(空爆で破壊された学校とみられる映像(ロイター)【9月20日 読売】)
【将来の夢も希望も持てないロヒンギャの現状】
ウクライナ情勢に国際社会の目が行く一方で(ウクライナ問題についても、“支援疲れ”等の慢性化現象はありますが)、その他の問題が忘れられる危険も。
ミャンマー国軍の民族浄化的な殺戮・暴力・放火・レイプなどでミャンマーを追われたイスラム系少数民族ロヒンギャの問題もそのひとつ。
****八方ふさがりのロヒンギャ難民 弾圧による大量避難から5年*****
バングラデシュにあるロヒンギャ難民キャンプの学校で、モハマド・ユスフさんは毎朝、ミャンマー国歌を歌っている。
仏教徒が多数を占めるミャンマーで国軍が少数派イスラム教徒ロヒンギャを迫害し、大規模な難民流出が始まってから8月25日で5年を迎えた。少なくとも数千人が軍に殺害されたとみられ、ユスフさん一家をはじめ、74万人以上がバングラデシュに逃れた。
不衛生なキャンプで暮らすユスフさんら大多数のロヒンギャの子どもは、教育を受ける機会をほとんど与えられてこなかった。子どもたちに教育を受けさせれば、帰還がすぐには実現しそうにないと認めることになりかねないとバングラデシュ政府が懸念したためだ。
昨年のミャンマーの軍事クーデターによって、ロヒンギャ帰還の見通しはいっそう遠のいたとみられており、バングラデシュ政府は今年7月にようやく、国連児童基金(ユニセフ)に対し、ロヒンギャの子ども13万人に教育を受けさせる計画を許可した。いずれは難民キャンプにいる子ども全員に教育の機会が提供される見込みだ。
だが、バングラデシュ政府は今なお、ロヒンギャ難民の帰還を望んでいる。そのため授業はミャンマーのカリキュラムに沿ってビルマ語で行われ、さらに毎日始業の際にミャンマーの国歌を子どもたちに歌わせている。
オランダ・ハーグの国際司法裁判所では、ミャンマー国軍のロヒンギャへの弾圧がジェノサイド(集団殺害)に当たるかどうかを審理する裁判が行われている。
だが、ユスフさんはミャンマー国歌を大事にしていると言う。
「ミャンマーは私の祖国です」とユスフさん。「この国にひどい目に遭わされたわけじゃない。ひどいことをしたのは、権力を持った人たちです」 妹はミャンマーで亡くなり、同胞は虐殺されたと話す。「それでも、自分の国なのです」と続けた。 夢は航空関係のエンジニアかパイロットになることだ。「いつか世界中を飛び回りたい」と話した。
■「時限爆弾」
キャンプでは計100万人近いロヒンギャ難民が暮らしており、約半数は18歳未満だ。
バングラデシュ軍の元将軍マフズル・ラフマン氏は、同国政府が長期的な計画の必要性に「気付いた」のは、教育を受けていない若者がキャンプにいるリスクに着目したためだと指摘する。
キャンプの中では薬物を密売するギャングがうろつき、治安はすでに深刻な問題になっている。この5年間に起きた殺人事件は100件以上。武装勢力や犯罪集団は、キャンプ生活にうんざりしている若者の勧誘にも力を入れている。
ラフマン氏は、すべての子どもが「時限爆弾になりかねない」とAFPに語る。「教育も受けられず、夢も希望もないキャンプで育つと、どんな怪物になってしまうのか見当もつかない」
■ミャンマーにとどまったロヒンギャの苦難
一方、5年前にバングラデシュに逃れる道を選ばなかった人もいる。母親からミャンマーにとどまるよう懇願されたマウンソウナインさん(仮名)もその一人だ。
故郷と呼ぶ場所に今も住んでいるが、将来の計画を立てることはすっかり諦めたと話す。また弾圧で破壊されるかもしれないからと、雨期ごとの家の修理はやめてしまったため、自宅は荒れるがままになっている。
ミャンマーに残る約60万人のロヒンギャは、キャンプに収容されているか、あるいは村にとどまっている場合もミャンマー軍や国境警備隊に翻弄され、いつまた生活が一変するか分からない。
大半は市民権を与えられず、移動や医療、教育に関して制限を受けている。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチはロヒンギャに対するこうした処遇を、かつての南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)になぞらえて非難している。
ロヒンギャの人々は「常にこの国から出ていくことを考えています」とマウンソウナインさん。「でも、出ていくことも許されません。拘束され、移動も止められてしまうからです」
■「夢も希望も持てない」
ヒューマン・ライツ・ウォッチによると、昨年のクーデター以降、「無許可での移動」を理由に身柄を拘束されたロヒンギャは、子ども数百人を含め、約2000人に上る。
イスラム教徒が大多数を占めるマレーシアも、ロヒンギャ難民の主要な逃避先となっている。密航業者に命を預けて一か八かで危険な旅に出る人も多い。今年5月には、ミャンマー南西部の海岸に14人の遺体が打ち上げられた。国連難民高等弁務官事務所は、ロヒンギャ難民との見方を示している。
昨年、国軍が再び権力を握ったことで、ロヒンギャの人々が市民権を取得し、制限が緩和される希望はさらに薄れた。
国際医療援助団体「国境なき医師団」に所属し、ミャンマーでの活動の代表を務めているマルヤン・ベサイェン氏は、キャンプで暮らしている人々にとっては家に帰ることすらかなわないだろうと話す。
「たとえ移動できたとしても、彼らがかつて住んでいた多くの村やコミュニティーは、もはや存在しません」
マウンソウナインさんは「この国では、私たちロヒンギャへの人種的憎悪が根強いのです」と述べ、「将来の夢も希望も持てません」と訴える。「私たちはただ、尊厳を持って人並みの生活を送りたいだけです」 【9月3日 AFP】
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問題の根底には、ミャンマー国軍だけでなく、一般的ミャンマー国民の間で“ロヒンギャへの人種的憎悪が根強い”ことがあります。
【ミャンマー国内の国軍と民主派武装勢力の戦闘 空爆で子供11人死亡】
一方、ミャンマー国内にあっては、軍事政権は民主派や、その象徴としてのスー・チー氏への弾圧を強めています。
****スー・チー氏に新たに禁錮3年判決、刑期計20年に…重労働3年も言い渡す****
ミャンマー国軍が首都ネピドーに設置した特別法廷は2日、国軍による拘束が続く国民民主連盟(NLD)のトップ、アウン・サン・スー・チー氏(77)に、2020年の総選挙で不当に影響力を行使したとして禁錮3年の有罪判決を言い渡した。これまでの判決を合わせると、禁錮刑の刑期は計20年となる。法廷は、今回の刑期3年間の重労働も言い渡した。(後略)。【9月2日 読売】
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民主派武装勢力は国軍に抵抗する少数民族武装勢力と連携して、軍事政権への武力闘争を続けています。
こうした抵抗勢力に国軍は激しい攻撃をしかけており、その過程で痛ましい事件も。
****ミャンマー軍政、学校をヘリから空爆 児童11人殺害し証拠隠滅のため遺体火葬****
<1度の攻撃による子供の犠牲としては過去最悪の事態に──>
ミャンマーの北西部ザガイン地方域にある村の僧院学校が軍のヘリコプターから空爆を受けて児童11人が死亡した。一度の戦闘で子供が11人死亡したケースは2021年2月1日の軍によるクーデター以降初めてとみられ、民主派勢力は怒りをつのらせている。
9月16日午後1時ごろ、ザガイン地方域タバイン郡区レット・エット・コネ村にある仏教の僧院学校が、上空のMi35ヘリコプター2機から空爆を受け、僧院学校で学ぶ児童ら7人が即死し、教師3人と児童14人が負傷した。
その後、輸送ヘリから降り立った約80人の兵士が僧院学校を包囲して攻撃を続けた結果、さらに児童2人が死亡した。兵士は児童の遺体や負傷者約20人を民間人から強制的に奪ったトラックで約11キロ離れたエ・ウーにある伝統医学病院に搬送した。同病院はこの地域の軍の拠点となっていた。
軍に徴用されたトラックの運転手は「遺体は兵士と思っていたが、中を見るとみんな子供だったので大きなショックを受けた」と話しているという。
同病院で治療中に死亡したとみられる児童2人が確認され、これで児童の犠牲は11人となった。さらに負傷した児童には手足を攻撃で吹き飛ばされた重傷者も含まれているという。
児童の遺体を火葬、証拠隠滅か
(中略)軍は死者と負傷者を運んだ伝統医学病院で襲撃の翌日にあたる9月17日の午後4時ごろ、犠牲となった児童11人の遺体を全て火葬に付して病院敷地内の墓地に埋葬したという。
子供が行方不明になった両親が攻撃された僧院学校を訪れたが、残されていたのは子供の衣服だけだったため「もし死んだとしても葬儀も行えない」と悲しみに暮れていたという。
「イラワジ」は「火葬は軍による証拠隠滅の可能性が高く、多くの児童が犠牲になった攻撃は許されるものではない」と報じて軍政への反発を強めている。
国連児童基金(ユニセフ)のミャンマー事務所は9月19日、この事件の詳細はまだ不明としながらも児童11人が死亡し、15人が行方不明であることを明らかにしており、今後犠牲者が増加する可能性がある。
これに対し軍政は「武装抵抗勢力が僧院学校に潜伏しており、児童らを人間の盾として利用していた」との声明を発表し、攻撃や児童殺害を正当化した。
軍政は声明の中で、僧院学校には武装市民組織「国民防衛軍(PDF)」のメンバーや、軍との戦闘を繰り返している隣接するカチン州を活動拠点とする少数民族武装勢力「カチン独立軍(KIA)」の兵士らが潜んでいたとしている。
これに対して地元のPDFは「空爆当時、僧院学校にはPDFやKIAのメンバーは誰一人としていなかった。軍は嘘をついている」と反論している。
ASEANの方針転換にも影響か
ニューヨークでの国連総会に出席しているマレーシアのサイフディン・アブドラ外相は、9月19日に記者会見でミャンマーの反軍政組織として抵抗を続けている「国民統一政府(NUG)」と接触したことを明らかにした。東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国がNUGメンバーと接触するのは初。同外相は今後ASEANとしてミャンマー問題への取り組みを見直す方針を示した。
この会見でサイフディン外相は16日に起きた軍による僧院学校襲撃で多数の児童が不犠牲になったことが伝えられるなか、NUGとの面談に臨んだことを明らかにしている。
こうした軍による民間人、特に子供や女性への無差別攻撃や虐殺、レイプは重大な人権侵害であるとして国際的な人権団体などから軍政とその指導者であるミン・アウン・フライン国軍司令官に対する厳しい非難が浴びせられている。
ミャンマーの人権団体「政治犯支援協会(AAPP)」によると2021年2月1日のクーデター以降、9月19日までの軍による民間人の殺害は2299人にのぼり、逮捕者は1万5571人に達しているという。
出口の見えないミャンマー問題は、ASEANによる和解調停努力にも関わらず、ますます混迷の度を深めている。【9月21日 大塚智彦氏 Newsweek】
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【ミャンマーへの対応を硬化させるASEAN 「五項目の合意」見直しの検討も】
上記記事にもあるマレーシアのサイフディン・アブドラ外相は、ASEANとしてのミャンマー軍事政権への対応を見直すことにも言及しています。
****ASEANのミャンマー和平計画、見直し必要=マレーシア外相*****
マレーシアのサイフディン外相は19日、東南アジア諸国連合(ASEAN)がミャンマーの和平実現に向けて国軍と合意した5項目について、11月のASEAN首脳会議までに見直す必要があるとの考えを示した。
ASEANは、昨年2月のクーデター後、ミャンマーの和平に向けた取り組みを主導しているが、国軍はASEANと合意した暴力の即時停止など5項目について大半を履行していない。
国連総会に参加するためニューヨークを訪問中のサイフディン氏は記者団に対して「11月のASEAN首脳会議までに5項目の合意事項が依然として妥当かどうか、より良いものに置き換える必要があるかどうかを見直す必要がある」とし、「11月までに答えを見つけなければならない」と語った。【9月20日 ロイター】
ASEANは、昨年2月のクーデター後、ミャンマーの和平に向けた取り組みを主導しているが、国軍はASEANと合意した暴力の即時停止など5項目について大半を履行していない。
国連総会に参加するためニューヨークを訪問中のサイフディン氏は記者団に対して「11月のASEAN首脳会議までに5項目の合意事項が依然として妥当かどうか、より良いものに置き換える必要があるかどうかを見直す必要がある」とし、「11月までに答えを見つけなければならない」と語った。【9月20日 ロイター】
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ASEANはミャンマー軍事政権への対応を硬化させていますが、事態改善の方策はないようにも。
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7月、国民統一民主党(NUD)と共謀して軍政に対するテロを主導したなどとして、民主活動家チョーミンユおよび国民民主連盟(NLD)の元議員ピョーゼヤートーら計4人の死刑が執行された。
東南アジア諸国連合(ASEAN)の議長国カンボジアのフン・センが6月に死刑執行の停止を求める書簡をミン・アウン・フライン(国軍総司令官)に送った経緯があるが、ASEANは「死刑執行を含む長期化する政治危機への懸念」を表明し、ASEANが求める「五項目の合意」の履行が進まないことに「深い失望」を表明している。
ミャンマーに関与し情勢を打破する能力がASEANにないことが改めて明らかになっている。【9月15日 WEDGE】
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【民主派「影の政府」の承認の是非】
一方、Economist誌8月22日号は、ミャンマーの軍事政権に抵抗して奮闘する国民統一政府(NUG)は資金の支援を必要としているとして、アメリカがNUGを正統な政府として承認し、もって凍結したミャンマーの資産を彼等に使わせることを示唆する社説を掲げています。社説は次のように主張しています。
****忘れてはならないミャンマー情勢と必要な“奥の手”****
(中略)
NLDの議員は「影の政府」(国民統一政府:NUG)を組織している。
ビルマ族の排外主義との評にかかわらず、彼らは少数民族の代表を迎え入れた。彼らはロヒンギャの待遇を改善するとも約束した。NUGは殆どの抵抗勢力を含めビルマ族の大多数の支持を獲得している。幾つかの地域では、地方の行政組織を形成し、学校と診療所を運営している。
一方、軍は反乱勢力を打倒する能力がないことを証明した。
しかし、NUGは絶望的に資金が不足している。彼等は西側から資金の支援を必要としている。もし、米国がNUGを正統な政府を承認すれば、NUGは、クーデタの後に米国が凍結した10億ドルのミャンマーの資金の所有権を主張出来るであろう。そのようなジェスチャーには、外部世界は軍の残虐行為を不作為によって黙認する積りはないことを示す利点もあるであろう。
勿論、それは軍事政権の終焉を保証はしない。軍事政権は資金と火力において圧倒的な優位性を維持している。中国という強力な同盟国もある。しかし、抵抗運動は18カ月間不利な条件を克服してきた。この条件を有利な方向に動かすのに多くは要しないであろう。【9月15日 WEDGE】
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この考えに対し、WEDGEはやや現実性を欠くとの見方です。
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(中略)しかし、NUDは地下組織である。彼等の奮闘ぶりは讃えられるべきであるが、政府とは到底言い得まい。彼等は過激化しており、一般市民に職場放棄などを含め軍事政権との関係を一切断つよう要求し、軍事政権に協力していると見做される市民を殺害する。軍よりも抵抗勢力を怖れる市民もあると報じられている。
軍事政権の転覆も全土掌握も進まず
外交情報サイトThe DiplomatはNUDのドゥワラシラー大統領代行(彼はカチン族である)とのインタビュー記事(7月19日付)を掲載しているが、彼は抵抗勢力が国土の50%以上を支配し、数十の町に自治組織を作っているなどと述べ、いずれは真の連邦国家を作る目標を語っている。
しかし、これは割引いて聞く必要があろう。 都市と資源を支配しているのは軍事政権である。抵抗勢力は寄せ集めの勢力であり、武器に事欠く状況である。一定地域を支配していると言っても、それは軍が攻勢に出れば引き、軍が引けば出るといった類のことに違いない。
エコノミスト誌は5月21日号で、(地方メディアは威勢の良いニュースを流しているが)「抵抗勢力は自身のプロパガンダを信じるリスクを冒している」と書いたことがある。
抵抗勢力に軍事政権を転覆する力はないが、軍事政権による全土掌握も進んでいない。ミャンマーの憲法によれば非常事態宣言の期間は1年だが、半年ずつ2回まで延長可能であり、7月31日、2回目の延長(23年2月まで)が決定された。
憲法はその後6カ月以内に選挙を行うことを規定しており、軍事政権は23年8月までに選挙を行うとしている。軍事政権は選挙までに全土掌握を目指すであろうが、そのことは必然的に更なる流血を招くであろう。
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未だ出口が見えないミャンマー情勢です。