(アリババが開発した「シティー・ブレイン」【9月9日 WSJ】)
【中国情報管理の二つの顔 ディストピア的な悪夢の新疆 ユートピアを目指す杭州】
中国が国民の個人情報をリアルタイムに把握し、AIを駆使した技術も活用して“安心・安全な社会をつくろうとしている”あるいは“国家への反抗・不満を許さない監視社会をつくろうとしている”というのは今更の話でもあります。
この問題には、常に市民生活の利便性・安全性を高めるユートピア的側面と、監視というディストピア的側面が同居しています。
****中国の監視国家モデル、相反する二つの顔****
習氏が目指す完璧に設計された社会、抵抗しない市民には安心と利便性を提供
何か劇的な不測の事態が起こらない限り、中国の習近平国家主席は今秋、北京の人民大会堂で3期目続投を決める見通しだ。おそらく終身制への布石となるだろう。3期目の新体制では、習氏の壮大なる野望の一つに注目が集まりそうだ。習氏はデータと大量のデジタル監視が支える新たな政府の在り方を目指しており、世界の民主国家に対抗する存在になるかもしれない。
中国共産党は完璧に設計された社会という未来像をちらつかせている。具体的には、人工知能(AI)企業と警察が連携して犯罪者をとらえ、誘拐された子どもを発見し、交通規則を無視して道路を横断する者を戒める社会だ。つまり、当局は市民の善行に報い、悪行には罰を与え、しかも数理的な精密さと効率性を持って実行する。
習氏がこの構想の実現にこだわるのは、必要にかられてのことだ。毛沢東が死去した1976年以降の約30年間、共産党は市民の生活から離れ、インフラ投資にまい進。歴史的な高度成長を遂げ、中国を貧困国から中所得国へと引き上げた。ところが、ここ10年は成長が鈍化。爆発的な債務の伸びや新型コロナウイルス禍に絡む厳格な規制、高齢化など人口動態の問題によって急激に失速する恐れが出てきた。
習氏はここにきて、新たな社会契約を結ぼうとしている。豊かな未来像を示すのではなく、安全と利便性を提供することで市民の心をつかむのだ。数千のアルゴリズムが脅威を制圧し、円滑な日常生活を阻害する摩擦を排除する予測可能な世界だ。
だが、世界は中国の国家監視プロジェクトの暗闇も目の当たりにした。新疆ウイグル自治区で行われているウイグル族などイスラム系少数民族に対する強制的な同化政策だ。
ウイグル人らは顔や声、歩き方まで検出され、デジタル上で徹底的に追跡される。警察が常にスマートフォンをスキャンし、宗教上のアイデンティティーや外国とのつながりを調べる。問題を引き起こすと判断されたウイグル人は刑務所か、地域にある「教育センターを通じた変革」のための施設へと送られる。その結果、第二次世界大戦以降、最大規模となる宗教マイノリティー(少数派)の投獄が起こった。
新疆が共産党の大衆監視によるディストピア(反理想郷)的な悪夢に陥っている所だとすれば、経済的に豊かな浙江省の省都、杭州はユートピア(理想郷)の極みを必死で目指している場所かもしれない。
杭州でも、新疆と同じように至る所に監視カメラが設置されている。だが、これらの監視網は市民を管理するとともに、生活を改善するためにある。集められた膨大なデータはアルゴリズムに送られ、交通渋滞の解消や食品の安全性の徹底、救急隊員の迅速な派遣に寄与している。杭州は、習氏の野望の中でも、世界に変革をもたらし得る、魅力的な一面を体現しているのだ。
杭州の中心部には、慎重に育成され、異例の成功を遂げたテクノロジー企業が集積している。(中略)ハイテク企業がタッグを組んだことで、杭州市は中国で「最もスマート」な都市に変身し、世界が追随を目指すようなひな形になった。
市が収集するデータが観光地の人の流れを管理するとともに、駐車場のスペースを最適化し、新たな道路網を設計する。市内の随所にある監視カメラは、長らく産児制限が続いた中国ではとりわけ、行方不明になった子どもの発見に寄与したとして高く評価されている。
杭州市内の「リトル・リバー・ストリート」として知られる地区で行われている「シティー・アイ」という取り組みは特に注目に値する。ここでは「城管」と呼ばれる都市管理部隊の地元支部がAIツールを使い、警察がわざわざ介入しないような任務に当たっている。具体的には、露天商人を追い払う、違法なゴミ放棄者を処罰する、駐車違反者にチケットを切るといった仕事だ。
リトル・リバー・ストリートにあるシティー・アイの司令部を訪れた。周辺の住民は、中流階級に上がりつつあるところか、中流階級から落ちこぼれないように必死に取り組んでいるかのいずれかだ。こうした中間層の間では、一定の幸福感も感じられるが、もろさも漂う。
中国共産党が懸念するのは、このような地域だ。富裕層は問題を起こす動機がなく、貧困層にはその力がないが、中間層はちょうどその両方を持っている。容赦のない長時間労働、未整備の医療制度、絶え間ない物価高騰、環境汚染に食品安全の問題、そして乱高下する株式市場――。今の中国を生き抜く上で、相当なプレッシャーにさらされている彼らは時に「キレ」やすくなる。
シティー・アイは、ハイクビジョンがリトル・リバー・ストリートに警察の監視カメラ約1600台を設置し始めた2017年に運営が開始された。カメラの映像とAI技術をつなぎ、24時間体制で監視しており、何か不審な動きがあるとスクリーンショットともに自動で警告を送る。
都市管理部隊の城管はこれまで、露天商人への攻撃的な対応がネットに出回るなどして市民から嫌われる存在になっていた。
シティー・アイの司令部責任者、チュウ・リクン氏は、同プロジェクトで地元住民と城管との関係が改善したことを特に評価している。監視カメラと対話アプリ「微信(ウィーチャット)」の報告システムの透明性により、城管が介入するのは最終手段であることが証明されたという。
しかも、シティー・アイによって城管の汚職も減った。その結果、城管は憎むべき国家の残忍さの象徴から、リトル・リバー・ストリートの社会秩序を守る、尊敬される存在へと変わったと同氏は感じている。
ハイクビジョンが杭州市の路上に監視の目を提供したとすれば、アリババは頭脳を提供した。AIを駆使した「シティー・ブレイン」と呼ばれるプラットフォームが、交通量から水資源管理まであらゆる政府の任務を最適化する手助けをする。同時に、アリババのサービスやプラットフォームは、光熱費の支払いや公共交通機関の利用、融資取得といった市民生活の利便性を高め、ネット裁判所の登場で地元企業を提訴することさえも容易にした。
シティー・ブレインはとりわけ、ひどい交通渋滞で知られる杭州を変えたと言われ、国内ワーストランキングでは5位から57位へと改善した。アリババは交差点の動画データやリアルタイムの全地球測位システム(GPS)位置情報を解析するシステムを開発。同市の交通当局が信号を最適化し、老朽化する交通網の混雑を緩和できるようにした。
2019年10月には、農村地区で77歳の住民女性が洗濯中に小川に転落する事故が発生。女性を救急車に乗せた隊員は近くの病院まで最速で到着できるよう、シティー・ブレインの道案内ツールを作動させた。アルゴリズムにより、病院まで14カ所ある交差点がいずれも通過時に青信号になっていたことで、通常ではよくても30分かかるところを、12分で病院に搬送することができたと報じられた。(中略)
ウイグル人への組織的な弾圧が行われている新疆と同じように、杭州も社会管理のいわば実験場であり、何が機能して、何が機能しないのかを理解する材料を共産党に提供する。2カ所で行われている実験からは、共産党の権威に抵抗すると思われる人物を脅し、強制的に変えようとするまさに同じ技術が、党の支配を受け入れる人々を大事に扱い、安心させる手段にもなることが分かる。
習氏によるAIと独裁主義の融合は、戦争や新型コロナウイルス禍、経済減速、崩壊寸前の組織制度に見舞われる時代において、安心と効率性の世界を提供できるかに見える。
完璧につくられた社会の魅力は現実のものだ。このモデルがどこまで浸透するかは、習氏の野心とパフォーマンスのみならず、世界の民主国家が同じ問題にどううまく対処できるかにもかかっている。【9月9日 WSJ】
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嫌われ者の城管が“社会秩序を守る、尊敬される存在へと変わった”・・・俄かには信じがたいことです。
「ブレグジット、トランプ大統領の登場などによって、『民主主義って機能しているの?』というイメージを中国人は持っています。人に任せるよりデータに任せたほうが良いのではないかという。日本にも民主主義が機能不全だと考えている人は増えているのではないでしょうか。だからといって、中国と同じになるのがいいとは思いませんが、民主主義をバージョンアップさせるためにも、中国がどう課題に取り組んでいるかを知ることは必要不可欠でしょう」【『幸福な監視国家・中国』著者・高口康太氏 2021年8月23日“中国人が監視国家でも「幸福」を感じられるワケ”WEDGE】
中国のような政治体制とAIによる情報管理は親和性がいいようにも見えます。
中国の実験が成功すれば、限界・欠陥が意識されるようになった欧米民主主義に変わる価値概念になる可能性も。
ただ、“抵抗しない市民には安心と利便性を提供”ということの“抵抗しない”という条件には、どうしても国家(という悪魔)に魂を売り渡してしまうような“譲れないもの”を感じてしまいます。
【ディストピア的負の側面のいくつかの事例】
今のところ比較的話題になりやすいのはディストピア的負の側面。
コロナ対応の健康コードが地方当局によって経済問題での抗議行動抑制に流用されたことも大きな話題になりました。
中国当局もこうした軽率な個人情報利用が健康コードシステムの信頼を損なうという認識はあるようです。
****中国 コロナ対策アプリで「健康コード」不正しないよう呼びかけ****
中国の衛生当局は(6月)24日、新型コロナウイルスの感染対策アプリで市民の移動制限にもつながる「健康コード」について、不正行為をしないよう呼びかけました。
衛生当局の幹部は会見で、「感染予防以外の理由で、市民の健康コードを操作してはならない」と述べ、アプリの運用ルールを徹底するよう求めました。
中国のコロナ対策アプリ「健康コード」をめぐっては、河南省の銀行から預金を引き出せなくなった人たちが抗議しようとした際、アプリを不正に操作され隔離措置を受けたことが明らかになりました。
その後、地元当局の幹部らが処分されていますが、感染対策の柱でもある健康コードを当局が恣意(しい)的に操作し、足止めに使っていたとして批判の声が広がっていました。【6月24日 日テレNEWS】
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もっとも、処分が軽すぎるということで、ことの重要性が認識されていないのでは・・・との声も。
****「処分軽すぎ」の声も…“コロナアプリ悪用”で中国が幹部処分【ネタプレ国際取材部】****
(中略)中国で、預金が引き出せなくなった人が抗議しようとしたところ、次々と連行されました。
実は、地元政府が抗議を封じ込めるため、1300人以上のコロナ対策アプリを改ざんし、隔離が必要な状態にしたことが発覚。これにより、共産党幹部ら5人が処分を受けました。(中略)
実は、地元政府が抗議を封じ込めるため、1300人以上のコロナ対策アプリを改ざんし、隔離が必要な状態にしたことが発覚。これにより、共産党幹部ら5人が処分を受けました。(中略)
河南省鄭州市の発表によりますと、処分されたのは、地元政府でコロナ対策を担当する幹部や共産党幹部ら5人。
中国河南省の複数の銀行で、8000億円規模の預金が引き出せなくなったトラブルを巡り、抗議に訪れるなどした預金者たちは、ホテルなどへ連行される事態となっていました。
中国河南省の複数の銀行で、8000億円規模の預金が引き出せなくなったトラブルを巡り、抗議に訪れるなどした預金者たちは、ホテルなどへ連行される事態となっていました。
処分された5人は、抗議を封じ込めるため、1317人の預金者のコロナ対策アプリを不正に操作し、隔離が必要な状態に改ざんにした疑いが持たれています。
鄭州市は、処分した5人について「権力の乱用で社会に深刻な影響を及ぼした」と厳しく批判。
5人は、共産党や政府の職務を解かれましたが、中国のSNSでは「身分や階級のみで、処分が軽すぎる」「刑事罰を与えるべき」などの声も上がっています。【6月27日 FNNプライムオンライン】
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膨大な個人情報の管理が適正になされているのかという問題もあります。
中国の個人情報が闇市場に流出していることが問題になりましたが、中国政府も情報管理に無関心という訳でもありません。
****中国「監視国家」の副作用、流出情報を闇取引****
中国政府は世界有数の徹底したサイバーセキュリティーとデータ保護体制を築き上げてきた。だが、こうした取り組みにもかかわらず、中国市民の個人情報を売買する国境を越えた闇市場が広がっている。
データの大半は、中国政府がこれとは別に注力する大型セキュリティー対策から来ている。巨大な市民の監視網だ。
今月(7月)初め、人気のサイバー犯罪フォーラムで、ある匿名ユーザーが上海警察から盗んだとする推定10億人の中国市民の個人情報を売りに出していた。これは史上最大級の個人情報漏えいとされ、公民身分番号(国民識別番号)、犯罪歴といった極めて扱いに慎重を要する個人情報が含まれていた。
ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)はこの問題が発覚して以降、サイバー犯罪関連の投稿フォーラムやチャットツールのテレグラム上で中国市民の個人情報が売りに出されているのを数十例発見した。無償で提供されているものもあった。
WSJが分析したところ、盗まれたキャッシュのうち、4つは政府から流出したデータである可能性が高いことが分かった。政府データが含まれているとして売りに出されているものも複数あった。
流出データを追跡するLeakIXによると、数万件に及ぶ中国のデータベースがネット上で無防備な状態で放置されている。合計のデータ規模は700テラバイト以上と、世界最大だという。
中国公安省と中国サイバースペース管理局(CAC)、上海政府はコメントの要請に応じていない。
とはいえ、世界各国がデータ保護に苦慮している。LeakIXによると、中国の次に多いが米国で、ネット上で公開された状態にあるデータが540テラバイト近くに上った。
ただ、無防備に放置されているデータが広範に及び、かつ扱いに慎重を要するデータであるという点で、中国は突出する。背景には、国家運営の監視プラットフォーム上で政府機関や企業など複数のデータ元から流れてくる個人情報を一元管理しているとの事情がある。
サイバーセキュリティーの専門家は、これだけの膨大なデータを1カ所に集約すれば、それだけ流出のリスクも高まると指摘する。パスワードが1つでもぜい弱だったか盗まれた、あるいは誰かがフィッシングに引っ掛かる、不満を抱えた社員が1人でもいるという状況になれば「システム全体がやられる」。ダークウェブ分析会社シャドーバイトの創業者、ビニー・トロイア氏はこう指摘する。(中略)
中国政府は2013年以降、国家のデータ保護を国家安全保障の最優先課題と位置づけてきた。米国家安全保障局(NSA)の元契約職員エドワード・スノーデン氏が、中国のネット基盤に米政府がハッキングで不正侵入していると暴露したことがきっかけだった。
当時国家主席に任命されたばかりの習近平氏を含め、スノーデン氏の暴露は中国の政府高官に衝撃を与えた。習氏はそれから程なく、すでにネット利用者が5億人に達していた国内のサイバー空間を封鎖した。
その後数年で、ネット利用者がさらに数億人増えるのに伴い、中国当局は国内データの安全対策に不備が多いことを発見する。闇市場では、大半が政府のコンピューターネットワークから盗まれたとみられる個人情報が売買されていた。その結果、電話を通じた詐欺で多額の資金をだまし取られる事件が起きるなど、国民の間で怒りが高まっていた。
中国政府は21年、世界で最も厳格とされる欧州連合(EU)のプライバシー保護法をひな形とする個人情報保護法を成立させた。個人情報の収集やクロスボーダーのデータ移転を制限した。17年には重要データの国外流出を阻止する「サイバーセキュリティー法」を可決するなど、入念なデータ保護規制の枠組みを整備しており、個人情報保護法はその集大成に相当する。(中略)
中国ハイテク政策の専門家によると、中国のデータセキュリティー規制はまだ日が浅く、執行状況も均一ではないため、問題をさらに難しくしている。政府自身の活動を制限する場合には、特にこうした傾向が強いという。
また、ネット上でこれだけ膨大なデータが売られているという実態は、まさに中国政府が避けたいと考える国家安全保障上の脅威だと専門家は話している。
米外交評議会(CFR)のデジタル・サイバー空間政策プログラムの責任者アダム・シーガル氏は、政府の監視データベースには本質的に、個人の弱みや国家のぜい弱性を外国の情報当局者が把握できるような機密情報が含まれていると指摘する。
中国政府は上海警察の情報漏えいについて公の場でコメントしておらず、ソーシャルメディア上では関連の投稿が削除されている。【7月22日 WSJ】
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一方、当局が求める「監視機能」とユーザーの反発の間でIT企業が板挟みになることも。
****中国当局がIT企業に押し付ける「監視機能」...板挟みの企業が見せたギリギリの抵抗****
6月下旬、中国IT大手キングソフトが提供するクラウドベースのワープロソフト「WPSオフィス」に検閲疑惑が浮上した。中国の作家が原稿をクラウドに保存したところ、「違法な」情報が含まれているとしてアクセスできなくなったと告発したのだ。
同社は当初、検閲を否定しつつも、7月13日には中国のサイバーセキュリティー法に従っているだけだと発表。来年末までに無料版WPSから広告を排除すると告知するなど、ユーザーのつなぎ留めに必死になっている。
1989年のリリース以来、WPSは中国においてマイクロソフト・オフィスに代わる業務ソフトとなってきた。今回、国内法に従わざるを得ない状況をユーザー離れのリスクを冒してまで認めたことは、同社がユーザーと当局の板挟みになっている証拠でもある。
国内法の縛りを受け自社製品に監視機能を付けているとみられる中国IT大手は少なくない。リスクを冒した声明は、キングソフトなりの「告発」だったのかも。【7月29日 Newsweek】
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キングソフトは私も重宝していますが・・・