(トルコ海軍艦艇の護衛を受けて地中海を航行する探査船「オルチ・レイス」。トルコ国防省提供(2020年8月10日撮影)【8月13日 AFP】)
【天然ガス開発をめぐって波が高まる東地中海 震源地はトルコ】
南シナ海において、領有権・資源をめぐる中国と周辺国の争い、あるいは連携、さらにはアメリカ、日本の中国抑止政策などで複雑な国際関係が生じていることは周知のところですが、欧州においては東地中海における天然ガス資源をめぐって緊張が高まっています。
緊張の震源地なっている国がトルコ。
****東地中海で今、何が起きているのか 天然ガスがもたらすせめぎ合いを読み解く****
(中略)
■トルコとリビアが結んだ協定の波紋
トルコ政府は19年11月27日、地中海をはさんで対面するリビアの暫定政府との間で、排他的経済水域(EEZ)の境界を定める協定を締結した。EEZとは、それぞれの国が自由に海洋資源を採ることができる領域だ。
まず「暫定政府」という名前が分かりにくいのだが、2011年にカダフィ政権が倒れ、新政府が成立したものの不安定な状態が継続。2015年に国連主導で設立されたのが暫定政権だが、国の西半分しか統治できていない。東半分は、リビア国民軍という反政府組織が支配している。
なぜこれが大きなニュースになったかというと、東地中海では2010年頃から次々と大規模なガス田が発見されているからだ。その価値は7000億ドルに相当すると言われており、中東やアフリカの沿岸国はこぞってガス田を開発し、海底パイプラインによるヨーロッパへの輸出も検討していた。
キプロス問題を抱えるトルコは、他国が連携して開発に取り組む動きから外されており、そこでトルコはリビア暫定政府とEEZ協定を結ぶ動きに出た。
これにより、両国のEEZは接することになり、他国が開発を目指す欧州への天然ガス輸送ルートが通れない、いわば「壁」を作ったことになる。
トルコとリビア暫定政府の関係はこれにとどまらず、トルコが武器や軍事物資を供与する協定も結び、さらに12月26日にはエルドアン大統領が「リビアからの要請に応じ、トルコ軍を派遣する」とまで踏み込んだ。
トルコ側の関心はEEZにあるが、内戦に憂えるリビア暫定政府側は、安全保障に重きを置いている。リビアの反政府勢力へはトルコが敵対するエジプト、サウジアラビア、UAEや、ロシアも支援している。
エネルギー問題での利を得ようとしてリビア暫定政府との関係を深めるトルコの動きは、「トルコとリビア暫定政府」対「反トルコ諸国」の構図をさらに強め、東地中海情勢を不安定化させる可能性をはらんでいる。
当然、パイプライン計画を封じられた側の国々は反発した。急先鋒は、ギリシャ、キプロス共和国、エジプト、イスラエルだ。さらにEU、アメリカも加勢している。
両国間の合意を受け、4か国は「一方的な境界線の設定であり国際海洋法違反だ」と批判、ギリシャ政府はリビア大使を国外追放処分にした。キプロス共和国政府は、東地中海におけるトルコの掘削活動が違法だとして、国際司法裁判所に提訴した。(後略)【1月2日 GLOBE+】
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キプロスについて若干補足すると、地中海東部に浮かぶキプロス島は、四国の面積の半分ほどで人口は約120万人。
いろんな経緯があって、北部のトルコ系住民、南部のギリシャ系住民が住む地域に分かれて島は分断されており、ギリシャが支援する南のキプロス共和国だけがEUに加盟、トルコが支援しトルコ軍が駐留する北の「北キプロス・トルコ共和国(北キプロス)」はトルコ以外からの国家承認は受けていません。
EU加盟国である南のキプロスは、ガス田開発のため米仏伊などの外国企業と契約し、大規模な探査と掘削を行っていますが、ガス田の多くはトルコと、トルコのみが国家承認する北キプロスが領有権を主張する海域にも重なっていることから、問題が複雑化してきます。
上記【1月2日 GLOBE+】の記事は、重要な関係国であるアメリカおよびロシアの対応に関する記述が続きますが、長くなるので省略しました。
アメリカは南のキプロス、ギリシャを支援する立場にあり、米企業がガス探査に乗り出しています。
アメリカがトルコと多くの問題を抱えていることはしばしば取り上げてきましたが、ただ、トルコはNATO加盟国でもあり、また、この地域における重要国でもあって、アメリカとしても決定的にトルコと対立するのは難しい関係にあります。
ロシアと南のキプロスも非常に深い関係にあります。一方で、ロシアとトルコは微妙。ロシアはシリアなどでトルコと利害が対立しながも、一定の協調関係を構築して、地域大国トルコとの関係が維持されています。
上記のような複雑な国際関係を背景として、“仲間はずれ”にされて、資源開発でも出遅れたトルコが、リビア暫定政権と手を組んで、南のキプロス・ギリシャ・欧米さらにはイスラエル・エジプトなどが進める資源開発に待ったをかけようとしている・・・そのような構図になっています。
【トルコとギリシャ 双方の海軍が展開】
こうした状況にあって、ギリシャ神話で語られるトロイヤ戦争など歴史的に犬猿の仲でもあるギリシャとトルコの緊張が高まっています。
****エジプト・ギリシャ、EEZ画定でトルコけん制=東地中海で対立****
エジプトとギリシャは6日、東地中海での両国間の排他的経済水域(EEZ)を画定する合意文書に署名した。
同海域で採掘される石油・天然ガスの開発などで協力を深める狙いだが、東地中海での影響力拡大を図るトルコはすぐさま反発。3カ国はリビア情勢をめぐっても鋭く対立しており、新たな緊張激化の火種となりかねない。
エジプトは、国が東西に分裂して争うリビア内戦で、トルコと対立関係にある勢力を支援。また、ギリシャは歴史的に隣国トルコとの関係が悪い。
エジプトとギリシャは、イスラエルやキプロスなど域内国を巻き込み資源開発での協力枠組みを構築しているが、「トルコ排除」の姿勢を鮮明にしている。
トルコは昨年11月、肩入れするリビア暫定政権と東地中海でのEEZ境界で合意し、軍事協定も結んでリビアに派兵。関係国の反発を招いた。
AFP通信によると、ギリシャのデンディアス外相は6日、エジプトとの合意に際し「トルコがリビア暫定政権と結んだ根拠のない覚書はごみ箱行きだ」とトルコを痛烈に批判した。
一方、トルコは合意で記された海域の一部が「トルコの大陸棚と重なる」として無効だと主張。「東地中海での合法的な権利と利益を断固守る」とエジプト・ギリシャをけん制した。【8月7日 時事】
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トルコは8月10日、軍艦の護衛を付け、問題の地中海域に探査船を派遣しています。
****トルコ、ギリシャとの対立激化 東地中海の資源探査、高まる緊張****
トルコが東地中海で再開した海底資源探査を巡り、ギリシャと対立が激化している。
現場は両国がともに自国の大陸棚として海洋権益を主張する海域で、双方の海軍が展開する事態に発展。対話を重視する姿勢は示されているが、緊張が高まりつつある。
トルコは10日、トルコ南方海域で探査船の活動を再開し、チャブシオール外相が11日、探査の許可範囲を今月中にギリシャのクレタ島やロードス島に近接する海域まで拡大すると表明した。
探査船には海軍の艦船が護衛に就き、アカル国防相は「トルコの権利と国益を守るため、あらゆる対策を取る」と強調した。【8月13日 共同】
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「国際法に沿った平和的手段により、政治的解決に到達したい」(トルコのアカル国防相)、「われわれから事態を悪化させることはしない。われわれの唯一の力は自制だ」(ギリシャのミツォタキス首相)と、双方とも対話を通じて解決する考えを示してはいますが・・・・。
****トルコが地中海でエネルギー探査、ギリシャが軍艦同士の「事故」警告****
ギリシャのキリアコス・ミツォタキス首相は12日、トルコが地中海東部にあるギリシャ領の島の沖合に軍艦数隻を派遣してエネルギー探査を行っていることに不快感を示し、軍艦同士の「事故」が起きかねないとして、トルコ政府に「分別」を示すよう強く求めた。
トルコは10日、海軍艦艇数隻の護衛を伴った探査船「オルチ・レイス」を地中海東部にあるギリシャ・カステロリゾ島沖に派遣した。これを受け、ギリシャも監視のため軍艦数隻を派遣し、緊張が高まっている。
ギリシャの艦艇は現在、キプロス西方を航行している。
ミツォタキス首相は「隣国で、最終的に分別が優勢となり、誠意を持った対話が再開できるようになることを注意深く期待している」と発言。「このような狭い海域にこれほど多くの軍艦が集まれば、事故が起きる危険性がある」と警告した。
ギリシャ政府は、自国の大陸棚とみなす海域から直ちに退去するようオルチ・レイスに要求し、この問題に関して欧州連合の緊急外相会合の開催を求めている。 【8月13日 AFP】
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【フランスも戦闘機派遣】
さらに、フランスもトルコけん制のため戦闘機をクレタ島に派遣して“参戦”
****フランス、東地中海での軍事プレゼンスを強化――ガス田試掘のトルコを強くけん制****
東地中海の海底でガス田開発が進む中、トルコと周辺国との緊張対立が高まっている。
フランスのマクロン大統領は8月12日(日本時間13日)、東地中海での軍事プレゼンスを一時的に強化するとツイッターで明らかにした。トルコをけん制する狙いがある。
マクロン大統領は「東地中海の状況は心配だ。石油探査をめぐるトルコの一方的な決定が緊張を引き起こしている」と指摘し、トルコを強く批判した。
- トルコ、ガス田試掘に軍艦5隻をエスコート
(中略)
- 仏、ラファール戦闘機2機をクレタ島に派遣
フランス国防省は13日、キプロスで10日から12日まで軍事演習に参加していたラファール戦闘機2機を13日付でギリシャのクレタ島のスーダに派遣すると発表した。
フランス海軍のヘリ空母「トネール」も、ベイルートでの爆発を受けたレバノンへの緊急輸送が終わり次第、東地中海での軍事プレゼンス強化のために展開される。ラファイエット級フリゲートも参加する。
フランス国防省は、東地中海での軍事プレゼンスの強化の目的が、状況の独自評価の実施に加え、航行の自由と海上安全の確保を意図したものと説明している。
しかし、トルコの探査船「オルチ・レイス」が軍艦5隻にエスコートされていることに比べれば、フランスの対応は、すでに地中海で展開中の戦闘機2機と軍艦2機だけを振り向けるだけで、多分に象徴的なものとも言える。
- ガス田開発に乗り遅れたトルコ、リビア暫定政権と組む
東地中海のガス田開発をめぐっては、イスラエルが先鞭を付け、エジプトなどが後に続いた。イスラエルとキプロス、ギリシャは、欧州に天然ガスを輸出する海底パイプラインを計画した。
これに対し、乗り遅れたトルコは、リビア暫定政権と組んで地中海に排他的経済水域(EEZ)を設定した。これがトルコのリビア内戦への介入を強める大きな要因ともなった。
北アフリカのリビアは東西に分裂して内戦状態が続き、混乱している。トルコがリビア西部の首都トリポリを拠点とする暫定政権を軍事支援しているのに対し、リビア隣国のエジプトはこれに対立するリビア東部の軍事組織を支援している。
エジプト議会は7月20日、リビアへの軍の派遣を全会一致で承認した。エジプトが今後、リビアへの軍の派遣に踏み切れば、暫定政府を軍事支援するトルコとの間で直接的な軍事衝突が起きる恐れも出ている。
エジプト、ギリシャ両政府は8月6日、東地中海にある両国のEEZの画定に関する合意文書に署名した。東地中海のガス田開発やリビア内戦に介入するトルコをけん制する狙いがあるとみられる。地域の火種が絡み合い、緊張がさらに一段と高まることが懸念されている。【8月14日 高橋浩祐氏 YAHOO!ニュース】
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フランス・エジプト両国は、リビアにおいては東部の軍事組織を支援して、暫定政府を支援して軍事介入しているトルコと対立関係にあります。
現段階では、フランスの行動は“多分に象徴的なもの”というレベルですが、東地中海のガス田開発、さらにリビア情勢が絡んで、今後も関係国の駆け引き・けん制が続くと思われます。
強気のエルドアン大統領のもと、“トルコはこの種紛争ではあまり妥協はしない”【8月17日 中東の窓】ということもありますので。