(2023年5月9日/コロンビアとパナマの国境「ダリエン地峡」を進む移民(Ivan Valencia/AP通信)【5月12日 KWP News】)
【「タイトル42」失効 難民申請を阻む新たな規制】
メキシコ国境に押し寄せる移民にどう対処するか・・・アメリカが抱える大きな問題の一つですが、厳しい移民対応を掲げたトランプ前政権が「目玉」政策としてアピールしたのが「壁」の建設。
アメリカとメキシコの国境は約3145キロ、このうち全く新しい壁が建設されたのが約128キロ、すでにある古い壁や柵を改修したのが約597キロと言われています。
残りは手つかずですが、「壁」の建設を難しくしているのが、国境を流れる激しく蛇行するリオグランデ川の存在。
物理的にも建設が困難ですし、政治的にもメキシコとの治水に関する条約があって、川岸近くに建造物をつくることができないとか。
このリオグランデ川は水深が浅く、歩いて渡ることが可能です。そのため、越境者も多い状況。
そうした越境者をメキシコ側に追放する手段として利用されたのが「タイトル42」
公衆衛生上の規定ですが、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、保護の申請すら受け付けずメキシコ側に追放する形で運用されました。
移民に関するトランプ前政権の方針を転換することを公約として掲げたバイデン政権ですが、結局タイトル42は維持し、一部の越境者に適用してきました。22年4月の数字で見ると、身柄拘束の約半数近くがタイトル42を根拠に追放されています。
その後、コロナの収束、党内からの批判を受けて、バイデン政権はタイトル42による規制の解除を計画しましたが、反対する共和党系南部州知事の訴えを受けて、連邦裁判所が解除を差し止め。解除後の混乱を警戒するバイデン政権も本音では安堵したとも言われています。
しかし、5月11日でタイトル42はいよいよ失効。政権は新たな対応を迫られました。
新たな対応は、アメリカ国境に到達するまでに通過した第三国で亡命申請するよう求める厳しい内容となっています。
****米政権、不法移民の送還強化へ 制限措置、失効迫る****
バイデン米政権は(5月)10日、新型コロナウイルスの感染防止を理由とした移民流入制限措置「タイトル42」が11日深夜に失効するのを前に、新たに不法移民の送還を強化する施策を発表した。
移民希望者に第三国で亡命申請するよう求め、陸路で南部メキシコ国境から不法入国した場合は原則として送り返す。タイトル42失効後、即時導入される。
トランプ前政権が導入したタイトル42の下では、不法移民を亡命申請の審査なしに送還できる。失効すれば米国内に滞在できるようになると期待して、中南米などから移民希望者がメキシコ国境に押し寄せている。【5月11日 共同】
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入国できずに苦境に置き去りにされた多くの人々を見てきた「国境なき医師団」は、こうしたバイデン政権の対応を批判しています。
****米国は難民申請制度の確立を──「タイトル42」失効後も続く移民危機 国境なき医師団****
米国で5月11日、3年以上にわたって米国南部国境での難民申請を排除してきた連邦規則第42編(以下、タイトル42)が失効した。
国境なき医師団(MSF)は、同規則の失効を歓迎する一方で、失効後にバイデン政権が強化する移民政策は多くの人びとを危険にさらすと懸念を表明。米国政府は人の尊厳を重んじ、安全な難民申請制度を再度確立した上で、全ての人に利用できるようにすることが急務だと訴える。
公衆衛生を口実にした難民封じ
2020年にトランプ政権によって発動され、バイデン政権によって何度も延長されたタイトル42は、新型コロナウイルスの感染拡大防止を理由に、米国に保護を求める人びとを阻止し、追放してきた。米国から280万人余りが合法的に追放され、多くの人びとが暴力の脅威にさらされる状態でメキシコの都市に放置された。
MSFは、レイノサ、マタモロスなど国境沿いのメキシコ側の都市で医療援助活動を行ってきた中で、この政策によって弱い立場にある人びとが基礎的な診療や心のケアを受けられず、避難所や食料も不足する中で、暴力や搾取など危険にさらされる様子を目撃してきた。
メキシコと中米におけるMSFの現地活動責任者、アドリアナ・パロマーレスは、「私たちはタイトル42の失効に伴って、保護を求める人たちを救済する手続きの復活を期待していました。しかし、バイデン政権は難民申請を禁じる新たなルール造りに注力しているようです。多くの人びとが保護を切実に必要としており、抑止策に効果はないことは明らかで、実際には暴力と危険にさらされる人が増えるだけです」と警鐘を鳴らす。
難民申請を阻む新たな規制
タイトル42が失効し、米国政府はタイトル8と呼ばれる既存の移民審査に戻る。タイトル8では、米国への不法入国を繰り返した場合、5年から20年間は、米国への入国や難民申請を禁じられる可能性や刑事責任を問われる場合がある。
またバイデン政権は、米国南部国境に向かう途中で他国を通過する者が無許可で米国に入国した場合、その難民申請を認めないとする新たな規制も発表した。
さらにバイデン政権による新たなルールの問題の一部に、「CBP One」というスマートフォンのアプリを通じて行う難民申請手続きが挙げられる。MSFが集めた証言によると、一部のスマートフォンではアプリが正常に動作しない、1日あたりの手続きの予約枠が非常に少ない、特定の都市でしか手続きができない、電源やインターネット接続が無い人や読み書きのできない人は申請すらできないなどの問題が浮かび上がる。
パロマーレスは、「バイデン政権は、安全で公正かつ人道的な移民制度を構築すると約束しました。しかし実態は、国境で難民申請を求める人びとを遠ざける方法を継続または拡大しています。MSFが移民ルートで治療する多くの患者にとって、母国に帰るという選択肢はありません。
移民を追い返したり、勾留したり、放置したり、あるいは意図的に審査を難しくして、米国行きをあきらめさせようとするのは、相手を危険にさらすだけの残酷な政策です」と訴える。【5月12日 PR TIMES】
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【混乱は国境だけでなく大都市にも】
一方、移民対応の最前線にあって、より厳格な移民対応を求める共和党系南部州知事は、移民に比較的寛容なメキシコ国境から離れたニューヨークやシカゴなどの大都市へ移民を送り込む施策を昨年からとってきました。
****米大都市、移民急増を警戒 南部州知事らが送り込み****
米国で新型コロナウイルス対策を名目とした移民流入制限措置「タイトル42」が11日に失効したことを受け、メキシコ国境から離れたニューヨークやシカゴなどの大都市でも移民急増に警戒が高まっている。バイデン政権の移民政策を批判する南部テキサス州のアボット知事(共和党)らがバスで移民を送り込んでいるためだ。
アボット氏は昨年以来「バイデン大統領の無謀な国境政策への対応の一環」だとして、民主党が優勢な首都ワシントンやニューヨーク、シカゴなどにバスで移民を送り込んできた。米メディアによると、ニューヨークにはこれまでに6万人近くの移民が到着した。【5月13日 共同】
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これによって、混乱は大都市にも拡大。
****不法移民規制失効の混乱、NY市にも 移民を郊外へ「玉突き移送」****
米国の不法移民規制の失効に伴う混乱は、メキシコ国境から数千キロ離れた米東部のニューヨーク市にも広がった。同市のアダムズ市長は11日、今後1週間で新たに5千人の不法移民が流入し、受け入れ場所がなくなるとして、先に受け入れ済みの不法移民を郊外へ移送する「玉突き作戦」に踏み切った。
ニューヨーク市は、メキシコ国境から入った不法移民3万7500人以上を120カ所以上の一時滞在施設で受け入れている。
アダムズ氏は5日、不法移民のうち希望者をバスで郊外へ移送すると突然発表。郊外の自治体幹部は反発し、アダムズ氏は「根回し不足」を批判された。
11日は、ニューヨーク市の北約100キロのニューバーグのホテルに第1陣のバス2台が到着。地元紙によると、不法移民は警察官や出迎えの支援者に見守られてホテルへ入った。【5月】
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****1週間で4200人、「タイトル42」失効で急増する不法移民・ニューヨーク****
<年間6万人の不法移民を抱えるニューヨーク。トランプ政権が導入した不法移民の即時送還措置の失効で、アメリカを目指す移民が急増中。シェルター整備も追いつかず、莫大な費用も>
急増するホームレスに苦慮するニューヨーク市が、今度は不法移民の殺到に悲鳴を上げている。過去1年間に同市に到着した移民の数は6万人以上。
前トランプ政権が新型コロナ対策の一環で導入した不法移民の即時送還措置「タイトル42」が5月11日に失効すると、アメリカを目指す移民はさらに急増。失効から1週間で、ニューヨークに新たに到着した移民は4200人に上るという。
同市は移民の収容シェルターの整備などに既に10億ドルを投じているが、その費用は2024年6月までに43億ドルに膨れ上がると予測されている。(後略)【5月24日 Newsweek】
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【貧者が避けられない「長くて厳しく危険な道」】
ギャングの暴力が横行する母国を逃げ出した人々は、アメリカを目指す途中でも犯罪組織の餌食となり、病気に苦しみ、国境に到達してもバイデン政権の新規制で入国できず・・・行き場を失っています。
****行くも戻るも地獄...アメリカは「貧者の道」*****
<南米から陸路で新天地を目指す決死の逃亡者に、ギャングと感染症とバイデン政権の新規制が立ちはだかる。「タイトル42」の失効後のアメリカはどうなるのか?>
アレックス・タルキ(31)と妻は、何としても5月11日までにアメリカとの国境に到着したかった。
その日をもって「タイトル42」(コロナ対策を名目にトランプ前政権が導入した不法移民の即時強制送還措置)が失効するのだが、代わりにもっと厳しく、難民申請を困難にする仕組みが導入されると聞いていたからだ。
タルキはエクアドルの首都キトで食堂を経営していた。よくあることだが、地元のギャングから月々の「見かじめ料」を要求されたので逃げ出すことにした。「命が危ない。払わなければ殺される」からだ。そうであれば難民申請の資格はある。
夫妻は3月に悪名高い「ダリエン地峡」を渡った。コロンビアとパナマの国境地帯にあり、南米大陸と北米大陸を陸路で結ぶ主要なルートとなるが、密林の道なき道で、恐怖の無法地帯でもある。
夫妻は既に、持ち金の約1500ドル(約20万円)を全て奪われていた。だから案内役のギャングに高い金を払って安全なルートを行くゆとりはなく、代わりに5日がかりの危険な行程を選んだ。
途中で、夫妻は川の水をじかに飲んだ。そのとき2匹の寄生虫が妻の体内に入り、脳と胃まで到達した。ダリエン地峡を抜けた4日後、妻は昏睡状態に陥った。そして赤十字のボランティアにより、パナマ市の病院へ運ばれた。
もうすぐ退院できそうだ、とタルキは言った。しかし再びアメリカを目指す旅に出ても、その先は見えない。
1944年に制定されたタイトル42は、危険な感染症の国内流入を防ぐため、感染の疑われる人の入国を禁止する規則だ。トランプは新型コロナ対策を口実にこれを発動し、移民の抑制に利用してきた。
それが失効したのだが、バイデン政権の導入する新規制の下ではもっと条件が厳しくなりそうだ。
現時点で公表されている情報によると、例えばメキシコやパナマなどの第三国を経由してくる場合、まずはその第三国で庇護を申請していない限り、アメリカでの申請はできない。
ただし保護者に連れられていない未成年者は例外。米税関・国境取締局(CBP)の入国手続きアプリ「CBP One」で事前申請し、入管事務所での面接を予約した人も例外となる。
不法入国で刑事罰の恐れ
しかし多くの人が申請を却下される恐れがあり、米自由人権協会(ACLU)などは訴訟で対抗する構えだ。
タイトル42の下では、国境での難民申請はほぼ完全に却下された。しかし、不法入国を何度も試みたというだけで罰されることはなかった。
だが今後は不法入国の試みが刑事罰の対象となり、5~20年間は新たな難民申請が不可能になる恐れがある。手段を選ばず国境を越えれば勝ち、というわけにはいかない。
バイデン政権は新たな施策を移民支援の一環と位置付け、不法移民の生じる根本原因の解消に取り組むとしている。まずはコロンビアとグアテマラに専門の事務所を開設し、そこで事前に合法的な入国を申請できるようにするという。最初は2カ所だが、順次増設する計画だ。
だが計画は遅れている。だから当面は「非常に難しい状況になり得る」と、国土安全保障省も認めている。「結果を出したいが、結果が出るまでには時間がかかる」
ダリエン地峡を越えてパナマ領内に入った人のほとんどは、メテティという町で一息つく。そこでは、タイトル42が失効すれば難民申請のチャンスが増えるという噂も流れていた。
国連によると、昨年はダリエン地峡を渡る人が過去最多の25万人弱に達した。今年は40万人になる可能性があるという。今さら引き返せないし、新規則の詳細が分かるのを待ってはいられないからだ。
だが難民申請の機会が減るのは間違いない。国境まで到達すれば誰でも難民申請の面接を受けられるという常識は、もう通用しなくなる。
CBPの入国手続きアプリを使えば、簡単に面接を予約できるとされる。実際、それで救われた人も多い。だが苦情も噴出している。
「使えない」とぼやくのはナイジェリアから来たアブドルラーマン・スレイマン・オライデ(31)。スマホでアプリを開こうとしても、毎回フリーズしてしまうという。
彼はブラジルで働いていたが、アメリカには親類が住んでいる。だからダリエン地峡を越えて来た。でもアプリが使えなければ、面接の予約もできない。
ダリエン地峡を閉鎖へ
メテティには2カ所に移民の待機センターがある。身を寄せた人の多くが道中で強盗の被害に遭い、身ぐるみ剝がれ、渡航書類も持っていない。
コロンビア軍の将校だったカミーロ・マカナ(54)は、反体制武装組織FARCの分派から殺害の脅迫を受け、移住を決意した。だがダリエン地峡でコロンビア人の盗賊に襲われ、全てを奪われた。
「パスポートがないから外に出られない。バス代もない。これではパスポート(の再発行)も手配できない」
バイデン政権は4月、ダリエン地峡を渡る主要なルートを閉鎖するため、コロンビアとパナマの軍隊と協力すると表明した。共同発表によると、2カ月にわたって仲介業者などを取り締まる作戦を展開する。別に安全なルートを用意する計画もあるという。
ベネズエラのマドゥロ政権に反対する活動家でジャーナリストのオメル・アレハンドロ・バリオス・チャコン(37)は6年前、コロンビアに脱出した。
しかし昨年のコロンビア大統領選で勝利したグスタボ・ペトロがベネズエラとの国交再開を決めたので、別の国へ移ることにした。
しかしチャコンと妻はダリエン地峡で強盗に襲われた。2人はパナマにとどまり、この国で亡命を申請するという。「ベネズエラ政府が絶対に手を出せない」アメリカに移住するのが夢だが、今は「命を守れる国ならどこでもいい」とチャコンは言う。
新しい規則を適用しても、ダリエン地峡を渡る人の流れが止まるとは思えない。それはアメリカ政府も認めている。弱い立場の移民を狙う強盗や暴力犯罪、性的暴行などを防ぐ手段もない。
チャコンも、そして冒頭に引いたタルキも、仲介業者に大金を払う代わりに危険なルートを選んでダリエン地峡を越え、パナマまで来た。でも、まだ終わりではない。
「長くて厳しく危険な道だ」とチャコンは言う。「貧者の道さ」【6月8日 Newsweek】
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【追い払っても、それで「終わり」ではない】
アメリカにとっても、「壁」をつくっても、厳格な移民対策で追い払っても、それで「終わり」ではありません。
移民問題を考えるとき、いつも「この蜘蛛の糸はおれのものだぞ!」と叫ぶ小説「蜘蛛の糸」のカンタダを思います。
(アメリカ経済が移民を必要としているということは別にして)大量の移民の流入が多くの問題を惹起するのは一定に事実ですが、関係国と協力した不法移民の生じる根本原因の解消への取り組み、移民が国内で問題を起こすことになる背景や彼らを追い込んでいる国内状況への対応、そうしたものなしに「追い払って終わり」ではカンタダと同じのようにも。