孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ベラルーシ  ロシアによる乳製品輸入禁止、一方で経済共同体発足

2009-06-10 22:13:12 | 国際情勢

(本文とは関係ありませんが、ベラルーシ(白)対ロシア(赤)のアイスホッケー試合 どちらが勝ったかは知りません。 “flickr”より By Patxi64
http://www.flickr.com/photos/chorizo431/1698176816/)

【ロシアとの“距離”】
旧ソ連のひとつベラルーシ、かつては白ロシアと呼ばれていた国ですが、他の旧ソ連の国々同様、プーチンのもとで“大国ロシア”の復活を目指すロシアとの“距離”のとり方に苦慮しているようです。

ベラルーシ大統領ルカシェンコは、かつてはロシアとの「連邦国家」の実現による両国の政治・経済・軍事などの各分野での両国の統合構想を推進しており、1999年には、当時のエリツィン大統領との間でベラルーシ・ロシア連合国家創設条約に調印しています。
ただ、その後、後任のプーチンらが提唱するロシアによる事実上のベラルーシ併合発言にルカシェンコ大統領が反発し、両国の統合構想は行き詰っています。【ウィキペディア】

そうした経緯はあるものの、ロシアとガス戦争を繰り広げるウクライナや、武力衝突に至ったグルジアなどに比べると、少なくとも昨年ぐらいまでは、比較的“親ロシア”的な国と見られていました。
ロシアからの融資を受ける一方で、グルジアの南オセチア自治州とアブハジア自治共和国の独立承認についてはロシアからの要請に抵抗するといったかたちで、ルカシェンコ大統領はロシアとは日和見的な対応をとってきたとも言えます。
なお、政治的民主化や市場経済化に抵抗するルカシェンコ大統領は“欧州最後の独裁者”とも呼ばれ、欧米世界での評価はあまりよくありませんでした。

【乳製品禁輸】
そのベラルーシ・ルカシェンコ大統領ですが、ここに来てロシアとの関係悪化が伝えられるようになってきました。

****ロシア:ベラルーシの乳製品禁輸 欧州接近の警戒強める*****
ロシア政府は隣国ベラルーシからの一部輸入品に対する禁輸措置を決めたほか、同国が求めていた金融支援を断るなど、これまで親露政策を敷いてきたベラルーシ政権とのあつれきが顕著になっている。背景には同国の独裁者ルカシェンコ大統領が、欧州諸国へ接近していることに対して、ロシア側が警戒を強めていることがある。
ロシアの衛生監督局は9日までに、ベラルーシの主要輸出品である乳製品約600品目が衛生上の基準を満たしていないとして、輸入禁止を決めた。同局は文書の不備などを理由にしているが、政治的な思惑で制裁に踏み切ったとの見方が広がっている。
両国の対立は、ロシアが先月末にベラルーシから要請を受けていた5億ドル(約490億円)の融資について、同国の財政上の問題を理由にして、断ったことが発火点となった。

ルカシェンコ大統領は「ロシアには泣きつかない」と述べ、ロシアのクドリン副首相兼財務相について「我々のならず者(=野党)と相談しながら、我々を指導しようとしている」と批判。これに対して、ロシアのメドベージェフ大統領は「他国の指導部に対する個人的な発言は許されないものだ」と怒りをあらわにした。
両国は90年代から国家連合の創設を検討するなど、良好な関係を基本としてきた。しかし経済基盤が脆弱(ぜいじゃく)なベラルーシは最近になり、経済支援を視野に入れながら、欧州諸国への歩み寄りの姿勢を見せている。先月上旬には欧州連合(EU)が旧ソ連6カ国との関係強化を狙った外交的な枠組みである「東方パートナーシップ」に参加した。
一方、ロシアは同パートナーシップについて「ロシアに対抗する枠組みになる恐れがある」(メドベージェフ大統領)と反発。ベラルーシがロシアと対立するウクライナやグルジアと同じ枠組みに参加したことに不快感を抱いている。【6月9日 毎日】
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別記事によれば、ルカシェンコ大統領は、「カネで主権を売ったりしない」「ロシアの融資よりIMFから借りるほうが3倍も有利」とも対ロ批判を強めているとか。

ベラルーシはロシアが輸入する乳製品の60%以上を供給していますが、衛生基準を理由とした主要産品の輸入禁止措置というロシアの実質的経済制裁のやり方は、やはり欧米に接近したグルジアやモルドバのワイン輸入を06年に禁止した方法と同じです。

【経済共同体発足】
ロシアとの対決姿勢を強めるベラルーシ・・・ということですが、よくわからないのは、上記記事と同日にふたつ並んで、ロシア・ベラルーシ・カザフスタンの旧ソ連3カ国による経済共同体発足という全く逆方向の記事もあったことです。

****ロシア:旧ソ連2カ国と経済共同体発足へ WTO加盟も*****
ロシア、ベラルーシ、カザフスタンの旧ソ連3カ国は9日、統一関税を柱とした経済共同体を11年6月に発足させることで合意した。インタファクス通信などが報じた。3カ国は世界貿易機関(WTO)への同時加盟を目指し、協議を進めることでも一致しており、ロシアは旧ソ連諸国に自らの経済圏を復活させる姿勢を鮮明にしている。
3カ国の首相が9日にモスクワで協議を開いた後、ロシアのプーチン首相が合意内容を明らかにした。プーチン氏によると、3カ国は来年1月から統一関税の実施に向けた移行期間を開始し、11年6月までのプロセスの完了を目指す。WTO加盟についても「同時申請に向けた話し合いを開始する」と説明している。

3カ国は95年から関税同盟に関する協定を結ぶなど、長年にわたり同問題を検討してきた。ベラルーシとカザフスタンが昨秋に始まった経済危機で、より深刻に打撃を受けていることから、ロシアとの結束の強化に動いたとみられる。またロシアを中心とした「ユーラシア経済共同体」は同日、ロシアのクドリン副首相兼財務相を議長として、経済危機へ共同対処することを決めた。
一方、ロシアとベラルーシは最近になり、ベラルーシ側が要請していた緊急融資の是非をめぐり、あつれきを深めている。ベラルーシのルカシェンコ大統領が融資問題を担当していたクドリン氏を批判したことに対抗する格好で、ロシア政府はベラルーシからの乳製品約600品目の輸入を禁止した。【6月9日 毎日】
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【戦車の影】
ルカシェンコ大統領のロシアとの距離のとり方については、“日和見的”との言い方も見られますが、旧ソ連の国々にとっては、ロシアとの関係は死活問題です。
乳製品禁輸も大打撃ですが、ベラルーシ経済はロシアの天然ガスに依存しており、また、対ロシア債務は150億ドル以上と言われています。【3月18日号 Newsweek日本語版】
事態がこじれると、グルジアのように、ある日戦車がやってくる・・・という恐怖感もあります。

旧ソ連圏の近隣諸国を自国勢力圏と見なすロシアは、これら諸国の経済危機に乗じてその影響力を強めようとしてきましたが、うまく進まないときは今回のような“乳製品禁輸”といった高圧的な対応にでてきます。それも、戦車の影をちらつかせながら。
このあたりが、日本を含めた欧米世界からロシアが“異質”と見られる所以でもあります。

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北朝鮮  拘束アメリカ国籍女性記者2人に12年の労働教化刑

2009-06-09 21:47:07 | 国際情勢

(6月3日 サンフランシスコで行われた米国籍女性記者2人の解放を願う取組み “flickr”より By Whole Wheat Toast
http://www.flickr.com/photos/executionsinfo/3593811357/)

【政治的取引を狙う北朝鮮】
北朝鮮は核実験や長距離ミサイル発射準備で国際社会を敵にまわしていますが、それだけでは足りないようで、拘束中の米国籍女性記者2人の問題でアメリカと、更に、韓国の大量破壊兵器拡散防止構想(PSI)全面参加問題で韓国と、まるで手負いの獣のように、あれこれの問題で周辺国との緊張を高めています。

韓国系米国人記者のユナ・リーさんと中国系米国人のローラ・リンさんの2人は3月17日、中朝国境の豆満江付近で脱北者について取材中、身柄を拘束されました。
この拘束については、“北朝鮮の秘密警察「国家安全保衛部」が事前に国境付近に待機していた。”“案内役の中国朝鮮族ガイドは中国当局に対し、北朝鮮側の協力者であることを認めている。”といったことから、「北朝鮮側の計画的拘束」との見方が報じられていました。【5月11日 毎日】

事件発生当時から、アメリカとの直接交渉を望む北朝鮮には、米国人記者の拘束を何らかの政治的取引の「カード」として使う狙いがあると見られていましたが、その後の核実験、それに対する制裁決議という流れのなかで、ますます事態を複雑化させる問題となってきています。

同時期イランに拘束された日本人の母親を持つイラン系米国人、ロクサナ・サベリさんについては、4月の1審で禁固8年の判決が出されました。
しかし、オバマ米大統領はイラン側に「即時釈放」を要請、イランのアフマディネジャド大統領も司法当局に「公正、迅速な再審議」を求めるという流れの中で、5月11日の控訴審では1審判決を破棄して執行猶予付きの刑に減刑され、即日釈放されました。
最初の拘束がどのような意図だったのかはわかりませんが、結末は最近のアメリカとイランの対話路線を象徴するような印象を与えました。

【労働教化刑12年 対応に苦慮するアメリカ】
北朝鮮の方は、8日、北朝鮮の最高裁である中央裁判所が2人に対し、朝鮮民族敵対罪、非法国境出入罪に対する有罪を確定し、それぞれ12年の労働教化刑を言い渡したことが報じられています。
アメリカは、核実験への制裁論議と平行して難しい舵取りを迫られています。

****焦点:米記者拘束、安保理決議控えた北朝鮮の切り札か****
北朝鮮は、拘束中の米国人記者2人に対し、不法入国罪で労働教化刑12年を言い渡した。核問題で孤立を深める同国は、米国との交渉材料に2人を利用する可能性が高く、核問題と切り離したい米政権は難しい対応を迫られている。
オバマ政権は、北朝鮮で拘束されているユナ・リー記者とローラ・リン記者の釈放に向け、水面下での作業を続けており、北朝鮮との交渉役として、アル・ゴア元副大統領かニューメキシコ州のビル・リチャードソン知事の派遣を検討している。
「おそらく北朝鮮が考えているのは、国連安保理の制裁を軽減する手段として、2人の記者とその釈放を利用することだろう」と話すのは、アジア財団の朝鮮問題専門家、スコット・スナイダー氏。同氏は、2人の拘束を北朝鮮が大きな切り札と考えているはずだとしている。 
今回の判決は、北朝鮮制裁を強化する安保理決議をめぐり、米国が各国に働きかけを行う中で言い渡された。決議案は、北朝鮮に出入国する不審な物資について、空路・海路問わず査察することも求めている。また、米国は北朝鮮をテロ支援国家に再指定することも検討中だ。
スナイダー氏は、北朝鮮が切り札を握っていると思わせないようにしつつ、記者の釈放実現という目的を達成するという、ぎりぎりの舵取りをオバマ政権が強いられると指摘する。

クリントン国務長官は7日に放送されたABCとのインタビューで、この問題について米政権が「北朝鮮との政治的な課題や安保理での議論に入り込んできた」とはみていないと発言。「これは別の話で、人道的な問題」と強調した。また、ホワイトハウスのギブス報道官も翌日、クリントン長官の発言に触れ、「記者の拘束は、ほかの問題とリンクさせるものではない。北朝鮮側もそうしないことを望む」と話した。(後略)【5月9日 ロイター】
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クリントン長官は北朝鮮に恩赦を求めています。
“クリントン米国務長官は8日、報道陣に「北朝鮮が(2人に)恩赦を与え、国外退去にすることを期待する」と述べ、それに向けた「可能な限りの方法」を追求すると強調した。
長官によると、米国の利益代表を兼ねる平壌のスウェーデン大使館を通じて、2人の判決を確認。労働教化刑12年の長期であることや、裁判が秘密裏に行われたことに深い懸念を表した。”【6月9日 毎日】

【中国ネット世界の反発 政府黙認】
特使派遣等の対応はこれからですが、北朝鮮の対応はイランのようにスムースにいくようには思えません。
この問題で非常に興味深いのは、拘束されているアメリカ人記者の1人が中国系ということで、中国のネット上で北朝鮮に対する批判が噴出しているという記事です。

****中国波紋「判決は理不尽」北朝鮮、米女性記者2人に12年の労働教化刑*****
北朝鮮の裁判所が米国の女性記者2人に12年の労働教化刑を言い渡したというニュースが、中国国内で波紋を広げている。中国系米国人が含まれているためで、「判決は中国への嫌がらせ」「力ずくでも救出すべきだ」といった書き込みがインターネットのサイトに寄せられている。
大手ポータルサイト、新浪では、このニュースがアップされたあと、半日で約5000件の書き込みが殺到。「判決は重すぎ、理不尽」と、北朝鮮の措置に反発するものが多かった。
中国系のローラ・リン記者への関心は特に高く、「米国籍とはいえ私たちの同胞。何もしなければ中国が世界中に笑われる」と中国政府に北朝鮮との交渉を促す意見も。北朝鮮を「狂気の国家」と批判し、「次に朝鮮戦争が起こったとき、中国は義勇軍を送って米軍と一緒に戦う」といった過激な意見も寄せられた。

建前上、北朝鮮は中国にとって友好国であり、ネット上に書き込まれた北朝鮮への批判は、中国当局によってすぐに削除されるのが常だが、今回はそのまま放置されているようだ。中国政府がこれにより、核実験強行など北朝鮮の最近の“暴走”に、不快感を表している可能性もある。【6月9日 産経】
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事件当初、韓国系と中国系アメリカ人ということで、アメリカ社会がどのように反応するのかということも気になったのですが、中国社会の反応までは予想しませんでした。

【中国に苛立ち】
国際社会から“北朝鮮をなんとかしろ!”と詰め寄られている中国政府が北朝鮮に苛立っているのは事実でしょう。
中国の梁光烈国防相は8日、北京を訪れている日本財団の笹川陽平会長らと会談し、国際社会が中国に対し、北朝鮮への影響力行使を求めていることについて、「中国だけが全責任を負うのは不公平だ。(北朝鮮は中国と)親密とはいえ、他国の命令にそのまま服従するような国ではない」と述べ、いら立ちを示した・・・とか。【6月8日 時事】

中国としては、問題ばかりおこす北朝鮮をなんとかしたい思いもあるでしょうが、やりすぎて北朝鮮国内が混乱するような事態(中国国内への難民が押し寄せる、あるいは、アメリカ・韓国管理下の政権と国境を接することになるような事態)も避けたいところで苦慮しているようです。

中国政府が対北朝鮮政策の見直しを始めた・・・との記事もありましたが、どうでしょうか。

****中国、対北政策見直しか=核実験受け、胡主席が指示-韓国紙
4日付の韓国紙・中央日報は、中国が北朝鮮の2回目の核実験を受け、抜本的な対北朝鮮政策の見直しに着手したと報じた。胡錦濤国家主席ら首脳部の指示により、これまでの政策が妥当だったかどうかを含め検討するという。中国政府筋の話として伝えた。
同筋によると、対北朝鮮政策の見直しには、共産党対外連絡部、軍、外務省などに加え、北朝鮮の核実験場に近い吉林、遼寧両省政府も参加。検討結果は、胡主席に報告され、党中央政治局常務委員会で最終的に決定される見通し。同筋は「中国の中長期的な政策に大きな影響を及ぼす可能性がある」との見方を示した。【6月4日 時事】
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話が長くなったので、北朝鮮と韓国の間で高まる黄海での緊張についてはまた別の機会に。

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レバノン総選挙  親欧米・反シリアの与党連合が勝利 イランの影響力拡大にも歯止め

2009-06-08 21:08:52 | 国際情勢

(6月3日 レバノン 選挙支援集会の様子 与党側か野党側かは定かでありませんが、ヒズボラの旗も見えませんので、与党側でしょうか?
“flickr”より By Sana Tawileh
http://www.flickr.com/photos/sanatawileh/3603796848/in/set-72157619382078904/)

【親米与党勝利】
中東の“小国”レバノンで国民議会の選挙が7日行われ、米欧やサウジアラビアの支持を受ける反シリア派の与党「3月14日連合」が、イランが支援するイスラム教シーア派組織「ヒズボラ(神の党)」を軸とする反米親シリア連合の議席を上回り過半数を維持しました。

****レバノン総選挙 親米与党勝利へ*****
7日投票されたレバノン国民議会(定数128)選挙は即日開票され、地元テレビ局が伝えた非公式集計によると、親米欧・反シリアの与党連合「3月14日連合」が過半数を獲得し、イスラム教シーア派組織「ヒズボラ(神の党)」を軸とする親シリアの野党連合に勝利する見通しとなった。
レバノンでは、反シリア、親シリア両勢力の対立で昨年5月まで約1年半にわたり政府が機能まひに陥るなど不安定な政情が続いており、与野党双方とも「対話」の必要性を強調している。ただ、基本的な対立の構図は総選挙前と大きく変わっておらず、今後の焦点は、挙国一致内閣など、安定政権樹立に向けた交渉の成否に移ってきた。
「3月14日連合」の中心人物の一人で、2005年に暗殺されたハリリ元首相の二男、サアド・ハリリ氏(「未来潮流」運動の指導者)は7日深夜(日本時間8日早朝)、「レバノンの民主主義と自由を祝福する」と早くも勝利宣言。
ヒズボラと連合するキリスト教マロン派の自由愛国運動の幹部は敗北を認めた。【6月8日 産経】
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【選挙前は野党優勢の予測も】
このブログでレバノンを取り上げるのはほぼ1年ぶりです。
前回取り上げたのは08年5月30日ブログ「決まったレバノン、難航するネパール連立工作」でした。

複雑な宗派が入り組む“宗教モザイク国家”であるレバノンは、大統領はキリスト教マロン派、首相はイスラム教スンニ派、国会議長はシーア派からの選出が決まっているなど、宗派に応じてポストや議席数を配分する独特の「宗派主義体制」をとっています。

そのレバノンでは一昨年11月以来、議会で欧米や多くのアラブ諸国が支持する多数派とシリア・イランが支持する野党勢力(シーア派ヒズボラなど)が対立して、大統領を選出できない状態が続いていましたが、昨年5月ようやく新大統領選出・組閣に至り、昨年5月のブログでその経緯を取り上げました。
この大統領選出・組閣が難航したのは、国会議員数や国会議長ポストの関係でどうしても与党単独では押し切れない事情があり、しかし一方で、解散総選挙すると野党・ヒズボラのほうが国民の支持を得るのではないかと見られており、与党としては解散もできない・・・といった背景がありました。

解散・総選挙に関する見込みはその後も基本的には変わらず、今回の選挙前の段階では、野党・ヒズボラが勝利して、与野党逆転するのでは・・・との予測が多く見られました。
その場合、武力衝突や政治混迷の再燃も懸念されていました。

野党勢力優位の背景としては、国内の宗派的な対立なども絡んで政府が機能まひに陥ったり、政権の“過度の対米追随姿勢”に一部の国民の間で支持の熱が冷めたりしたこともありますが、06年7月にヒズボラが“無敵”のイスラエルを相手に戦闘を行い、実質的に勝利とも言える結果を勝ち取ったことで国民の支持が高まったこともあります。
(反ヒズボラ勢力の立場からすれば、ヒズボラな無謀な行動で、国土を戦火に巻き込み荒廃させた・・・ということにもなりますが。)

【中東におけるアメリカ・イランの影響力】
このレバノンの選挙結果の影響はレバノン国内だけにとどまらず、アメリカの中東全般への影響力、シリア・イランのヒズボラを介した影響力の今後を占う試金石となるとも見られて注目されていました。
アメリカはヒズボラをテロ組織に指定しており、オバマ米大統領は選挙期間中にクリントン国務長官らをベイルートに派遣し、与党勢力支持を打ち出していました。
先日のオバマ大統領の「カイロ演説」の効果も少しあったのでしょうか。

“レバノン親米勢力の勝利は、中東での米国の求心力を回復するきっかけとなる可能性がある。一方、シーア派大国イランは、民兵組織を擁するヒズボラを支援し、中東での発言力を強めてきたが、これでシーア派の政治力拡大に歯止めをかけられた形だ。”【6月8日 読売】

もっとも、ヒズボラを中心とした親シリア勢力も現有議席を確保したとみられ、中東情勢混乱の火種は相変わらず残った・・・とも言えます。
しかし、少なくとも与野党が逆転してレバノン国内が混乱する、あるいは、ヒズボラが勝利してアメリカの中東戦略が大きく頓挫するといった事態は避けられたようです。
別にアメリカに肩入れするつもりもありませんが、パレスチナなど中東の和平・安定を実現していくためには、やはりアメリカのリーダーシップが現実問題としては必要になります。

次は昨日も取り上げたイラン大統領選挙です。

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イラン  12日の大統領選挙と核開発問題

2009-06-07 11:51:29 | 国際情勢

(テヘランの西に位置する都市ガズヴィン 5月6日 アフマディネジャド大統領の地方巡回を迎えて、街頭でポスターを手にする“若き支持者” “flickr”より By kamshots
http://www.flickr.com/photos/kamshots/3564356990/)

【保守派現職に対抗する改革派元首相】
今月12日に行われるイラン大統領選挙は、核開発問題や中東・アフガニスタンでの対応、更には、もうひとつの火種である北朝鮮とイランの関係など、今後の国際関係に大きな影響を持つものとして注目されています。

当初475人が立候補届けを行いましたが、イラン独特の制度である監督者評議会(しばしば護憲評議会とも訳されます)による資格審査の結果、保守派のアフマディネジャド大統領(52)、レザイ元革命防衛隊司令官(54)、改革派のキャルビ元国会議長(71)、ムサビ元首相(67)が最終候補となって選挙戦を戦っています。
6月12日の投票で有効投票の過半数を得る候補が出なかった場合、19日に上位2候補による決選投票が行われることになっています。

現職の保守派アフマディネジャド大統領(52)は就任以来地方各州を2巡して、「バラマキ」とも批判されるインフラ整備や生活困窮者対策への膨大な資金を投じてきました。
この「バラマキ」によって、一定に地方低所得層を中心に強い支持を維持しています。
更に、最高指導者ハメネイ師の支持も得る形で、アフマディネジャド大統領が優勢な情勢と見られています。

対抗馬としては改革派のムサビ元首相があげられています。
ムサビ元首相はイスラム革命(79年)後の81~89年に首相を務め、イラン・イラク戦争時の戦時経済を乗り切った実績があります。また、改革派の重鎮ハタミ前大統領の支持を得ています。
今回の選挙では、25%とも言われる高インフレが続く「経済問題」が最大の争点になっており、ムサビ元首相は現政権の経済政策を批判し、過去の実績を強調することで、保守層にもくすぶる大統領批判票まで幅広く獲得したいところです。

なお、ムサビ元首相は「イスラム革命原理を重視する改革派」を任じており、一部地元メディアはムサビ氏をアフマディネジャド氏と共に「原理派」と呼び、カルビ氏と一線を画しているとか。【5月22日 毎日】
今回、改革派からはキャルビ元国会議長も出馬しており、“分裂選挙”がどのように影響するかも注目されています。

【初のテレビ討論】
イランは“原理主義”“宗教支配”のイメージが強くありますが、世襲制・秘密主義の北朝鮮とは違って、その選挙戦は意外なほどに“民主的”とも言えます。
4人の候補者が2人ずつ総当たりで、テレビ討論が行われているそうです。

****革命後初、テレビで激論対決 イラン大統領選*****
12日投票のイラン大統領選で、再選を狙う保守派のアフマディネジャド大統領(52)と改革派の有力対抗馬、ムサビ元首相(67)の直接討論が3日、国営放送で中継された。候補者同士のテレビ討論は、79年のイスラム革命以来初めて。交互に発言する形式で進行するにつれて議論は過熱し、激しいやりとりが見られた。
イランは言論の自由が制限され、宗教指導者ら支配層が体制・政府への批判に敏感なため、直接討論の放送は画期的。大統領府によると、テレビ討論はアフマディネジャド氏自身が提案した。討論は2日から7日まで、4人の候補者が2人ずつ総当たりで行われる。

ムサビ氏は討論で、アフマディネジャド氏のホロコースト(ユダヤ人集団虐殺)否定発言などが「国の信用を傷つけた」と指摘。アフマディネジャド氏は、ムサビ氏を支持するハタミ師、ラフサンジャニ師の2人の元大統領の政権で「汚職が広がった」として、改革派批判を展開した。
アフマディネジャド氏は、言論弾圧が強まった責任を問われると、自分を批判した記事の見出しを列挙した冊子を持ち出し、「私は批判に寛容だ」と訴えた。用意周到さが目立つ一方、汚職批判で特定の人物を名指しし、ムサビ氏の妻まで批判。こうしたやり方が、国民の反発を招く可能性もある。一方、ムサビ氏はアフマディネジャド氏の弱点である経済政策の誤りに時間を割かず、迫力に欠けた。
イランは民放がなく、地方では衛星放送も普及していないため、国営テレビの放送内容は選挙結果に大きく影響すると言われる。【6月4日 朝日】
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党首討論に出たがらない党首がいたりする日本よりも実質的な討論が行われているかも・・・とも感じます。

【「原子力エネルギー利用はすべての国の権利」】
イランの核開発を最重視するイスラエルは、軍事的対応も辞さない姿勢をとっています。
その核開発については、保守強硬派のアフマディネジャド大統領を含む4人の候補は全員、「核開発継続」で一致しています。
イラン国内では反体制派を含め、「平和目的の原子力エネルギー利用はすべての国の権利である」として、核開発継続は国民的合意となっています。

ムサビ元首相は4月6日の記者会見で、イランの核開発について「イランが加盟するNPT(核拡散防止条約)が認める法的権利だ」「平和目的であり、イランも強く反対している核兵器拡散の問題と厳密に区別すべきだ。国際社会の平和を脅かすものではない」と強調しています。
また、ムサビ氏は「イランの核技術に関する権利が、対米関係修復の犠牲となって、損なわれてはならない」と述べ、核開発問題と対米関係の問題は切り離すべきだと主張しています。【4月7日 毎日より】

ただ、強硬一辺倒の姿勢を貫くアフマディネジャド大統領に対し、3人の対立候補は柔軟姿勢の必要性を主張、その隔たりも明らかになっています。

****イラン大統領選:強硬か柔軟か 核開発継続めぐり論戦*****
大統領は先の会見で「核問題は終わった(決着済み)」と改めて強調。最有力対抗馬の改革派のムサビ元首相も「核開発はエネルギー生産が目的。(米欧などと)交渉の用意はあるが、妥協の余地はない」と繰り返す。
だが、ムサビ氏ら3候補は現政権に対し「核政策を含む強硬な対外姿勢がイランを孤立させた」と批判、国際社会との協調を図りつつ核開発を継続すべきだと主張する。

一方、大統領は、ムサビ氏を支持するハタミ前大統領の現職当時の核政策について「核問題が国際原子力機関(IAEA)から国連安保理に付託されることをレッドライン(越えてはならない一線)と位置付け、(付託回避のため)圧力に屈服した」と批判。「ウラン濃縮の停止(04年)は国家の威信を損ねた」として、「レッドライン(の基準)は国益に基づくべきだった」と反撃した。
05年発足のアフマディネジャド政権は、ウラン濃縮を再開。核問題は安保理に付託され、3回の対イラン制裁決議が採択されたが、大統領は「ウラン濃縮を断固継続したことで我々は核エネルギー保有国になった」と成果を誇った。

こうした応酬を巡り、最高評議会の戦略研究センター所長で、ハタミ政権で核交渉の責任者を務めたローハニ氏は「核開発は国家の長期計画であり、計画はムサビ首相時代(81~89年)に着手、ラフサンジャニ、ハタミ両政権も重要な役割を担った。ウラン濃縮停止は最高指導者ハメネイ師も承認した」と明かした。その上で、大統領を名指しして「核問題を選挙や政治ゲームの道具に使うべきでない」と非難している。 【6月6日 毎日】
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【“核兵器”開発進展への懸念】
イランの核開発が平和利用なのかについては、国際的には疑念を持たれています。

****米大統領、イランのミサイルに懸念=固体燃料使用、著しい技術進展****
ギブズ米大統領報道官は20日の記者会見で、イランのミサイル発射実験を受け、「オバマ大統領はイランのミサイル・核兵器開発を懸念しており、これらの計画はイランの安全保障を強化せず弱体化させると確信している」と述べた。
ゲーツ国防長官は同日、下院歳出委員会の公聴会で、「イランがミサイル発射実験に成功したことを示す情報を得ている」と指摘。ミサイルの能力について「射程は2000キロ程度ではないか」との見解を示した。
ホワイトハウスのゲリー・セイモア調整官(軍縮・大量破壊兵器担当)は、イランは北朝鮮の技術に基づく液体燃料をミサイルに使用してきたが、今回の実験では独自に開発したとみられる固体燃料システムを利用したと指摘。イランのミサイル技術は、著しい進展を遂げていると述べた。【5月21日 時事】 
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****イラン、3年以内に核兵器開発=ミサイル改良も懸念-米統参議長*****
マレン米統合参謀本部議長は24日、ABCテレビの番組で、イランが核兵器を開発する時期について、今後「1~3年と信じている」と述べ、外交によって阻止する時間は限られているとの見解を示した。
オバマ大統領は今月、ネタニヤフ・イスラエル首相との会談で、イランとの直接対話の進展を年末までに見極める姿勢を示している。
マレン議長は「イランの戦略目標は核兵器保有だ」と指摘。同国が先週、ミサイルの発射実験を成功させたことにも触れ、「イランはミサイルを改良し続けており、彼らが目標を達成すれば、中東だけでなく世界を著しく不安定にする」と、核弾頭搭載ミサイルの開発に強い懸念を示した。【5月25日 時事】
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記事にもあるように、オバマ大統領はイランとの直接対話の進展を年末までに見極める姿勢を示しています。
12日のイラン大統領選挙で誰がイラン大統領になるのか、アフマディネジャド大統領が勝ったにしても、その勢力バランスがどうなるのか・・・そのあたりが今後のアメリカとの交渉に強く影響します。

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オバマ大統領の「カイロ演説」  「イスラムとの新たな始まり」を目指す

2009-06-06 11:24:13 | 国際情勢

(カイロ大学で聴衆に応えるオバマ大統領 “flickr”より By Free Mass
http://www.flickr.com/photos/mass/3598698966/ )

【a new beginning】
アメリカ・オバマ大統領がエジプト・カイロで行う演説が、中東和平やイラン問題など、今後のアメリカの対イスラム外交の基本姿勢を示すものとして注目されていました。
その6月4日の「カイロ演説」で、オバマ大統領は、「世界中のイスラム教徒と米国の間に相互尊重に基づいた新たな始まりを得ようと、ここに来た」と訴えました。

****オバマ大統領:アラブ圏で初演説、「新たな始まり」を力説*****
中東歴訪中のオバマ米大統領は4日、エジプトのカイロ大学でアラブ圏初の主要演説を行った。オバマ氏は「米国と世界のイスラム教徒の新たな始まりを求める」と述べ、イスラム世界との未来志向の協力関係構築に決意を示した。焦点の中東和平問題では、イスラエルとパレスチナの「2国家共存」が「解決への唯一の道」と改めて強調した。

オバマ氏はアラビア語のあいさつも盛り込み、聴衆から拍手と喝采(かっさい)を受けた。約55分の演説では、イスラム世界で育った自らの体験を踏まえ、互いの差異より共通点に目を向け「パートナー」として世界の平和と繁栄に責任を果たそうと呼びかけた。また、イスラム教の聖典コーランに言及し、「相互の利益と敬意」に基づく関係強化を志向する姿勢を演出した。
ブッシュ前政権のイラク戦争で悪化したイスラム世界との関係改善を狙ったものだ。
中東和平について大統領は、パレスチナ側に暴力放棄を求める一方、イスラエルによる占領地でのユダヤ人入植地建設は「受け入れられない」と断言、完全凍結を要求した。テロ対策では、「暴力的過激派は情け容赦なく闘う」と発言した。
イランには、核問題などでの無条件の対話再開を呼びかけた。「中東での核軍備競争を防ぐ」ためと強調。核拡散防止条約(NPT)の枠内で原子力の平和利用を認め、核兵器廃絶を求める姿勢を改めて言明した。
また、民主主義や女性の権利、言論や宗教の自由などへの強い支持も表明。各国独自の改善への取り組みを尊重する姿勢を示した。【6月4日 毎日】
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演説の中では新たな具体的提案はありませんでしたが、“イスラムに対する否定的な固定観念を改める決意を表明すると同時に、イスラム側の対米意識の問題点も指摘するという、「配慮」と「率直さ」が目立った。イスラム世界から価値観の「押し付け」などを批判されたブッシュ前政権との違いを際立たせる意図がにじむ内容だった。”【6月5日 毎日】という印象です。

ブッシュ前政権がイラク戦争を契機に、中東・北アフリカ地域の「民主化構想」を提唱、親米アラブ諸国からも「米国的価値観の押し付け」と猛反発されたの対し、オバマ大統領は「どんな体制も他の国が押しつけることはできないし、すべきでもない」として、民主化を理由に他国の体制転換を目指す考えのないことを明らかにしました。

また、「米大統領としてイスラムに対する否定的な固定観念と戦う」と誓う一方で、「同じ原則がイスラム教徒の米国に対する見方にも適用されなければならない」とイスラム側にも相応の態度変更を求めています。

【イラン軍事クーデター関与を認める】
これまでのアメリカのイスラム世界との関係における誤りも率直に反省しています。
大統領は「冷戦の最中、米国は民主的に選ばれたイラン政府の転覆で役割を果たした」と、石油国有化を宣言したモサデク同国首相に対する53年のクーデターに米国が関与していたことを認めたうえで、イランに改めて対話・和解を呼びかけています。

“モサデク政権は、それまで英資本のアングロ・イラニアン石油会社が独占していたイラン石油産業の国有化を進めていた。米中央情報局(CIA)は53年、英政府の協力を得てパーレビ国王派によるクーデターを画策、モサデク政権は崩壊した。米国はその後、パーレビ国王を積極的に支援したが、国王は79年のイラン革命で失脚した。
53年のクーデターはイラン国民の間では、米国が自由の擁護者を自任する一方で、自国の経済的・戦略的利益のためには民主的に選出された他国政府を不正な手段で排除することもいとわない、二重基準に基づいた国だということを露呈した象徴とみなされている。”【6月5日 AFP】

この、イラン・クーデターにアメリカが関与していたことについては、クリントン政権時にもオルブライト国務長官が認めていますが、大統領が公式に関与を認めたのは初めてです。
こうした“誤り”を認めたうえで、イランの核開発に対しては、核兵器保有は認められないとしつつ、「核拡散防止条約の義務を順守すれば、イランを含むすべての国に原子力平和利用の権利がある」と、今後の対話による解決を求めています。

【イスラエル入植地拡大を否定】
中東和平に関しては、イスラエルの入植地拡大を明確に否定したことが注目されています。
“イスラエルが占領地ヨルダン川西岸で進め中東和平の障害となっている入植地建設について、「米国は(建設が)継続されているユダヤ人入植地の正当性を受け入れられない。この建設は過去の合意に背き、平和を達成する努力を損なう。今、これらの入植地を止めるときがきた」と直言したことだろう。
交渉のたたき台となるパレスチナ新和平案「ロードマップ(行程表)」ではイスラエルの「新規入植地建設=入植地拡大」の停止を求めているため、イスラエルは「人口の自然増加」を理由に「既存入植地の拡大は合法」との立場を取る。
1989年に、ブッシュ元米政権のベーカー国務長官が「イスラエルは大イスラエル(ヨルダン川西岸とガザ地区を含む聖書時代のイスラエルの領土)という非現実的な夢を捨てるときだ。入植活動を止めなければならない」と言明しているものの、オバマ演説は正当性をも否定、さらに踏み込んだ観がある。” 【6月6日 産経】

この大統領発言に、イスラエル右派与党リクードの議員は「米国の大統領が初めて一線を越えた」と述べ、アメリカのイスラエル離れへの懸念を示すなど、イスラエル国内では危機感が広まっているとも伝えられています。【6月5日 時事】

【期待と求められる行動】
こうした「カイロ演説」に対するイスラム世界の受け止め方は、“概ね好意的”というのがメディアの伝えるところです。
“オバマ演説へのイスラム圏の反応はおおむね好意的で、エジプト政府系のアハラム政治戦略研究センターのハッサン・タリブ副所長は「過去8年間(のブッシュ時代)の憎しみと誤解を解こうとの試み」と評価した。一方、エジプトの事実上の最大与党、イスラム同胞団の幹部からは「我々の同情と支持を買おうとしたが、シオニスト(イスラエル)を支持するなど前任者と何ら変わらない」との厳しい声も上がった。”【6月5日 毎日】

“アラブ・イスラム世界では、おおむね好意的にとらえながらも、「言葉だけでは信用できない」(エジプト独立系紙)と、行方を見守るという反応が多い。
オバマ政権は、山積する中東の難問をどう具体的な解決に導くのか、今後は、行動を求められていくだろう。だが、今回の演説で、何かが動き出したと感じた市民は少なくなかろう。”【6月6日 産経】

オバマ大統領に関しては、その“巧みすぎる”スピーチ、言葉だけが独り歩きしがちなことも批判されますが、やはり世界のリーダーであるアメリカ大統領の言葉、変化に向けた姿勢は人々を動かし、将来の変化と協調に向けた期待を抱かせます。
実際に、一昨日ブログでも取り上げたように、キューバを巡る情勢も変化し始めています。
「核なき世界」に向けた大統領の発言を背景に、これまで停滞していた核不拡散条約(NPT)再検討会議や兵器用核分裂性物質生産禁止(カットオフ)条約交渉についても動きが見られています。

“今後は、行動を求められていく”の当然ですが、前向きな姿勢を明らかにする言葉は、将来への道筋を照らす灯りともなります。
今回の「カイロ演説」が“イスラムとの新たな始まり”となること、その実現に向けた関係国の協力・努力を切望します。

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不機嫌な時代 ヨーロッパ・オーストラリアで広がる移民への不寛容 

2009-06-05 21:37:11 | 世相

(オランダ・アムステルダム ウィルダース党首の極右政党「自由党」に反対する集会
トルコ系のように見える男性が手にしているプラカードに描かれている、ウエスタンスタイルで銃を持っている人物がウィルダース党首 “flickr”より By Photochiel
http://www.flickr.com/photos/photochiel/2682218584/)

(少なくとも表面的には)民族や宗教の違いによる対立・抗争は、世界中に日常茶飯事のこととして溢れています。
アフリカの多くの国でみられる部族抗争、スリランカで終結した内戦、イラクの宗派対立・・・。
冷戦終結後の世界における、最大の不安定要因でもあります。

ヨーロッパなど比較的“人権”とか“平等”などの価値観が根付いているような社会においても、“移民問題”という形で、異なる集団間の摩擦が起きます。
最近その種の話題を見聞きすることが多くなったような気がします。

【「多民族国家イタリアという左派の考えを我々は認めない」】
イタリアでは、なにかとお騒がせのベルルスコーニ首相のもとで、不法滞在の外国人に厳罰を科す「治安法案」の制定が進められています。

****伊下院:不法滞在外国人厳罰化の治安法案可決、上院通過も*****
不法滞在の外国人に厳罰を科す、ベルルスコーニ政権による「治安法案」が、イタリア下院で可決され、月末にも上院を通過しそうな情勢になっている。ナポリターノ大統領は「外国人嫌悪を助長する」と公に不快感を表明しており、大統領が署名しない場合、法制化に時間がかかりそうだ。
イタリア政府は今月上旬、リビアからの移民上陸を初めて拒否し強制送還に乗り出し、外国人排斥を強めた。ベルルスコーニ首相は「多民族国家イタリアという左派の考えを我々は認めない」と発言。野党から「人権無視」との批判を浴びている。治安法案を機にイタリアは移民寛容策から排斥へと大きく転換しつつある。

イタリアでは北アフリカから船で来る移民をこれまで、南部シチリア島などに一度上陸させ、難民審査をしてきた。だが、今月6日以降、リビアからの移民約500人を強制送還した。
移民排斥を公約してきた極右政党・北部同盟のマローニ内相は「不法移民対策の歴史的転換点」と強硬策の継続を唱えている。これに対し、中道左派の野党・民主党や国連難民高等弁務官事務所、カトリック団体は「乗船者の多くは難民で、妊婦や子どもがおり、人権侵害だ」「イタリアが多民族社会なのは否定できない事実」と批判している。
イタリアには滞在許可証を持つ外国人約400万人のほか、約100万人の不法移民がいる。統計上、犯罪は減り続けているが、政府は「外国人犯罪の増加」に焦点を当て、移民対策の必要性を暗に説いてきた。 【5月18日 毎日】
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【「オランダのイスラム化を止める」】
かつては“寛容な社会”と言われていたオランダでも、イスラム系移民排斥の動き、極右政党の勢力拡大が見られます。

****オランダ:移民排斥の極右政党台頭、イスラム住民に不安も*****
4日に欧州議会選挙の投票があるオランダで、イスラム移民の排斥を掲げる極右政党「自由党」が支持を拡大している。背景には、移民流入や欧州連合(EU)拡大に国民の一部が不満を募らせている事情があり、イスラム教徒の住民からは「差別が強まりかねない」と懸念する声も出ている。(中略)
「オランダのイスラム化を止める」をスローガンに掲げる自由党は、欧州議会選に候補者10人を擁立。比例名簿順位1位のバリー・マドレーナー候補(40)は「イスラム教のイデオロギーは自由にとっての脅威だ。移民を減らしたい」と語る。

欧州最大の港を抱えるロッテルダムは人口約60万人の半分を外国出身者が占める移民都市。集会に参加した、選挙権を得たばかりの女子高校生、リザン・ビネンダイクさん(18)は「3年後には白人は少数派になってしまう。国境を閉じないといけない」と話した。「欧州はキリスト教社会だ。移民の少なかった1950年代に戻りたい」。作家のマリアン・ホウツァーさん(55)も呼応した。
5月末の世論調査によると、オランダ国民の54%は「EU他加盟国からの労働者流入を制限すべきだ」と回答した。自由党は欧州議会選でオランダに割り当てられた25議席中2~4議席を確保する勢いで、次期下院選でも躍進が予想されている。(後略)【6月3日 毎日】
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自由党のウィルダース党首は昨春、イスラム教の聖典コーランを非難する短編映画「フィトナ」を公開し、イスラム世界の猛反発を招いた人物で、今春には「憎悪と暴力のメッセージを振りまいている」として英国から入国を拒否されています。

欧州議会選挙の結果は出口調査によると、イスラム移民の排斥を掲げる極右政党「自由党」が躍進し、第2位の支持率で、オランダに割り当てられている25議席のうち4議席を獲得する見通しとなっています。
“自由党は「オランダのイスラム化を止める」「トルコをEUに加盟させない」と主張、移民流入やEU拡大による社会変容に危機感を抱く国民の支持を取り付けた。ウィルダース党首は4日夜、「多くの人が大欧州にうんざりし、異なったオランダを求めた」と事実上の勝利宣言をした。”【6月5日 毎日】
自由党躍進の背景には移民問題とEUへの懐疑心があるとされていますが、“内向き”“閉鎖的”なベクトルと言う点では両者は共通しています。

【「カレー・バッシング」】
ヨーロッパではありませんが、同様の社会的価値観を有するオーストラリアでも、少年達によるインド人襲撃が問題となっています。

****猛威カレー・バッシング 豪で10代がインド人学生襲撃*****
オーストラリアでインド人学生を狙った襲撃事件が相次いでいる。犯人はほとんどが10代の少年で、「おやじ狩り」ならぬ「カレー・バッシング(たたき)」と称している。メルボルンではインド人学生ら数千人が抗議の座り込みをし、インド政府は早期解決を要求、両国の外交問題にまで発展しつつある。
襲撃事件は、メルボルンだけで過去1年で70件に上る。先週には続けて5人が襲われ1人は意識不明だ。ある学生は、若い男数人に囲まれ金を奪われ、「インドに帰れ」とののしられたうえ、ドライバーで腹などを刺されたという。(中略)
5月31日にはメルボルンで数千人のインド人学生らが抗議デモを行った。今月1日にはインドのシン首相がラッド首相と電話で会談し、事態の速やかな収拾を求めた。ラッド政権は2日、治安担当責任者をトップとする特別調査委員会を設置。メルボルンが州都のビクトリア州政府は人種や宗教、性別などが犯罪の動機の場合、より厳しい罰則を設ける方向で法改正し年内の施行を目指すという。
現在、オーストラリア国内には約9万3000人のインド人留学生がおり、そのほとんどがメルボルン、シドニーに集中している。【6月4日 産経】
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【軍用機関銃を乱射】
移民問題は多くの市民に“外国人の凶悪犯罪”という形で先ず認識されます。
実際、社会から阻害された移民の場合、犯罪に走るケースも少なくありません。
フランスでは、パリ中心部から北東約6キロのラクールヌーブ市(人口約4万人)で5月、複数の男が警察に拘束されている中東系の移民層出身の麻薬密輸の「元締め」を奪還すべく警察車両を待ち伏せし、軍用機関銃を乱射する事件が起きました。

ラクールヌーブ市は60年代以降に建設された低所得者用アパートが林立し、住民の約30%は外国籍で、全国平均(約6%)より格段に高くなっています。
同市の犯罪発生件数は、フランスの同じ程度の規模の自治体で10番目に高く、一方、1世帯の平均月収(課税対象)は875ユーロ(約10万円)と、周辺地域の半分以下です。
05年には11歳の少年が、中東系とアフリカ系移民による拳銃抗争の巻き添えで死亡。サルコジ内相(現大統領)が訪れ、「ここを高圧ホースで浄化する」と発言し、問題となった場所でもあります。

“治安対策を公約として掲げるサルコジ大統領は、就任以来、その方策を矢継ぎ早に打ち出している。
全国の自治体などで、監視カメラを増やすほか、▽空き巣撲滅のための警察官増強▽パリを中心とした都市・都市周辺の警備強化▽麻薬・武器密輸の摘発強化▽中高校生徒の学校へのナイフ持ち込み・校内暴力の防止▽組織犯罪の撲滅▽犯罪被害者への支援--など、多岐にわたる。”【6月5日 毎日】

【経済危機で余裕を失った社会】
治安問題だけでなく、特に今日のように経済状態が悪化すると、限られた雇用機会の奪い合いからの敵愾心もうまれます。そうした不安は、自分たちの社会が彼等に奪われるのでは、自分たちの価値観が彼等によって壊されるのでは・・・というより大きな不安に繋がっていきます。

日本のように移民に殆ど門戸を開いていない国に暮らしている者が、ヨーロッパの移民問題についてとやかく論ずるのは筋違いのところもありますので、簡単な印象だけ述べると、“みんな仲良く暮らしたいし、出来るはずだ”という思いを“たわごと”として片付けるのか、あるいはそこにこだわるのか、“自分たちの利益を優先したい”という生き方を“美しい”と思うのか・・・といった価値観・美意識の問題になってくるかと思っています。
もちろん、移民の側の“社会に溶け込もうとしない態度”にも問題はありますが、それは“社会から受け入れられない”現実と裏腹の関係にもあります。
また、移民のなかでも“イスラム”ということの特殊性もあるように見えます。

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米州機構(OAS)総会 キューバ除名決議を無効化 アメリカを当惑させる「オバマ現象」

2009-06-04 20:27:03 | 国際情勢

(ホンジュラスのサンペドロスラで開催された米州機構(OAS)総会のOfficial photo
左手後方がクリントン長官のように見えます。
OASはアメリカ主導の反共同盟と言われてきましたが、今や中南米諸国の大半が左派政権となっています。
“flickr”より By U.S. Department of State
http://www.flickr.com/photos/statephotos/3592806098/in/set-72157619068205311/)

【関係改善の流れ】
アメリカは長年キューバと敵対状態にありましたが、オバマ政権はこれまでキューバ系米国人のキューバへの渡航・送金制限の撤廃を発表するなど、関係改善に向けたシグナルを送ってきました。
その流れで、米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は4月27日、 “米国務省は米国内のキューバ外交官と非公式協議の開催を計画。移民問題や麻薬密輸対策、地域安全保障などについて公式協議を行えるかどうかの可能性を探る。また、相互理解を促進するための文化交流も検討されている。”と報じています。

5月31日には、その移民問題について、アメリカとキューバが移民協議の再開で合意したことが報じられました。
****米国:移民協議再開でキューバと合意*****
ロイター通信は31日、米政府当局者の話として、米国とキューバが移民協議の再開で合意したと伝えた。米側の申し入れにキューバが応じた。直接の郵便サービスも話し合う。キューバ側は麻薬、ハリケーン対策などでも協力する意向。オバマ政権は「対話路線」への肯定的な反応として歓迎している。

オバマ政権は既に、キューバ系米国人のキューバへの渡航・送金制限の撤廃を発表するなど、関係改善に向けたシグナルを送っている。両国間の移民協議はブッシュ前政権時代の03年に中断した。
近くホンジュラスで開催される米州機構(OAS)の会議では、キューバのOAS復帰も議論される見通し。だが、クリントン米国務長官は、キューバの復帰は同国の民主化が条件との姿勢だ。【6月1日 毎日】
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【キューバ除名解除】
上記記事にもあるキューバのOAS米州機構復帰問題については、OASからキューバを排除した62年決議を無効にする方針ではアメリカを含む加盟国が一致しているものの、民主改革を条件に挙げる米国に対し、キューバの盟友国である左派諸国は無条件での復帰を求めて、難航が伝えられていましたが、「民主主義、民族自決、人権などのOASの原則にのっとって」という文言を入れる形で決着しました。

****米州機構:和解ムードが後押し キューバ除名解除*****
南北米大陸34カ国による米州機構(OAS)が3日、1962年以来除名していた社会主義国キューバの復帰に扉を開けた。米国のオバマ政権誕生で訪れた同国と中南米諸国の和解ムードが、冷戦の残滓(ざんし)を取り除いた格好だ。
OAS総会は、62年のキューバ除名決議を無効とする新たな決議を採択。新決議は「民主主義、民族自決、人権などのOASの原則にのっとって」との文言を盛り込んだが、キューバ復帰に特別な条件をつけなかった。
キューバ復帰には米国を除くほとんどの加盟国が無条件に支持した。米国はキューバの民主化を条件にすると主張していたが、譲歩した形だ。キューバの盟友国ベネズエラなど左派系政権の国々は、米主導の価値観を印象付ける「民主主義」の文言が新決議に入ることに反発したが、最終的に了承した。
キューバ除名について、中南米の左派指導者らは「過去の汚点、過ち」と指摘する。AP通信によると、キューバの盟友で総会開催国ホンジュラスのセラヤ大統領は「きょうで冷戦は終わった」と歓迎した。【6月4日 毎日】
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【アメリカの当惑】
アメリカ、左派諸国双方が譲歩した形ですが、“キューバ復帰に(民主化という)特別な条件をつけなかった”という点で、実質的にはアメリカの当初の想定を超える内容と言えます。

****米州機構:「オバマ効果」に当惑*****
キューバの米州機構(OAS)除名決議の無効化について、オバマ米政権は今回の年次総会での実現は時期尚早と考えていた。だが、オバマ政権の「対話路線」に期待する中南米諸国の勢いに逆に背中を押された形で譲歩。キューバとの関係改善は望む一方、「オバマ現象」による周囲の環境の変化に、戸惑いもみせている。
クリントン国務長官は総会前、キューバのOAS復帰は同国の民主化が必要とし、無条件復帰には反対するよう各国に働きかけた。決議採択直前の3日午後、クローリー国務次官補(広報担当)は「幅広い支持を構築した」と“勝利”を確信していたほどだ。

だが事態は米国の想定とは逆に進み、中東に向け出発した長官は、採決に参加しない形で「消極的な賛成」を余儀なくされた。長官はその後、声明を発表。新決議で民主主義などの文言が盛り込まれたことから、「キューバが簡単に復帰できないことで合意したことは喜ばしい」と一応は歓迎してみせた。
キューバとの実質的な関係改善に関し、米議会内の強固な反対派の存在もあり、オバマ政権は民主化を条件とする方針を変える予定はない。ただ、かたくなな姿勢は中南米諸国の反発を招きかねず、今後は難しい局面を迎えそうだ。【6月4日 毎日】
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「オバマ現象」は、当のアメリカの思惑をも超えて、キューバとの和解を促す方向にアメリカを動かしているようです。
これについては、“キューバ復帰決議に後ろ向きだった米国が最後に同意した背景には、キューバが実際にOASに復帰する可能性が当分なく、米国の対キューバ政策にも大きな影響を与えないとの判断もあったとみられる。”【6月4日 朝日】といった見方もあります。
確かに、これまでキューバはOASを「アメリカの理念を地域に押しつける組織」と見なして敵視してきました。
ラウル・カストロ国家評議会議長は「OASは消え去るべき略語」、フィデル前議長も「ゴミ溜め」とこき下ろしていたとも。【ウィキペディア】

しかし、キューバ共産党機関紙グランマは今回決定をウェブサイトで速報し、「ホンジュラスやチリ、ブラジルなどは賢明で歴史的な修正と祝福している」と友好国の反応を好意的にとらえる見方を伝えています。【6月4日 毎日】
素人考えでは、キューバもこの流れに敢えて逆らわず、OAS復帰を要請する方向で時代の流れに乗ることを得策と考えるのでは・・・とも思えるのですが、どうでしょうか。
【6月4日 毎日】も、“キューバの正式復帰は同国の要請と協議を経て実現する。キューバは、OASが米国主導として復帰を拒む姿勢を示していたが、いずれ復帰を決断するとみられる。”という見方を示しています。

【望まれる敵対関係解消】
かつて“キューバ危機”を引き起こしたような敵対関係が解消されるのであれば、どういう形にせよ、まずは喜ばしいことではないかと単純に考えています。
次はイランと北朝鮮ですが、イランはともかく、北朝鮮は難しそうです。

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天安門事件から二十年、香港の民主主義の今後は?

2009-06-03 21:10:11 | 国際情勢

(5月31日 香港で行われた天安門事件の再評価を求めるデモ
from Demonstration to Commemorate the 20th Anniversary of June 4th / Hong Kong Digital Vision
Stock Photo ID : hkdigit-20090531-152447
Filed Under : Hong Kong Events
http://www.hkdigit.net/2009/06/demonstration-20th-anniversary-june-4th/

【「事前に運動につながる芽を摘み取る」】
1989年6月4日に、同年4月の胡耀邦の死をきっかけに北京市の天安門広場に民主化を求めて集結していた学生を中心とした一般市民のデモ隊を、人民解放軍が武力弾圧し、多数の死傷者が出た天安門事件から二十年が経過しようとしています。
死傷者については、中国共産党の発表では「死者は319人」となっていますが、数百人から数万人に及ぶなど、複数の説があり定かではありません。

中国国内では、この事件は一種のタブーであり、20周年を前に強い締め付けが行われています。
****天安門事件 あす20年 中国、言論制限強める*****
中国で民主化運動が武力鎮圧された1989年の天安門事件から4日で20年となる。中国当局は当時の関係者や民主活動家に対し、事実上の軟禁措置を取るなどその言動を厳しく制限、大学でも思想統制を強めるなど抗議活動を完全に封じ込める構えだ。(中略)
また、当局は北京の主要大学を対象に「学生に天安門事件への関心をもたせるな」と思想統制を強化。大学関係者によると、反政府的な考えをもつ学生を見つけ出す役割を担う組織もつくられたという。これらは20年前の天安門事件を教訓に、学生の動きと思想を把握し、「事前に運動につながる芽を摘み取る」(当局者)方策だ。【6月3日 産経】
********************

当然、学校教育でもこの事件や事件に関連する胡耀邦や趙紫陽については触れられていませんので、事件についてよく知らない世代が育っているようです。
“民主化”にかわって、そうした世代に強い影響を与えているのが、“愛国主義”だとも言われています。

【香港では関心たかまる】
事件は中国への返還が予定されていた香港にも大きな衝撃を与え、当時百万人の抗議デモが街を埋め尽くす光景をTVで観たような記憶があります。
その香港では、事件を「動乱」と位置づける中国政府に再評価を求めるデモが毎年行われていますが、香港でも事件は“風化”しつつあるようで、ここのところ参加者は減少していました。
ただ、今年は久々に規模が拡大し、91年のピーク時に迫る参加者がありました。

****香港:中国政府に再評価求めてデモ 天安門事件20年*****
香港の民主派団体は31日、民主化を求める学生らを中国軍が鎮圧した89年の天安門事件から6月4日で20年を迎えるのを前に、事件を「動乱」と位置づける中国政府に再評価を求めるデモを行った。事件が風化しつつある中、昨年の参加者は約1000人にとどまったが、今年は約8000人(主催者発表)と盛り返した。

香港メディアによると、デモは「天安門事件を忘れない。民主のバトンをつなごう」をテーマに行われた。「香港民主主義の父」と呼ばれる李柱銘(マーチン・リー)氏も参加。昨夏に自らの暗殺計画が発覚したことを指して「わが身が危険にさらされても心配はいらない。大勢の人がデモに参加すれば、事件の再評価は可能だ」と香港の民主運動に期待を示した。
デモ参加者は91年の約1万人から減少傾向にある。今年は事件から20年の節目でもあり、関心は若干高まっている。香港大学が毎年実施する調査で、「事件の再評価を支持」が昨年の49.1%から61.2%に上がった。
一方、香港の曽蔭権行政長官は事件について「鎮圧したからこそ経済発展した。私の意見は香港人全体を代表している」と中国政府の対応を正当化し、市民の反発を買った。
香港立法会(議会)では11年連続で事件の再評価を求める動議を否決。中国との経済関係が進むにつれ、中国政府を擁護する意見も目立ち始めている。【5月31日 毎日】
*******************

香港でも締め付けがない訳ではなく、香港入りを拒否された活動家もいます。
5月の議会では、曽蔭権行政長官が「(事件は)もう何年も前のことだ。中国の発展は香港に繁栄をもたらした」と発言しています。
これに民主派議員が「経済が発展すれば市民が殺されても構わないのか」と一斉に反発し、曽長官が謝罪するようなこともありました。【6月1日 朝日】

締め付けがない訳ではありませんが、個人的な印象としては、中国も一国ニ制度の枠組みを今のところ辛抱強く守っているのかな・・・とも感じます。
先日香港で発売された趙紫陽元共産党総書記(故人)の回顧録が飛ぶように売れているとも聞きます。
TVのインタビューで、「たくさん買って、中国本土に持っていくんだ」と言っていた男性もいましたが、そんなことをして大丈夫なのでしょうか?

中国系メディアとしては始めて、香港中国通信社がこの回顧録について論評しています。
中国本土では天安門事件で失脚した趙氏の功罪を論じること自体がタブーになっているため、香港の中国系メディアを通じて見解を示したとみられています。
“論評は、89年の「政治的風波」の後も中国は改革・開放を続け、「政治体制改革の面でも相当の進展があった」と主張。世界金融危機で国家体制の「米国モデル」は声望が傷ついたが、「中国モデル」はほかの途上国を引き付け、西側でも羨望(せんぼう)の的になっていると強調した。”【5月27日 時事】 

【2047年に向けて】
しかし、天安門事件の再評価を求めるデモ行われ、趙紫陽元共産党総書記の回顧録が広く売られる、こうした政治的自由がいつまで続くのだろうか?・・・という不安も感じます。
一応、一国二制度によって、香港は2047年まで資本主義のシステムをとり続けることとなっています。

もちろん、中国本土のコントロールはあって、香港では行政長官選挙の投票権が各種業界や団体の代表800人で作る選挙委員会に限られ、立法会は定数60のうち半数が各種業界や団体の代表枠となっています。
こうした間接選挙制度によって、中国との経済関係が強まるなかで親中派が増え、中国本土の意向がより強く反映される傾向にあるようです。
SARDSで香港経済が大きなダメージを受けた際に、中国が香港経済を支えたことで、その影響力が増大したとも言われています。

香港の憲法に当たる基本法は、全面的な直接選挙の実施を明記していますが、時期に定めはありません。
曽蔭権行政長官は07年12月の全人代に「長官選では17年までに実施するのが民意」などとする報告を提出し、これが承認されています。
立法会(議会)選挙の改革についても、「日程表」の必要性に初めて言及しています。

12年の直接選挙実施を求める民主派はこれを評価していませんが、17年には行政長官の直接選挙が行われることになれば、それなりの進展かと思われます。
しかし、一方で47年には一国二制度の期限が切れる訳で、どのように着地するのでしょうか?

香港は中国にとって、企業の株式上場や資金調達、諸外国との貿易、投資の中継地として重要である。そのため香港の民主主義を大枠認めることで外国の香港に対する信頼を維持している・・・とも言われていますが、この関係も中国本土の驚異的な経済成長によって事情が変わってくるかも。
上海が香港に取って代わることになったとき、香港の民主主義が今と同じように守られるのでしょうか?
47年までには中国本土の政治的民主化が今より進んでいて、香港がその民主化モデルになる・・・なんてことがあるのでしょうか?

4月には、香港の映画スター、ジャッキー・チェンが「自由過ぎると今の香港や台湾のように、とても乱れる」「やはり中国人は管理されるべきだと思うようになった」などと発言して、物議を醸しています。

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ソマリア  海賊退治で拡大する海外での軍事展開  攻勢を強めるイスラム過激派との首都攻防戦

2009-06-02 22:15:43 | 国際情勢

(待遇改善を訴えるケニアの難民キャンプに暮らすソマリア難民
“flickr”より By Grace Blue
http://www.flickr.com/photos/graceblue/3354472668/)
最近の首都モガディシオでの戦闘激化により、新たに6万人とも言われる難民が発生しています。)

【「海賊対処法」が衆院で可決】
ソマリアの海賊問題は由々しい問題ではありますが、一方で、海外への艦船の派遣等を望んでいた国々にとっては、またとない好機ともなっているように見えます。
紛争地への派遣となると、国際的にも国内的にもいろんな問題がありますし、危険も伴います。
その点、海賊退治ということであれば、大義名分がたって、国際的・国内的摩擦は少なく、しかも比較的安全です。

すでに昨年の段階で、08年12月23日ブログ「ソマリア海賊退治 EU・日・中・米各国の思惑」でも取り上げたように、EUは始めての海上作戦として艦船・航空機を派遣しています。
また、中国も、中国海軍として初の遠洋での警備活動を実施し、そのインド洋における存在感を高めようとしています。同時に、台湾の商船を警護して外交的アピールも行っています。

日本も中国や他国に遅れてはならじと、3月には、自衛隊法に基づく海上警備行動による自衛隊の海外派遣としては初めてとなる、2隻の護衛艦を派遣しています。
更に、5月31日には、自衛隊法の海上警備行動に基づき船舶の警護に当たる海上自衛隊のP3C哨戒機2機が、航空部隊の隊員36人を乗せジブチに到着しました。
P3Cが実際の任務で海外に派遣されるのは初めてとなります。

4月23日には「海賊対処法」が衆院で可決されました。
安倍晋三元首相は5月25日、福岡市で講演し、衆院解散・総選挙の時期に関し「海賊対処法案は画期的だ。3分の2(の多数)を持っている状況で成立させなければならない」と述べ、同法案を成立させた後に行うべきだとの考えを示したそうで、おそらく今国会で成立するのでしょう。

これまでの海上警備行動の護衛の対象は、日本船籍の船、日本企業の運航する外国船、日本人が乗船している船に限られ、外国船を護衛することはできませんでした。また、武器の使用は、警告射撃、正当防衛、緊急避難、武器防護のために限られています。
海賊対処案は、護衛の対象を拡大し、日本関係の船舶だけでなく他国船舶も保護対象とし、また、武器の使用を拡大し、海賊船が民間船舶に著しく接近し、停船命令に従わない場合に、他に手段がなければ、船舶停止のための船体射撃もできるとされています。

【ドイツの改憲論議】
ドイツでも憲法改正が問題となっています。
ドイツは、海賊に拘束されたドイツ船員らを救うために警察特殊部隊をひそかに派遣しましたが、危険を避け現場突入を断念。
これをきっかけにメルケル独首相らは、より精鋭で大規模な軍特殊部隊を議会決議なしで派遣できる基本法(憲法)改正を呼びかけ、連立政権内部に反論が出ています。

****ソマリア海賊:独が警察特殊部隊突入断念 「軍が救出を」改憲論浮上****
ドイツは、海賊事件が頻発するアデン湾やソマリア沖の航路海運に最も依存する輸出大国だ。海賊対策では米国が求める軍派遣に慎重だったが、メルケル首相の決断で連邦議会承認を経て昨年12月から欧州連合(EU)初の海賊対策海上軍事作戦「アタランタ」に海軍艦船3隻を派遣した。(中略)

基本法改正論議は(警察特殊部隊による)救出作戦断念を契機に浮上した。作戦責任者だったショイブレ内相は5月10日付の大衆紙ビルトで「軍がより強力に展開できる基本法改正が必要だ」と主張。メルケル首相もテレビインタビューで「軍の突入部隊と警察のGSG9は非常によく似ている。それぞれの任務を基本法改正により明確にしたい」と語り、軍特殊部隊活用の意向を示した。
政府首脳の問題提起には、救出作戦で独海軍艦船を出動できなかった反省がにじむ。軍の活動は連邦議会決議で限定され、EUのアタランタ作戦とは別個の単独作戦実施は難しい。

一方、海運業界は奇襲作戦による人質解放に渋い顔だ。ドイツ海運協会のネル事務局長は「船の内部は非常に入り組み、突入は難しく、関係者が殺される恐れが飛躍的に高まる。特殊部隊なら解放できるという考えは神話だ」と批判した。海運業界は、身代金交渉を何カ月も続ける「平和的解決」に苦心してきた。身代金目的の海賊犯人を、人命を顧みないテロリストと同一視していない。
むしろ海運業界は「海賊乗っ取り予防策」として海軍の現地増派を政府に要求している。米・EU各国の軍艦船派遣は成果を上げ、多国籍軍が集中的に監視する「船団航路」ではアタランタ作戦が始まって以来、一件も乗っ取り被害は起きていない。ドイツ海軍高官も「実際に襲撃され、拉致事件が起きるのは船団を離れた船だ」と指摘した。【6月1日 毎日】
****************
改憲については、連立与党の社会民主党にも反対論が根強く、9月の連邦議会選挙を見越して、メルケル首相は改憲論議をひとまず棚上げにする構えとも報じられています。

ソマリア海賊は、軍の海外でのより本格的・自由な活動を希望している向きには、格好の機会を提供しているようで、そうした方面から感謝状のひとつも貰ってよさそうです。

【激化する首都攻防戦】
ところで、常に言われているように、海賊問題を解決するには、実質的無政府状態が続くソマリア国内の安定が不可欠ですが、そちらの方はイスラム過激派の攻勢で混迷を深めています。

****「アルカイダ支配」確立の恐れ=原理主義強硬派が攻勢-ソマリア
アフリカ東部ソマリアの首都モガディシオで、イスラム原理主義武装勢力がアハメド大統領の暫定政府打倒を目指して攻勢を強めている。暫定政府が倒れれば、国際テロ組織アルカイダの影響下にある支配体制がモガディシオに確立される恐れがあり、同大統領は「イラクやアフガニスタンに続くテロの聖地になってしまう」と国際社会に訴えている。
戦闘は5月に入って激化した。市民を巻き込む市街戦が展開され、1カ月間で200人が死亡、6万人が市外に避難し耐乏生活を送っているとされるが、正確な数字は不明だ。
武装勢力は「シャバブ」と「ヒズブル・イスラム」の2組織が中心で、双方とも源流は2006年に半年だけソマリア統一を果たした「イスラム法廷連合」に行き着く。
06年12月に米国を後ろ盾としたエチオピア軍が法廷連合政権を倒すと、法廷連合の青年団だったシャバブは反エチオピアで結束。アルカイダから顧問を受け入れ組織を強化したとされ、今年に入って500人近いイスラム戦闘員が海外から流入、イラク式の路肩爆弾や自爆攻撃を駆使してモガディシオ陥落を目指している。【6月1日 時事】
**************

暫定政府は首都モガディシオの一部にしかその支配が及んでいない状況でしたが、その首都からも追われることになるかも。
アハメド大統領はかつての法廷連合穏健派のメンバーで、そうした人的な繋がりから過激派にも太いパイプがあること、また、有力氏族出身であることなどから期待されていました。
実際、1月の大統領就任以来、複数のイスラム系武装勢力が暫定政権に参加し、政府軍の一翼を担っていると言われており、4月には反政府勢力が主張するイスラム法「シャリア」の再導入を受け入れましたが、国内を掌握しきれていない状態です。

戦況については、暫定政府側の反撃を伝える情報などもあって、どうなっているのかよくわかりません。
もし、イスラム過激派が首都モガディシオを押さえて国内支配を強めれば、海賊問題は一段落するかもしれません。
かつての法廷連合政権は海賊を厳しく取り締まったそうですから。
ただ、現在の戦闘にもアルカイダとの繋がりがあると思われる欧米諸国国籍の外国人戦闘員が多数加わっているとされており、イスラム過激派のソマリア支配は、アルカイダが影響力を持つテロ支援国家という意味で、アフガニスタンのタリバン支配と同様の影響を国際政治にもたらすことになります。

しかし、アメリカの“ブラックホーク”事件、国連PKOの失敗といった経緯もあって、海賊退治とは異なり、国際社会の関与は難しい状況です。
国連安保理が承認するかたちでAUの平和維持活動も行われていますが、実際には治安悪化や各国の財政難等により、あまり機能していません。

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アメリカの防衛責務への疑念が生む日本核武装論議と“敵基地先制攻撃論”

2009-06-01 22:11:07 | 国際情勢

(北朝鮮 昨年9月9日の軍事パレード
一糸乱れぬ統制というのは、ときに滑稽でもあります。
“flickr”より By A23H
http://www.flickr.com/photos/a23h/2852427650/)

【ICBM 発射基地へ】
韓国政府筋によると、北朝鮮は大陸間弾道ミサイル(ICBM)の機材を日本海側のミサイル発射基地“舞水端里(ムスダンリ)”ではなく、中朝国境に近い西部の黄海側の“東倉里(トンチャンリ)”に運んでいるようです。
“東倉里(トンチャンリ)”は北朝鮮が数年前から建設している施設ですが、韓国政府は“まだ完成しておらず、打ち上げの際に重要な発射台の最上部もでき上がっていない状態”とみていますが、「北が強硬姿勢をとり続けているだけに動きを注視している」とも。【6月1日 朝日より】

韓国が大量破壊兵器拡散防止構想(PSI)全面参加を正式決定したことに、北朝鮮は「宣戦布告とみなす」と反発。「わが軍隊はこれ以上、休戦協定の拘束を受けない。朝鮮半島は戦争状態に戻り、わが革命武力は軍事行動に移ることになる」と、敵対行為があれば軍事攻撃も辞さないとする声明を発表し、局地的衝突も懸念される緊張状態になっています。

こうしたなかで、北朝鮮は黄海の部隊に平時の2倍以上の弾薬・砲弾を準備するように指示したとも伝えられています。

****北、2倍の弾薬準備指示=黄海の部隊に-聯合ニュース****
韓国の聯合ニュースは1日、北朝鮮軍が黄海の艦隊司令部所属の警備艇や海岸砲部隊に平時よりも2倍以上の弾薬や砲弾を準備するよう指示したとの情報が入手されたと伝えた。韓国政府筋の話として伝えた。黄海の海軍基地と海岸砲部隊の車両の動きが平時よりも増加しているという。
また、北朝鮮は黄海で今月末まで1カ所、7月末まで2カ所を航行禁止区域に指定。航行禁止は通常の軍事訓練に備えた措置とみられるが、短距離ミサイル発射や軍事的な挑発の可能性もあるとみて、韓国政府は警戒している。【6月1日 時事】
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【アメリカ 日韓防衛責務を強調】
北朝鮮が次に何をやろうとしているのかはわかりませんが、先日の核実験、そしてICBMの機材搬入、韓国近海での緊張・・・日本や韓国など周辺国のストレスも高まります。
そんな日本・韓国が現在のところ最終的に拠り所としているのはアメリカです。

ただ、ゲーツ米国防長官は、前回の長距離ミサイル発射が迫っていた3月29日、「ハワイに向かって来るようなら迎撃を検討するが、現時点でそのような計画があるとは思わない」と発言し、日本などが攻撃されても迎撃はしないのか?という声も出ていました。

フロノイ米国防次官は28日、日本からの与党訪米団のそうした疑問に対し、「そんなことは毛頭ない」と語り、日本防衛の責務を果たすと強調したそうです。

****日本標的のミサイルも迎撃=ゲーツ長官発言を修正-米国防次官****
フロノイ米国防次官は28日、山崎拓自民党前副総裁ら与党訪米団との会談で、北朝鮮の弾道ミサイルに関し、「日米同盟に関する誓約を厳守する」と述べ、日本を標的としたミサイルも米軍の迎撃対象となるとの見解を示した。米領土を標的にしたミサイル以外は迎撃しないという趣旨のゲーツ国防長官の3月時点の発言を軌道修正した形だ。【5月29日 時事】
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また、クリントン米国務長官も27日、韓国のPSI全面参加を北朝鮮が「宣戦布告」と非難したことについて「米国が韓国と日本の防衛に関する責務を負い、常にそれを果たす意思があることを強調したい。われわれは真剣に受け止めている」と語っています。

【核武装への懸念】
米国の専門家の中には、北朝鮮が核兵器を保有すれば、日本や韓国が核武装する可能性があるとする見方が少なくないようで、フロノイ米国防次官やクリントン米国務長官の日本・韓国に対して「核の傘」を含めた防衛義務の強調は、そうした懸念も背景にあってのことのようです。

“キッシンジャー元米国務長官は5月31日放映のCNNテレビで、北朝鮮の核開発停止に向けた取り組みについて「中国が何もしなければ、韓国と日本は核兵器を保有する」と警告。東アジアに核軍拡競争が起きる可能性に言及し、中国が米国と協調して北朝鮮への圧力を強める必要性を訴えた。”【6月1日 毎日】
こうした発言も、同様の流れにあるものと考えられます。

なお、キッシンジャー氏は中国については、“北朝鮮への圧力が効かなければ無力と見なされる、逆に圧力が効けば北朝鮮が政治的に混乱し難民が国境に押し掛けるだろう”と、その難しい立場を説明しています。
北朝鮮については、“実際に核兵器放棄に追い込まれれば、金正日政権そのものが崩壊する可能性がある”としたうえで、核武装を正当化させないため、アメリカは軍事攻撃しないとの確証を与えるべきだとの考えも示しています。

【“敵基地先制攻撃論”】
韓国はともかく、日本の核武装については、国内に表立ってのそうした主張は今のところはさほど強くは出ていません。
しかし、北朝鮮の暴走に苛立つ自民党のなかには、アメリカへの“本当に守ってくれるのか”という疑念もあって、“敵基地先制攻撃論”が強まっているようです。

****敵基地攻撃論 ムードに流れず冷静に*****
政府が今年末に改定する「防衛計画の大綱」に向けて自民党国防部会の小委員会が基本了承した提言に、巡航ミサイルなど「敵基地攻撃能力」の保有が盛り込まれた。北朝鮮の弾道ミサイル発射により党内で盛り上がった議論を反映したものだ。
攻撃兵器の保有は、憲法9条を根拠にした国防戦略である専守防衛のあり方にかかわるほか、近隣諸国との外交や東アジアの安全保障情勢への影響、さらにこれが危機への現実的対応であるかどうかなど検討課題は多い。冷静な対応が必要である。

政府は、相手国が日本を攻撃する意図を明示し、燃料注入などの準備を開始するなどの条件の下では、敵基地を攻撃するのは法的に可能との立場を取っている。しかし、日米安保体制を基軸に自衛隊が「盾」、米軍が「矛」を担うという役割分担によって、日本は攻撃能力を持つ兵器を保有してこなかったのが現実だ。
今回の敵基地攻撃論の背景には、米国に「矛」の役割を果たす意図がないのではないか、という日米安保体制に対する懐疑的な見方が横たわっているようだ。これに北朝鮮のミサイル発射・核実験という事態が加わって、「座して死を待たない防衛政策」(提言)という主張は、一見わかりやすいように映る。しかし、ここは慎重な検討が求められる。

一定の条件下であっても、相手国の攻撃前に敵の基地をたたくことは「防衛目的の先制攻撃」である。事実上、専守防衛原則の見直しに他ならない、との指摘がある。専守防衛は、日本が戦前の反省に基づいて平和国家の道を歩むことを対外的に明確にする役割を果たしてきた。この見直しにあたっては、特に近隣諸国との外交に及ぼす影響について精査しなければならない。
また、攻撃兵器の保有は、安全保障上の抑止力を高める目的であっても、結果的に相手国が軍備増強で対抗することで軍拡競争を生むという「安全保障のジレンマ」を引き起こす懸念がある。東アジア情勢を不安定化させる可能性を否定できない。

さらに、防衛上の有効性という現実的な問題もある。相手国の攻撃の意図と準備の見極めは簡単でない。その情報をどうやって得るのか。ほぼ日本全域を射程内に置く北朝鮮の中距離弾道ミサイル「ノドン」は、山岳地域の多数の地下施設に配備され、移動して発射される。燃料注入などを察知して先制攻撃で破壊するやり方は移動式弾道ミサイルには有効でないというのが専門家の見方である。
具体的な危機には、日米同盟の文脈の中で対処するのが筋であろう。「防衛計画の大綱」は近く行われる総選挙後の新政権が閣議決定する。地に足をつけた議論を求める。【6月1日 毎日】
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【「安全保障のジレンマ」と不測の事態のリスク】
常識が通用しない北朝鮮ですが、日本や韓国にミサイルを撃ち込んで報復を受けずに無事にすむとは思っていないでしょう。
もちろん、そうしたリスクがゼロとは言い切れません。

ただ、日本が「敵基地攻撃能力」の保有で、先制攻撃もありうる・・・という事態になれば、当然、北朝鮮側もそれを前提に、日本側を出し抜くような対応も考えるでしょう。
記事にもあるような、疑心暗鬼の軍拡競争という「安全保障のジレンマ」をもたらします。
お互いが発射ボタンに指を置きながらの緊張状態からは、不測の事態も起こり得ます。
そちらのリスクの方が、先のリスクよりははるかに大きいように思えます。

先日の長距離ミサイル発射のときの“誤報”騒ぎはまだ記憶に新しいところですが、単に“お粗末”という話ではなく、一刻を争う緊張状態ではあのような人為ミスはいつでも起こりえます。
お互いが発射ボタンに指をかけた状態での“誤報”は、誤報ではすまない事態を招きます。

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