(ロシアの野党指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏(2018年、モスクワ)【8月21日 WSJ】)
【「プーチン最大の敵」の体調急変 毒を盛られたとの憶測も】
権力者・国家権力が、その意に沿わない「邪魔者」をひそかに抹殺する・・・・というのは、世界的に見ると、残念ながらそんなに珍しい話でもありません。
最近、話題になっているのはロシアの反プーチン指導者が「毒を盛られた」かもしれないということで重体になっている件。
****重体のロシア反政権活動家、転院許可される 批判配慮か****
意識不明の重体で救急搬送されたロシアの反政権活動家アレクセイ・ナバリヌイ氏について、搬送先の西シベリア・オムスクの病院は21日、ドイツへの転院を認めると発表した。同氏の側近らが、政権の管理下にある病院は危険だとしてドイツへの転院を求めていた。
側近らは「政権に毒を盛られた」と訴えているが、病院は「検査で毒物は検出されなかった」としている。
インタファクス通信などによると、病院は当初、「搬送は危険だ」として転院を拒否していたが、その後、一転して「反対しない。容体が改善した」と表明。数時間で準備が整うとの見通しを示した。
ムラホフスキー院長は「転院は勧めないが、親族とドイツの医師の責任でなら可能だ」と述べた。22日にもドイツの人権団体が手配した特別機で出国するとみられる。
ナバリヌイ氏は20日、モスクワに向かう飛行機の機内で意識を失った。体調不良となった理由について、病院は「飛行機の離陸時の気圧降下による低血糖や代謝障害」と説明している。
転院の許可や調査の徹底を求める声が国内外で強まったため、病院側は政権批判が高まらないようにとの配慮から、一転して転院を認めたとみられる。【8月22日 朝日】
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毒を盛られたのか? もしそうだとすれば誰が命じたのか?
真相は今のところまったくわかりません。
わかりませんが、これまで反体制的な活動家、ジャーナリスト、プーチン大統領の政敵などが不審な死をとげる、命を狙われることが珍しくないロシアのことなので、「またか・・・」という疑惑も禁じ得ないところではあります。
とりわけ、ナバリヌイ氏が、野党と言われるような政党も結局はプーチン支持の体制内野党にすぎないロシアにあって、唯一公然とプーチン批判を続け、野放しにした場合、その影響力は(特に、モスクワなど都市部では)プーチン大統領も無視できない存在であるだけに、「とうとうやったか・・・」という疑惑も。
****反プーチン指導者が重体。陰謀論ではない「ロシアで何が起こったか?」*****
(中略)ナワリヌイ氏はこの日朝、空港のカフェでお茶を飲んだという。
この件、「ホントに毒盛られたのですか?」「あの人がやらせたのでしょうか?」など、いろいろ疑問が湧くでしょう。匿名掲示板やヤフーニュースのコメント欄なら、好きなことを書けます。
しかし、真面目なメルマガなので、「現時点ではわかりません」と言うしかありません。
「証拠なし」のまま想像力を駆使して記事を書くのは、「陰謀論、トンデモ系のはじまり」です。
ですが、「ナワリヌイとは何者なのか?」を語ることはできます。これを読めば、なんとなく全体像が見えてくるでしょう。
ロシア政治の特殊な事情
まず、ロシア政治の特殊な形態についてお話します。ロシア議会(下院)には、4つの主要政党があります。与党「統一ロシア」。野党「ロシア共産党」「ロシア自民党」「ロシア公正党」。つまり、与党1、野党3の割合。民主的ですね〜〜〜。
ところが、ロシアの議会は特殊です。与党はもちろん、3野党も、決してプーチンを批判しないのです。彼らは、プーチンの下の首相や閣僚の批判ならします。しかし、プーチン批判は決してしないのです。いってみれば彼らは、「なんちゃって野党」。ロシアでは、「システム内野党」(システムナヤ・アパジツィア)と呼ばれます。
では、ロシアには、リアルな「反プーチン勢力」はいないのでしょうか?います。「マジ反プーチン勢力」。ロシア風にいうと、「システム外野党」(ヴニェシステムナヤ・アパジツィヤ)。その勢力の代表的人物が、アレクセイ・ナワリヌイなのです。
ナワリヌイとは?
アレクセイ・ナワリヌイは1976年生まれ。現在44歳です。「ロシア一の政治系ユーチューバー」といえるでしょう。今見ると、チャンネル登録者数は396万人でした。(中略)
歴史に残る「メドベージェフ汚職動画」
しかし、ナワリヌイの名を全世界に轟かせたのは、1本の動画です。2017年3月に投稿した、「オン・ヴァム・ニ・ディモン」という動画は、メドベージェフ(当時首相)が複数の超巨大別荘を所有していることを暴露している。(中略)
これまでに、再生回数は3,500万回を超えた。ロシア語の動画なので、見たのはほとんどロシア人でしょう。この国の人口は、約1億4,600万人なので、ロシア人の約4人に1人が見たことになる。それで、「真相究明」を求める大規模デモが、ロシア全土で起こりました。
ロシア政府は、デモ参加者の要求を、徹底的に無視しつづけることで、この危機を乗り切りました。しかし、国民の多くがプーチン政権に幻滅したことは間違いありません。
プーチンはこの事件で、「ネットメディアのパワー」を実感したのでしょう。以後、ネットの規制がどんどん厳しくなってきました。(中略)
こんな流れを見ると、ナワリヌイは、「プーチン最大の敵」といって、過言ではないでしょう。日本ではあまり知られていませんが、欧米では広く知られた人物です。
ナワリヌイさんは、現在意識不明の重体。回復することを心から願っています。【8月23日 北野幸伯氏 MAG2NEWS】
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【チェチェン関連で相次ぐ殺傷事件 背後に強権支配者のカディロフ氏?】
仮に誰かが毒を盛ったにしても、プーチン大統領と関連するのかはまったくわかりません。
誰かがプーチン氏の意を忖度したかもしれないし、同氏とは無関係に、自分たちの利益のため、あるいは自分たちが邪魔に思ったため手を下したのかも。
ロシア関連で相次ぐ「不審死」の震源地のひとつがチェチェンですが、チェチェン関連の「事件」の場合は、プーチン関連というより、チェチェンを牛耳る事実上の独裁者ラムザン・カディロフ首長に関連したものでしょう。
****チェチェン独裁者、批判勢力を口封じか…欧州で殺傷事件相次ぐ****
ロシア南部チェチェン共和国の事実上の独裁者でプーチン露大統領に近いラムザン・カディロフ首長(43)の反対派が殺傷される事件が、欧州で相次いでいる。カディロフ氏が批判勢力の口封じを図った可能性がある。
チェチェン出身者が殺傷された事件は昨年8月以降、4件発生し、3人が死亡、1人が負傷した。
ロイター通信などによると、ウィーン郊外で今月4日に射殺されたチェチェンの元警官男性(当時43歳)はユーチューブでカディロフ氏を批判していた。今年2月、フランス北部リールで刺殺された男性(当時44歳)とスウェーデン中部イェブレで襲われた男性(34)は著名なブロガーだった。
カディロフ氏は今月9日、ウィーン郊外の事件に言及して自らの関与を否定するとともに、在外チェチェン出身者に「同じ目に遭う可能性」を警告した。
カディロフ氏は2007年、イスラム教徒が人口約140万人の大半を占めるチェチェン共和国の大統領に就任した。プーチン氏に忠誠を示すことで経済援助を得て権力を固めた。プーチン政権は、ソ連崩壊後、露軍と2度戦火を交えたチェチェンの不安定化を恐れカディロフ氏を支持する。
米国は20日、深刻な人権侵害を理由にカディロフ氏と家族に入国禁止の制裁を科すと発表した。ドミトリー・ペスコフ露大統領報道官は24日、「極めて非友好的な行動だ」と批判した。【7月26日 読売】
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下記は随分古い記事の引用ですが、特に意味があるわけではなく、たまたまコピーしやすいところで目についたから・・・というだけでですが、内容的に今もそのまま通用するものでしょう。
****チェチェン****
91年に独立宣言したチェチェンに対し、ロシアは94年から2度、軍事介入。プーチン政権は正常化のため03年、穏健派イスラム教指導者を初代大統領に。だが初代大統領は04年のテロで爆死した。
現大統領(カディロフ氏)はその息子で、07年4月の就任以降、独立派勢力の大型テロはない。現大統領は、プーチン大統領への忠誠を示しながら、連邦政府が吸い上げる地元油田の利権分配を主張してもいる。また、私兵組織による住民弾圧も批判されている。【2008年4月23日 毎日】
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プーチン側近の軍関係者などはカディロフ氏と権力をめぐって緊張したりもしますが、ロシアにとって非常に厄介な地域であるチェチェンを強権で封じ込めてくれるカディロフ氏はプーチン大統領にとっては「使える存在」
一方、カディロフ氏は露骨にプーチン支持を誇張し(例えば、首都の大通りを「プーチン通り」と改名したり)、選挙などではプーチン支持票が100%に近いような結果になるような演出(おそらく選挙結果の捏造)もしますが、チェチェン内部については一切モスクワの手出しを許しません。
カディロフ首長とプーチン大統領、もちつもたれつの関係でしょう。
カディロフ首長、政治指導者というより武装勢力の親玉と言うべき人柄ですので、相次ぐ政治暗殺に関する欧米の人権批判など全く意に介さない様子です。
****米国、チェチェンのカディロフ首長を「ブラックリスト」に****
チェチェン共和国のラムザン・カディロフ首長は「ポンペオ!戦いを受けて立つ!これから先はもっと面白くなるぞ!」という文面とマシンガンを抱えた写真を披露した。カディロフ首長とその家族に対する米国の制裁発動に反応した形となった。
20日(月)ポンペオ米国務長官は、カディロフ首長が「ブラックリスト」入りしたことを発表した。米国当局は同首長が人権侵害に関与したことを理由に挙げている。【7月21日 SPUTNIK】
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【ドゥテルテ大統領が就任後、「法治国家」フィリピンで180名超の人権活動家が殺害される】
「邪魔者は消せ!」のもうひとつの事例(ではないかと一部で憶測されている)はフィリピン。
****当局が関与?人権活動家が次々殺害、フィリピンの闇****
フィリピン中部ネグロス島の西部を占める西ネグロス州で8月17日、医療支援活動家で人権活動家のフィリピン人女性が正体不明の男性に射殺される事件が起きた。
地元警察が捜査中だが、この女性は現地の人権状況などを訴える裁判で証言する予定があったといわれ、犯行の背景に地元有力者、あるいは治安当局の関与があるのではないかとの疑惑が取り沙汰されている。
フィリピンでは権力者や当局、富裕層による人権侵害事案に果敢に取り組む活動家の口封じとみられる襲撃事件や射殺が後を絶たない。ドゥテルテ大統領が就任した2016年6月以降だけでも180人以上が殺害されたとの統計もあり、フィリピン社会に潜む深い闇となっている。
背中に3発の銃弾
8月17日午後6時45分ごろ、西ネグロス州バコロド市マンダガランの道路を自宅に向かっていたザラ・アルバレスさん(39)は背後から近づいて来た男性から突然銃撃を受け、その場に倒れた。ザラさんは背中に3発の銃弾を受けてほぼ即死状態で、犯人はそのまま逃走した。
ザラさんはシングルマザーで教師として働く一方で医療衛生プログラムを進める非政府組織(NGO)でも働き、地元市民のコロナウイルス対策などに協力していたが、以前はフィリピンの人権団体「カラパタン」のネグロス支部事務局長を務めていた。
「カラパタン」はフィリピンを代表する人権団体で1995年に設立され、一般市民の人権擁護、人権被害者の支援を続けている。
フィリピンでは7月3日に、ドゥテルテ大統領が任命した組織がテロリストと認定した個人や団体に対して「令状なしで最長24日間の拘束や90日間の盗聴、監視を可能にする」ことなどを盛り込んだ「反テロ法」が成立した。
この時「カラパタン」は、「反テロ法」が政権や治安当局による恣意的に運用されて人権状況が危機的になると反対・抵抗し、「ドゥテルテ大統領が目指しているのはマルコス大統領の独裁政治そのものである」と、ドゥテルテ大統領への厳しい批判を展開した組織でもある。
人権状況を法廷で証言する予定だった
地元メディアなどによるとザラさんは、「カラパタン」や女性保護支援グループ「ガブリエラ」、宗教組織「ルーラル・ミッショナリーズ・オブ・フィリピン」などの主要活動家が活動に際して脅迫や殺人予告を受けて危険に直面していることから、裁判所に対してメンバーの「人身保護命令」を要請する闘いにも参加していた。
しかし2019年6月にこの請求が裁判所によって却下されたため、活動家らは再審を要求していた。その過程でザラさんは法廷に立って、仲間のメンバーやザラさん自身が置かれている危険な状況を証言する予定だったという。
「カラパタン」によれば、ザラさんも絶えず脅迫や尾行を受けており、電話やメール、SNSなどによる「殺害予告」も度々受けていたという。ザラさんはそうした脅しには「軍が関与している」として警戒を示していた。
ザラさんは自身に対する危険があることを承知していたが、地元メディアに対して「他の仲間が殺害されたり、危機に直面したりしている時に自分だけ逃げるわけにはいかない」と話していたという。
ただ、家族に危害が及ぶことを避けるため、最近は家族と離れて一人暮らしをしていたといい、ザラさんは今回その自宅近くの路上で凶弾に斃れた。
実は、同じく法廷での証言を予定していたライアン・フビラ氏も2019年6月にルソン島南部ビコル地方ソルソゴン州のソルソゴンで殺害されている。ライアン氏殺害は証言台に立つ予定の3日前だった。
カラパタン関係者だけで13人目の犠牲者
「カラパタン」によると、ザラさんが殺害される直前にはマニラ首都圏ケソン市の自宅で同じく人権活動家のランドル・エカニス氏(72)も殺害されているのが発見されていた。
2016年の6月のドゥテルテ大統領就任以来、フィリピンでの人権活動家などの殺害事件の被害者は182人に上っているという。このうち地方などでのいわゆる草の根の活動家は136人を占め、「カラパタン」の関係者に限ると、ザラさんが13人目の犠牲者となるという。
こうした人権活動家などの相次ぐ殺害事件は、1986年に「エドサ革命(ピープルパワー革命)」で崩壊するまで続いたマルコス独裁政権時代を彷彿とさせる現象と言われ、多くの事案が警察や軍ないしその意を受けた非合法組織や犯罪者などが関係した「治安当局」による犯行との見方が強まっている。
しかしこれまでに実行犯を含めてこうした殺害事件の真相が明らかになり司法による公正な裁きが下された事例はほとんどない。
ザラさんの今回の殺害も自身が「軍から脅迫を受けている」と明らかにしていたことからも軍による何等かの関与があった可能性が高いとみられている。
共産主義者の烙印
「カラパタン」や他の人権団体、キリスト教組織などによると、ザラさんはバコロド市周辺で精力的な活動を続けて、市民の人権擁護に多大な貢献をしていたという。
しかしザラさんは2012年に殺人事件に関係した容疑で活動家仲間と共に逮捕、1年8カ月間拘留されたことがある。2020年3月に裁判の結果、最終的には無罪を勝ち取ったが、逮捕容疑は「フィリピン共産党(CPP)」の武装部門「新人民軍(NPA)」が軍を待ち伏せ攻撃して兵士が死亡する事件に関連した容疑だった。
以来、ザラさんは治安当局から共産党関係者、シンパとしてマークされ、脅迫を受けていたようだ。
フィリピンではドゥテルテ大統領がCPPとの一時停戦や和平交渉への道を模索したものの、最終的な合意には至らず、2017年、ついに大統領は和平路線を完全放棄した。
このことを受けて、CPPあるいはNPA関係者と見なした人々に対して、治安当局による様々な迫害や脅迫は日常的なものになっているという。
ケソン市で殺害されたランドル氏も政府とNPAの間に立って和平調停に関わっていた活動家なのだが、共産党との関わりを指摘されていたという。
「カラパタン」ではザラさんはCPPともNPAとも政治的な関係は全くなかったが、関係を疑われて人権被害を受けた一般市民などを支援する過程で「共産党関係者」との烙印を治安当局から押されたものと見ている。
ドゥテルテ政権下では、麻薬犯罪取り締まりで現場での容疑者射殺を容認するような超法規的殺人がいぜんとして横行しているが、実は殺害された「容疑者」には、誤認で殺害された人や、麻薬事案と全く関係なく私怨を晴らすために殺された人も少なからず含まれているという。
同じように「共産党関係者」というレッテルを貼ったり、評判を立てたりすることで、人権活動家への脅迫や口封じ、あるいは他の活動家への見せしめとするような事案がフィリピンでは実際に起きている。
「治安当局と関連づけるな」と大統領府
今回のザラさんやランドル氏の殺害について、大統領府のハリー・ロケ報道官は地元メディアを通じて「政府はザラさんの死に限らず、いかなる市民、活動家への暴力も許さない。フィリピンは法治国家である」とした上で、「この件に関して政府、あるいは治安当局と事件を関連付けて考えるべきではない。根拠のない批判は捜査の妨げになるだけであり、現在進んでいる警察の捜査報告を待つべきだ」と主張し、現時点で“治安当局が関与した”とする見方を否定した。
一方、「カラパタン」のクリスティナ・パラベイ事務局長は地元メディア「ラップラー」に対して、ザラさん殺害事件に関してこう述べた。
「腹立ちや不満を通り越して怒り、憤りを隠せない。我々はフィリピンの捜査機関や司法当局のシステムとは別の方法でザラさん殺害の真相を調べる。我々には国民という支持者がいる。そういう国民の権利のためにも闘いを続けなくてはならない」
要するに、人権活動家への事件に関して、もはや警察や裁判所は当てにできないことを改めて強調したのだ。
国民の人権を守ろう、人権被害者を救済しようという活動家を銃弾で殺害する事件に関して、国民が「捜査機関も司法当局も当てにすることができない」と言い切るフィリピン――。その社会の闇の深さは、まさに「底知れない」と言うしかない。【8月23日 JBpress】
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麻薬関連で数千人が超法規的に警察あるいは謎の処刑団によって殺害され、そうした事態を推し進めているドゥテルテ大統領ですから、人権活動家が“何者か”によって暗殺されるという現状は、まったく驚きも何もない、当然に想像できることです。
大統領府によれば、フィリピンは法治国家だそうですから(これは非常な驚きですが)、根拠もなくあれこれ言うのは不当なことなんでしょうが・・・・。