(空っぽの売り場が目立つカラカスのスーパー【8月15日 朝日】)
【市民生活が困窮するなかで、強権で政権維持】
南米ベネズエラにおける食料・日用品が店頭から消える物不足、年率720%のインフレ、餓死者も出ているといわれる市民生活の困窮、それでも政権を手放さないマドゥロ大統領の強権支配、抗議デモと治安部隊の衝突による百数十人もの死者を伴う混乱等については、これまでも再三取り上げてきたところです。
国会では野党が3分の2を占める状況で、強権姿勢を強めるマドゥロ政権は、新憲法制定の目的を治安回復や経済の立て直しとの名目で、野党が参加を拒否した制憲議会議員選挙を7月末に強行、政権支持者のみで構成する制憲議会が事実上の全権掌握するところとなっています。
****困窮のベネズエラ 物不足が悪化/制憲議会で混乱 インフレ率、年720%/餓死者も****
国会の権限を上回る制憲議会の招集が強行された南米ベネズエラで、経済の混乱が深刻化している。
経済政策の失敗が招いたここ数年の物不足やインフレが、主要輸出品である原油の国際価格の下落でさらに悪化。食料品や医薬品の不足に拍車が掛かり、年720%とされるインフレ率は世界最悪レベルだ。
マドゥロ政権が強権的な姿勢を強めるなか、国民は生活の厳しさに直面している。
首都カラカスでは、至るところで市民の長い行列を目にする。米や油、砂糖などの食料品を求めてスーパーに並ぶ人たちだ。
「早朝から並んでも何も買えないことがある」。声をかけると、数人が一斉に不満を口にした。行列での口論から殺し合いに発展する事件も起きたという。
カラカス中心部のスーパーでは野菜やお菓子はあるものの、小麦粉や鶏肉などの生活に欠かせない食料品はすべて品切れだった。
店長のアドゥリアン・レデロンさん(33)は「6年ほど前から品物が減り始め、最近は特に悪化した。ふだんはビスケットや野菜を食べている。1日2食の人も多い」と嘆いた。
政府が管理する公定レートは実態を反映しておらず、チャベス前大統領の死去直後の13年4月に闇レートで1ドル=約24ボリバルだった為替相場は、制憲議会選挙があった今年7月30日には1ドル=1万ボリバル以上に急落した。
5人家族の食費に必要とされるのは月約144万ボリバルだが、1カ月の最低賃金は約9万7千ボリバル。大手スーパーでは米1キロが1万5千ボリバル以上で売られる。路上で生ゴミをあさる人の姿も多く、餓死者も出たという。
物不足は医療現場でも深刻だ。カラカスの小児病院で働くエドガル・ソティジョ医師(50)は「医薬品や設備の不足で治療できない例を毎日見ている。救える命が失われている」と訴える。
多くの医師が国外に移住したため人手不足が進み、手術は数カ月待ちの状態だ。腎臓病で人工透析の治療を受けていた子たちが機器の汚染が原因で死亡する事件も起きた。
ベネズエラ政府によると、生後1カ月の乳児死亡率は15年からの1年間で30%上昇。出産による女性の死亡率も65%上がった。
■政策のひずみ噴出
社会主義的な政策を進めた反米左派のチャベス前大統領は、世界最大の埋蔵量を誇る原油マネーを背景に貧困対策に力を入れた。だが、後を継いだマドゥロ大統領のもとで、ばらまきや無理な経済政策のひずみが噴き出した。
生活必需品の価格を安く抑えてきたため、国内産業が次々と撤退に追い込まれ、近年は原油価格の下落で外貨収入も急減。国民生活は困窮し、4割以上が深刻な貧困状態とされる。
マドゥロ氏は抜本的な問題解決に手を付けないまま、「米国などが仕掛けた経済戦争が危機の原因だ」と主張してきた。
4月以降に拡大した反政府デモで120人以上が死亡するなか、強権的な姿勢をこれまで以上に強めている。周辺国や国連からはマドゥロ氏の姿勢に対し「独裁政権だ」との非難が相次いでいる。
■<考論>ゲリラ出現の危険も 政治アナリストのルイス・ビセンテ・レオン氏
いまベネズエラで起きているのは、制憲議会を使った少数派による多数派の排除だ。2015年の総選挙で与党は歴史的な惨敗を喫し、国会の3分の2は野党が占める。国民の支持がなくても与党が政権を維持するための装置が制憲議会だ。
政府に対抗する国会や検察を無力化し、反対派を自由に逮捕できる。与党が全権を手にし、好き放題ができる仕組みだ。
制憲議会は設置の是非を問う国民投票が行われないまま議員選挙が強行された。国民の79%が設置に反対していた。
マドゥロ政権は今後、ますます急進化し、経済危機と暴力はさらに深刻化するだろう。他国の経済制裁は国民生活をさらに困窮させかねない。反政府派の過激勢力が武装蜂起し、かつて中南米諸国で起きたようなゲリラ出現につながる危険もある。【8月15日 朝日】
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【不気味なほど静まりかえる首都の広場】
マドゥロ大統領の退陣を求める抗議デモと治安部隊の衝突で混乱していたベネズエラですが、少なくとも現時点ではマドゥロ大統領の“力”が市民の抗議を封じ込めた形になっているようです。
****ベネズエラ、街頭から消えた反政府デモ 「もう希望はない」*****
抗議する姿なく、マドゥロ大統領の目先の脅威はほぼ消滅した
ウィリー・アルテアガさん(23)は、催涙ガスが充満し、ゴム弾が飛び交う中、バイオリンで愛国の歌を演奏したことでベネズエラの抗議運動のシンボルとなった。その後、彼は逮捕され、殴打される目に遭った。
3週間後に解放されたとき、抗議デモがすっかり姿を消し、ニコラス・マドゥロ大統領による統制がかつてなく強まったことにがく然とした。
「もう希望はないように見える」。アルテアガさんは今週、こう語った。左のほほにはあざが見られる。「何もかも真っ暗だと感じる。出口が見えない」
5カ月続いた激しい反政府デモは影を潜め、首都カラカス中心部のアルタミラ広場は不気味なほど静まりかえっている。政府の装甲車両の動きを遮るためにデモ隊が設置したバリケードは撤去されている。軍事クーデターのうわさも消えてしまった。
通常の生活が戻ったが、物資不足に陥った同国の人々は十分な食べ物を見つけるのに苦労している。
80%という高い不支持率にもかかわらず、見たところ、マドゥロ大統領の支配を脅かす短期的な課題はほとんどない。同氏はわずか1カ月前、新憲法制定を目的とする制憲議会の選挙を強行し、自らの支持者で構成した議会を発足させたことで、国際社会から強い非難を浴びた。
抗議デモ参加者に政府が加えた弾圧――人権団体や被害者の話では、参加者を手当たり次第に逮捕し、拷問を加えるなどしたという――により、一時は大きな影響力をもった抗議デモが崩壊した。デモ主催側によると、125人以上が死亡し、約2000人が負傷した。回復不能なけがを負った人も数十人に上る。
反体制派の有力な指導者の一部はすでに国外に逃亡し、野党勢力の連携は混乱に陥っている。制憲議会は数週間前、野党主導の国会から権限を剥奪すると宣言。マドゥロ氏の意向に従わない司法長官を同氏に忠実な人物に交代させ、野党指導者らを反逆罪の疑いで捜査している。
マドゥロ氏の側近らは一段と勢いづき、ソーシャルメディアの検閲方法を公然と議論しているほか、政権に批判的なコロンビアのテレビ局2社の放送を禁止した。テレビ局側は検閲だと訴えている。
「短期的には効果があったと思う。実質的に政府の全権を掌握したのだから」。テュレーン大学のベネズエラ専門家、デービッド・スミルド氏はこう話す。ただ、支配を維持するこうした措置が長期的にも有効かどうかは分からないと付け加えた。
同国の経済危機が深刻化する中、大規模な反政府デモはいつ再開されてもおかしくない。外貨準備が縮小し、物価は急騰しており、マドゥロ政権は債務の返済にも食料輸入の代金支払いにも窮している。(中略)
それでも、多くのアナリストが指摘するのは、大勢のベネズエラ人を再び街頭デモに動員するきっかけがなさそうなことだ。大統領選は2018年10月まで予定されていない。(中略)
サミル・ロハスさん(47)は、いまも政治的変化への期待を抱いていると話す。ロハスさんはカラカスの西方約370キロにあるバルキシメトで、5月の反政府デモの際に治安部隊に逮捕され、殴打されて、5日間柱に縛りつけられたという。「いつか、この状況は変わらなければならない」とロハスさんは自宅で語った。「われわれはそう信じている」
一方、デモ参加者の大半は、マドゥロ氏を退陣させることも、新議会の発足を阻止することもできず、無力感に襲われている。世論調査会社デルフォスのディレクター、フェリクス・セイハス氏によると、最新の世論調査で90%が街頭デモに参加するのは危険すぎると答えた。
定期的にデモに参加していた工学部の学生ロメリス・サンチェスさん(23)は、当局に1カ月拘束された後、参加するのを断念した。
かつてベネズエラの内側から変化が起きると考えていた人々の多くが、今では変化を実現するのは国際社会の圧力しかないと話す。
中南米の主要国はベネズエラの南米南部共同市場(メルコスール)への加盟資格を一時停止し、同国は独裁政権であると断じた。
トランプ米政権は最近、ベネズエラに対する4度目の経済制裁を科し、新たに米債券市場へのアクセスを禁じた。マドゥロ氏はこれに対し、軍事演習を実施し、予備役の兵士を招集した。
「戦いの場が今や国際社会に移ったことは明らかだ」と、野党所属の市長で7月にマイアミに逃亡したラモン・ムチャチョ氏は話す。同氏は反政府デモの管理を怠った疑いで、マドゥロ氏と協力関係にある裁判所から禁錮刑を言い渡された。
「国際社会の支援が必要であり、非常に高い水準の圧力をかけなければならない。この政府は一筋縄ではいかない。対話は有効ではなく、民主的な解決策はない」【9月4日 WSJ】
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【トランプ大統領の軍事介入発言に南米各国が反発 政権側は体制引き締め】
国内の反政府デモが封じ込められ、「戦いの場が今や国際社会に移ったことは明らかだ」とのことですが、アメリカ・トランプ大統領の「軍事的な選択肢を排除しない」との発言が、これまでアメリカの介入を経験してきた南米各国を刺激し、国際的なマドゥロ政権包囲網の足並みを乱す形ともなっています。
****米大統領の軍事力ちらつかせた発言 南米各国からも批判****
・・・・アメリカのトランプ大統領は11日、「軍事的な選択肢を排除しない」などと述べ、軍事力をちらつかせて国民への抑圧やめるよう強く迫りました。ベネズエラに経済制裁を科す大統領令に署名した。
この発言を受けて、ベネズエラ政府が猛反発しているだけでなく、マドゥーロ政権に厳しい態度をとってきた南米の各国からも批判が相次いでいます。
このうち、ブラジルやアルゼンチンなどでつくる南米の自由貿易圏「メルコスール」は、民主主義が失われているとしてベネズエラの加盟資格を無期限で停止したばかりですが12日、トランプ大統領の発言に対し、「民主主義を促進する唯一の手段は対話と外交だ」とする声明を発表しました。
また、ベネズエラの隣国のコロンビアやペルーも、「いかなる脅しや軍事力の行使も許されない」などとする声明を出し、平和的な解決を求める立場を強調しました。【8月13日 NHK】
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トランプ発言への南米各国の批判を受けて、ペンス米副大統領は「中南米の同盟国と協力して平和的解決を達成できるとも確信している」と釈明し、トランプ米大統領の11日の発言を事実上打ち消すことにもなっています。
トランプ米大統領は25日、アメリカの金融機関に対し、ベネズエラ国債とベネズエラ国営石油会社の社債の新規取引を禁じる内容のベネズエラに経済制裁を科す大統領令に署名しました。独裁体制を固めたマドゥロ政権の資金源を断つ狙いがあるとされています。
8月8日ブログ“ベネズエラ・マドゥロ政権への原油取引制裁を避けるアメリカ 北朝鮮を支える中国と同じでは?”でも取り上げた、アメリカ自身に痛みが伴う原油取引制裁は行われていません。
「軍事的な選択肢を排除しない」発言を含めて、今のところはアメリカの対応は、これまで経済破綻の責任をアメリカに転嫁してきたマドゥロ政権側の体制引き締めに作用しているように見えます。
****ベネズエラで反米軍事演習 約90万人が参加****
AP通信などによると、南米ベネズエラの反米左派、マドゥロ大統領は26日、トランプ米大統領が軍事攻撃に触れて、国民への抑圧をやめるよう迫ったことに対抗するため、大規模な軍事演習を始めた。
対米強硬路線を国民に示すだけでなく、反マドゥロ派を牽制する狙いもありそうだ。
軍事演習は2日間行われ、マドゥロ政権は軍人と民間人計約90万人が参加するとしている。26日は首都カラカスなどで射撃訓練などが行われた。(後略)【8月27日 産経】
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国内の反政府デモを抑え込み、アメリカなどの批判も決定力を欠くなかで、マドゥロ大統領があろうことか国連人権理事会で演説するとの報道も。
****国連人権理で演説へ=ベネズエラ大統領****
ベネズエラ紙ウニベルサルなどは4日、マドゥロ大統領が11日からジュネーブで開かれる国連人権理事会で演説すると報じた。反対派弾圧など強権姿勢を強めている同大統領は国際社会から非難を浴びている。
反米左派のマドゥロ氏は、自派で固めた制憲議会を使って野党が多数を占める国会の権限を剥奪。4月から続く反政府デモの死者は160人に達している。【9月5日 時事】
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国民を弾圧するマドゥロ大統領が人権理事会でスピーチというのは質の悪いブラックユーモアですが、事実上のマドゥロ大統領の“勝利宣言”ともなります。
さすがに、この件については何らかのストップがかかったようで、演説は取りやめになったとか。
****ベネズエラ大統領、演説取りやめ=スイス訪問できず?―人権理****
国連は5日、スイスのジュネーブで11日に始まる人権理事会でベネズエラのマドゥロ大統領が予定していた演説が取りやめになったと発表した。理由は明らかにしていない。
中南米屈指の産油国ベネズエラは、反政府派の抗議活動と、それに対する弾圧で大混乱に陥っている。マドゥロ大統領は国際社会から非難を浴びる中、スイス訪問を強行する構えを見せていたが、困難になった可能性がある。
国連報道官は「マドゥロ大統領は人権理で演説しない。代わりに閣僚が会合初日に演壇に立つ予定だ」と説明した。 【9月5日 時事】
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【貧困と飢餓で国民が死ぬことになっても、現行方針を変えない政権】
短期的には国内批判を抑え込んだ形のマドゥロ政権ですが、経済再建の目途はたっていません。
****「極右勢力の危険すぎる暴走」と「ベネズエラの自暴自棄」|8月の「アンテルナショナル」誌から****
・・・・政治が大混乱に陥った原因のひとつは経済の破綻にあり、結果は国民の生活に極度に深刻な影響を及ぼしていると、ベネズエラの有力紙「エル・ウニベルサル」は指摘し、皮肉混じりにこう書いています。
「海外の航空会社はベネズエラから撤退した。国内の航空会社は機能不全に陥っている。壊れた部品を買い換えることも、機体のメンテナンスもできないからだ。カネがないからだ。
工場はストップしたままだが、それは原材料がなく、設備も部品も購入できないからだ。カネがないからだ。農業でも事情は変わらない。種子も肥料も蓄えがつき、農機具も動かなくなった。カネがないからだ。最も恐ろしいのは、医薬品が不足し満足な治療ができなく、国民が苦しんでいることだ。カネがないからだ」
栄養不足から死に至る国民も現れた責任は、すべて無能で汚職にまみれた政府にあると、「エル・ウニベルサル」は主張します。豊富な石油のおかげで豊かになったベネズエラでしたが、持続する原油安を前に政府が有効な対策を取れなかったために経済が破綻。原油高だったチャベス時代に蓄積した借金の返済が重くのしかっているのだといいます。石油に過度に依存した経済モデルの失敗が、現在の危機を生んだわけです。
残された対策は何か。同紙は、海外、つまり国際通貨基金(IMF)や世界銀行などの国際機関から融資を受ける以外にないと考えます。
しかし、この解決策は、チャベス思想を受け継ぐ現政権には受け入れられないと言うのです。なぜなら、融資の条件として、国際機関にとって合理的な経済計画を立てなければなりなせんが、マドゥロがそれを受け入れ、国際機関に頭を下げて借金を頼むことなど考えられないと指摘しています。
たとえそれが、貧困と飢餓で国民が死ぬことを避ける唯一の道であってもあり得ない、と言うのです。(後略)【9月1日 鈴木秀亘氏 COURRIER JAPON】
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ベネズエラ国民の苦難はしばらく続きそうです。
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