孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

インド  雇用を十分に提供できない経済 失業問題は社会不安惹起も そこに宗教対立が加わると

2023-06-04 22:05:16 | 南アジア(インド)

(広島市で開かれたガンジー像の除幕式に出席したインドのモディ首相(中央左)と松井一実市長(同右)=20日【5月20日 共同】  モディ首相の本音は・・・)

【1人当たり国内総生産(GDP)でバングラデシュにも抜かれたインド経済の弱点】
インド経済のイメージとしては、中国を抜いて世界一となった人口を背景に、今後とも急拡大を続け、世界経済への影響力を増していく・・・といった前途洋々たるものが想起されます。

しかし、現状で見ると、インドの1人当たり国内総生産(GDP)は未だ十分とはいえない中国の6分の1に過ぎません。しかも、アジア最貧国とも言われていたバングラデシュにも抜かれたか。

インド経済の弱点は、十分な雇用機会を提供できない製造業の弱さにあるようです。

****人口世界一になるインドへの懸念…中国のように世界経済をけん引する存在にはなれない事情****
「中国プラスワン」もインドにとって追い風だが
世界一の人口大国となることが確実視されるインドへの期待が日増しに高まっている。
国際通貨基金(IMF)は5月2日に発表した見通しで「今年は中国とインドが世界の経済成長の約50%を担う」との分析を明らかにした。足元の状況は、ゼロ・コロナ解除後の中国経済の回復が芳しくないこととは対照的に、インド経済は好調さを維持している。(中略)

IMFはインド経済の今後5年間の成長率を6.0%と見込んでおり、2028年には日本を抜いて世界第3位の経済大国になると予測している。

グローバル企業の「中国プラスワン」戦略もインドにとって追い風だ。多くの国が中国一辺倒の投資に不安を感じる中、リスクの分散先にインドが選ばれるようになっている。中でも、米アップルの請負業者が高価格帯のiPhoneをインドで組み立てるための初期投資を行ったことは世界の注目を集めた。

人口が増加し続けるインドは、20年前の中国のように、世界経済を牽引する存在になっていくのだろうか。

インドは人口が世界最多になるだけでなく、現役世代の比率が高いことも特徴だ。現在、全人口の7割近くを占める生産年齢人口(15〜64歳)は2050年まで増加することが見込まれている。

だが、このことを強みにするためには、彼らに雇用の機会を提供することが絶対条件だ。スキルを十分に発揮できる雇用の場を提供できて初めて、現役世代の多さが成長の源泉となるからだ。

世界銀行によれば、2021年のインドの1人当たり国内総生産(GDP)は2257ドルで、中国の1万2556ドルの6分の1に過ぎない。

慢性的な雇用不足に苦しめられるインド
中国は膨大な人口を先進国の製造業の労働資源として提供することで「世界の工場」となり、大成功を収めてきた。だが、インドの製造業はお世辞にも競争力があるとは言えない。

世界銀行によれば、製造業がGDPに占める割合は中国が27%、ベトナムが25%であるのに対し、インドは14%に過ぎない。人口14億人のインドの輸出製品の金額も人口1億人のベトナムとほぼ変わらない。

気になるのは、2019年にインドの1人当たりのGDPが隣国バングラデシュに追い抜かれたことだ。IMFによれば、2028年にはバングラデシュは4164ドルとなり、3720ドルのインドは400ドルもの差を付けられることになる。

バングラデシュの成長は同国の縫製産業の躍進によるところが大きい。バングラデシュの縫製産業は過去20年の間に欧米のバイヤーが要求する厳しいコスト・品質・納期などに対応できる能力を身につけ、中国に次ぐ世界第2位の縫製品輸出国となった。バングラデシュでは多数の女性労働者が縫製産業に従事しており、その人的資本の水準はインドを上回るようになっている(4月18日付日本経済新聞)。

中国を始めアジアの国々は、労働集約型の製造業の製品輸出のおかげで多くの雇用を創出できたが、製造業に弱みを抱えるインドは慢性的な雇用不足に苦しめられている。

インドではここ10年、毎年700〜800万人の求職者が市場に参入してきたが、新規の雇用を満足につくることができなかった。このため、職にありつけない若者は農村にとどまるしかなく、インドでは全労働者の45%が農業分野に従事していることになっている。

求人数が求職数に比べて圧倒的に少ないことから、若者は日々を生き抜くための低賃金の仕事に従事せざるを得ず、インドの人的資本の活用状況は低調のまま、「宝の持ち腐れ」になっていると言っても過言ではない。

再び囁かれる「ヒンズー成長率」
インドは今後10年で雇用を2億人増やす必要があると言われており、そのためには輸出志向の労働集約型製造業の競争力強化が不可欠だ。

モディ政権も「GDPに占める製造業の比率を25%にまで引き上げる」との政策目標を掲げていることが、「言うは易し、行うは難し」だ。

インド政府は製造業の競争力強化に躍起になっているが、インフラ投資の強化や労働市場改革など取り組まなければならない課題は山積みだ。

残念ながら、識者の間でインド経済の今後を悲観視する声が強まっている。
その代表格は元インド準備銀行(中央銀行)総裁のラグラム・ラジャン氏だ。ラジャン氏は「高成長を見込める要因が見当たらず、インド経済は減速する」と手厳しい(4月19日付日本経済新聞)。1950年代から80年代にかけて、インドの経済成長は途上国の中で低かったため、「ヒンズー成長率」と揶揄されてきたが、この用語が再び囁かれるようになっている。

経済が失速すればインドの失業問題がさらに悪化するのは火を見るより明らかだ。
若年人口が社会の過半を占めるインドでは暴力事件が多発しており、過去には政権を揺るがす事態に発展したこともあった。若年人口の不満を抑えるためにはインド政府のさらなる取り組みが不可欠だが、見通しが明るいとは言えない状況にある。

グローバルサウスの代表として存在感を増しつつあるインドだが、世界を牽引する新たな盟主としての成長モデルを見いだせていないのが実情なのではないだろうか。【5月19日 藤和彦氏 デイリー新潮】
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一見、中国とともに世界経済を牽引するかのようなイメージもあるインドですが、内情は相当に問題が大きいようです。

【失業問題が惹起する社会不安 不満がヒンドゥー教徒とイスラム教徒の対立に向かうと非常に危険】
雇用を十分に提供できないインド経済・・・失業問題は社会を揺るがす不安要素になりますが、「時限爆弾」との指摘も。

****インドの「経済の奇跡」の裏に隠された時限爆弾―中国メディア****
2023年5月29日、環球網は、奇跡とさえ呼ばれ始めたインド経済の成長の背景に「時限爆弾」が隠されているとする記事を掲載した。

記事は、新たな議会ビルの落成や7%に近い経済成長率、中国を抜いて人口世界一になるなど、インドに関する一連のポジティブな情報が世界の注目を集め、「経済の奇跡」という言葉さえもが国内で取り沙汰されていると紹介する一方で、米CNNがこのほど実施した現地の青年らへのインタビューにより、就職難など市民生活上の問題が引き続き大きく立ちはだかっていることが明らかになったと伝えた。

そして、28歳の清掃員の男性が「小さい頃から勉学で運命を変えられるという言葉を信じ、修士号まで取得したにもかかわらず、今の仕事は清掃員。こんなにいっぱい勉強したのに相応の職に就けないことに憤りを覚えている。これは政府の問題。人々のためにもっと多くの雇用を創出すべきだ」と語ったことを紹介した。【5月31日 レコードチャイナ】
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もとよりインド社会は多数派ヒンドゥー教徒と少数派イスラム教徒という根源的な不安要素を抱えており、失業若者らの不満がこうした対立に向けられる、あるいは扇動されることも想像されます。

しかも、これまで繰り返し指摘してきたようにモディ首相にはヒンドゥー至上主義的な傾向が強く存在し、インド社会・政治を危険な方向に誘導する懸念があります。

【イスラムに融和的でヒンドゥー至上主義者に暗殺されたガンジー 修正される歴史】
そうしたモディ首相のヒンドゥー至上主義の観点で興味深かったのは、G7広島サミットでの下記の話題。

****広島にガンジーの胸像=インド首相が除幕式****
広島市で20日、非暴力・不服従運動を主導したインド建国の父マハトマ・ガンジーの胸像の除幕式が行われた。胸像はインド政府が寄贈し、平和記念公園近くに設置。

先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)の拡大会合出席のため広島入りしているモディ印首相も式典に参列した。【5月20日 時事】
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マハトマ・ガンジーはインド建国の父で、インドを代表する「偉人」ですから、その胸像の除幕式にインド首相が出席する・・・・しごく当然のようにも思えるでしょうが、ガンジーは最後までヒンドゥー教徒とイスラム教徒の共存を呼び掛け、そのイスラム教徒への融和的姿勢を嫌うヒンドゥー至上主義の男性に暗殺された事実があります。

そして、その暗殺者が属していた組織にはモディ首相も属していました。
つまり、モディ首相にとって、ガンジーは必ずしも「偉人」ではなく、実際、モディ政権下のインドにあってはガンジーの主張・功績、その暗殺の経緯を薄めていこうという「修正主義」的な流れがあります。

****ガンジー暗殺動機も削除、インド教科書改訂の波紋****
ディ政権、歴史の重要記述を消す

インド政府が配布する高校の教科書には長年、建国の父とされるマハトマ・ガンジーの暗殺者についての記述があった。ヒンズー教過激派系の新聞に勤務していた男で、自由のために非暴力で闘った偉大な精神的指導者であるガンジーを「イスラム教との融和提唱者」として敵視していた。

今年に入って入手可能となった第12学年向け歴史の教科書改定版では、こうした記述がない。暗殺者としてナトラム・ゴドセの名前には触れているが、人物像や暗殺の動機には言及していない。

さらには、ガンジーが75年前、独立後のインド国家の理想像として掲げていた宗教多元主義に対して異議を唱えていたヒンズー教強硬派に関する記述も、全面的に削除されている。

モディ政権は生徒が学ぶ自国の過去について相次ぎ変更を加えており、今回の教科書改訂もその一環だ。ナレンドラ・モディ首相率いるインド人民党(BJP)は数十年にわたるヒンズー至上主義国家を目指す運動と関係しており、学校の教科書はバランスを欠いていてヒンズー教に対する偏見が含まれていると、かねて批判してきた。

党内では、インドの若者、特に国内多数派のヒンズー教徒が、自らの歴史や遺産に関して誇りを持てるような内容に乏しいとの批判が根強い。

BJPが抱える不満の根底にあるのは、イデオロギーに関する一段と包括的な議論だ。モディ氏の支持者は、1947年の独立後のインド国家を形成してきた左派寄りのリベラル勢力が西側の価値観を象徴し、インド最大の少数派イスラム教と歩調を合わせているとして批判している。支持者にとって、モディ氏の台頭はヒンズー教復活の象徴なのだ。

一方で、モディ氏やBJPに対しては、国家を分断するヒンズー教至上主義のイデオロギーを推進し、インドの世俗的な基盤を脅かすとの批判が出ている。

改訂前の教科書策定を指揮した学者クリシュナ・クマール氏は、今回の改訂は「教育とは開かれた心とリベラルな考えを促すべきという考えに背くものだ」と指摘する。その上で、改訂は「極めて乱雑な切断だ」と話す。

モディ氏の支持者は、改訂は遅すぎたくらいだと考えている。植民地化前のインドを巡る歴史教育は、領土に構築されたイスラム帝国を過度に強調しており、歴代のヒンズー王国をないがしろにしてきたと主張する。

例えば、16~17世紀にかけて繁栄し、タージマハルを建設するなど地域の建築や食文化、文学などに強い影響を残したムガル帝国が必要以上に重視されてきたという。

ヒンズー至上主義者の目には、ムガル帝国は寺院破壊や改宗、ヒンズー教独自の習慣にとっての服従の時代だと映る。

今回の改定で、第12学年の教科書からムガル帝国の宮廷に関する章が消える一方、農民の生活に関する章は残された。第7学年の教科書からは、アクバルからアウラングゼーブまでムガル帝国皇帝の戦場での勝利に関する2ページの表が削除された。13世紀のイスラム教徒によるインド北部制圧に関する章も消えている。

今回の改定に対しては、歴史家や学者250人以上が反対を唱える公開書簡に名を連ねた。

書簡では「今回の改定における選別的な削除は、分断をあおる政治の影響力を浮き彫りにしている」と指摘。インドの歴史はヒンズー教とイスラム教の時代で構成されると考えることはできないとして、「こうした分類は、歴史的に本来極めて多様な社会構造に対して無批判に押しつけられている」と反論した。

最も議論を呼んだ削除箇所はガンジーに関するもので、現地紙インディアン・エクスプレスが先に報じていた。改訂前の高校生向け政治の教科書では、「ヒンズー教とイスラム教の結束を強く求めていたガンジーに対して、ヒンズー教過激派が強い嫌悪を抱き、何度か暗殺を試みた」との記述があった。

またガンジーは「パキスタンがイスラム教の国家になったように、インドがヒンズー教の国家になってほしい」と願う人々から嫌われていたとも書かれていた。そのいずれの記述についても、今回の改定で消えている。

また改訂後の教科書では、ヒンズー至上主義団体「民族義勇団(RSS)」がガンジー暗殺後に一時、非合法化されたことも書かれていない。モディ氏はRSSの元メンバーで、同氏の首相就任以来、RSSの影響力は強まっている。【5月29日 WSJ】
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実際、デリー周辺の北インドを旅行すると、観光スポットとなっているのはムガール帝国などイスラム王朝によるものが多いことを痛感します。

デリー郊外に「勝利の塔」と呼ばれる72.5mのミナレットを有する「クトゥブ・ミナール」があります。
この塔及びモスクは、1200年頃にこの地にインド最初のイスラム王朝を開いたクトゥブッディーン・アイバクが、ヒンドゥー勢力に対する勝利を記念して建てたものです。

デリー観光の際に、ガイド氏と「次にどこに行こうか」という話になって、私が「クトゥブ・ミナール」を提案したところ、ヒンドゥー教徒でもあるガイド氏が乗り気にならず、代わりに近年建設された巨大なヒンドゥー寺院に連れていかれました。ガイド氏は「どうです。美しいでしょう!」といたくご満悦でした。

その日は、多くのイスラム王朝の遺跡を観光していたこともあって、イスラム王朝がヒンドゥー勢力に対する勝利を記念して建てた「勝利の塔」に、ヒンドゥー教徒でもあるガイド氏が面白くないものを感じたのだろう・・・と勝手に想像しています。

世界遺産の代表格「タージマハル」に対しても、ヒンドゥー重視の地方政府は冷淡であるとも報じられています。

広島のガンジー胸像はインド政府が寄贈したものとのことですから、モディ首相としてはガンジーの対外的な「利用価値」は認めているようです。ただ、内心はどうだったのだろうかと想像すると興味深いものがあります。

【役にたたないオス牛をめぐるインドの「本音と建前」】
政治的なものを離れた軽い話題としては、ヒンドゥーで神聖視される牛ですが、乳牛として利用価値があるメスはいいとして、オス牛はどうなるのか?という疑問が。

結論的には、ヒンドゥー教徒はあまり認めたがりませんが、と殺されて「肉」として海外へ輸出されるようです。

****「牛は神聖な動物」でも牛肉の輸出大国…インドで見た畜産の本音と建前 ミルクが搾れないオス牛はどこへ****
20日間かけて世界一の生乳生産量を誇るインドの牧場を巡った筆者。ふと「ミルクを搾れるメス牛はたくさんいるけれど、オス牛はどうなっているんだろう」と疑問がわきました。現地で酪農関係者に尋ねてみると、「牛は神聖な動物である」という宗教的な考え方と「オス牛をどう扱うか」という現実的な悩みを巡る、本音と建前が見え隠れしていました。(木村充慶)

牛肉を食べないインド 「オス牛は?」
インド国民の大半を占めるヒンドゥー教徒にとって牛は神聖な動物であるため、多くの人が牛肉を食べません。
その代わりに、牛を殺さなくても口にできるミルクや豆などから、生きる上で必要なタンパク源をとっています。

しかしインドは世界一の生乳生産量があります。牛は1億3,601万頭(2015年、農畜産業振興機構「インド酪農の概要と世界の牛乳乳製品需給に与える影響」)もいます。
農林水産相の「畜産統計」によると、日本は137万頭(2022年)なので、その約100倍です。(中略)

日本の場合は、オス牛が生まれると、多くが家畜の市場に出されます。育成する牧場で育てられ、ある程度大きくなったら食肉になります。

しかし多くのヒンドゥー教のインド人にとっては、お肉として食べることもできません。牛を肉にする「と殺(と畜)」を禁止している州もあります。一体どうなるのでしょうか。(中略)

ある関係者は、インドには非公式の「と畜場」があると教えてくれました。そこでは、多くは宗教的に問題ないイスラム教徒の人たちがと畜を担当していると言います。

しかし現地で酪農家に尋ねても、そもそも「と畜場」の存在を否定するので、その在りかは分かりませんでした。

本音と建前が交錯する牛の行方
(中略)危険性もあるといった背景から、なかなか公にできず、非公式の「と畜場」が存在しているのではないかと思います。

ヒンドゥー教徒にとっては神聖な牛を殺すことは許しがたいこと。しかし実態としては、育てるだけではコストのかかるオス牛や、役目を終えたメス牛を食肉にするのは仕方がない――。インドの「本音と建前」があるのだなと感じました。(後略)【6月3日 木村充慶氏 withnews】
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