(インドのシン国防相は27日、中国の李尚福国防相とニューデリーで会談し、両国関係の改善は国境係争問題で「平和と静寂」が戻るかが鍵を握ると指摘した。写真は会談の様子。ニューデリーで撮影。インド国防省提供【4月28日 ロイター】)
【20年の国境衝突以来初めての国防相会談 握手交わさず】
ともに今後の世界経済で中核的役割を果たすことが期待され、政治的にもその影響力が注目されるインドと中国が国境問題を抱えて衝突を繰り返していることは、これまでも何度も取り上げてきました。
両国国防相は4月27日、ニューデリーで会談し、対立が続く国境地帯の問題を巡り協議が行われました。緊張緩和を図ることが目的ですが、会談の冒頭両国国防相は握手を交わさず、会談でもインド側から厳しい指摘も飛び出すなど、溝の深さが改めて浮き彫りとなりました。
****中印国防相が会談、20年の国境衝突以来初めて 溝の深さ改めて****
国際会議に出席するためインドの首都ニューデリーを訪問している中国の李尚福国務委員兼国防相は27日、シン国防相と会談した。
中国国防相の訪印は、2020年6月にヒマラヤ山脈近くの国境係争地域で起きた両軍の衝突後、初めて。ただ、インドメディアによると、両氏は握手を交わさず、双方の溝の深さが改めて浮き彫りになった。
インド国防省によると、シン氏は「印中の関係発展は国境地帯の平和と安定が前提になっている」と指摘した。衝突では45年ぶりに死者が出ており、その後は緊張が少し和らいだものの、両軍は国境地帯での軍配備を続けている。4月上旬には中国が係争地の山などに自国の地名を命名し、インドが反発していた。シン氏はこうした情勢も念頭に「2国間関係の基盤を損なう」とくぎを刺した。
これに対し李氏は「中印は違いよりも共通の利益の方がはるかに多い」と強調。「双方は両国関係と相互の発展について、包括的、長期的、戦略的に捉えて、世界と地域の平和と安定に共同で貢献すべきだ」と呼びかけた。中国国防省が発表した。
中国側としては、米国主導の対中包囲網に対抗するため、国際社会で存在感を増すインドを自陣営に引き寄せたいとの思惑がある。ただし領土問題で譲歩するわけにはいかず、難しい対応を迫られている。李氏は「両軍の相互の信頼感を高められるよう共に努力することを望む」と述べた。
一方、28日には中露印などが参加する上海協力機構(SCO)国防相会合が実施された。シン氏は「我々は文化的、文明的なつながりを持っている。時代の変化とともに、つながりを強化するために努力していく」と訴えた。(後略)【4月28日 毎日】
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こうした中国を警戒視するインドを日米はQuad(クアッド)に取り込んで、中国包囲網を形成しようとしており、中国はこれを警戒してインドとの関係改善を模索している・・・という構図です。
【インドにとっての上海協力機構(SCO)】
そのインドはアメリカ主導のQuadに参加する一方で、中国・ロシアが主導する上海協力機構(SCO)にも参加しています。
インドにとってSCOは、やはりSCOに参加する宿敵パキスタンに対抗する場であり、関係を強める中国・パキスタン・アフガニスタンの動きについて情報を収集し、監視し、妨害する場でもあります。
****インドにとって上海協力機構が価値あるものである理由****
(中略)
パキスタン対策としての上海協力機構
インドにとって、上海協力機構は、安全保障面でとても役立つ潜在性がある。インドにとって安全保障面の課題は、中国とパキスタンに対応することだ。特にパキスタンは、イスラム過激派をインドに送り込んでくる。(中略)
2001年に創設された上海協力機構は、中国やロシア、中央アジア諸国によって構成されている。イスラム過激派の情報を共有するのに適しているのである。ただ、問題がある。パキスタンがそれに加盟する可能性があったことだ。
中国はパキスタンを長年支援してきた。そしてパキスタンが上海協力機構に入ることを模索した。(中略)
インドも上海協力機構に参加し、パキスタンの主張に反論しなければならない。だから、15年、インドとパキスタンは、両方が同時に、上海協力機構に加盟することになったのである。(中略)
懸念される中国―パキスタン―タリバン連携
ただ、中央アジアでは、インドにとって心配される動きが続いている。特に、今、心配されるのは、中国―パキスタン―タリバンが一帯一路構想を通じて協力する動きが出ていることだ。
中国は、パキスタンと協力して、タリバン政権下のアフガニスタンにおいて、一帯一路構想によるインフラ開発プロジェクトを進め、アフガニスタンの鉱物資源を獲得するとともに、貿易ルートの開発を進めるつもりである。そのため、中国がパキスタンと共にタリバンを擁護する姿勢が目立ってきている。(中略)
実はインドも、アフガニスタンから米軍が撤退し、タリバン政権が成立するまでは、インドと中央アジアをつなぐ貿易ルートの開発を計画していた。イランのチャーバハール港を建設し、インドからパキスタンを海路で迂回してイランに物資を運び、そこから陸路でアフガニスタンやトルクメニスタンに物資を運ぶ貿易ルートを開発していたのである。
そうすれば中央アジアを通る貿易ルートにインドは関与して経済的な利益を上げることができるし、イランー旧アフガニスタン政府と連携してパキスタンを包囲することもできる。そうすると、上海協力機構は、これらの国と交渉する上で有用だった。
しかし、それは、アフガニスタンにタリバン政権ができると、難しくなった。タリバン政権は、パキスタンと関係が深く、インドと戦ってきた政権だからだ。
インドとイランの関係も、インドが米国に接近するにつれてより複雑なものになり、うまくいっていない。だから、インドにとっては、このルート建設のために、上海協力機構の枠組みを使って交渉を進めることもなくなってきた。
このようにみてみると、インドにとって上海協力機構は、協力するだけでなく、中国―パキスタンの動きに関して情報を収集し、監視し、妨害する場でもある。だから価値があるのである。(後略)【5月16日 WEDGE】
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上海協力機構(SCO)首脳会議は、当初、議長国インドの首都ニューデリーで対面形式で開催される予定でしたが、オンライン形式に変更されました。
ウクライナからの子どもの拉致にかかわったとして国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ているロシアのプーチン大統領が出席する場場合の扱いを考慮しての変更かと思いましたが、下記記事では“領土問題をめぐるパキスタンや中国との関係悪化が影響した可能性”が指摘されています。
なお、インドはICCには加盟していませんので、プーチン大統領は参加できなくもありませんが、国際社会の厳しい視線をモディ印政権がどう受け止めるか・・・という問題があります。
****上海協力機構の首脳会議、オンライン形式で 中パ領土問題影響か****
中国とロシアが主導する「上海協力機構(SCO)」の首脳会議について、議長国のインド政府は30日、7月4日にオンライン形式で開催すると発表した。
当初は首都ニューデリーで対面形式で開催する方向で調整していた。領土問題をめぐるパキスタンや中国との関係悪化が影響した可能性がある。(中略)
インド政府はオンライン形式にした理由を明らかにしていないが、インドメディアは「ここ数日の協議」で、急きょ決まったと報じている。
SCO首脳会議を巡っては、インドの伝統的な友好国であるロシアのプーチン大統領がウクライナ侵攻後初めて訪印する機会となることから注目を集めていた。SCO外相会合はインド南部ゴアで5月5日に対面形式で実施され、中国の秦剛国務委員兼外相とパキスタンのブット外相も出席していた。【5月31日 毎日】
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話が横道にそれますが、8月に南アフリカで開催される新興5カ国(BRICS)首脳会議(サミット)については、南アはICC加盟国であり、プーチン大統領への対応に苦慮しています。開催国をICC非加盟国の中国へ変更することも取り沙汰されています。 現実味がないと思われたICCのプーチン大統領への逮捕状ですが、それなりの影響があるようです。
【インド洋でも中印の対立が進行】
話を中印関係にもどすと、両国はかねてからの国境紛争だけでなく、最近は中国の海洋進出をめぐっても緊張が高まっています。
中国は近年、「真珠の首飾り」と呼ばれるインド洋での港湾拠点の確保に動き、インド包囲網を形成しつつあります。
インドの切り札は戦略拠点アンダマン・ニコバル諸島の軍事施設ですが、中国はこれに対抗する形で拠点建設を進めています。
****中国船「海上民兵」の洗礼を浴びたインド 印中軍事対立は日本にとって対岸の火事ではない****
FIPIC(インドと太平洋諸島フォーラム)の首脳会談が数年ぶりに開催された理由
(中略)モディ氏がオーストラリアを訪問した狙いは、台頭する中国への警戒感を背景に、安全保障と経済の両面で同国との連携を強化することだ。
モディ氏は5月22日、オーストラリア訪問に先立ち、パプアニューギニアで開催された「インドと太平洋諸島フォーラム(FIPIC)」の3回目の首脳会談にも出席した。
14の島嶼国との協力枠組みであるFIPICは、モディ氏が2014年11月、インド系の住民が約4割を占めるフィジーを訪問した際に設立されたものだが、2015年にインドで2回目の会合が開かれて以降、空白期間が続いていた。
インドが改めてFIPICに注目した理由として、太平洋での海洋進出を進める中国を念頭に、島嶼国への関与を強める狙いが指摘されている。(中略)
インド周囲で圧倒的な存在感を放つ中国海軍
5月19日から21日にかけて開かれたG7(主要国首脳会議)広島サミットでも話題の中心にいたモディ氏だが、悩みの種は中国との間で高まる軍事的な対立だ。
インド海軍はASEAN諸国とともに5月7日から2日間、海上演習を実施したが、ベトナムの排他的経済水域(EEZ)で活動していた際に、海上民兵を乗せた中国船が急接近する事案が発生した(5月9日付ロイター)。
中国政府は海上民兵の存在を否定しているが、「漁船に乗った中国の退役軍人らが当局と連携しながら南シナ海で政治的な活動をしている」というのが一般的な見解だ。
台湾やフィリピン、ベトナムなどは既に海上民兵の脅威にさらされているが、インドも今回、その洗礼を浴びたのだ。
「アクト・イースト(東方重視)」政策を掲げ、太平洋への関与を強めるインドにも「中国の影」が見え隠れするようになったわけだが、最大の懸案は自国を取り囲むインド洋で中国海軍の存在感が圧倒的になっていることだ(5月17日付ニューズ・ウィーク)。
2009年以来、中国海軍がインド洋で活動している。そのきっかけは海賊対策だった。当時、インド洋北西部に位置するジブチやソマリアの沖合で身代金目的の海賊行為などが横行していたため、国際社会はその対策に乗り出した。この取り組みに参加した中国は2017年、海軍の補給支援を行う目的でジブチに人民解放軍初の海外基地を2017年に建設した。
中国はその後も基地の整備・拡大を続けたことから、ジブチでは現在、全長300メートルにわたる係留ドックが整備され、空母や潜水艦、揚陸艦などが入港可能になっている。
中国は近年、「真珠の首飾り」と呼ばれるインド洋での港湾拠点の確保に動き、インド包囲網を形成してきた。このため、米海軍や日本の海上自衛隊が目を光らせている西太平洋とは異なり、インド洋は中国海軍にとって安心して活動できる海域となっている。
中国の潜水艦や調査船の行動が、インド沿岸近くで日増しに活発になっていることから、「自国の安全保障が脅かされている」との危機感を募らせるインド政府は対抗措置を講じざるを得なくなっている。
インドと中国の対立が海でも発生すると日本にも影響
ミャンマー西部ラカイン州のシットウェーで5月9日、インド政府が支援する港湾が開港した。ラカイン州で拠点を整備している中国の動きを牽制する目的だが、中国はインドの対抗手段を無力化する企みを準備しているようだ。
最新の動きとして注目されているのは、中国がインド洋に浮かぶミャンマー領ココ諸島で監視基地の建設を進めていることだ(5月6日付日本経済新聞)。
インド軍関係者は「東部での軍事活動が中国側に筒抜けになる」と警戒しており、監視基地の建設によってインドがさらに劣勢に立たされる展開が懸念されている。
ココ島諸島はインドが複数の軍事施設を展開するアンダマン・ニコバル諸島のすぐ北に位置する。アンダマン・ニコバル諸島は、東アジアと中東、欧州を結ぶシーレーンのチョークポイント(戦略的に重要な海上水路)の1つであり、ここを押さえることはインドの対中国戦略にとって最重要課題となっている。
だが、中国がココ諸島に戦略的な足場を築けば、インドの戦略は大幅な見直しを余儀なくされる。インドと中国との間で軍拡がエスカレーションするような事態になれば、日本にとっても「生命線」といえるインド洋のシーレーンの安全確保が危うくなってしまう。
さらにインドと中国は、ヒマラヤ山中の未画定の国境を巡って長年対立している。(中略)
陸での軍事的対立は「対岸の火事」かもしれないが、その対立が海へと飛び火する可能性が排除できなくなっている。日本にとっても一大事になってしまうのではないだろうか。【5月30日 藤和彦氏 デイリー新潮)】
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【互いに記者追放する緊張状態】
上述のように、陸の国境問題でも、海の拠点確保でも、対立がある中印両国ですが、そうした対立を背景に両国関係は想像以上に緊張した状況にあるようです。
****中印が互いに記者追放、インド駐在の中国政府系記者はゼロに―独メディア****
2023年5月31日、独国際放送局ドイチェ・ヴェレの中国語版サイトは、対立を深める中国とインドがそれぞれ記者を追放する動きをみせており、インドには中国政府系メディアの記者がいなくなったと報じた。
記事は米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが31日に情報筋の話として、インド政府が5月に新華社と中国中央テレビの記者各1人のビザ更新を認めず、2人がビザ期限切れによりすでに中国へ帰国したと報じたことを紹介。これにより少なくとも1980年代以降で初めて、インド国内に中国政府系メディアの記者が1人もいなくなったと伝えた。
また、中国に滞在するインドメディアの記者もほぼ「絶滅」状態にあり、4月にはインドの大手紙ザ・ヒンドゥーと国営テレビ局プラサール・バラティの記者計2人が中国への再入国を認められなかったと報じられたほか、ヒンドゥスタン・タイムズの記者も5月に記者証が無効になったと紹介している。
その上で、両国が互いの記者を排斥する背景として、両国関係が2020年6月の国境地域での軍事衝突発生以降緊張していること、米国を首班として中国の包囲、けん制を目指す日米豪印戦略対話(クアッド)に積極的に参加していること、インドがデータセキュリティーを理由にショート動画配信アプリのTikTokなど中国製モバイルアプリ数十件の使用を禁止していることなどを挙げた。
さらに、今年4月には中国が中印国境にあるアルナーチャル・プラデーシュ州(中国名は蔵南地区)にある山や川など11カ所の名称を変更したことに対し、インドが強い不満を示したことも紹介。先週には両国の係争地であるカシミール地方で開かれたG20観光ワーキンググループ会合を中国がボイコットする事態も発生したと伝えた。
記事は、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルが今回の件について、両国関係を一層緊迫化させ、核を保有する隣国同士の交流が減り、先行きが見通せなくなる状態を招くと評したことを紹介している。【6月1日 レコードチャイナ】
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前出のように国防相会談やSCOでの接触など、“核を保有する隣国同士の交流が減り”というまでの状態でもありませんが、互いに相手を意識した緊張状態にあることは間違いありません。