孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

メキシコ  未だ続く「麻薬戦争」 メキシコ初の女性大統領は前政権を継承して宥和的政策

2024-11-08 23:49:39 | ラテンアメリカ
(3月6日、メキシコの首都メキシコ市で、大統領府の扉を破壊する(2014年メキシコ・イグアラ市学生集団失踪事件への政府対応に抗議する)デモ隊【3月7日 時事】)

【未だ続く「麻薬戦争」 暴力の蔓延】
これまでも何回も取り上げているメキシコ麻薬戦争。

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メキシコ政府は「麻薬戦争は終わった」としているが、実際の状況は逆であり、2016年頃から抗争が再び激化し始め、2017年には死者数が過去最多となり、2018年にはそれを20%上回り過去最多を更新、更に2019年もそれ以上のペースで殺人事件が増加し、治安は最悪化している。【ウィキペディア】
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そうした「麻薬戦争」が続く状況の中で、6月2日に行われたメキシコ大統領選挙では、事実上与野党の女性候補同氏の対決となり、ロペスオブラドール大統領の路線継続を訴えた左派与党「国家再生運動」のクラウディア・シェインバウム前メキシコ市長が当選し、メキシコ初の女性大統領が誕生しました。

シェインバウム氏は、犯罪組織を強権的に取り締まるよりも、「犯罪の根本に対処する」という現政権の方針を踏襲すると表明。これに対して、対立候補ガルベス氏は「犯罪者を抱擁し、市民に銃弾を向けるものだ」と批判しました。

こうした犯罪組織に宥和的とも言える対応は前政権のロペスオブラドール前大統領に共通するものです。
しかし、ロペスオブラドール前大統領任期中にメキシコ国内の暴力は空前のレベルに達しています。

シェインバウム氏が勝利した今回6月の選挙自体が、殺害された候補者や立候補予定者は30人以上に上るというもので、麻薬組織を含めて蔓延する暴力にどう対処するのかが新大統領の大きな課題となっています。

****メキシコ初の女性大統領に待ち受ける難題...殺害された候補者や立候補予定者は30人以上の「歴史的選挙」****
<メキシコ国内の暴力は空前のレベルに。前メキシコシティ市長のユダヤ系で環境工学の科学者、シェインバウム博士は治安を回復させ、行政権力の抑制と均衡が実現できるのか>

(中略)今回の選挙はメキシコ史上最大の選挙となった。登録有権者数は約9800万人超で、大統領、上下両院議会、数千の地方議席など計2万近いポストが争われた。

同時に、最も暴力的な選挙でもあった。殺害された候補者や立候補予定者は30人以上に上る。

新大統領は今後、2つの重要課題と向き合わなければならない。1つはメキシコ社会に蔓延する暴力と市民生活への軍の関与。もう1つは、行政権力に対するチェックアンドバランス(抑制と均衡)の喪失である。

シェインバウムが師と仰ぐ現大統領のアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドールは、1つ目の問題を解決できず、2つ目の問題を著しく悪化させた。

(対立候補)ガルベスの敗因は、野党連合を構成するPRIやPANの評判が下がったことにある。これらの政党は、88年から2018年の民主化移行期の責任を問われている。

民主化移行に伴い、90年代に選挙でより独立性の高い政策決定を可能にする新法が制定された。だが当時の政権は凡庸な実績しか上げられず、社会の不平等も拡大した。さらに麻薬戦争が激化するなか、治安維持への軍の関与が強まり、社会に暴力が蔓延していった。

前任者の人気が追い風に
(中略)ロペス・オブラドールの支持率はいまだ65%。彼が実現させた低所得者向けの奨学金や年金などの改革は、多くの国民に高く評価されている。シェインバウムの選挙戦は、ロペス・オブラドールの人気に支えられていた。それだけに、その影が今後の政権運営に付きまとうことになる。

麻薬戦争によって命を落としたメキシコ人は、18年時点で約22万7000人に達していた。ロペス・オブラドールは就任当初、軍を治安任務から撤退させると約束し、「銃弾ではなく抱擁を」と繰り返した。

だが、その方針はすぐに変更された。彼は連邦警察を解体し、代わりに主に軍人で構成される「国家警備隊」を創設。その指揮権を大統領直轄の国防省に移管し、文民統制が及ばないようにした。

ロペス・オブラドールは軍の忠誠心と誠実さを信頼できると訴えたが、法的手続きを経ない処刑や汚職など軍が抱える疑惑を考えれば、その主張は極めて疑わしい。

5万人以上が行方不明
しかも、彼の任期中の過去6年間にメキシコ国内の暴力は空前のレベルに達した。
18~23年の殺人の発生件数は17万1000件を超え、そのうち約5000件がフェミサイド(ジェンダーに基づく暴力による女性の殺害)だった。

この期間の行方不明者も5万人以上。これは1時間ごとにおよそ1人のペースだ。

シェインバウムは治安統制への軍の起用を否定している。一方で、国家警備隊を国防省の管轄にしたロペス・オブラドールの判断を支持するとも語っている。

ロペス・オブラドールは大統領への権限集中を徐々に推し進めた。任期後半、野党陣営が法案への不支持を表明すると、与党勢力は野党を無視し、小規模政党の協力を得て改革案を可決した(この立法プロセスは後に最高裁に違憲とされた)。(中略)

今回の大統領選で、メキシコ人女性のレティシア・イダルゴは投票用紙に息子の名前を書いた。といっても、息子が立候補しているわけではない。11年のある日、18歳だった息子は自宅から警察に連れ去られ、今も行方不明だ。
イダルゴは選挙期間中に、失踪した人に投票するよう呼びかける抗議運動を立ち上げた。狙いは、行方不明者の存在を可視化することだ。

シェインバウムには、ロペス・オブラドールの政策と統治スタイルによって二極化された国を率いるという任務が待ち受けている。

彼女が気にかけるべき相手は、イダルゴのような人々──死や失踪の恐怖に怯えることなく、自由で平等で平和な生活を送る手段を提供するよう政府に求める人々──だ。対立候補に投票した人々だけではなく。【6月10日 Newsweek】
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【麻薬組織トップ逮捕で組織内紛の抗争激化の様相】
今年7月、メキシコ麻薬組織の中心人物である2人がアメリカで逮捕されました。
メキシコ麻薬組織の中心人物である「エル・チャポ」の息子(ホアキン・グスマン・ロペス被告)と「エル・マヨ」(イスマエル・サンバダ・ガルシア被告)逮捕で、麻薬組織壊滅に向かうのか・・・・とも普通は考えますが、事態はむしろ悪化しているようです。

組織のトップを逮捕しても、その空白を埋めようとして新たな抗争が始まる・・・というのもよくある話です。

****メキシコ北部で抗争激化、死者150人 広がる残虐手口****
メキシコ北部、シナロア州で麻薬組織の内部抗争による死者が急増している。メキシコメディアによると、9月上旬から約1カ月間の死者は150人を超えた。凶悪な麻薬組織「シナロア・カルテル」の創設メンバーを米国が拘束したのを発端に、内紛が激化した。

米司法省は7月、シナロア・カルテルの創設者の一人とされるイスマエル・サンバダ・ガルシア被告を米南部の空港で逮捕した。合成麻薬「フェンタニル」の製造や密輸などに関与したとして行方を追っていた。プライベート機で自ら米国の空港に降り立った経緯には、裏切りに遭った可能性が浮上していた。

サンバダ被告と同乗していたのはホアキン・グスマン・ロペス被告。同じシナロア・カルテルの創設者で、米国で終身刑に服している「麻薬王」ホアキン・グスマン・ロエラ受刑者の息子だ。ロペス被告は父親の逮捕のいきさつをめぐり、サンバダ被告を恨んでいたとされる。

逮捕されたサンバダ被告は獄中から、ロペス被告に裏切られ、自らの意思に反して米国に引き渡されたと主張した。トップ不在となった組織内では麻薬の密売ルートや化学原料の調達をめぐる利権の争奪戦が起き、相手を威嚇するためにあえて残虐な手段を使う過激な暴力が横行している。

メキシコメディアによると、9月9日からの累計の殺人被害者は8日時点で150人を超えている。行方不明者も160人を超えているとされ、今後の被害拡大は確実とみられる。派閥間の縄張り争いとみられる衝突は50件を超え、殺人被害者は約1カ月で8月(44人)の3倍に急増している。

シナロア州の州都クリアカンでは拷問された痕跡のある遺体や、遺体が焼かれたり、手や首を切断されたりして放置されるケースも報告され、犠牲者には女性や未成年者もいた。「クリアカンへようこそ」と書かれたバンの内部には複数の死体が残されていた。

メキシコ政府は軍隊を派遣して沈静化を図るが、収拾への道は見えていない。

シナロア・カルテルはかつてメキシコで最も凶悪なカルテルとして知られたが、近年は「ハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオン(新世代)カルテル(CJNG)」が台頭。危険な地域が分散し、本拠地を置くシナロア州の治安も比較的落ち着いていた。

1日に就任したメキシコのシェインバウム大統領は過去の政権を批判する中で「麻薬との無責任な戦争には戻らない」と述べた。

メキシコシティ市長時代には監視カメラの増設などで殺人を減らした実績があるが、特に地方部では警察官や司法組織が犯罪集団と結託する腐敗も散見される。取り締まりは一筋縄ではいかない。

シェインバウム氏は8日、4つの柱からなる新政権の安全保障戦略を発表した。殺人や恐喝など重大犯罪の減少や犯罪ネットワークの無力化などを目標に掲げたものの、情報システムの強化や連邦と地方の連携拡充など総花的な内容にとどまった。

独スタティスタによると、2024年の世界の都市における殺人発生率ランキングではワースト1位だったコリマ(コリマ州)をはじめ、10位までの7都市がメキシコの都市だった。

メキシコは南米から米国へ向かうコカインなどの通り道となっており、中国から輸入した原料を加工してフェンタニルを製造する拠点も各地に点在するとされる。

国際リゾート、アカプルコのある太平洋側のゲレロ州では就任したばかりの州都チルパンシンゴのアルコス市長が6日に殺害され、車の上に放置された同氏の首とみられる画像がSNS(交流サイト)上で拡散した。

首都メキシコシティでも大規模デモの際の破壊や略奪行為は日常茶飯事で、治安の改善への道のりは長い。【10月9日 日経】
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最近のニュースでも

“車の上に切断された頭部 メキシコ南西部で就任直後の市長殺害 麻薬カルテル支配地域”【10月8日 ABEMA Times】
“5人の斬首遺体入ったプラスチック袋発見 メキシコ”【10月14日 AFP】
“メキシコで11人の遺体 南部、トラックから発見”【11月8日 共同】

****ハロウィーン「仮面はやめて」=メキシコ、治安悪化の州で規制****
メキシコ北西部シナロア州政府は、31日のハロウィーンの仮装で、仮面をかぶったり、おもちゃの武器を持ったりしないよう呼び掛けた。州内で麻薬カルテルによる凶悪事件が多発する中、カルテルの構成員と間違える恐れがあると警戒している。(後略)【11月1日 時事】
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【“警察官や司法組織が犯罪集団と結託する腐敗”の象徴 43人の学生が行方不明となっている2014年メキシコ・イグアラ市学生集団失踪事件】
これだけ麻薬組織の横行、暴力の蔓延が絶えない最大の原因の一つが“地方部では警察官や司法組織が犯罪集団と結託する腐敗も散見される”という実態。

その象徴が学生の乗ったバスが警官などに襲撃され、43人が行方不明となっている「2014年メキシコ・イグアラ市学生集団失踪事件」でしょう。

*****2014年メキシコ・イグアラ市学生集団失踪事件****
ゲレロ州検察長官イニャーキー・ブランコ=カブレラの発表によると、2014年9月26日夜21時30分に最初の暴力事件が起こった。

イグアラ市警察が、3台のバスに乗って移動中のアヨツィナパ師範学校の学生らに向かって銃撃を始めた。ゲレロ州教育労働者国家コーディネーター(CETEG)に所属する教員らに動員されていた学生らに対して行われた、この最初の銃撃について学生達が抗議の記者会見を行っていた時、警察および見知らぬ複数の人物によって2回目の銃撃を受けたとされる。目撃者の証言によると、彼ら(警察と見知らぬ人物)は学生らに対して突発的に銃撃してきたという。(中略)

メキシコにおける抗議活動の多くは平和的に、行方不明の学生の両親達の先導によって行われている。しかし、暴力に訴える抗議活動もあり、政府関係のビルを破壊する抗議者も出てきている。(中略)

メキシコの麻薬戦争時とは異なり、アヨツィナパにおける失踪事件は他の諸事件の中でもとりわけ際立っている。アヨツィナパの事件は地元政府と警察機関と犯罪組織が、非常に強力な共謀関係にあることを明らかにしているためである。

この日の夕方から、イグアラ市では、市長夫人マリア・デ・ロス・アンヘレス・ピネダの主催する慈善団体の集会とパーティーが行われることになっていた。学生らはこの集会の妨害も企図していたとされている。

当局は、イグアラ市長だったホセ・ルイス・アバルカが、妻のスピーチを妨害されることを恐れて、警察に学生たちの襲撃を命じたとしている。

事件当日深夜、学生43人は警察車両に載せられ、いったん隣町のコクラ警察署に勾留された。これはイグアラ市警の公安部幹部のフランシスコ・サルガド・バジャダレスによる指示とされる。

さらに、コクラ警察署の副署長は犯罪組織「ゲレーロス・ウニドス」に「後始末」を依頼したとされる。

この事件でアバルカ夫妻、警察官36人、ゲレーロス・ウニドスのメンバー数人など74人が逮捕された。
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しかし事件は、上記のような当初考えられたアヨツィナパ師範学校の学生達に対する政治的弾圧事件ではなく、学生たちが使用したバスに絡む麻薬密輸のトラブルと関連があるのではないか、中央政府の関与はなかったのか、43人の学生はどうなったのか・・・などの疑惑・疑問も指摘され、未だにその真相は定かではありません。

学生の親族や支援者らの政府の対応への抗議も続いており、3月6日にはデモ隊の一部が大統領府の出入り口の扉を破壊する騒ぎも起きています。

この地方政府・警察と犯罪組織の癒着の構造が解消されない限り、暴力の蔓延は終わらないでしょう。

【前政権が推し進めた司法改革 裁判官公選で犯罪組織の影響が司法に及ぶ危険性も】
そうしたなかでロペスオブラドール前大統領は司法に犯罪組織の影響が強まる恐れがある裁判官の公選制を導入しようとしています。

****犯罪組織の介入招く? メキシコ、裁判官の「公選制」巡り強まる反発****
メキシコの左派ロペスオブラドール大統領が、市民による選挙で裁判官を選ぶ「判事公選制」を柱とする司法改革を急ピッチで進めている。

自身の政策に反対する最高裁判事を入れ替える狙いがあるが、新制度案で末端の裁判官まで公選制の対象としたことで反発が拡大している。

政党や利益団体のほか、犯罪組織が裁判官選出に介入するとの懸念が浮上。司法の独立性が揺らぐとの警戒感は隣国の米国にも広がっている。

世界でも異例の司法改革
判事を巡る新たな制度案は、軍事法廷など一部を除き、全ての連邦・州・自治体レベルの裁判所の判事を選挙で決める内容だ。米紙ニューヨーク・タイムズによると、全国の7千を超える判事ポストが対象となり、世界的に「異例」(米コーネル大法科大学院のミッチェル・ラサ教授)という。

新制度案では、連邦裁判事に立候補するための要件は、法律の学位と数年の法曹界での実務経験などを求めている。国家試験に合格したうえで経験を積み、能力を認められて初めて判事となる現行制度から、大幅に緩和される。

また、連邦最高裁判事の定数は現行の11から9に削減される。大統領が指名して上院が承認する現行の仕組みが廃止され、大統領府と立法府、司法府が10人ずつ推薦した候補の中から、国民が直接投票で選ぶとされる。

憲法改正へ与党に勢い
ロペスオブラドール氏が司法改革に注力する動機は、「選挙管理当局の改編縮小」「国家警備隊の国防省への指揮移管」といった自身の目玉政策に対し、最高裁が次々と「違憲判断」を下したためだ。

最高裁は、ロペスオブラドール氏のポピュリズム(大衆迎合主義)色が強く、「権力の監視と分散」への関心が薄い政策に反対している。

改革は、反目する最高裁への「意趣返し」(野党議員)という。ロペスオブラドール氏の「まな弟子」と強調して6月の大統領選で勝利し、10月に就任するシェインバウム次期大統領も改革を支持している。(後略)【9月14日 産経】
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後継のシェインバウム政権はロペスオブラドール氏が司法改革を継承しています。

“メキシコ最高裁が判事公選制に合憲判断、新政権の主張に軍配”【11月6日 ロイター】
最高裁が積極的に合憲判断したというのではなく、裁判官11人中7人が違憲判断ということで、最高裁長官としてはなんとか違憲としたかったのですが、違憲判断に必要な8人に1人足りず、結果的に合憲となったということのようです。

“司法改革によると、裁判所判事の直接選挙は2025年6月に実施し、全国で幅広いポストが交代の対象となる。最高裁判事は9人に削減され、同様に選挙で選ぶことを義務付けている。”【同上】
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