「難民」ではない。だが、シリア人に対しては「一時的保護」という特別の身分を与えることで、教育や医療などのサービスを無料で受けることができる制度を整えた。
当初は国内20か所以上に難民キャンプを作り収容してきたが、難民数の増大から、今や難民の98%がキャンプ外で、トルコ全土の様々な地域に居住している。シリアに近い南東部地域では13年以降、シリア人の急激な流入で、アパートの家賃は3倍に跳ね上がった。病院には無料で診察を受けられるシリア人の長い列ができた。
こうした中でも、トルコの人々は、隣人の苦境を不憫に思いつつトルコ社会に受け入れてきた。
シリアでイスラム国(IS)が台頭した14年以降は、難民に交じりテロリストもトルコ国内に流入、15年、16年には、国内でテロが相次ぎ400人以上が命を落とした。テロリストは一般人にまぎれており、どこに潜んでいるかわからない。シリア難民支援は、トルコの人々にとって、いわば命がけの人道支援でもあった。
■EUトルコ協定とその後の不和
国境を開放したトルコに、EUは「協定を遵守すべきだ」と声を荒げた。これは2016年3月に締結された協定を指す。きっかけは、ISが勢力を拡大した15年、トルコに逃れたシリア人らが、さらに陸路・海路で国境を超え、百万単位でEUに流入する「難民危機」が起きたことだ。(中略)
EUとして有効な対策を講じられない中、2016年3月、トルコとの間でこれに対処する協定が結ばれた。ヨーロッパ側に渡った難民をトルコに送り返すと同時に、トルコが引き受けた数と同数のシリア難民を、EUがトルコから受け入れる、というものだ。
トルコは見返りに、①計60億ユーロの支援金、②EUへのビザなし渡航の実現、③関税同盟の更新、④EU加盟交渉の加速化を約束された。
この協定により、EUを目指す難民は激減。欧州委員会は18年、同協定発効により、ヨーロッパに渡る不法移民は97%減となったと発表した。トルコは協定を遵守したという自負がある一方で、EUがこれまでトルコから受け入れたのは2万人程度、支援金は半分程度しか支払われていない上、それ以外の約束はまるで動きがないことに不満を抱いてきた。
この協定は当初から資金の使い方などを巡り両者感で隔たりがあったほか、トルコがEUに対し大きな影響力をもつことになる、といった懸念もEU内であがっていた。しかし、EUにとっては、目の前の難民流入を食い止めることが先決だった。
■高まる反難民感情と現実
内戦から10年。帰還の目途もたたない中で、シリア難民の存在は国内政治にも大きな影響を及ぼしている。
昨年のトルコ地方選では最大都市イスタンブールと首都アンカラで25年ぶりに世俗派野党が市長の座を奪った。政権与党の牙城だっただけに、トルコでは大きな衝撃をもって受け止められた。選挙戦で「難民帰還」を訴えたことが得票率拡大の一因と考えられている。
世論調査では、8割以上がシリア難民の早期帰還を求め、経済の低迷と失業者の増大から、「なぜシリア人ばかりが優遇されているのか」、「なぜ税金を払っていないのに教育も医療もただなのか」と言った不満が募ってきており、今や政府も無視することができない。
不満の矛先は、特に雇用と治安だ。「シリア人がトルコ人の職を奪い、シリア人のせいで犯罪が増えた」というものだ。だが、実際には、トルコ人と競合しない分野で雇用されているシリア人が多く、捕まれば強制送還の可能性があるため、シリア人の多くは犯罪に手を染めぬよう用心している。内務省の発表でも、シリア人の犯罪率はトルコ人の半数以下だ。事実よりも心理的嫌悪が勢いを増している。
■新型コロナウィルスの危機、難民にも
当初、難民の入国阻止に躍起になっていたEUは、欧州各国での新型コロナウィルスの蔓延を受け、3月17日から、第三国からEUへの入国を制限することで合意。難民はトルコとギリシャ国境に置き去りにされる形となった。
報道では、難民はEUへの入国を断行したい一部を除き、徐々にトルコ側の元の居住地に戻り始めているという。
コロナウィルスの広がりにより、難民のコロナ対策が今後深刻になると予想される。難民の中には、複数の世帯が家賃を出し合いながら一つのアパートの部屋を借りているケースや、空き家となった不衛生な場所に住んでいる人も少なくない。
感染の脅威は国内に留まらない。シリア難民支援に従事するNGOによると、戦闘下のイドリブ県では、十分な食料も医療施設もないまま、2,3世帯が一つのテントで避難生活を営んでいる。トイレはさらに多くの世帯と共用している状態という。
イドリブにおける停戦合意が破られ戦闘が再開すれば、100万人のトルコへの流入が予想されている。
■今後の展望
シリア難民の今後の可能性としては、EUによる受け入れ、帰還、トルコでの滞在継続などがありうるが、EUは各国内に反移民勢力が多く、強いリーダーシップがない中で難民受入政策をまとめ上げるのは容易ではない。
帰還について、トルコ政府は内戦当初の2011年から、シリア国内に「安全地帯」を設定し、その地域に送り返す案を、国連総会など様々な機会に訴えてきた。
しかし、ISの台頭やトルコとクルド勢力の戦いなど、内戦が様々な局面を見せる中、欧米から「安全地帯」の設置はトルコの越境攻撃を正当化する口実だ、との批判が上がったほか、安全地帯が難民の出身地とは異なる地域にあること、インフラのほか教育、医療体制を整えるのに莫大なコストがかかるなどとして、国際的な支持は集まらなかった。
トルコに滞在する難民の8割以上が、当面トルコで生活したいと考えていることも考慮すれば、最も現実的なのは、EUと協力した上でのトルコでの滞在継続の選択肢だろう。(後略)【3月28日 GLOBE+】
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難民の子供のなかには、シリアを知らない、トルコ生まれの子供も増加しています。
その意味でも「トルコでの滞在継続」は現実的ではありますが、トルコ側の負担を軽減する必要もあります。