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(世界的に有名になったマララの自伝も祖国での売れ行きはいまひとつ【9月12日号 Newsweek】)
【「米国との70年にわたる関係は、一つの問題によって再定義することもできないし、すべきでもない」】
アメリカ・トランプ大統領が8月21日に発表したアフガニスタン戦略見直しにおいて、国内にタリバン幹部をかくまっているとされるパキスタンを「混乱と暴力、恐怖の温床」とかつてないほど強く非難し、「アフガニスタンでアメリカ協力して多くを得るか、テロリストを保護し続けて多くを失うかだ」「これまでの対応を変える」と、タリバンに対する影響力を行使するよう圧力をかけていることは、8月22日ブログ“パキスタン アメリカのアフガニスタン新戦略において名指し批判”でも取り上げました。
“同盟国”パキスタンを批判するだけでなく、パキスタンの宿敵インドにアフガニスタンでの役割強化を求めていることもパキスタンを苛立たせるところとなっています。
アフガニスタンをめぐるアメリカのパキスタン批判は、これまでも陰に陽に行われてきたもので、そのこともあって近年パキスタンは中国との関係を強化しています。
****パキスタンが拒めない中国のカネ****
中国が打ち出した中国パキスタン経済回廊構想は、パキスタンが拒否できない資金を提供し、インドは心中穏やかではないが、中国の資金力には太刀打ちできず、南アジアで中国が優位に立った、と7月22日付の英エコノミスト誌が報じています。論旨は以下の通りです。
中国の一帯一路の目玉と喧伝される中国パキスタン経済回廊(CPEC)は、パキスタンへの600億ドルの投資を約束している。その半分以上は発電用に割り当てられるが、道路、港湾、空港、光ファイバー・ケーブル、セメント工場、農産業、観光用にも多額の資金が残る。
パキスタンにとり、中国のカネは天の恵みで、経済を活性化し、慢性的電力不足を解消してくれるだけでなく、インドに対する戦略的保険にもなる。
中国は長年パキスタンに武器を供給し、同国の核開発についても技術援助と外交的口実を提供してきた。しかも、米国と違い、全天候型の友人だ。米国も経済的、軍事的援助をしてきたが、対テロで煮え切らないパキスタン政府に腹を立て、援助を渋ることが度々あった。
しかし5月にCPEC計画が新聞で報道されると、多くのパキスタン人が不安を抱いた。同計画が、新疆生産建設隊(XPCC)のためにパキスタンの農業が大きな役割を果たすことを想定しているためだ。
XPCCは中国国防省の機関で、1950年代から中国西部国境地域で漢族の入植を先導した。巨大な農場や工場に加え、幾つもの市を丸ごと管理運営し、軍隊式に組織された約300万もの人々を抱えている。
今や石炭・ガスよりも太陽光発電の方が安価なのに、中国が火力発電に拘ることや、人口過密な巨大都市カラチから30キロの地点に大規模原子炉を建設していることも懸念を呼んでいる。この型の大規模原子炉は前例がない上に、現場は地震が起き易い大断層の上にある。
既に工場主たちは2007年の対中自由貿易協定によって自国製品が競争力を失ったとこぼしている。エコノミストたちもパキスタンは中国のカネのために国の将来を抵当に入れつつあるのではないかと懸念している。実際、スリランカ等、中国の援助を受けた国は債務返済に苦しんでいる。
しかし、パキスタン政府は、新聞の情報は2015年のもので、計画はその後見直され、原子炉は厳しい安全基準に基づいて建設されているとして、こうした不安を一蹴する。(後略)【8月29日 WEDGE】
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トランプ大統領の強いパキスタン批判は、パキスタンを更に中国の方向に追いやるのでは・・・との見方もあります。
パキスタンが中国との関係をカードに使って、アメリカに揺さぶりをかけるというのはあるでしょうが、それはアメリカとの関係を絶つというものでもないでしょう。
“パキスタンの治安アナリスト、ハッサン・アスカリ・リズビ氏は「パキスタンは対米関係の見直しを始めている。中露などと協調を強めることで、米国のパキスタンへのアプローチを変えようとしている」と指摘した”【同上】
****テロリスト保護批判に反発=米要求「受け入れず」―パキスタン首相***
AFP通信によると、パキスタンのアバシ首相は12日の記者会見で、テロリストの保護をやめなければ「同盟国」としての関係を改めると警告したトランプ米大統領の演説について「われわれはいかなる要求も受け入れない」と反発した。
パキスタンの対アフガニスタン国境地帯には、アフガンの反政府勢力タリバンの拠点があるとされる。トランプ大統領は8月21日の演説で、パキスタンに対し、タリバンへの影響力を行使するよう要求した。
一方で、アバシ首相は「米国との70年にわたる関係は、一つの問題によって再定義することもできないし、すべきでもない」とも強調。対アフガン国境地帯の警備強化やアフガンとの関係改善に取り組む考えも表明した。【9月13日 時事】
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「米国との70年にわたる関係は、一つの問題によって再定義することもできないし、すべきでもない」ということで、アメリカとの関係はこれまでどおり重視していくとの方針のようです。
“対アフガン国境地帯の警備強化やアフガンとの関係改善”を具体的にどうするのか・・・は、今後の問題ですが。
【「法の支配」か、権力闘争か あるいは軍部の影響力行使か】
一方、パキスタン内政に関しては、腐敗・汚職に長年まみれてきた政界は、7月末にシャリフ首相が辞任に追い込まれるなど、混乱が続いています。
****パキスタン前首相、汚職罪で起訴 所有資産の報告怠る****
パキスタンの汚職捜査機関は8日、7月末に辞任した同国のナワズ・シャリフ前首相(67)について、在任中に資産を隠していたとする汚職の罪で起訴した。裁判の過程でシャリフ氏や同氏が束ねる与党への批判が強まるのは必至だ。
地元メディアによると、主な起訴内容は、シャリフ氏の娘や息子が租税回避地につくった会社を通じて、英国に複数の高級不動産を持っていたにもかかわらず、資産として報告しないまま隠していた、というもの。娘や息子も同罪で起訴された。
パキスタンでは、公職に就く者やその扶養家族が資産の報告を怠ることは汚職罪にあたり、14年以下の禁錮刑が科せられる。
シャリフ氏に疑惑が持ちあがったのは2016年4月。富裕層の資産隠しを暴いた「パナマ文書」に、シャリフ一家も盛り込まれていた。
説明を拒むシャリフ氏に対し、最高裁は今年7月下旬に出した判決で、下院議員資格を無効として同氏を辞任に追い込み、汚職捜査機関にはシャリフ氏を起訴するように命じた。
シャリフ氏の裁判次第で、与党は来年に予定される総選挙で議席を減らす可能性がある。【9月8日 朝日】
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シャリフ前首相だけでなく、有力政治家が軒並み腐敗や資金洗浄の廉で告訴されており、司法によって主要な政治家が一掃される事態ともなっています。
****パキスタンは混乱に陥るのか****
パキスタンの著名なジャーナリストであるアーメッド・ラシッドが、7月30日付の英フィナンシャル・タイムズ紙で、最高裁判所によるシャリフ首相の追放に続き、今後、司法によって主要な政治家が一掃されることによって、パキスタンの政治は混乱に陥りかねないと述べています。論旨は以下の通りです。
ナワズ・シャリフは3度首相に選ばれたが、将来は如何なる政治ポストも不適格とされるに至った。最高裁判所がシャリフの腐敗を決定したことによってパキスタンは政治的混乱に陥る恐れがある。
更に、軍が外交安全保障政策を掌握する立場にある。来年の総選挙までの暫定的な政府は弱体であるに違いなく、軍に対する邪魔立ては殆ど存在しないことになる。
最高裁判所の決定により、シャリフは議会の議席を失い、腐敗容疑の更なる刑事裁判に直面する。事の発端はパナマ・ペーパーがシャリフ一族やその他のパキスタンの政治家が海外に保有する会社や資産を暴露したことにあった。
腐敗容疑で刑事告訴されているのは、他に、シャリフの二人の息子、および娘とその配偶者である。彼の弟のシャバズ・シャリフ(現在、パンジャブ州首席大臣)に対する裁判も進行中である。最高裁判所はシャリフの親戚に当たる財務相も不適格とした。
広範な混乱が待ち受けていよう。イムラン・カーン(元クリケット選手、「パキスタン正義運動」を率いる)、アシフ・アリ・ザルダリ(ベナジール・ブットー元首相の夫、「パキスタン人民党」総裁)を始め、多くの主要な政治家が腐敗や資金洗浄の廉で告訴されている。
今後6ヶ月、裁判所は全ての主要な政治家が選挙に出られないようにするかも知れない。新人を迎え入れることは良いアイディアであるが、そのことがもたらす不確実性は経済の落ち込みや政治の動揺を招き得る。
裕福な政治家が腐敗追及の圧力を遂に感じるようになったことに多くの中間層の有権者は喜んでいる。他方、腐敗が日常茶飯事の田舎の貧しい大多数の人々には殆ど何のインパクトもない。
従って、シャリフに抗議する街頭行動も支持のための集会もないであろう。しかし、中間層の一部にはシャリフには任期を全うさせるか、あるいは選挙を前倒しすべきだったという強い気持ちが見られる。彼等は軍の政治へのあからさまな介入を怖れてもいる。
パキスタンは、1947年の建国以来、政治的安定を経験したことがない。今や、司法は「アウゲイアス王の牛小屋」の清掃に手一杯の様子である。
その仕事が裁判官に委ねられ、軍が自己の目的のために状況を利用しようとしないのであれば、長期的にはパキスタンにとって良いことかも知れない。【9月1日 WEDGE】
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司法による政界浄化と言えば聞こえがいいですが、パキスタンではムシャラフ元大統領の末期から権力と司法の対立・・・というか、司法が権力闘争の一部となって政権打倒に動くといった傾向があるように見えます。
今回のシャリフ前首相の件でも“司法の役割には懐疑的な見方の方が強いように思われます。「法の支配」の衣をまとってはいますが、民主主義にとっての打撃には違いありません。司法の役割をいうには権力闘争の匂いが強いです。イムラン・カーンはシャリフ追い落としの急先鋒で裁判所にも働きかけて来ました。彼は次の標的はザルダリだと宣言しています。”【同上】とも。
更に、司法の背後には軍の影響も垣間見えるとの指摘も。
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後ろに軍の影もちらつきます。最高裁判所は問題の調査のために6名からなる調査チームを組織しましたが、うち2名は軍の情報機関が指名した陸軍士官だったといいます。
最高裁判所が軍の暗黙の了解を得ることなく首相を追放する決定を出し得るとは思えないという憶測もあります。
元来、シャリフは対インド政策、対アフガン政策などとの関係で軍とは折合いが悪かったといわれます。【同上】
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“その仕事が裁判官に委ねられ、軍が自己の目的のために状況を利用しようとしないのであれば、長期的にはパキスタンにとって良いことかも知れない。”とのことですが、軍部がどこまでその影響力を行使するつもりなのか・・・わかりません。
ザルダリ前大統領の失脚も、軍部との確執がありました。
先述のように、アフガニスタンにおけるタリバン支援といった長年の行動も、軍・ISIの意向を反映したものと思われます。
最近では、軍事政権といった形で表に立つことなく、裏で影響力を行使し、意向に沿わない政治家は排除するといった形にもなっているようで、それだけに意思決定がどういう理由でなされているのか、誰に決定権があるのかわかりにくくもなっています。
【マララに対する反感の根っこには、貧困脱出の機会がない厳しいパキスタン社会の現状が】
最近、マララさんが母国で指示されない理由に関する記事を見ました。
個人的にも、3年前にパキスタンを刊行した際、同行した現地ガイドにマララさんについて尋ねると、「あれは“やらせ”だ。タリバンのヒットマンが撃ち損じるはずがないし、事件が起きるとすぐに本が出版された」と冷ややかな反応だったのが印象に残っています。
****なぜ祖国パキスタンがマララを憎むのか****
<タリバンによる銃撃から奇跡的な回復を遂げ、ノーベル賞まで受賞した「英雄」が反感を買う理由>
・・・・しかし、祖国パキスタンには彼女に批判的な声が少なからずある。ツイッターで彼女を「恥知らず」な「裏切り者」と非難する人もたくさんいた。
なぜだろう? 彼らの主張を要約すればこうなる。マララは偉くない、パキスタンには彼女より苛酷な運命に耐えている子がたくさんいる、そもそもマララがパキスタンのために何をしてくれた? なぜあんなに外国人に愛される? 本当に祖国のことを憂えるなら、なぜさっさと帰国しないんだ!
もちろん、パキスタンにもマララを愛する人はたくさんいる。銃撃直後には現地英字誌ヘラルドの読者投票で「2012年を代表する人物」に選ばれた。ピュー・リサーチセンターによる14年の世論調査でも、回答者の約30%はマララに好意的な見解を抱いていた。そう多い数字ではないが、好意的でない人(約20%)よりは多い。
それでも彼女は「国民的ヒーロー」ではない。ノーベル平和賞受賞が決まった1カ月後の14年11月にはパキスタン私立学校協会が、なんと「わたしはマララではない」デーを設けると発表し、彼女の自伝『わたしはマララ』を発禁処分にすべきだと呼び掛けた。
今年5月には、マララの地元であるスワト地区選出のある議員が、彼女の襲撃事件は「やらせ」だったと発言。パキスタン政府も、あえて否定はしていない。世界中でベストセラーとなった彼女の自伝も、パキスタン国内では決して「飛ぶように売れて」はいない(一部書店はタリバンや地元警察からの圧力で販売を拒んでいる)。
陰謀説の背後にあるもの
マララへの反感をあおっているのは、この国にはびこる陰謀説だ。(中略)
現地の人が陰謀説を信じたくなる背景には、今のマララが暮らす西洋(キリスト教圏)に対する根強い不信感がある。しかも欧米のスパイがパキスタンで暗躍しているという疑念には、それなりの根拠がある。(中略)
13年にマララの家族がアメリカの大手PR会社エデルマンと契約し、マララのメディア露出を管理させているという報道も、パキスタン人の疑念を高めることになった。
マララと教育者の父ジアウディンが掲げる主張も、現地から見れば欧米べったりに見える。保守的で宗教心の強いパキスタンにあって、ジアウディンは左派で世俗政党のアワミ民族党を一貫して支持してきた。
そしてマララがタリバンに撃たれる前から、父娘は女子教育の必要性を訴えてきた。マララは匿名で英BBCのサイトにブログを書き、米ニューヨーク・タイムズ紙の取材にも応じていた。
マララとジアウディンが発信するメッセージの中核をなす主張――タリバンへの反対と、少女に教育機会を提供することの重要性――は、欧米でも国内でも多くの人の共感を呼んだ。しかしパキスタンのように保守的で男性優位の社会では、そうした主張を煙たがる人も多い。
マララに対する反感の多くは根拠なき妄想の産物だろうが、その根っこにはパキスタン社会の醜い、そして基本的な真実がある。この伝統的な社会には貧困脱出の機会がなく、厳しい階級格差があるということだ。
パキスタンで貧困を脱するのは難しい。15年に国際NPOオックスファムとラホール経営大学が実施した調査によれば、国民を経済力で5階層に分けた場合、最下層に属する家庭の子の40%は死ぬまで最下層を抜け出せないという。
なぜか。貧しい国民の多くにとって、貧困脱出に必要な2つのリソース(教育と土地)を手に入れることは至難の業だからだ。最貧層に属する家庭の子の60%弱は学校に通っておらず、農村部の貧困層の約70%は土地を持っていない。
マララに嫉妬する中間層
もちろん、パキスタンでも急速な都市化で新たな雇用が生まれ、貧困を脱して中産階級の仲間入りを果たす人は増えている。しかし、さらに上流階級への階段を上るのは不可能に近い。
にもかかわらずマララは一介の教師の娘から、一足飛びで世界的なセレブへと上り詰めた。そしてこの秋からは、イギリスの名門オックスフォード大学に進学する。
こんなにも早く、こんなにも劇的な変身を、パキスタンの人々は見慣れていない。だから本当のこととは思えず、何か裏があると思いたくなる。ペシャワル大学のアーマー・ラサ准教授の言うとおり「社会の階段を上ろうとしてもどうせ失敗すると思い込んでいるから、急にリッチになるような人には不信感を抱いてしまう」のだろう。
パキスタンでマララを最も声高に支持しているのが特権階級の人々である理由も、そこにあるのかもしれない。自分が特権階級なら、マララに嫉妬する必要も敵意を抱く必要もない。
しかし苦労して貧困からはい上がり、ようやく中産階級にたどり着いた人たちはどうか。彼らがさらに飛躍して裕福になり、あるいは有名になるチャンスはほとんどない。だからマララが名声を得るようになったことを腹立たしく思う感情が、より強く芽生えるのだろう。
若さ、くじけない力、勇気、国を愛する気持ち。マララが体現するものは、パキスタンという国とその国民が誇るべき資質である。
しかし彼女の成功はパキスタンの陰の部分を映し出してもいる。それはテロが絶えず、性差別が根強く残り、陰謀説が渦巻く現実だ。階級格差も深刻で、みんなが共通の価値観を持てる状況ではない。
世界のヒーローが悪者にみえてしまうほど複雑で、引き裂かれた国パキスタン。それでもいつかは戻りたいと、マララは念じている。祖国だから。【9月12日号 Newsweek】
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