孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

サウジ・ムハンマド皇太子 国際的孤立回避のアジア歴訪 民主化なき成長、中国との共通点と差異

2019-02-18 22:43:45 | 中東情勢

(パキスタンのイムラン・カーン首相(右)の出迎えを受けたサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子(2019年2月17日撮影)【2月18日 AFP】)

【カショギ氏殺害事件によるムハンマド皇太子への国際批判】
カショギ氏殺害事件では、サウジアラビア・ムハンマド皇太子に対し国際的に厳しい視線が向けられています。

****米下院 サウジ支援停止決議案可決 トランプ氏と対決姿勢****
米下院は13日、イエメン内戦でのサウジアラビアへの支援停止をトランプ政権に求める決議案を採決し、決議案は248対177の賛成多数で可決された。

サウジのジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏が殺害された事件でサウジのムハンマド皇太子の関与の疑いが濃いにもかかわらず、トランプ大統領はサウジへの協力姿勢を崩していない。

決議案は議会の権限を誇示し、トランプ氏と対決する姿勢を示した。
 
決議案は、議会が承認していない戦争で米軍撤収の権限を議会に与えた1973年成立の戦争権限法を根拠に、サウジ支援の停止を求めた。(後略)【2月14日 毎日】
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****カショギ氏殺害、「公表していない情報ある」 トルコ大統領****
サウジアラビア人ジャーナリストのジャマル・カショギ氏が昨年10月にトルコ・イスタンブールのサウジ総領事館内で殺害された事件で、トルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領は15日、テレビ局Aハベルのインタビューで、事件についてまだ公表していない情報があると明らかにした。(中略)

カショギ氏は米紙ワシントン・ポストにコラムを寄稿し、サウジのムハンマド・ビン・サルマン皇太子を激しく批判してきた。サルマン皇太子は事件への関与を全面否定している。

エルドアン大統領は、トルコ政府は「事件を国際的な裁きにかける決意だ」と述べ、米国に支援を呼びかけた。 【2月16日 AFP】
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【国際的孤立回避を目指す皇太子のアジア歴訪 巨額投資でパキスタンでは歓迎】
こうした厳しい情勢・国際的孤立を回避すべく、ムハンマド皇太子は現在アジア諸国を歴訪しています。

****サウジ・ムハンマド皇太子、アジア諸国を歴訪 孤立脱却狙う****
サウジアラビアの事実上の最高実力者、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子(33)が17日からパキスタンなどアジア諸国への歴訪を開始した。

昨年10月に起きたサウジ人記者ジャマル・カショギ氏殺害事件で皇太子自身の関与が疑われ、欧米諸国からサウジ王室への非難も高まる中、アジア諸国の支持を取り付けることで「孤立脱却」を図る狙いがあるとみられる。
 
皇太子は17日にパキスタンを訪れた。18日以降はインド、中国を訪問。産油国の潤沢な資金力を背景に、各国にインフラ整備やエネルギー開発分野での経済協力を打ち出す。

欧米企業がサウジへの投資に慎重な動きを見せる中、アジアの大国との良好な関係をアピールできるメリットがある。

当初予定していたインドネシア、マレーシア訪問は延期されたと伝えられているが、理由は不明。(後略)【2月18日 毎日】
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最初の訪問国パキスタンはもともとサウジアラビアと非常に関係が強く、パキスタンの核開発はサウジ側の資金提供で行われ、将来的にはサウジへの核兵器譲渡が密約されている・・・とも言われている国ですが、ムハンマド皇太子の今回訪問も大いに歓迎されたようです。やはり“カネの力”がものをいうようにも・・・。

****サウジ皇太子がアジア歴訪開始 パキスタンで2.2兆円の投資合意****
サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子は17日、アジア歴訪の最初の訪問国パキスタンに到着し、首都イスラマバードでイムラン・カーン首相と会談した。

訪問に合わせ、サウジからパキスタンへの総額で最大200億ドル(約2兆2000億円)相当の投資案件が署名された。

今回の歴訪では、サウジ人ジャーナリストの殺害事件で招いた国際的孤立からの脱却を目指している。
 
ムハンマド皇太子はイスラマバード近郊の軍用空港でカーン首相らの温かい出迎えを受けた。国際収支が危機的な状態にあるパキスタンにとって、サウジ側と締結した合意文書と覚書計7件は歓迎すべき救済となる。
 
一方、ムハンマド皇太子は、昨年10月にトルコ・イスタンブールのサウジ総領事館内でサウジ人ジャーナリストのジャマル・カショギ氏が殺害された事件をめぐって国際的に厳しい圧力にさらされている。
 
皇太子は18日までパキスタンに滞在。続いてインドに移動し、ナレンドラ・モディ首相らと会談する予定。その後、21、22両日に中国を訪れる。 【2月18日 AFP】
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“首都イスラマバードで17日、「私たちは兄弟だ。苦楽をともにしてきた」と述べた皇太子に対し、パキスタンのカーン首相は「困っている時、サウジは常に助けてくれる友だ」と謝意を述べた。”【上記 毎日】とも。

【インドとは、テロ対策と安全保障でパートナーシップを強化】
今日18日の訪問予定になっているインドでの反応に関する報道はまだ目にしていませんが、サウジアラビアの資金力に期待するのは、パキスタンとカシミールで避難の応酬をしているインドも同様です。

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報道によると、皇太子が表明したパキスタンへの巨額投資案件の中には、パキスタン南部の港湾都市グワダルでの石油化学施設開発などが含まれる。グワダル港には中国も巨額援助をしており、インドが「中国とパキスタンが港を軍事拠点化するのでは」と警戒する地域だ。
 
ただ、インドのモディ首相は、記者殺害事件後にアルゼンチンで開かれた主要20カ国・地域(G20)首脳会議で各国がサウジと距離を取る中、皇太子と会談している。中東の大国であるサウジと友好関係を維持したい思惑は、対立するパキスタンと同じとみられる。【上記 毎日】
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カシミールでのイスラム過激派(インドは背後にパキスタンがいると主張)に悩むインドにとっては、テロ対策でもサウジアラビアと共通利害があるとか。

****テロ対策と安全保障でサウジと急接近するインド****
ウジアラビアのムハンマド皇太子は近々、インドを訪問する。それを機に両国の安全保障および戦略的なパートナーシップは新たな段階に入るだろう。
 
インドにとって以前からサウジアラビアは重要な貿易相手国だ。インドは子不ルギー需要の20%をサウジアラビアからの原油輸入に依存している。安全保障面での協力強化で、両国の結び付きは一層深まることになる。
 
イスラム教過激派の脅威、じわじわと進むアメリカの影響力低下、そして中国の台頭を背景に、インドはペルシヤ湾岸諸国と新たな関係を築こうとしてきた。

モディ首相は合同軍事演習、情報の共有、テロ対策、マネーロンダリング(資金洗浄)対策など多岐にわたる安全保障上の課題でサウジアラビアとの協力強化に努めてきた。(中略)
 
「特別な友好国」扱いに
両国の間でテロ対策が重要課題として浮上したのは近年の現象だ。ペルシヤ湾岸諸国は以前、「インド学生イスラム運動」や「インディアンームジヤヒディン」など、多くのインドのテロ組織にとっての安全な避難先だった。

湾岸諸国には移民が多く住み、南アジアのイスラム教徒は出稼ぎや商用で日常的にサウジアラビアを訪れるため、テロ組織のメンバーは捜査当局の目を逃れやすい。彼らはそれを利用してテロ資金を調達している。
 
サウジ当局もそうした動きに気付き取り締まりを強化。テロ容疑者の逮捕では、既に両国の協力体制が奏功している。(中略)
 
両国関係では昨年にも大きな進展があった。サウジ政府は、イスラエルのテルアビブに向かうエアーインディアの直行使が自国の領空を通過することを認めたのだ。

サウジアラビアはイスラエルとは国交を結んでいないため、これは特例的な措置であり、インドを特別な友好国と見なしたことになる。
 
サウジアラビアがイスラム原理主義を広めようとしたことがテロ組織の台頭につながったと言われているが、ムハンマド皇太子はこれに反発。サウジアラビアは冷戦時代に西側の要請で自由主義ブロックを守るため、中東での影響力拡大に努めてきただけだと反論している。
 
従来は原油貿易で結ばれていたインドとサウジアラビアだが、この10年でテロ対策と安全保障を軸にした関係に大きく変容した。今後、テロリストのネットワーク粉砕を目的とする協力関係はますます深まるだろう。【2月19日号 Newsweek日本語版】
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【“強引”な手法で改革を進める皇太子 背景には急速に進むエネルギー革命への危機感】
ムハンマド皇太子がカショギ氏殺害事件を含む強引な手法で国内の経済・社会「改革」を推進しているのは周知のところですが、その“強引さ”はムハンマド皇太子の資質の問題の他に、来るべき大きな変化に対する強い危機感もあってのことと推察されます。

****再生可能エネルギーが世界秩序を変える****
新エネルギーの静かな革命が進むなか産油国に代わって中国がエネルギー大国に?

(中略)この新たに生まれるエネルギー地政学の地図は、過去100年間に支配的だったものとは根本的に違って見えるだろう。
 
19世紀は石炭が工業化を進める力となり、20世紀には石油が国の同盟関係の構築を後押しした。そして再生可能エネルギーの静かな革命が、21世紀の政治を一変させるだろう。
 
あまり言われていないが、再生可能エネルギーは予想以上のスピードで世界のエネルギーシステムを変容させている。
 
近年、技術の進歩とコストの低下により、再生可能エネルギーは競争力のある電源となってきた。価格動向からすれば20年までに、太陽光と風力の平均発電コストは、化石燃料価格の下限と同じくらいになりそうだ。
 
この静かな革命には、もう1つ重要な要素がある。気候変動に対抗することが不可欠だという合意だ。これが投資家や国際世論を動かし、野心的な再生可能子不ルギーの導大目標につながった。
 
現在のところ世界の人口の約80%が、エネルギーの輸入が輸出を上回る「純輸入国」に住んでいる。だが将来的には、エネルギー生産は分散されていくだろう。

水力やバイオエネルギー、太陽光、地熱、風力などの再生可能エネルギーはほとんどの国で、何らかの形で生産可能だ。

化石燃料は産地が偏在しているが、再生可能エネルギーなら世界中でずっと均等にアクセスできる。

力を失うエネルギー外交
再生可能エネルギー経済において、大半の国はエネルギー自給のレベルを高めることができる。エネルギーの安全保障はより強化され、自国の戦略的優先事項を決定するときの自由度が大きくなる。(中略)

立ち回りのうまい国々は、自国向けの将来のエネルギー供給を確保するだけでなく、エネルギー経済の新たなリーダーになる好機をつかんでいる。

再生可能エネルギーの超大国となるべく、先頭に立っているのが中国だ。太陽電池パネル、風力タービン、電気自動車の生産や輸出、導入では世界トップであり、17年には世界の再生可能エネルギー投資の45%以上を占めた。(中略)

もちろん、エネルギー生産の変化だけで国際関係がひっくり返ることはない。ただし、「エネルギー外交」がこれまでのような力を持つことはなくなる。

近い将来、石油やガスといった化石燃料の輸出国が新エネルギー時代に向けて経済を再構築しない限り、その世界的な影響力は低下していくだろう。(後略)【2月19日号 Newsweek日本語版】
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インドの次の訪問国は中国ということで、新旧エネルギー大国の戦略をそれぞれの胸の内に秘めながらの会談ともなります。

【皇太子の改革は、あくまでも現行王制の秩序維持が大前提 中国との共通点と異なる点】
経済・社会「改革」を進めるムハンマド皇太子ですが、あくまでも現在の絶対的な王制という政治秩序は維持しながら・・・という条件が付いており、秩序を脅かす民主化・人権の要求は厳しく弾圧されています。

****サウジ政府、女性の位置追跡できる携帯アプリ批判に反論****
サウジアラビア政府は16日、同国の携帯用アプリ「Absher」について、男性ユーザーが女性親族らの位置を追跡できる機能があるとの人権団体などからの批判に対する反論声明を発表した。
 
Absherは、サウジ政府が国民向けに提供するスマートフォン用無料アプリ。米グーグルのモバイルOS「アンドロイド」と米アップルの「iOS」に対応しており、旅券や査証(ビザ)の更新など電子化された政府サービスを容易に利用できる。
 
だが、男性が女性や少女の現在地を追跡できるのは人権侵害に当たると、人権団体などが批判。米上院のロン・ワイデン議員は、Absherは「女性の権利を侵害する慣行を促進するものだ」とツイッターで批判し、アップルとグーグルに提供アプリからAbsherを外すよう求めた。
 
こうした批判に対し、サウジアラビア内務省は16日の声明で、Absherの目的は「女性や高齢者、特別な介助を必要とする人たちを含め、サウジ社会を構成する全ての人々」にサービスを提供することだと主張。

批判はAbsherの問題化を意図した「組織活動」だと断じ、Absherを「政治問題化する企て」を拒否すると言明した。
 
一方、アップルのティム・クック最高経営責任者は先週、米公共ラジオとのインタビューでAbsherについて尋ねられ、そういうアプリは聞いたことがないと答えた上で、実態を調べると語った。
 
サウジの女性は法律によって、旅券を更新する場合や出国する際には、夫か男性近親者の同意を得なければならない。

■国際社会の厳しい目が向くサウジ

サウジアラビアに関しては、昨年に起きたジャーナリストのジャマル・カショギ氏殺害事件以来、国内の人権状況をめぐって国際社会から厳しい目が向けられている。
 
2017年に即位したムハンマド・ビン・サルマン皇太子は短期間で実権を握り、社会や経済面での改革促進を確約して国際的な注目を集めた。

だが、サウジでは依然として人権活動家や女性権利活動家らが多数、身柄を拘束されており、彼らの所在や法的立場に関する情報はほとんど公表されていない。 【2月17日 AFP】
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サウジアラビア同様に民主主義・人権に対する“欧米的”配慮のないままに、急激な成長を達成した中国の事例は、サウジアラビアにとっては大いに参考になるのかも。

中国が民主主義・人権を弾圧しながら守るのは「共産党一党支配体制」であり、サウジアラビアは「絶対王政」です。

ただ、このような「中国モデル」が顕著な経済的成果を達成できた背景には、生存すら脅かされるような厳しい貧困から何としても脱却したいと願う13億人民の「ハングリー精神」がありましたが、石油の恩恵にどっぷり浸り、勤労意欲も喪失しているサウジアラビア国民に、同じ成果を期待するのは無理があるように思えます。

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インド  準高速列車衝突事故と密造酒事故に垣間見えるヒンズー至上主義と貧困の問題

2019-02-17 21:50:57 | 南アジア(インド)

(インドの首都ニューデリーの駅で、同国初の準高速列車「バンデバラト・エクスプレス」の開業記念式典に出席したナレンドラ・モディ首相(左から2人目、2019年2月15日撮影)【2月17日 AFP】)

【国産の準高速列車の運行開始直後に牛と衝突 その背景にはヒンズー至上主義も】
インドは日本の新幹線技術を導入した高速鉄道建設の計画がありますが、個人的には老朽化により事故が多発する在来線の安全性向上、効率化の方が急務のように思われます。

インドの鉄道に対しては、日本政府が安全性の向上を支援していますが、昨年も通勤列車が線路上の人々に突っ込んで60人が死亡するなど、鉄道事故が多発しています。

最近の事故では、下記のようなものも。

****インドで列車脱線、6人死亡 「原因は線路の破損」報道****
インド東部ビハール州で3日未明、列車の脱線事故が起き、鉄道省によると、乗客6人が死亡、複数の負傷者が出た。

ロイター通信によると、現場は州都パトナの近郊で、11両編成の急行列車が脱線した。AP通信によると、事故原因は調査中だが、線路の破損が原因だったとする現地報道もあるという。
 
現場には数百人の地元住民が駆けつけ、救助隊員らの作業を手伝うなどしたという。
 
同国では、2016年に北部ウッタルプラデシュ州で起きた脱線事故で127人が死亡するなど、整備不良などが原因で鉄道事故が頻発しているという。【2月4日 朝日】
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こうした状況のなかで、モディ首相の肝いりで、在来線を利用して時速160キロで走る国産の準高速列車の運行が始まっています。

****インドで初の国産高速鉄道 時速160キロで運行****
経済成長が進むインドで初めてとなる、在来線を利用して時速160キロで走る国産の準高速列車の運行が始まり、インド政府は今後、日本の新幹線技術を導入する高速鉄道計画に加え、在来線の高速化も進めていく方針です。

運行が始まったのは、首都ニューデリーとヒンドゥー教の聖地で国内外から多くの観光客が訪れる北部のバラナシの約750キロの区間です。

列車は、車両やモーターなどほぼすべてが国産で、インドでこれまでで最速となる時速160キロで走り、運行区間を従来に比べて5時間ほど短い、8時間で結びます。

15日はモディ首相が出席して記念式典が行われ、「この列車は、発展したインドの象徴だ。さらなる進歩に向けて全力で取り組んでいく」と述べて、技術の進展に自信を示しました。

インドでは、急速な経済成長に伴って、人の移動や物流にかかる時間を短縮させる需要が高まっていて、インド政府は、国を挙げて鉄道の高速化を進めています。

インド西部では、日本の新幹線技術を導入した高速鉄道を建設する計画で、これに加え、より多くの人が利用する在来線についても主要都市を発着する複数の路線で高速化を進めていく方針です。【2月15日 NHK】
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以前インドを旅行した際には、ニューデリーとバナラシ間は16時間ということで寝台夜行を利用しました。
8時間というのは、座って行くにはちょっと長すぎる中途半端な感もありますが、改善ではあるでしょう。安全に運行されるなら。

しかし、この“安全”が極めて怪しく、開業直後に早くも事故を起こしたようです。
しかも、インドらしく“牛と衝突”とのこと。

****インド初の準高速鉄道、開業直後に牛と衝突 立ち往生****
運行が始まったばかりのインド初の準高速鉄道で16日、列車が線路内に立ち入った牛と衝突し、立ち往生した。
 
インド最速をうたう準高速列車バンデバラト・エクスプレスは、ナレンドラ・モディ政権の重要政策「メーク・イン・インディア」の一環として建造された。15日にはモディ首相が出席して開業記念式典が行われ、ニューデリー発バラナシ行きの一番列車が走ったばかりだった。
 
インド鉄道によると、翌16日に同列車がニューデリーに戻る途中、牛と衝突。4両への電力供給が止まった上にブレーキ装置が故障し、立ち往生した。しかし、「無事に」ニューデリーに到着し、17日の営業運転開始には間に合った。
 
インドで道路や線路に牛が立ち入るのはよくあることで、今回事故が起きた北部ウッタルプラデシュ州で特に多い。

モディ首相の就任後、右派与党・人民党は、ヒンズー教徒が神聖視する牛の食肉処理目的の売買を禁止。これを受けてウッタルプラデシュ州では野良牛が急増し、危機的状況に陥っている。
 
1日2300万人が鉄道を利用するインドは、英植民地時代に建設された鉄道網が老朽化しており、その改善に懸命に取り組んでいる。(後略)【2月17日 AFP】
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開業直後云々という点では、イギリスで営業運転が始まった日立製作所の都市間高速鉄道車両で、技術的な問題により最大数十分の遅れが出たり、水漏れが発生したりするトラブルが起きるというトラブルもありましたので
日本も上から目線の話はできませんが、問題は“牛”です。

記事にもあるように、モディ政権下で牛を神聖視するヒンズー至上主義の台頭し、結果、野良牛が増えて事故を誘発するということで、この準高速鉄道のトラブルは単なる鉄道事故以上の問題をはらんでいます。

なお、インドの街中には野良牛がたくさんいますが、以前ガイド氏に聞いた話では、病気になった牛の面倒を見るのが嫌がる持ち主が放置した結果だ・・・とのことでした。インドの牛に対する思いも、いささか怪しいところがあります。

日本が受注した高速鉄道の方は、工事のための道路などが未整備なこと、土地収用が進まないことなど、難航が予想されています。

受注競争に敗れた中国のメディアがさかんにそうしたことを“心配”してくれていますが、日本メディアも下記のように取り上げていますので、難航は間違いないでしょう。

****インド「夢の乗り物」開業は前途多難 高速鉄道計画 沿線未整備、反対運動も****
インド政府は英領からの独立75周年となる2022年開業を目指し、日本の新幹線技術を使った高速鉄道計画を進めている。

年内にも本格着工を目指すが、沿線約500キロを視察すると、本体工事以前に道路などのインフラ整備から必要な現状が垣間見えた。「夢の乗り物」が大地を走り抜けるまでの前途は多難だ。

 ◆現実とギャップ
(中略)しかし、駅予定地まで結ぶ道は乗用車がすれ違うのがやっとで、本格工事の前に大型車が通れるように拡幅が必要だ。人々の夢と現実の落差を考えずにはいられなかった。
 
(中略)公社は、発電施設や工場が集積する地域を通るため商用客の利用を見込むが、住民の反対運動もあり、計画通りに進むか危ぶまれている。

 ◆野党の関与示唆
マハラシュトラ州パルガル地区の農業、ニルマル・パティルさんは「土地があれば孫の代にも収入が続く」と土地収用に反対する。周辺は水牛が水田を耕すような地域で、開発の手が及んでいない。医療過疎地でもあり、公社は診療所の建設など、恩恵を目に見える形で示して説得を続ける。
 
鉄道はモディ首相の地元グジャラート州を通る計画で、公社関係者は反対運動への野党の関与を示唆する。来年の下院選を控え、インド人記者は「結果次第で開業時期がどうなるか分からなくなる」と声を潜めた。【2018年12月25日 SankeiBiz】
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【密造酒事故頻発の背景には貧困問題】
最近のインドの社会面ニュースをもうひとつ。

****密造酒で104人死亡、当局が200人超を拘束 インド***
インド北部のウッタルプラデシュ州とウッタラカンド州の複数の農村で、密造酒を飲んだ住民が体調不良で病院に運ばれ、両州では7日以降、104人が死亡した。地元メディアが報じた。現在も病院で治療を受けている人がおり、犠牲者は増えるおそれがある。
 
地元メディアによると、警察当局は密造酒販売などの容疑で200人以上を拘束し、流通経路などを調べている。インドでは市販の酒を買うことのできない貧困層の人々が、安い密造酒を飲んで死亡する事故が度々起きているが、今回は被害者の人数が多いという。
 
ウッタルプラデシュ州政府は9日、遺族に見舞金を出すことを明らかにした。【2月10日 朝日】
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密造酒事故も、鉄道事故同様に頻発していますが、こちらの問題は“市販の酒を買うことのできない貧困層の人々が、安い密造酒を飲んで死亡する事故が度々起きている”というように“貧困”です。

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チベット  強まる中国政府の管理・統制 開けぬ展望

2019-02-16 22:33:41 | 中国

(2018年3月10日、中国チベット自治区で2008年に起きた大規模暴動の契機となったデモから10年。チベット亡命政府があるチベット難民の最大拠点インド北部ダラムサラで、難民ら数千人がチベットの旗を振り、故郷の自由を訴えた。【2018年3月10日 産経フォト】)

【明るい展望が持てないチベット社会】
昨日のブログでは中国・新疆ウイグル自治区のウイグル族等イスラム教徒を対象にした「再教育施設」をとりあげましたが、民族弾圧ということでは、チベットでも事情は同じです。

****チベットに再教育施設 衛星写真で3つ発見=インド専門家****
インドのメディア、プリント(The Print)2月12日付によると、衛星写真分析の専門家ヴィナヤク・バット(Vinayak Bhat)氏が、チベット自治区で3つの「再教育施設」を発見したという。

20年間衛星写真を解析する経歴をもつ同氏によると、3つのうちの1つは甘孜自治州にあり、人目を避けるために都市部から遠く離れた僻地に建設されている。当局にとって「監視活動をしやすい造り」になっているという。

現在、チベットでは寺院の改修が行われており、「漢民族の建物」のように作り直されているという。これらの寺院は再教育施設として利用されると同紙は指摘した。【2月15日 大紀元時報】
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上記の「再教育施設」の真偽はわかりませんが、中国政府による厳しい管理・統制が行われているのは事実でしょう。

****中国国歌の暗唱強要、罰金も…チベット自治区で****
米政府が出資する放送局「ラジオ自由アジア」(RFA)は14日、中国・チベット自治区の住民たちが中国国歌の暗唱を強要されていると伝えた。7月1日に迎える共産党創設の記念日を前に、覚えられない場合は罰金を科す措置が取られているという。

RFAによると、この措置は5月から自治区全域で始まった。国歌を覚えるほか、共産党をたたえる歌を歌う活動への参加も義務づけられている。

自治区の農村などでは、現地のチベット語で生活する人々が多く、中国の標準語である「普通話」や歌詞を理解できない人もいる。しかし暗唱できなかったり、活動に参加しなかったりした場合は100〜500元(約1700〜8500円)の罰金が徴収されるという。【2018年6月16日 読売】
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最近は、チベットでの出来事に関するニュースはあまり目にしませんが、別に事態が好転しているという話でもないでしょう。痛ましい焼身自殺の報道を目にしないのはいいことですが。

チベットが抱える最大の問題は、ダライ・ラマ14世の後継者選定問題ですが、それについてはこれまでも再三取り上げてきましたので、今回はパスしますが、あまり先行きには明るい展望はないように見えます。

インドに置かれている亡命政府・難民社会も“ジリ貧”のようにも。それだけ、中国政府の力が強まっているということでもあります。

****印のチベット難民社会で失われる活気 国境警備厳格化、中国の圧力じわり****
中国から隣国インドに逃れるチベット難民が急減している。

2008年の中国チベット暴動から10年が経過し、国境警備が徐々に強化されてきた上、中継地だったネパールが中国の求めに応じて亡命ルートを狭めたからだ。

欧米に再亡命を図る難民も多く、亡命政府がある最大居住地インド北部ダラムサラでは、かつての難民社会の活気が失われつつある。

 ◆一帯一路で支配
「10年前は年に数千人の難民がインドに亡命したが、最近は年に数十人から100人と大きく減った」
ダライ・ラマ14世が暮らすダラムサラの亡命政府関係者が明かした。
 
09年の調査では、約15万人とみられる世界のチベット難民のうち約10万人がインドに居住しているとされる。19年の次回調査まで正確な人口は不明だが、「ダラムサラでは難民の学校や僧院などで空き部屋が目立つ」(僧侶、ロブサン・イエシさん)。亡命社会の縮小を懸念する人が多い。
 
亡命政府のロブサン・センゲ首相らによると、難民の主要なインド亡命ルートはネパールを中継する陸路だった。だが、08年のチベット暴動を受け、中国が国境管理を厳格化した上、ネパールも現代版シルクロード構想「一帯一路」を掲げる中国との結びつきから、摘発を強化した。
 
非政府組織(NGO)チベット民主人権センターのツェリン・ツォモ理事は「ネパールに到着しても、難民の個人情報が中国政府に渡されるため危険だ。中国に送還された難民もいる」と指摘する。亡命政府議会のドルマ・ツェリン議員は「中国は一帯一路の名の下に(地域を)支配している」と警鐘を鳴らした。

 ◆欧米に再亡命も
ダラムサラや首都ニューデリーの一角では、寺院や仏具店が立ち並び「リトル・チベット」と称される地域がある。しかしインドの1人当たり国民総所得は中国の約5分の1の年1680ドル(16年、約18万円)。豊かな欧米に再亡命を図る若者は増加するばかりだ。
 
ニューデリーで暮らす難民のドルマ・パルゾムさんは「インドには良い仕事がないので、欧米に亡命したい」と話した。ダラムサラで日本料理店を営む山崎直子さんの店でも、難民従業員の多くがオーストラリアなどに移住した。
 
山崎さんは「豊かになった中国で就職したいと考え、中国当局の許可を得て自治区に戻ろうとする若い難民もいる」と指摘。

「ダラムサラの難民は高齢者ばかりになった。チベット伝統の祭りも減り、チベット難民の一大拠点としての一体感も次第に薄れてきている」と話した。【2018年7月10日 SankeiBiz】
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【アメリカ 「チベット相互アクセス法」は成立したものの・・・】
中国・チベットではなく、海外でのチベット関連ニュースとしては、昨年末にアメリカで下記のような話も。

***米議会、中国チベット規制に対抗 自治区への立ち入り促す法案可決****
米議会は15日までに、米国の当局者や記者らが中国チベット自治区に立ち入るのを規制する中国当局者に対し、米国への入国を認めないとする対抗措置を定めた「チベット相互アクセス法」を可決した。

自治区への自由な立ち入りを促す狙いで、トランプ大統領が署名すれば成立する。
 
中国は「内政干渉だ」と反発、トランプ氏は米中関係の情勢をにらみ、署名するかどうか決める方針だ。
 
自治区での統治実態が調査されチベット族弾圧と批判されるのを警戒する中国当局は、外国の当局者や記者の立ち入りを厳しく規制。特別な許可が必要だが、認められることは非常に少ない。【12月16日 共同】
****************

下院でも、上院でも、満場一致の可決でした。
トランプ米大統領は12月19日、「チベット相互アクセス法(入国法)」に署名し、同法案は成立しました。

ただ、その後この法律に基づき何かあったという話は聞きません。

【カナダ 数にものを言わせる中国人留学生】
海外でのチベット関連のニュースとしては、カナダでの大学学生会会長をめぐる騒動の報道がありました。

****中国人留学生ら、チベット独立支持する学生会会長の解任求める=1万人近くが署名―カナダ****
2019年2月13日、観察者網によると、カナダの大学でチベット独立を支持する学生が学生会会長に選ばれたことに対し、中国人留学生らが強い反発を示している。

記事によると、先日カナダのトロント大学スカボロ校にてカナダ国籍でチベット出身のチェミ・ラーモさんが学生会会長に選出された。

しかし、8日に同大学商学部の学生コミュニティーが「中国人留学生から多額の学費を取る一方で、チベット独立主義者に学生会の管理を任せた」と学校を批判する文章を微信アカウントで発信したという。

文章は、チェミ・ラーモさんについて「大学生の金をたくさん使って、チベット独立事業に貢献している」などと指摘し、中国人留学生らに抗議のネット署名を呼び掛けている。

チェミ・ラーモさんの学生会会長解任を求めるネット上の請願書には、すでに1万人近い人が署名をしたという。

記事によると、チェミ・ラーモさんは会長選の際にはチベット独立を主張してはいなかったが、自身のインスタグラム上ではチベットの独立運動団体「フリーチベット」の名を記載し、チベット独立を主張する動画や写真、文章を多数掲載し、「チベットは中国の一部ではない」と主張しているという。

現在、同大学はすでに今回の件について調査を開始したとのこと。

また、同大学のある中国人学生は「学生会のルールでは、学生の10%の署名があれば会長を罷免できる」と指摘。

同大学の2017〜18年シーズンの学生数は9万77人で、そのうち中国本土からの留学生が最多の1万1544人で、全体の10%を超えているという。【2月14日 レコードチャイナ】
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いまや、アメリカ・カナダなど各国で中国人留学生は大学経営を支える重要な柱になっていますので、大学としても中国人留学生の意向を無視できないところはあるのでしょう。

チベットの現状に対して、中国人留学生には彼らの主張があるでしょう。
抗議声明を出すなどは問題ありませんが、ただ、上記のような大量署名を集めて罷免するというやり方はどうでしょうか?

この行動に中国当局が関与しているのか、学生らの独自の行動なのかは知りませんが、中国の存在感が世界各地で大きくなるにつれ、中国・中国人に対する反感なども各地で広まっているなかで、こうした行動は現地における中国・中国人への反感を強めるだけのように思えます。

そこらの“空気を読む”姿勢が中国側にあれば、中国を見る世界の目もだいぶ変わってくると思うのですが。

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中国のウイグル族等への民族弾圧 「再教育収容施設」の実態 トルコの批判に映像公開、新たな運動も

2019-02-15 23:01:07 | 中国

(【2月14日 東京】 この部屋に40人が詰め込まれていたとも。テレビがあるのは娯楽用ではなく、「教育」用です。)

【「職業技能教育訓練センター」の実態】
中国・新疆ウイグル自治区におけるイスラム教徒ウイグル族に対する中国政府の苛酷な弾圧については、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)は昨年9月、約100万人が「再教育収容施設」に収容されていると指摘しています。

欧米で強まったこうした批判に対し、中国政府は施設は「職業訓練」のためだと反論、また、「再教育でテロ事件を未然に防いでいる」と説明するなど、正当性のアピールしています。

「100万人」というのは俄かには信じがたい膨大な数字ですが、その「再教育収容施設」の実態について下記のような報道がなされています。

****ウイグル収容所の証言 中国化強要 24時間尋問、全裸検査****
中国・新疆ウイグル自治区に住む少数民族ウイグル族などが弾圧されているとされる問題で、昨年九月まで中国政府によるイスラム教徒の「再教育施設」に入れられていた女性が、一年以上続いた収容生活を証言した。

二十四時間続く過酷な尋問に、「手足を縛られて寝た」という劣悪な環境など「中国化」を強要された実態を訴えた。 
 
女性はカザフスタン人のウイグル族、ギュルバハール・ジャリロアさん(54)。カザフとウイグル自治区との間で洋服を貿易する事業を営んでいた二〇一七年五月、友人からの電話で「商品が届いたから来てほしい」と言われて区都ウルムチを訪ね、突然治安機関に拘束された。身に覚えのない「テロ活動支援」が容疑だった。
 
弁護士の要求を拒否され、裁判もないまま一年三カ月にわたり再教育施設に収容された。窓のない部屋は幅三メートルに奥行き七メートル、壁は高さ六メートルほどで、四十人ほどの女性が詰め込まれた。

全員が横になれず、夜は交代で就寝。私語は禁止され、見つかると手足を縛られた。週に一度検査と称して全裸にされ、「ドアの外から男性監視員が見ていた。屈辱だった」。粗末な食事で体重は九キロ減った。
 
特に三カ月に一度の割合で呼び出された尋問は、水も与えられずに二十四時間続いた。失神すると、手を針で刺された。収容者は定期的に注射を打たれ、「頭がボーッとした」と鎮静剤が投与されたのではと疑う。
 
部屋のテレビでは習近平国家主席の演説が流され、中国共産党の歌を合唱させられた。ウイグル語の読み書きができないジャリロアさんは書かなかったが、ほかの女性たちは「政府と党に感謝する」などとする反省文を繰り返し書かされたという。

国際人権団体によると、こうした再教育施設は二〇一七年以来建設が進められ、百万人以上が収容されている。

一方、中国政府は昨年十月、イスラム過激思想の除去を理由に「職業技能教育訓練センター」を設置しているとして再教育施設を正当化。中国語や職業訓練、思想教育の機会を与えていると主張している。
 
昨年九月に無罪として釈放され、カザフスタンに帰国したジャリロアさん。しかしその後、「何も話すな」と匿名の脅迫電話を受け、家族を残してトルコ・イスタンブールに逃れた。
 
彼女の手元には、出所後に同房だった女性の名前と年齢、拘束理由を書き留めたリストがある。寝静まった頃にひそかに会話を交わした十四~八十歳の約二百人分だ。

拘束理由は「ウイグルの歌を携帯電話に入れていた」などで、ジャリロアさんは「ただの民族浄化だ」と憤る。「収容所で何が起きているか、彼女たちの声を世界に届ける責任がある」と無実の仲間を救いたいと訴える彼女の元には、在外ウイグル族から家族の消息を問う電話が寄せられるという。
 
<ウイグル族問題>中国の新疆ウイグル自治区にはトルコ系ウイグル族はじめイスラム教徒が多数居住。中華民国時代には「東トルキスタン・イスラム共和国」として独立を宣言した時期もあったが、中国共産党政権になった1949年に人民解放軍が進駐し自治区となった。2009年には区都ウルムチで中国政府の政策に反発して大規模騒乱が発生。一部の過激派は国際テロ組織アルカイダとの関係が指摘されている。【2月14日 東京】
********************

もし、上記の女性の話が真実なら、“窓のない部屋は幅三メートルに奥行き七メートル、壁は高さ六メートルほどで、四十人ほどの女性が詰め込まれた”という一点だけでも、過去のおぞましい「強制収容所」を連想させる“人道に対する罪”にも相当するように思われます。

【トルコ「人類にとって大きな恥」と批判 ただし、国内向け?】
このウイグル族などへの弾圧については、中国との経済関係を重視するイスラム国からの目立った批判はこれまでありませんでしたが、トルコ・エルドアン政権が先日、中国を激しく批判して世界的にも注目されました。

****中国のウイグル人同化政策は「人類にとって大きな恥」、トルコが非難 民謡歌手が獄中死***
中国でイスラム教を信仰するトルコ系少数民族ウイグル人が大量拘束されている問題で、トルコ外務省のハミ・アクソイ報道官は9日声明を発表し、ウイグル人に対する中国当局の組織的な同化政策は「人類にとって大きな恥だ」と強く非難した。
 
同報道官は「100万人以上のウイグル人が恣意(しい)的な逮捕の危険にさらされ、強制収容所や刑務所で拷問や洗脳を受けていることは、もはや秘密ではない」とも指摘した。
 
多くのウイグル人が暮らす中国北西部の新疆ウイグル自治区では近年、民族間の対立の激化を受け、警察当局による厳しい監視体制が敷かれている。国連の専門家パネルによると、中国ではチュルク諸語を話すウイグル人などの少数民族、約100万人が再教育施設に強制収容されている。
 
中国は、共産党の思想や多数派である漢民族の文化と異なる新疆の少数民族たちの宗教や文化を抑圧し、少数民族を同化させようとしていると批判されている。

これに対し中国側は、これらの施設は人々がテロリズムに関わらずに社会復帰できるようにするための「職業教育センター」だと主張している。

イスラム諸国の多くは、重要な貿易相手国である中国をウイグル人弾圧問題で批判することを避けてきた。
 
アクソイ報道官は、「再教育施設に収容されていないウイグル人たちも抑圧下に置かれている」と述べ、国際社会やアントニオ・グテレス国連事務総長に、「新疆における人類の悲劇」を終わらせるために有効な措置を取るよう訴えた。
 
また同報道官は、拘束されていたウイグル人の民謡歌手アブドゥレヒム・ヘイット氏が死亡したことをトルコ政府は9日に知ったと明らかにし、「この悲劇によって、新疆での深刻な人権侵害に対するトルコ人の反発はより強まった」と強調した。

ヘイット氏は自作の歌詞が問題視されて禁錮8年を言い渡され、死亡時は服役2年目だったという。 【2月10日 AFP】AFPBB News
*********************

このトルコの批判に対し、中国側は“ウイグル人の民謡歌手アブドゥレヒム・ヘイット氏”が生きているとする映像を公開して反論しています。

****中国、ウイグル人問題でトルコの非難に反論 歌手の映像も公開****
中国政府は11日、中国におけるトルコ系少数民族ウイグル人への処遇をトルコ政府が批判したことに反論するとともに、著名なウイグル人民謡歌手が拘束中に死亡したとするトルコの主張を否定した。
 
中国外務省の華春瑩報道官は定例記者会見で、「中国はトルコに対して厳粛な申し入れを行った。同国の関係者は物事の正誤を見極め、間違いは正すよう期待する」と述べた。
 
トルコ外務省は9日、中国当局によるトルコ系少数民族ウイグル人の大量拘束を強く非難。さらに、「歌の一つが原因で禁錮8年」を言い渡されたウイグル人の民謡歌手、アブドゥレヒム・ヘイット氏が服役中に死亡したと主張した。
 
これに対して中国政府は10日、ヘイット氏を名乗る男性が自分はまだ生きていると話す映像を公開。
 
華報道官は、トルコ外務省の声明は「卑劣」であり、ヘイット氏が死亡したとの主張は「ばかげたうそ」であると同時に「極めて不適切」だという見方を示し、「私はきのうオンライン上で映像を見たが、存命であるだけでなく、非常に健康そうだった」と述べた。
 
トルコはウイグル人弾圧問題について、これまでは明らかに沈黙を貫いており、中国からの外交上あるいは経済的な報復を避ける意図があるとみられていた。

ただ今回は、中国によるウイグル人の処遇は「人類にとって大きな恥だ」と糾弾し、イスラム教国から発せられた指摘としては恐らく最も厳しい非難となった。 【2月11日 AFP】AFPBB News
******************

このトルコ・中国のやり取りについては、以下ようにも指摘されています。

****トルコの中国批判、選挙意識? ウイグル問題で応酬 経済考慮、対立避ける動きも****
中国に住むトルコ系の少数民族ウイグル族に対する人権侵害が指摘されている問題で、トルコと中国の両政府が互いを非難し合っている。

トルコが「中国の組織的な同化政策は人類の恥」と批判すると、中国は「偏りなく中国の政策を理解してほしい」と反発。双方とも相手国との経済関係を考慮しつつ、世論を意識した対応を続けている。(中略)

ウイグル族を巡り、トルコ政府はこれまで、亡命者を数万人規模で受け入れてきたとされる。2009年に中国・新疆ウイグル自治区の騒乱で大勢の犠牲者が出た際には、当時首相だったエルドアン大統領が「ジェノサイド(集団殺害)」だと中国を非難した。
 
中国との経済的な関係が深まった近年は声高な批判を控えていたが、今回は9日に複数のトルコメディアが、「(音楽家が)殉教者になった」などと相次いで報道。

エルドアン政権は3月末に統一地方選を控えており、ウイグル族擁護を鮮明にして、与党が頼る民族主義的な有権者へのアピールを狙った可能性がある。

ただ、声明はエルドアン氏や外相でなく、外務省報道官名義で出しており、対中関係の決定的な悪化を避けようとしたともとれる。

 ■中国、正当性を強調
「非常に悪質だ。偏りなく正確に中国の政策を理解してほしい」。中国外務省の華春瑩副報道局長は11日の定例会見で、トルコ外務省の声明に反論した。
 
中国メディアは10日、トルコの批判のきっかけとなった音楽家を名乗る男性が「私は健康だ」と語る動画を公表。華氏は会見で、「生きている人を死んだとうそを言って批判するのは無責任だ」と強調した。
 
ただ、シルクロード経済圏構想「一帯一路」の成功や対米牽制(けんせい)の意味でも、中東の地域大国トルコとは対立を避けたいのが中国の本音だ。ウイグル問題で火種を抱えつつも、ここ数年は「反テロ」での共闘を呼びかけ、距離を縮めてきた。
 
今回のトルコの批判ははねつけつつ、共産党機関紙の人民日報は13日、「トルコもテロの脅威に直面している。相互信頼を強化するべきだ」と改めて訴え、関係を決定的にこじらせるべきではないとの姿勢を示した。
 
ウイグル問題をめぐる国際社会の批判の高まりも、中国の対応に一定の影響を与えているとみられる。中国政府は1月、一部の海外メディアに新疆ウイグル自治区内の再教育施設を公開し「再教育でテロ事件を未然に防いでいる」と説明するなど、正当性のアピールを強めている。(後略)【2月14日 朝日】
****************

トルコ側も「人類にとって大きな恥だ」とは言いつつも、対中関係の決定的な悪化は避ける配慮もなされているようです。対中国というより、国内向けのアピールでしょうか。

【「火消し」の映像公開が、新たな「火種」にも】
中国側が公開した映像の真贋は知りませんが、仮に音楽家を名乗る男性が生きていたとしても、それで済む問題ではありません。

トルコからの批判の火消しのための中国当局による映像公開は、「だったら、行方がわからない私の親族の映像も公開して!」という、ウイグル族関係者の新たな、かつ、より広範な批判・要求に火をつけることにもなっています。

****#MeTooウイグル、親族らの生存示す映像の公開を中国当局に要求****
中国でイスラム教を信仰するトルコ系少数民族ウイグル人が大量拘束されている問題で、ウイグル人らがハッシュタグ「#MeTooUyghur(私もウイグル人)」を掲げた運動をインターネット上で立ち上げ、連絡が取れない親族が生きていることを示す映像を公開するよう中国政府に要求した。
 
中国におけるウイグル人への処遇をめぐってはトルコが9日、ウイグル人の民謡歌手アブドゥレヒム・ヘイット氏が中国北西部・新疆ウイグル自治区の「再教育キャンプ」で拘束中に死亡したと主張し、中国当局を強く非難。
これに対し中国側は11日、ヘイット氏を名乗る男性が元気だと語る映像を公開し、トルコの主張を否定した。
 
中国当局による映像公開を受け、フィンランド在住のウイグル人活動家ムラット・ハリ・ウイグルさんは12日、#MeTooUyghurを用いたャンペーンを立ち上げた。
 
ハリさんはAFPに対し、「中国当局はヘイット氏が生きている証拠だとして映像を公開した。ではわれわれは知りたい、数百万人のウイグル人たちはどこにいるのか」と語った。
 
キャンペーン発足後、ソーシャルメディアでは世界中のウイグル人がハッシュタグを用い、行方不明になっている家族や友人の写真と共に身の上を案じるメッセージを投稿。ハリさん自身も両親が拘束された経験があり、昨年解放されたという。
 
中国には1000万人を超えるウイグル人が住んでおり、その多くが新疆ウイグル自治区で暮らしている。国連の専門委員会によると、うち100万人近いウイグル人や他のトルコ語系少数民族が裁判などの法的措置を経ずに同自治区の強制収容所に収監されている。
 
中国当局は当初、ウイグル人らの拘束を否定していたものの、現在は「職業訓練所」に入所させていると主張している。
 
米国を拠点とする活動家ルーシャン・アッバス氏によると、中国では電話などの連絡手段は当局の厳しい監視下にあり、在外ウイグル人の多くは中国国内にいる家族や友人と何年も連絡を取れずにいる。

アッバス氏自身も、「職業訓練」に送られたとみられる医師のきょうだいの映像を公開してほしいと中国当局に訴えている。 【2月13日 AFP】
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中国にとっては、思わぬ形での反応ですが、まあ、無視を決め込むのでしょう。

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ベネズエラ  政権による人道物資搬入阻止で、臨界点に近づく政権維持 中ロの立ち位置に差も

2019-02-14 22:49:31 | ラテンアメリカ

(ベネズエラ軍が対コロンビア国境のティエンディタス橋を封鎖するため設置したコンテナとタンク(2019年2月6日撮影)【2月7日 AFP】)

【昨日書いたものの、「投稿する」をクリックし忘れていたようです。ですから、内容は昨日時点のものです】

【政権・反政権派のせめぎあいの最前線となった人道物資搬入阻止】
失政・弾圧を続ける反米・左派のマドゥロ大統領に対し、これまでまとまりのなかった野党勢力を代表する形でカリスマ性のある若手政治家グアイド国会議長が暫定大統領就任を発表、二人の指導者が並立する状態となっている南米ベネズエラの混乱については、
1月26日ブログ“ベネズエラ 若手政治家グアイド氏の暫定大統領就任で反政府運動拡大 政局は流動化
2月2日ブログ“アメリカ キューバ政権転覆まで見据えたベネズエラの反政府運動支援戦略 軍事介入の可能性もちらつかせる
でも取り上げたところです。

弱冠35歳のグアイド氏が今前面に躍り出ているのは、氏の意思もさることながら、ベテラン大物政治家が海外に逃亡したり、当局に拘束・監視されて身動きがとれない・・・といった政治状況がもたらしたものです。(2月2日ブログでも取り上げたように、アメリカの“後押し”もあるのでしょう)

新しい指導者が生まれるとき、時代が動くときというのは、そういうものでしょうか。
もっとも、今のベネズエラで反政府行動の先頭に立つということは、自分および家族の生命・安全を重大なリスクにさらす行為でもあります。

今、マドゥロ政権はコロンビアとの国境の橋を封鎖して、「われわれは物乞いではない」「アメリカによる侵略、混乱助長は許さない」として、反政権派がアメリカに要請した人道支援物資の搬入を阻止しています。

一方、グアイド氏らは物資搬入を求めて、抗議行動を拡大させる意向です。

****支援物資の搬入阻止は「人道に対する罪」 ベネズエラ野党指導者が批判****
ベネズエラ暫定大統領として約50か国が承認している野党指導者のフアン・グアイド国会議長は10日、ベネズエラ軍が人道支援物資の搬入を阻止しているのは「人道に対する罪」だと厳しく批判した。
 
ベネズエラでは先週、コロンビアとの国境に架かる橋を兵士らが封鎖。米国から送られた医薬品や食品が現地に到着したものの、コロンビア側の国境の町ククタに3日にわたって留め置かれている。
 
ベネズエラ側では10日、数十人の医師らが支援物資の国境通過を求めて抗議デモを行った。参加した医師の一人は、ニコラス・マドゥロ大統領はベネズエラの医療を「中世」の水準まで落としたと声を荒げた。
 
グアイド氏は首都カラカスで妻と1歳8か月の娘を連れて教会の日曜礼拝に参加した後、記者団に「この状況に責任がある者たちがいる。(マドゥロ)政権はそれが誰かを知っているはずだ」と強調。「兵士たちよ、これは人道に対する罪だ」と述べ、「ジェノサイド(民族虐殺)も同然だ」と批判した。 【2月11日 AFP】AFPBB News
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もちろん、アメリカ側は単に人道目的だけでなく、政治的効果を狙っての支援でしょうが、国内では多くの国民が食べるものを欠き、薬が手に入らない病人があふれ、500万人にも及ぶ国外難民が発生しようというときに、支援物資を止めるという政権側の行為は一般兵士を含む人々の怒りに火をつけ、政権の存続を危うくすることになるかも。

****人道支援物資の搬入どうする? ベネズエラ、深まる対立****
マドゥロ大統領の独裁的な支配への反発が広がる南米ベネズエラで12日、マドゥロ政権の支持派と反政権派がそれぞれ首都カラカスなどで集会を開いた。

反政権派が米国に要請した人道支援物資の搬入を政権は認めておらず、反政権派は集会で「23日を搬入日とする」と宣言。双方のせめぎ合いは今後、さらに激しさを増しそうだ。

反政権派の集会は各地で開かれ、現地報道によると少なくとも10万人以上が参加した。12日はベネズエラの独立戦争で若者が戦ったことを顕彰する「青年の日」。参加者はマドゥロ政権の弾圧で亡くなった学生らを追悼し、政権交代の必要を訴えた。(中略)

反政権派の集会に参加を訴えるビラの文句は「軍に呼びかける。人道支援物資の搬入を勝ち取ろう」だった。物資搬入をてこに、政権を支え続ける軍を切り崩す狙いがうかがわれる。兵士やその家族も食料不足に直面しているとされる。

政権派は集会で、この日が独立戦争にちなむ記念日のため、「人道支援を装った米国の侵略を許さない」と愛国心に訴えた。マドゥロ氏は演説で「我々は偉大な独立運動の指導者シモン・ボリバルの子孫だ。私たちが求めるのは平和だ。軍事侵攻は追い払おう」と語った。

参加者らは「必要なのは支援物資ではなく、経済制裁の解除だ」などと記したプラカードを掲げた。

ベネズエラの会計検査当局は11日、グアイド氏が国内外から不正な資金を受け取ったとして捜査を始めたと明らかにした。違法とされれば、グアイド氏は最長15年間、政治的権利が停止されるという。

検察も「外国勢力の介入に加担した」などとしてグアイド氏の捜査を始め、裁判所は資産凍結や出国禁止を命じた。検察や裁判所は政権派だ。

マドゥロ政権は、これまでも野党政治家を勾留するなどして反政府活動を抑え込んできた。ただ、今回は米国や欧州などがグアイド氏を支持。政権の思惑通りにグアイド氏の動きを止められるかは微妙な情勢だ。

一方、軍の士官による離反表明が続いており、マドゥロ氏の苦境は深まっているとの見方もある。スペイン語メディアでは、マドゥロ氏がキューバやロシアへの亡命を検討しているとの報道が相次いでいる。

米メディアの取材にホワイトハウス高官は「(マドゥロ氏や側近が)どのように、いつ国を去るか話し合う用意はできている」と語った。【2月13日 朝日】
********************

【地裁学的しがらみもあるロシア 経済重視の中国】
これまでのところ国際社会も政権支持と反政権派支持で二つに割れていますが、政権を支持する国中心は、資金面でマドゥロ政権を支えてきたロシアと中国です。両国以外にも、キューバ、シリア、イランなど反米諸国以外に
、トルコ・ギリシャといった国が政権側を支援しています。

トルコはベネズエラとの経済関係・アメリカ牽制といった事情があるようですが、エルドアン氏の“クーデターへのアレルギー”もあるのでは。ギリシャは中国との強い関係があるようです。

EU主要国はグアイド氏承認の流れにありますが、イタリアのポピュリスト政党「五つ星」は、EUが介入すべき問題ではなく、ベネズエラ国民が決めるべき問題として、連立政権の意見が割れているようです。

いずれにしても政権支持国の中心はロシア・中国ですが、両国の事情は異なるようにも思えます。

ロシアは、かつてのキューバ危機に代表されるように、アメリカの裏庭である中南米になんとかくさびを打ち込もうとしてきました。ベネズエラ支援もその流れにある対応です。

経済的な権益もあるでしょうが、そうした地政学的な「対アメリカ」戦略の一環として、なんとかベネズエラ・マドゥロ政権を維持してアメリカをけん制する足場を保持したいという思いが強いのではないでしょうか。

****ロシア、ベネズエラ政府・野党間の対話促進に向け準備****
ロシアは12日、ベネズエラの政府・野党間の対話を促す準備があるとの認識を示した。

ロシアはマドゥロ現職大統領を支持している。マドゥロ大統領はベネズエラ軍を含む国家機関への支配を維持しているが、米国などほとんどの西洋諸国は暫定大統領就任を宣言したグアイド国会議長を承認している。

タス通信によると、ロシアのリャブコフ外務次官は「ベネズエラ政府との交流を維持しており、状況打開に向けたプロセスを容易にするために尽力する準備がある」と述べた。

またロシアがベネズエラに対し危機解決に向けた提案を行ったとしたが、詳細は明らかにしなかった。

ロシアのラブロフ外相は12日、ポンペオ米国務長官との電話会談で、米政府はベネズエラへの内政干渉を避けるべきと伝えた。またベネズエラの状況に関し、国連憲章に沿った協議を行う準備があるとした。【2月13日 ロイター】
*****************

「対アメリカ」の地政学的しがらみのあるロシアに対し、中国は多額の融資がどうなるのかという経済的な問題優先でしょう。もし野党側が引き続き返済を保証するなら、それはそれで・・・といった感もあるのでは。

アメリカと激しくぶつかる場面が多いこの時期に、敢えてベネズエラでアメリカと対立するのはむしろ避けたいのでは。

****中国がベネズエラ野党と協議、マドゥロ氏退陣にらみ****
中国はこれまでのベネズエラへの投資を守るため、野党党首のフアン・グアイド氏側と協議を行っている。中国が関係を重視していたニコラス・マドゥロ大統領への退陣圧力が強まる中、政権交代に伴うリスクを低減する狙いがある。関係筋が明らかにした。
 
中国の外交官はここ数週間に、ワシントンでグアイド氏の複数の代理人と協議を行った。背景には、中国がベネズエラにおける石油開発案件の先行きに加え、未返済となっている200億ドル近い債務について懸念していることがある。(中略)

米陸軍士官学校のR・エバン・エリス氏(中国の中南米戦略の専門家)は「中国は政権交代のリスクが高まっているのを認識しており、新政権との関係を悪化させたくないと考えている」と指摘。「中国は安定を望むものの、卵を他のかごにも分散する必要性に気付いている」と述べる。
 
今回の動きは、ベネズエラの債権者の間で不安が広がっている兆候を浮き彫りにする。ベネズエラは過去20年近くにわたり、石油供給と引き替えに中国やロシアから融資を受けることで、重要な支援を得てきた。

ベネズエラの対外関係は、マドゥロ氏の前任、故ウゴ・チャベス元大統領の時代に花開いた。チャベス氏は反米路線を掲げ、キューバやイランに加え、インドとも関係を強化した。
 
だがこうした国々とベネズエラとの関係は、マドゥロ氏が大統領に就任した2013年以降、冷え込んでいく。マドゥロ政権下で同国経済は縮小に向かい、数年にわたる汚職の横行や誤った管理が響き、石油生産は半分未満に急減した。
 
そこに米国が先月、ベネズエラの石油業界に制裁を発動。ほぼ唯一の資金源を絶たれたマドゥロ氏の苦境が一段と鮮明になり、石油生産はさらに落ち込んだ。(中略)
 
グアイド氏も公の場で、中国やロシアに歩み寄る姿勢を表明。政権交代が安定回復に向けた経済改革の先駆けとなるとの考えを示しているほか、ベネズエラは世界最大の石油輸入国である中国との関係を維持すべきと述べている。
 
前出のエリス氏は、マドゥロ政権の崩壊は中国にとってもプラスになると指摘する。「グアイド氏は米国の制裁解除を促し、石油供給も再開される可能性があり、最終的には、中国にとってグアイド氏はメリットばかりだ」という。【2月13日 WSJ】
*****************

上記【WSJ】は記事のなかで“グアイド氏側との接触について、中国外務省はコメントの要請に応じていない。だが中国は足元、グアイド氏側との協議が行われていることを示唆しており、中国の利益が尊重されることを望むとの立場を示している。中国外務省の耿爽報道官は今月1日、グアイド氏側との接触に関するうわさについて、中国政府は「関係者すべてと、さまざまな手段を通じて緊密な接触を続けている」と説明。その上で「今後の状況にかかわらず、われわれの協力が損なわれることはない」と述べている。”としていますが、中国は、上記報道を否定しています。

****中国、ベネズエラ野党と協議との報道を否定****
中国外務省の華春瑩報道官は13日、中国の外交官がベネズエラでの投資を守るために同国の野党と協議を行ったとの報道について、「偽ニュース」だと述べた。

米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は、中国の外交官が、ベネズエラでの石油プロジェクトや200億ドル近い債務について懸念を持ち、米ワシントンでグアイド国会議長の代理人と協議を行ったと報道。グアイド氏はベネズエラの野党指導者で、暫定大統領を宣言した。

華報道官は記者団に対し「報道内容は誤っている。偽ニュースだ」と述べた。(後略)【2月13日 ロイター】
*******************

ただ、多額の債権の行方がわからないというこの時期に、野党側と協議しないという方が奇妙なようにも思えますが。

いずれにしても、こうした話が出てくること自体、強権支配を維持してきたマドゥロ政権もいよいよ最終局面に近づいているのかな・・・という感があります。

【軍事介入も否定しないトランプ大統領】
アメリカは、“米下院外交委員会のエンゲル委員長(民主党)は13日、ベネズエラへの軍事介入は選択肢にないとした上で、議会は同国への軍事介入を支持しないとの考えを強調した。”【2月14日 ロイター】とのことですが、トランプ大統領は“「すべての選択肢を検討中だ」と警告した。「わが国の軍も注目し、協力している」と語ったが、具体的な部隊派遣に関しては「そのうち分かる」と述べるにとどめた。”【2月14日 時事】ということで、例によって、よくわかりません。

“トランプ流ディール”なのでしょうが、アメリカの軍事介入については中南米では強い拒否感がありますので、下手な動きは南米諸国の反政権派支持の流れに水を差すことにもなります。

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ファーウェイ・5G通信網をめぐる米中の争い つまるところ情報泥棒同士の争い

2019-02-13 23:29:26 | 国際情勢

(オーストラリアに置かれたアメリカの情報監視基地「パインギャップ」【https://www.youtube.com/watch?v=M9F2LbwpsO0】)

【アメリカが主導する中国企業排除 欧州の動向は不透明 ファーウェイ製品を使えなければ、5G整備が少なくとも2年遅れる】
今後は今以上に、通信技術が軍事・安全保障面を含めた社会全体における致命的に重要な技術となりますので、アメリカがこの分野での中国の著しい台頭に危機感を抱き、ファーウェイなどを標的にした攻勢をかけていることは周知のところです。

****米、中国製排除を強化 近く無線通信で大統領令か****
先端産業での中国の追随に危機感を持つトランプ米政権は、国内での中国製品の締め出しを強化する方針だ。

トランプ大統領が近く、第5世代(5G)などの無線通信網について、中国製機器の使用を禁じる大統領令に署名するとも報じられた。自国での厳しい対処を表明し、国際的な対中包囲網を主導する狙いとみられる。
 
米政治専門サイトのポリティコはこのほど、安全保障上の脅威を理由に米政府が検討してきた中国製機器の排除策について、「来週(11日の週)にも大統領令への署名が行われる可能性がある」と伝えた。
 
中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)と中興通訊(ZTE)の2社が措置の念頭にある。米政府は、中国製が使用されれば、機密情報が漏れたり、サイバー攻撃に脆弱(ぜいじゃく)になったりする恐れがあるとみている。
 
通信業界では今月下旬、スペインで携帯端末や通信技術の国際見本市が開かれる。米政府はその前に大統領令を公表し、各国が取り組む最先端通信網の整備では、機密保護やサイバー対策を最優先にするべきだと訴える狙いもあるという。【2月10日 産経】
********************

大統領令云々については、“トランプ米大統領は11日、人工知能(AI)や次世代通信規格「5G」など最先端技術の開発を加速させるため、政府の役割を強化する大統領令に署名した。経済・軍事力を左右するハイテク技術で台頭する中国に対抗し、官民連携で国内産業の育成に取り組み、優位の維持を図る。”【2月12日 時事】という大統領令は署名されましたが、この大統領令では中国製品排除・使用禁止については触れられていないようです。

別途、中国製品排除・使用禁止の大統領令が出されるのか、あるいは、対中国関係も考慮して、上記のような“AI・5G開発の加速”という一般論にトーンダウンしたのかは知りません。

いずれにしても、アメリカは自国だけでなく、欧州など関係国に5Gへの中国企業・ファーウェイ参加を思いとどまるように警告しています。

****5G網構築、ファーウェイ採用は「安全保障リスク」 米が欧州諸国に警告****
米国が欧州諸国に対し、第5世代移動通信システムの構築に中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)を参加させることの安全保障上のリスクについて警鐘を鳴らしている。

欧州連合は、瞬時の接続や膨大なデータ容量、未来のテクノロジーを可能とする5G通信網の構築に乗り出しており、米政府はこの問題を喫緊の課題とみなしている。

5日、米国務省高官はEU本部のあるベルギー・ブリュッセルで報道陣に「中国のような国々の信頼できないサプライヤーに慌てて飛びつき契約を結ぶことのないよう呼び掛ける」と述べた。

同高官は「ファーウェイや中興通訊のような信用できないサプライヤーと組めば、各国の国家安全保障にとって、あらゆる種類の派生問題が生じる可能性がある」と指摘。さらにそうした提携は、知的財産保護やプライバシー、人権などを損なう恐れもあると訴えた。

この当局者はEUとベルギー、フランス、ドイツの当局者と会談。さらに米国務省は懸念を明確に示すために、スペインなど他のEU諸国へも要員を派遣する。

一方、ファーウェイは、自社製品がスパイ活動に使われているとの疑いを強く否定している。

専門家によると、5G機器の品質に関してはファーウェイを先頭に、スウェーデンの通信機器大手エリクソンは半年〜1年遅れており、フィンランドの通信機器大手ノキアはさらにそれを追う状態だという。

フランスでは、ブイグ・テレコムやSFRといった複数の通信事業者が既に複数の都市で、ファーウェイ製機器を使った5G通信網のテストを実施している。

また米ブルームバーグが入手した内部文書によると、独通信大手ドイツテレコムは、欧州がファーウェイ製5G機器の使用を見送った場合、中国や米国に2年もの遅れを取る恐れがあると警鐘を鳴らしていた。

前述の米当局者は、米政府の警告の動機は商業的な利益ではなく安全保障だと述べた上で、ファーウェイ製機器の使用禁止で利益を得るのは米国企業ではなく、むしろエリクソンやノキア、韓国のサムスン電子だろうと述べた。

4〜5日にかけて来日したドイツのアンゲラ・メルケル首相は、ファーウェイ製機器の使用について、ドイツ国内で「大きな論争」があると述べていた。 【2月6日 AFP】
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こうした中国通信情報企業警戒論の流れに同調したノルウェーに対し、中国は反発しています。

****ノルウェーが中国の安全保障上の脅威指摘、中国大使館が反論****
2019年2月5日、環球網によると、ノルウェー当局が中国について安全保障上の脅威になっているとの報告を発表したことについて、駐ノルウェー中国大使館が強い不満を示した。

同大使館は4日、公式ウェブサイト上で「ノルウェー国家公安警察局(PST)が4日に発表した2019年の国家リスク報告書並びに同局局長の言論に注視している。われわれは報告や局長の発言における中国に関する部分について、強い不満と断固たる反対を示す」とした。

同局長は報告を発表した際に「ファーウェイのような企業と中国政府との密接な関係について注意を払う必要がある」などと発言したとされる。

同大使館は「中国はこれまでノルウェーの主権と国家の安全を尊重し、内政に干渉したことはなかった。中国とノルウェーとの間には何の利害の衝突もなく、中国はノルウェーにとって何の安全上の脅威にもならない。一国の情報機関が自国の安全問題について仮説で評価し、中国にいわれなき攻撃を仕掛けるのは非常に荒唐無稽だ。ノルウェーの情報機関には事実に基づき話をしてもらい、国際社会の笑いものにならぬようしてもらいたい」としている。

また、「中国はいかなる形式によるネットワーク上での機密窃取や攻撃に反対し、取り締まりをしてきた。そして、中国の法律ではいかなる機関に対しても企業に『バックドア』のインストールを脅迫する権限を与えていない」と改めて説明し、「国の安全を理由に貿易の保護をする動きに反対する。関係当局が中国企業のノルウェーでの運営に対し、公正かつ公平な競争環境を提供することを望む」と呼び掛けた。【2月6日 レコードチャイナ】
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“バックドア”云々に関しては、その方面の知識がないのでとくわかりませんが、実在する機器を調査・分析すればわかるものなのでしょうか?

以前、ファーウェイ機器に関し“日本政府が分解検査したところ、不審なものが見つかったことが分かった。日本政府はすでに政府機関や自衛隊でファーウェイ製品を使うことを禁止し、さらにファーウェイの部品が使用されている日本製品も使用を禁止する方針を固めた。”といった、フジテレビが与党関係者の発言として流した報道もありましたが、“不審なもの”だか“余計なもの”だかの実態・真相は何だったのでしょうか?

逆に言えば、日本政府が調べたぐらいですぐに特定できるものなら、とっくに全世界で使用禁止になっているようにも思えるのですが・・・。相当にフェイクの臭いがする報道です。

現在すでにファーウェイなどの技術は世界最先端のものとなっており、これを外すことは上記【2月6日 AFP】にもあるように、開発の遅れ・質の低下・コスト上昇を意味します。欧州各国も対応に苦慮しています。

****ファーウェイ問題で欧州ジレンマ 5G整備で割れる****
中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)への対応で、欧州を舞台とした米中の綱引きが激しくなってきた。米国は安全保障上の懸念から同盟国への華為排除の働きかけを活発化。欧州を重要市場に持つ華為は抵抗に必死だ。

狭間に立つ欧州は華為への警戒を強めるが、経済への影響を恐れジレンマも抱える。
 
ポンペオ米国務長官は11日から欧州諸国を歴訪する。米当局者はこれに先立ち、ポンペオ氏が最初の訪問先、ハンガリーで「華為の存在感増大に懸念を表明する」と強調した。
 
ハンガリーは近年、対中接近が顕著だ。オルバン政権は昨年、華為と第5世代(5G)移動通信システム整備で協力する覚書に署名した。米国は北大西洋条約機構(NATO)加盟国のハンガリーに警鐘を鳴らし、中国と引き離したい考えだ。
 
米国務省筋はブリュッセルで5日、欧州連合(EU)や欧州各国に関係者を送り、華為排除を呼びかけていると明らかにした。同盟国の動きは米国の安全保障と密接に絡むため「欧州(の説得)は最優先だ」としている。
 
一方、華為にとり、収益の約27%を占める欧州・中東・アフリカは中国国内に続く市場だ。欧州はその大半を占めるとされ、締め出しは大きな痛手となる。
 
「根拠のない批判にわれわれは驚いている」。華為の欧州駐在幹部は7日、ブリュッセルで開かれた春節祝賀会で100人超の参加者を前にこう強調。関係機関の検査でこれまで問題は指摘されていないとし、安保上の脅威との見方に反論した。
 
華為は懸念払拭のため、ブリュッセルや、社員がスパイ容疑で逮捕されたポーランドにセキュリティー関連施設を置く用意があると表明している。中国の張明EU代表部大使も1月末、英紙で華為への懸念が「ねつ造だ」と訴えた。
 
欧州各国の対応も一様ではない。ドイツなどは華為製品の使用回避策を検討中だが、スロバキア政府は「脅威の証拠となる情報はない」と否定的だ。イタリア政府は5Gへの採用を禁じる方針と伝えた現地紙報道を「その意図はない」と否定した。
 
華為製品がすでに普及した状況では、排除が難しいとの見方も根強い。米メディアは、華為製品を使えなければ、5G整備が「少なくとも2年」遅れるとする独通信大手の内部文書の内容を報じた。
 
スウェーデンのエリクソンなどが華為の代替候補に上がるが、5G技術では華為より遅れ、コスト上昇も懸案だ。通信各社は、今月下旬にスペインで開く業界団体の会合で問題を議論する予定という。【2月10日 産経】
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オーストラリアはすでに5G整備でファーウェイの設備を使用することを禁じており、カナダもこの動きに追随するとみられていますが、独・伊・英などの動きを見ると欧州の方針は不透明です。

ポンペオ氏はハンガリーで「華為の存在感増大に懸念を表明する」と強調しましたが、当の(近年、中国との関係を強化している)ハンガリーの外相はこれに反対しています。

【「ファーウェイのいない5Gシステムは、ニュージーランドのいないラグビーみたいだ」】
(長くなりましたが)ここまでは前置きで、こうした流れにあって、今日見た“面白い”ニュースを2件

一つ目は、アメリカに同調するニュージーランドへの中国側の“気の利いた”反論。

****ファーウェイなしの5GはNZなしのラグビーみたい?同社が全面広告****
「華為技術(ファーウェイ)のいない第5世代移動通信システムは、ニュージーランドのいないラグビーみたいだ」──ラグビー大国ニュージーランドが、中国の通信機器大手ファーウェイに5G通信網構築への参入を禁止したことに対し、ファーウェイ側は13日、大手新聞各紙に全面広告を掲載し、軽い皮肉のメッセージを送った。

ニュージーランドの情報当局は昨年11月、「安全保障上のリスク」を理由に、同国における5G通信網にファーウェイの技術を使う計画を却下した。
 
多くの国々では、ファーウェイの製品が中国当局のスパイ活動に使われるとの懸念から、ファーウェイを5G通信網から排除する動きが相次いでいる。一方、中国当局は「根拠がない」疑いだとしてこれを否定している。
 
ファーウェイの現地法人、ファーウェイ・ニュージーランドも不正を示す証拠はないと主張し、ファーウェイの排除によってニュージーランドは最高水準の5G通信網を使用する機会を失うことになると訴えている。
 
同社はラジオ・ニュージーランドに対し、「ひねりの効いた方法でこのメッセージを伝えたかった」と述べ、「ラグビーのフィールド上だったら、ニュージーランドは2位とか3位であることを受け入れないだろう。5Gについても、そうした地位に甘んじるべきではない」と主張した。
 
しかし、ニュージーランド政府はこれに動じていない。情報機関を監督するアンドリュー・リトル法相は報道陣に「彼らはほえたいだけほえればよい。だが、われわれはニュージーランドの国家安全保障上の利益のために決定しなければならない」と述べた。 【2月13日 AFP】AFPBB News
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【「われわれは中国人に盗まれるか米国人に盗まれるかの選択をすることになる」】
もう一つは、ことの本質をついたものかも。

****ファーウェイ問題は「中国人に盗まれるか米国人に盗まれるかの選択」―仏専門家****
2019年2月11日、仏国際放送局RFIの中国語版サイトによると、フランスのサイバーセキュリティー専門家が「ファーウェイ危機」について、「何も目新しいことはない」と評した。

記事は、「フランスのテレビ局の番組内でファーウェイ機器および米中貿易戦争について討論が繰り広げられた」と紹介し、その中で同国のサイバーセキュリティー専門家でパリ政治学院で教師を務めているFabrice Epelboin氏の話を取り上げた。

同氏はファーウェイによる技術情報窃取の疑いについて「何ら新しい現象ではなく、同様の事件はすでに起きている。スノーデン事件は国と国との間における情報の盗みあいがすでに久しく行われていることを十分に説明している。そして、情報や特許を盗むという分野では現状、米国の国家安全保障局(NSA)が抜きんでている。NSAの情報窃取は、ファーウェイよりも一層システマティックなものだ」と論じた。

また、ファーウェイと中国政府の「服従関係」が取り沙汰されていることに関しては「中国は一層顕著ではあるものの、他の国も同じ。米国には愛国法があり、米国企業は政府に協力しなければならない。

フランスの国民議会も先ごろ似たような法案を通しそうになっており、これは世界的な現象だ。われわれは事実上すでに監視管理社会の時代に入っていて、中国はこの問題を明確に認識しているが、米国をはじめとする他国は依然として認識できていない」と指摘している。

さらに、ファーウェイが設備を通じて情報を窃取することが可能かどうかについては「完全に可能だ。しかし、米シスコの設備も同様の機能を持っている。

欧州ではこのような設備は生産されていないので、われわれは中国人に盗まれるか米国人に盗まれるかの選択をすることになる。陰謀論などとメディアは言うが、こんなことはとうの前から存在することだ」との見解を示した。【2月13日 レコードチャイナ】
*********************

Fabrice Epelboin氏の指摘しているように、通信網から情報を盗むということにおいて、今現在もっとも大規模に行っているのはアメリカ自身でしょう。

以前も取り上げましたが、ネットフリックス配信動画「パイン・ギャップ」(オーストラリアに置かれた現存するアメリカ主導のアジア・南シナ海をカバーする情報監視基地を舞台にしたドラマ)は、このスノーデン事件が明らかにした世界の現実を印象的に示してくれています。

もちろんフィクション・ドラマですから、描かれているもののうち、どこまでが現実のものかは不明ですが、現代社会の実像に関する大まかなイメージをつかむのには役立つでしょう。

アメリカが全世界に展開する通信傍受技術や衛星監視技術を駆使すれば、対象さえ特定されれば通話・メールをすべて傍受し、衛星から画像監視することも可能なようです。携帯・スマホも遠隔操作で本人が知らないうちに盗聴・盗撮装置になってまうようです。

ドラマの中では、米中核戦争の危機に際して、中国の国家主席と首相の会話も傍受されますが、アメリカ側は、“中国側が意図的に傍受させたのでは?”と判断に迷う場面も。

実際はそんなものかも・・・と面白かったのは、特定の対象を監視するために衛星を操作するには莫大な費用がかかるとのことで、アメリカ側のチームリーダーが衛星を使うかどうか迷うシーン。

結局、衛星を使うことを決断すると、オーストラリア側スタッフが「行け、行け、金持ち」とからかいます。

ファーウェイのバックドアはともかく、中国も情報監視に取り組んでいるのは間違いないでしょうが、それはアメリカも同じで、もっと大規模に行っています。(個人情報に対する“表向き”の姿勢に差があると言えばそうですが・・・)

中国一人が絶対悪で、アメリカがそれを阻止する正義の味方という話ではなく、新旧の情報泥棒同士の争いであり、どっちに味方するか・・・という話です。
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温暖化の「恩恵」を受けるグリーンランド  自治政府が進める空港建設をめぐる米中のせめぎあい

2019-02-12 22:01:22 | 欧州情勢

(夕日を受けて輝くグリーンランドの首都ヌークの集合住宅【2月12日 WSJ】)

【「スイッチが入った」グリーンランド氷床融解 全部融解すれば海面は7m上昇】
北極圏に位置するグリーンランド(デンマーク領)の氷床が温暖化の影響でハイペースで融解していること関する記事はよく目にするところです。

将来的にグリーンランドの氷がすべて解けると、世界の海面が7m上昇するという指摘もあるようですから、日本を含む全世界に与えるその影響は破壊的に甚大です(一部の国は水没して姿を消してしまいます。日本も列島の地図の形が変わるかも。まあ、その前に人口減少で消滅しているかもしれませんが)。

今日は、温暖化自体がテーマではありませんので、「スイッチが入った」最近のグリーンランド氷床の状況に関する記事をひとつだけ。

****未曾有のペースで進む グリーンランド氷床融解****
氷床コアから解析、過去350年間でもありえない速度で融解

2012年7月、北極圏で異例の高温が数日にわたって続き、グリーンランドの氷床(地表を覆う氷の塊で規模の大きいもの)のほぼ全面が解けだした。
 
氷床の端に積もった雪の上には、真っ青な水たまりができた。水たまりはやがて小川となり、溝や割れ目を勢いよく流れ出す。ある川は増水し、古くからある橋が押し流された。2012年、氷床からあふれ出した水は、地球の海面を1ミリ以上上昇させた。
 
当時、このことがいかに異例で、いかに憂慮すべきかを正確に知る者はいなかった。しかし、最新の研究で、2012年の暑い夏は、グリーンランドからの雪解け水の増加し続けた20年間でも未曾有の出来事であったことがわかった。

しかも、この間、気温上昇より速いペースで氷床の融解が進んでいた。そして、今も温暖化は止まらない。

米ローワン大学の研究者ルーク・トラセル氏は、「過去350年間で一番の氷床融解です。融解の期間も、過去起きた期間よりもはるかに長いと考えられます」と説明する。トラセル氏は2018年12月5日付け科学誌「Nature」に発表された論文の主執筆者だ。
 
融解の影響は、決して抽象的なものではない。グリーンランドの氷床は厚さが1.6キロもある。すべての氷床が解けたら、地球の海面は7メートルも上昇するほど大量の氷だ。


極地で融解が起きると、沿岸部に暮らす人々はもちろん、輸出入が盛んな港が使えなくなれば大きな影響は免れない、と科学者たちは警告している。

「スイッチが入った」
科学者たちの間では、グリーンランドの氷床が速いペースで解けていることは既知の事実だった。氷床の面積が縮小していることは、人工衛星からの画像で確認できていたからだ。

ただ、人工衛星の画像データを遡れるのは1990年代前半までだ。このため、氷の融解がどれほど憂慮すべきかを正確に知ることは難しかった。

これほど急速に温暖化が進むことが過去にもあったのか? 人間の活動による地球温暖化が本格化する前と比べて、融解スピードが異常なものと言い切れる情報がなかったのだ。

そこで、トラセル氏らは氷床そのものを調べることにした。氷床コアには、過去数百年分の融解の記録が残されている。そこで、トラセル氏らはグリーンランドの様々な地点から氷床コアを採取。それらをシミュレーション・モデルと比較し、氷床の融解に起因する雪解け水の流出量を計算した。
 
こうしてトラセル氏らは明確なシグナルを発見した。人間活動による気候変動が初めて北極圏を直撃したのは産業革命後の19世紀半ば、氷床の融解と雪解け水の流出がゆっくり増え始めたというシグナルだ。

しかし、劇的な変化が起きるのはこの20年のこと。突然、氷床の融解が激しくなり、産業革命前の6倍近くに達したのだ。

「まさにスイッチが入ったような感じです」と、雪氷学を専門とする米バッファロー大学のビータ・クサソ氏は第三者の立場で表現している。

「汚れた氷の塊」が融解を加速する

気温が上昇するペースに比べて、氷床の融解がより速いペースで進んでいることもわかった。原因は、解けた部分の氷の色の変化だった。

「真っ白なフワフワの雪を思い浮かべてください。一度解けると、空気中のチリなどで汚れますよね。つまり汚れた氷の塊に変わります」とトラセル氏は説明する。

氷床が解けて汚れると、真っ白な雪より太陽の熱を吸収しやすくなる。こうして融解が加速していく。「気温に変化がなくても、融解が止まらなくなるのです」。

北極圏は、地球の中でも急速に気温が上昇している場所だ。このことを考えると、氷床の融解は良い兆候とは言えない。
 
米メイン大学で氷河の研究を行うエリン・エンダーリン氏は第三者の立場で、「今私たちが目撃しているのは前代未聞の出来事です。融解が激しくなっている原因は地球温暖化で、温暖化の原因は、人間が大気中に温室効果ガスを排出していることです」と警告する。「これが地球からのフィードバックであり、人間はそのつけを払うことができなくなっています。今のシステムでは変化に対応できません」【2018年12月8日 NATIONAL GEOGRAPHIC】
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【地下資源利用・農業・漁業・観光で経済活性化するグリーンランド】
ただ、全世界に破壊的な影響を与えるグリーンランド氷床融解ですが、グリーンランド自身にとっては氷に覆われた不毛の島からの脱却でもあり、大きな変化をもたらすチャンスでもあります。
(2016年9月23日ブログ“グリーンランド  地球温暖化の「恩恵」で、将来的には独立も”など)

****温暖化によって発展するグリーンランド~これだけの理由****
黒木瞳がパーソナリティを務める番組「あさナビ」(ニッポン放送)に、株式会社ザ・スリービー代表取締役の石田和靖が出演。注目する新興国としてグリーンランドの将来性について語った。

黒木)今週のゲストは株式会社ザ・スリービー代表取締役の石田和靖さんです。海外の経済やビジネスに詳しい石田さんにいろいろと伺っていますが、石田さんが経済的に注目している新興国はどこになりますか?
石田)面白いなと思うのはグリーンランドです。

黒木)どういったところでしょうか?
石田)グリーンランドは2035年にデンマークから独立します。これはほぼ合意が決まっています。

グリーンランドはデンマークの領土なのです。グリーンランド自治政府というのがあって、いまデンマーク政府と話し合っています。

グリーンランドはいままで経済的な自立ができなかったから、デンマーク政府が毎年500億円くらい払って成り立っている島でした。

でもそれが気候変動で氷が融けて資源が採掘できるようになって、その資源は石油、天然ガス、レアメタル、レアアースなどいろいろなものが発見されています。

もう1つはグリーンランド海峡の温度が上がっています。そうすると、メキシコ湾で産卵されたクロマグロがずっと北に上って来ていて、グリーンランドでマグロが釣れる。ツナ缶の加工工場や、中国が投資をしていろいろな食品加工会社ができるようになりました。そして農業です。

黒木)農業もできるのですね!
石田)気候変動で。ジャガイモとか、北海道の寒い地域でも取れるような野菜が採取できるようになりました。

4つ目が、観光です。黒木さんみたいにあちこちに行かれている方は、次にどこ行へこうかなって考えたら、もう最終的にはグリーンランドみたいなところになってしまいます。(中略)

夏場しか観光客が来られないところなので、夏場の飛行機は満席です。僕らもようやくチケットが取れて、夏場に1日だけ行きました。(中略)

黒木)温暖化でいろいろな問題もありますが、グリーンランドはこれから発展していく国に変わるわけですね。
石田)北極海の氷の融け方が早いので、今度はアジアとヨーロッパを繋ぐ航路に北極海航路というものができるのですよ。

いまは日本からヨーロッパと言ったら、シンガポールを通ってスリランカやインドなど南の方を回って、スエズ運河を通って地中海でヨーロッパでしょう。

黒木)地図で言うと上を行けるんだ。
石田)氷が融けると通年運航といって、1年間通じて運行できるようになります。ロシアのプーチンさんが、2020年までに北極海航路を国際航路にすると宣言しています。そうなると距離が南回りの4割削減なのですよ。燃料も4割削減されます。

黒木)そっちに行きますよね。
石田)二酸化炭素の排出量も減るということで。そうなって来たときに、シンガポールのような寄港地が必要じゃないですか。その立ち位置を狙っているのがグリーンランドです。

黒木)なるほど。
石田)ヨーロッパ側の入り口、出口。世界中の氷河って、1日で2メートル動くのですね。グリーンランドは1日に20メートル動くのです。

グリーンランドの氷河が融けると地球の海水面は7メートル上がります。それだけグリーンランドの氷はものすごい勢いで融けています。僕らが生きているうちにそれが起きることはないだろうけれど……。【1月17日 ニッポン放送】
*******************

【氷床融解で大量の土砂が海中に 砂利輸出の恩恵も】
グリーンランドの地下に“石油、天然ガス、レアメタル、レアアースなどいろいろなもの”が存在していることは上記のとおりですが、グリーンランドの土地そのもの、というか“砂”も大きな経済価値があるようです。

****氷床融解進むグリーンランド、砂輸出で経済活性化も=研究論文****
地球温暖化で広大な氷床が融けて大量の土砂が海中に流出しているグリーンランドについて、建設業界で広く使用されている砂や砂利を採掘し輸出することで経済活性化につなげられる可能性があるとの研究論文が、科学誌ネイチャーに掲載された。実現すれば、気候変動の産物としては異例の「恩恵」になる。

グリーンランドはデンマーク領で、自治権が拡大されてきたが、経済はデンマーク政府の補助金に大きく依存している。

デンマークと米国の科学者チームによる論文は、グリーンランドは「砂を採掘することにより、気候変動に伴う難題から恩恵を受けられる可能性がある」と指摘。一方で、沿岸部の採掘については特に漁業へのリスクを評価する必要があるとした。

グリーンランドの氷床は地球の気温上昇でとけ続けており、すべてとけると世界全体で海面が約7メートル上昇するとされる。また、氷床の融解により、フィヨルドへの土砂の流出も続いている。

2017年における世界の砂需要は約95億5000万トンで、市場価値は995億ドル。2100年には、需要増に加えて供給不足が予想されることから、価値は約4810億ドル近くに達するとみられている。

グリーンランドは欧米の市場から遠距離に位置することが難点との指摘がある一方、同論文の筆頭著者である米コロラド大学極地・高山研究所のメッテ・ベンディクセン氏は、砂はすでに、バンクーバーからロサンゼルスへ、あるいはオーストラリアからドバイへなど長距離を輸送されていると説明した。

研究では、将来的に、グリーンランドの氷床融解を含む現象に伴う海面上昇でリスクにさらされる砂浜や海岸線の補強に砂や砂利が使用される可能性も指摘された。【2月12日 ロイター】
******************

グリーンランド氷床融解による海面上昇に対し、そのグリーンランドから押し出される砂・砂利を使用する・・・奇妙な話です。

砂利に大きな経済的価値があることは、アジア各地の川を船で旅行すると、あちこちで砂利採取していることからもわかります。メコン川など違法採取が大きな問題にもなっています。

そうした環境面への影響だけでなく、氷床の融解が土砂を押し流すということは、冒頭【NATIONAL GEOGRAPHIC】にある「汚れた氷の塊」の問題を加速させそうにも思えます。

【空港建設を巡って米中対立の最前線にも】
上記【1月17日 ニッポン放送】にもある、今後が期待されている北極航路の寄港地としてのグリーンランドですが、これまでデンマーク政府が相手にしなかった空港建設に例によって中国が進出しそうだということで、米中対立の最前線ともなっています。

****中国の野望を阻止、北極圏めぐる攻防の舞台裏****
米国防総省は昨年、北極圏に位置するグリーンランドの空港建設計画に警鐘を鳴らした。中国が計画への融資に関心を示しているというのだ。中国がカナダ沖に軍事拠点を持つことになるかもしれない。
 
2017年、グリーンランドの首相は中国を訪問し、3つの民間空港を建設するための融資を複数の国営銀行に要請した。会合に出席した関係者によると、銀行側は中国企業が建設する条件で融資に関心を示したという。
 
昨年初めにこの話を聞いた当時のジム・マティス米国防長官はデンマークを訪問。グリーンランドはデンマークの自治領だが、デンマーク政府は空港建設への融資に消極的だった。
 
関係者によると、マティス氏は5月、ワシントンでデンマークのクラウス・フレデリクセン国防相と会談し、中国にこの地域の軍事化を許してはならないと伝えた。
 
中国が世界各地で次々と建設に乗り出しても、米国と欧州はこれまで傍観していることが多かった。中国の銀行は世界との新たなつながりを求め、道路や鉄道、パイプライン、発電所など何百というプロジェクトに融資を行い、そのほとんどは中国企業が建設を引き受けている。
 
欧米政府はリスクある海外インフラに融資することに消極的だった。しかしインフラ建設で中国から融資を受けた国が財政難に陥り、地政学的な影響が表面化すると、その態度に変化が起き始めた。
 
スリランカがその一つだ。同国は中国から融資を受けたものの利子が支払えず、インド洋の主要海上交通路に近い港を99年間、中国企業に貸与した。
 
慌てた米国は代わりの融資を提案するため同盟国と手を組み始めている。米国などからの融資額は中国の計画と比べるとまだ少ないが、7月には米国、日本、オーストラリアがインド太平洋地域のインフラ整備への投資で連携すると発表した。10月には欧州連合(EU)も同様の計画を発表した。
 
空港建設計画の事業費は5億5500万ドル(約612億円)。国防総省関係者は、財政支援に頼るグリーンランド自治政府が融資の返済に苦労する可能性があるとの懸念を示した。

米国はグリーランドにミサイルを追跡するための空軍基地を設置している。返済が何度か滞れば、中国が滑走路を取得するかもしれない。滑走路があれば戦闘機が離発着できる。北極圏の氷が解けて利用が可能になる新たな海上交通路や資源もグリーンランドに拠点があれば利用しやすい。
 
数カ月後、空港問題で自治政府が倒れ、米国とデンマークの政府高官が立て続けに訪問すると、グリーンランドは首都ヌークの新空港と別の空港をデンマーク政府が保証する借入金で建設すると発表した。3つ目の空港はグリーンランドが資金を出すことになり、中国の参加は予定されていない。
 
米国防総省はグリーンランドの空港インフラに異例の資金協力を申し出ている。
 
米国の政府関係者はグリーンランドのケースについて、世界を目指す中国の野望に対抗する一つのモデルと考えている。中国の台頭で米国の影響力を脅かされつつある地域に対し、同盟国に呼び掛けて関与するというやり方だ。
 
国防総省高官は「このような問題が起きると同盟関係の力が分かる」と語る。
 
中国外務省は空港建設計画についてのコメントの要請には応じなかったが、声明の中でグリーンランド、デンマークとは良好な関係にあると述べた。また、中国政府は国内企業に北極圏の開発を支援するよう奨励しているとも述べた。(後略)【2月12日 WSJ】
*******************

デンマーク政府はそれまでの冷淡な対応を一変し、アメリカに促される形で、中国の進出を阻止するため破格な条件を提示したようです。
「国家安全保障への投資、デンマークが米国と良好な関係を保つための投資だ」(デンマーク海軍の元トップで北極圏の安全保障問題の専門家のニルス・ワング氏)

ただ、“平和主義者らはかつて核ミサイル基地の建設に秘密裡に着手した米軍を今でも信用できないと言い、多くの議員はデンマークの影響力を嫌った。”【同上】というように、“欧米が再び影響力を強めることをグリーンランドの誰もが歓迎しているわけではない”【同上】とも。

いずれにしても、これから大きく変容することが予想されるグリーンランドですが、そのことは温暖化の侵攻とも表裏一体の現象です。

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アフガニスタン やっとつかんだ女性の自由はどうなる? タリバン復権に広がる懸念

2019-02-11 22:53:30 | アフガン・パキスタン

(アフガニスタンの首都カブールにある飲食店で働く女性たち(2019年1月30日撮影)【2月6日 AFP】)

【アフガン和平でもアメリカに対抗して主導権を狙うロシア】
アフガニスタンについては、タリバンとアメリカの協議が行われる一方で、ロシアが主導する和平会合もモスクワで開催され、ロシアはアメリカに対抗する形で和平協議の主導権を握り、今後のアフガニスタンにおける影響力確保を目指しています。タリバンの方はアメリカをけん制する狙いでしょう。

****アフガン、米ロ主導権争い ロシアで和平会合 タリバーン参加****
紛争が続くアフガニスタンの和平に向けた国際会合が5日、モスクワで始まった。6日までの予定で、アフガニスタン政界の重鎮らと反政府勢力タリバーンが席を並べる初の機会となる。

仲介役のロシアには、タリバーンとの協議を進展させている米国を牽制(けんせい)しつつ、和平の主導権を握りたい思惑がある。
 
会合にはタリバーン代表団約10人が出席したほか、アフガニスタンのカルザイ前大統領ら大物政治家30人余りが招かれた。イランやパキスタン、中央アジア諸国などのアフガニスタン移民も参加した。
 
タリバーンは会合の冒頭で「問題は話し合いで解決できる。米軍が撤退しても権力を独占するつもりはない」と語り、国内各派との和解を進める意向を示した。
 
ただ、参加したアフガニスタンの政治家は、いずれもガニ大統領率いる現政権に批判的な勢力だ。ガニ氏が再選を目指す7月予定の大統領選を前に、タリバーンとの和平の枠組みに加わることで、対抗勢力としての存在感を内外に示す好機と捉えている。
 
米国が後押しするガニ政権は参加を見合わせた。米国とタリバーンが1月下旬、アフガン駐留米軍を完全撤退する方針で大筋合意しており、ガニ政権との対話の進め方についても米国主導で調整が始まっているためだ。
 
シリア情勢や中距離核戦力(INF)全廃条約などをめぐり対立する米ロがアフガン和平でもつばぜり合いを演じている形で、ガニ政権幹部は「タリバーンとの交渉にあたっては各勢力が団結しなければならない」と、ロシアの介入に警戒感を示している。
 
一方、ロシア外務省は「アフガニスタン人主導で、国際社会も認める和平プロセスを実現する」と強調する。モスクワでタリバーンが参加する会合が開かれるのは昨年11月に続いて2回目。独自の枠組みに多くの勢力を巻き込んで、地域への影響力を保ちたい思惑がのぞく。
 
アフガニスタンは、ロシアにとって戦略的に重要な位置にある。ロシアの「裏庭」とも言える中央アジアに隣接していて、アフガニスタン情勢は地域全体の安定に直接的な影響を持つ。

特にアフガニスタン東部に拠点を持つ過激派組織「イスラム国」(IS)の流入などにロシアは警戒を強めている。まして米国がさらに影響力を強める事態は避けたいシナリオだ。
 
ロシアはソ連時代の1979年、アフガニスタンに軍事侵攻した。社会主義を掲げるアフガニスタンの親ソ連政権を支援する名目だったが、米国などが支援したイスラム勢力の激しい抵抗で戦闘は泥沼化し、89年に撤退。権力の空白を突いてパキスタンが支援したタリバーン旧政権、次いで米国が後ろ盾になったカルザイ政権が誕生し、ロシアの影響力は小さくなっていた。(後略)【2月5日 朝日】
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【「権力を独占するつもりはない」とは言うものの・・・】
会議の内容として注目されるのは、タリバンの「権力を独占するつもりはない」という柔軟・協調的姿勢のアピールです。
参加メンバーの面では、アフガニスタン政府(ガニ政権)の不在が目につきます。

****タリバーン「権力独占しない」 和平会合で共同声明 アフガン政府は反発****
アフガニスタンの和平に向けてロシアが仲介して首都モスクワで6日まで開かれた国際会合で、アフガン反政府勢力タリバーンが初めて公式に「権力を独占するつもりはない」と表明した。

仮に政権を握っても、2001年に米軍の攻撃を受けて崩壊したタリバーン政権時代の圧制には戻らないと宣言した形で、和平を前進させたいタリバーンの姿勢が明確になった。
 
5日から始まった会合でのタリバーン代表の発言を受け、6日に出された共同声明には、多民族国家のアフガニスタンで「全民族が参画する政府」を尊重し、「国民の結束」を目指すとの文言が盛り込まれた。
 
今回の会合には、最大民族パシュトゥンが主体のタリバーンのほか、パシュトゥンのカルザイ前大統領、タジクやハザラなど他の主要民族を代表する政治家らが出席した。
 
タリバーンは会合で「権力を独占するつもりはなく、全ての勢力と協議して統治システムを確立したい」と表明した。

タリバーンは政権の座にあった1990年代、少数派の民族を迫害したり女性の人権を制限したりする抑圧政策で批判を浴び、それがいまも国際社会の不信感につながっている。
 
タリバーン幹部は朝日新聞の取材に「外国から支援を得るためにも強硬姿勢を貫くことは賢明でない」と語る。
 
6日の共同声明にはタリバーンの主張を受けて、イスラム教を重んじる統治システムの採用やタリバーン幹部の制裁解除、収監中の年老いたタリバーン構成員の釈放などを目指すことも加えられた。近く中東カタールで再会合を開くことも明記された。
 
一方、アフガニスタンのガニ大統領率いる現政権は会合に参加しなかった。ガニ政権の後ろ盾となってきた米主導の和平の枠組みを優先するためだ。
 
ガニ氏は今回の会合のさなか、公式ツイッターで「ポンペオ米国務長官と電話会談し、連携を確かめた」と発信。地元テレビのインタビューで「モスクワで誰が何を決めようと現政権の了解なしでは紙切れ同然」と語った。
 
アフガニスタンでは7月に大統領選が予定されている。モスクワでの会合でタリバーンとの協議にこぎ着けた政界の重鎮たちは、いずれもガニ氏の再選阻止を狙う勢力だ。ガニ氏だけが取り残された形で、今後は米国がタリバーンとガニ氏を引き合わせられるかが課題になる。【2月8日 朝日】
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タリバンの旧政権時代の圧制には戻らないというアピール・・・どうでしょうか?
そうであることを期待しますが、全面的には信用できません。そのたりの話は、またあとで。

【7月20日に予定される大統領選】
参加メンバーにカルザイ前大統領・・・・久しぶりに名前を目にしましたが、7月20日に予定されている大統領選挙には、どのようなスタンスで臨むつもりでしょうか。

****アフガニスタン大統領選18候補、選管が発表****
アフガニスタンの選挙管理委員会は5日、7月20日に予定される大統領選で、資格審査を通った候補者18人を発表した。現職のガニ大統領や首相格のアブドラ行政長官の他、現政権への批判を強める有力者が認められ、混戦が予想される。
 
最大の争点は治安だ。最大民族パシュトゥン系のガニ大統領は、治安分野に国家予算の約6割を注いできたがテロは収まらず、野党から批判を浴びている。
 
対抗馬として有力な第2民族タジク系のアブドラ氏は、ガニ氏との利権争いで政治停滞を招き、支持母体のタジク系勢力の一部が離反。第4民族ウズベク系の支持を得て、態勢の立て直しを図っている。
 
ガニ氏の前顧問で安全保障分野に明るいアトマル元内相も有力候補の一人だ。
 
過半数を得る候補がいない場合は、上位2人の決選投票となる。【2月7日 朝日】
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大統領選挙はともかくとして、8年ぶりとなった昨年10月の下院選挙は、有権者登録に利用される身分証が偽造されたケースが相次いで報告され、「投票で不正があった」との申し出が相次ぎ、いまだに結果の確定に至っていません。

そうした事情で、大統領選挙も4月の予定が7月に延期されています。
いまだに確定しないということは、要するに選挙が成立しなかったということでしょう。ガニ政権は選挙実施で統治能力をアピールしようとしましたが、結果裏目に、統治能力のなさを明らかにする形になっています。

大統領選挙が延期された背景には、アメリカの意向もあるとか。
“米国は昨年夏以降、2015年以来、途絶えている和平交渉再開への地ならしのため、タリバン代表団と複数回会談している。タリバンとの対話を優先させたい米国が、政治的空白や混乱を生みかねない大統領選の延期を求めたとみられる。”【1月15日 産経】

【アメリカ「合意は7月の大統領選前が望ましい」】
で、そのアメリカ・トランプ政権が進める、米軍撤収で大筋合意したタリバンとの協議です。

****アフガン和平 見通せない米軍撤収 タリバンとアルカイダの関係断絶に壁****
開戦から18年目に入り、米国史上最長の戦争の舞台となっているアフガニスタンで、トランプ政権と旧支配勢力タリバンが駐留米軍の完全撤収を目指すことで大筋合意し、和平を目指す動きが加速している。

だが、米側が撤収条件とするタリバンと国際テロ組織アルカイダとの関係断絶など、容易には越えられない壁もある。双方は今月25日に再協議を予定するが、進展するかは見通せない。(後略)【2月4日 毎日】
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アメリカ側は、7月のアフガニスタン大統領選挙前の合意が望ましいとしています。

“望ましい”のはわかりますが、問題はそんなに簡単に進むのか・・・というところです。また、競技から外されているガニ政権の立場はどうなっているのか・・・という問題もあります。

****アフガン和平合意、7月の大統領選前が望ましい 米特別代表 タリバンに不信感も****
米国のザルメイ・ハリルザドアフガニスタン和平担当特別代表は8日、アフガンで7月に予定されている大統領選前に和平合意を結ぶことが望ましいとの見解を示す一方、長きにわたって敵対していた旧支配勢力タリバンを信用していないと警戒感を示した。
 
ここ数週間タリバンと協議してきたハリルザド氏は、米軍の撤退は現場の状況次第となり、詳細なスケジュールは何も決まっていないとも強調した。

ドナルド・トランプ米大統領が多数の民間人と軍人が死亡したアフガン紛争の終結を急ぐ中、タリバンとの交渉が進められている。アフガンには今も、約1万4000人の米兵が駐留している。
 
ハリルザド氏は、米首都ワシントンにあるシンクタンク「米国平和研究所」で行った講演で、「われわれの立場からすると、和平合意のタイミングは早ければ早いほど良い」「和平合意の締結をとりわけ困難にする選挙が行われる。しかし、選挙前に和平合意に至ることができるならば、アフガニスタンにとってその方が良い」との見方を示した。
 
アフガニスタンの大統領選は当初は4月20日に予定されていたが、和平協議が行われる中、3か月延期された。不正疑惑で混乱した2014年の大統領選で当選したアシュラフ・ガニ大統領は、再選を目指している。
 
ハリルザド氏は先週、和平合意の「枠組みの草案」を発表する一方、大きな障害が残っていると警告していた。
 
タリバンが米国の「操り人形」とみなすアフガン政府が参加していないなどの数多くの理由から、和平協議には懐疑的な見方も出ている。
 
ハリルザド氏は、タリバンとアフガン政府が「テーブルを挟んで向かい合い、合意に達しなければならない」と述べ、米国の「重要な目標」はアフガン国内の交渉だと指摘した。
 
また、タリバンは外国の過激派をかくまわないと約束してきたが、専門家によると、今もそうした過激派の潜伏を支援しており、信用できないという。 【2月9日 AFP】
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タリバンから当事者扱いをされておらず、自国政府が参加しない場で国の将来が話し合われるという現状に、ガニ政権には苛立ちがあると思われますが、タリバンの政治事務所の開設を許可することで、タリバンとの和平協議にかかわっていこうとする譲歩を示しています。

****事務所開設許可、アフガンが提案 タリバーンに譲歩****
アフガニスタンのガニ大統領は10日、反政府勢力タリバーンに対し、「政治事務所の開設を許可してもいい」と呼びかけた。アフガニスタン政府が反政府勢力に事務所開設を認めるのは異例。政府側から譲歩する姿勢を示すことで、現在は政府との交渉を拒んでいるタリバーンとの和平協議につなげる狙いとみられる。
 
大統領府によると、ガニ氏は同日、東部ナンガルハル州で演説し、「(首都)カブールか(タリバーンの本拠・南部)カンダハル、もしくは(東部の要衝)ナンガルハルに、タリバーンが事務所を開く場所を提供する用意がある。安全も保証する」と語った。
 
タリバーンが事務所を開設すれば、隣国パキスタンに潜伏する幹部が事務所を拠点に活動し、政府高官らと接触しやすくなる可能性がある。【2月11日 朝日】
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【旧政権時代のタリバンによる圧政が復活しないのか? 女性の権利は?】
アメリカ主導であれ、ロシア主導であれ、和平協議が進展することは歓迎すべきことですが、先述のようにタリバンの発言をどこまで信用できるのか・・・という基本的な不安がつきまといます。

“イスラム教を重んじる統治システムの採用”を目指しているとのことですが【前出 2月8日 朝日より】、そのことは、旧政権時代の“イスラム主義の強制、少数派民族の迫害、女性の人権否定”再現につながらないのか?

また、彼らの考える“イスラム”の中身がどのようなものなのかが問題です。

****アフガン女性、やっとつかんだ自由どうなる? タリバン復権に広がる懸念****
アフガニスタンの旧支配勢力タリバンが女性の権利に対する考えを改めたと見なすのは単純過ぎる──こう話すのは、首都カブールで飲食店を経営しているライラ・ハイダリさんだ。

ハイダリさんは、教育を受けた多くのアフガン女性と同様に、タリバンと米国との間でいかなる和平協定が結ばれようとも、これまでに苦労して手に入れてきた自由が奪われるのではないかと不安を抱いている。

タリバン政権はかつて、教育および労働の機会を女性に与えなかったが、米国主導の多国籍軍による侵攻を通じて政権が崩壊してからの約20年間で、そのような厳しい制約は徐々に緩和されていった。

「彼らが戻って来たら、女性たちは公共の場から出て行かなければならなくなる」と、ハイダリさんは自身の店でAFPの取材に語った。ここはカブールでも男女が一緒に食事ができる数少ない場所の一つだ。

ハイダリさんは仲間と一緒に、タリバンの権力に引き下がらないようアフガニスタンの女性に呼び掛ける運動「#metooafghanistan(ミートゥー・アフガニスタン)」を立ち上げた。

カタールで6日間の協議を終えた米国とタリバンは、アフガニスタン政府とタリバンとの和平協議を実現するための枠組みをめぐって大筋合意した。

是が非でもアフガニスタンからの完全撤退を目指す米国と、アフガニスタンの広大な地域を実効支配しているタリバン。そうした状況下での和平協定締結がもたらす今後の政権の姿は、現時点ではまだ不明瞭だ。

多くの女性たちが恐れているのは、タリバンの政権への参画だ。2001年に米国が侵攻するまで政権を握っていたタリバンは、5年近くアフガニスタンを統治し、厳格なシャリア(イスラム法)を適用した。

米国の推定では、現在カブールを拠点とする政府が統治しているのはアフガニスタン全体の3分の2足らずで、タリバンが支配していた地域では何も変わっていない。

■締め出しへの懸念
人権団体で女性の権利を専門としているヘザー・バー上級研究員は、アフガニスタン女性には「和平交渉のプロセスから締め出される」ことを憂慮する理由がいくらでもあると話し、これまでも大抵はそうだったと付け加えた。

「女性に対するタリバンの考え方は2001年以降、ほんの少し穏やかになったものの、今なお、アフガニスタン憲法で女性に保障されている平等の権利とはかけ離れている」 

タリバンは1日、アフガニスタンで「イスラム体制の樹立」を目指すと宣言した。この中で、ザビフラ・ムジャヒド報道官は、女性が教育を受けることに同組織は反対していないと主張しているが、彼らが目指すイスラム体制がアフガニスタン女性の権利にどのような意味合いを持つかについては言葉を濁した。

国連によれば、アフガニスタンの800万人の児童・生徒のうち女子は250万人。下院では議席の4分の1以上が女性枠とされ、2016年には労働力人口の5分の1近くを女性が占めた。

タリバンを警戒するのは、何もカブールの女性だけではない。地方の女性にとってもこれは同様の不安要素だ。地方では識字率が2%に満たない所もあり、保守的な伝統に縛られて人権がないがしろにされることも少なくない。

■「女性たちは自分の権利をむざむざ奪われることを許しはしない」
それでも、過去20年でアフガニスタンは変化を遂げており、同国の女性らも自らの権利をむざむざ奪われることを許しはしないだろうと、女性人権活動家らはAFPの取材に語る。

「アフガニスタンの女性たちは以前より強くなった。知識と教養を身に付けている。1998年のアフガニスタンに戻ることに賛成する人は誰もいない。これは男性も同じだろう」と、女性と人権に関する議会委員会のフォージア・クーフィ委員長は主張する。

活動家のアティア・メフラバン氏もこの意見にうなずきながら、「平和のためなら何だって許されるわけじゃない」と語っている。 【2月6日 AFP】AFPBB News
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“同国の女性らも自らの権利をむざむざ奪われることを許しはしない”・・・・・そうであって欲しいですが、権力を手にした銃口の前では抵抗は困難です。イスラムを声高に叫ぶ勢力に抵抗するのも困難です。

“1998年のアフガニスタンに戻ることに賛成する人は誰もいない”・・・・・現在の腐敗した非効率的な政治から恩恵を受けていない人々には、タリバンのような勢力による「改革」に期待する声も一定にあるのではないでしょうか?

アメリカ・トランプ政権は、タリバンとの協議にあたって、このようなアフガニスタン女性の不安をどのように反映させているのでしょうか? とにかく泥沼からの撤退しか頭にない、あとは野となれ山となれ・・・では困ります。

アメリカが撤退したあとのアフガニスタン政府には、タリバンの圧力を押し返すような力はないでしょう。
いずれタリバンが完全支配するか、あるいは、かつてのような軍閥・民族が割拠した内戦状態になることが懸念されます。

もう何年も前になりますが、タリバン支配地域でタリバン系地方政府が女性教育に取り組んでいる、タリバンはかつてのタリバンではない・・・といった報道をめにしたこともありますが、そうしたタリバン支配地域での人々・女性の生活は実際のところどうなっているのでしょうか?

タリバンとの協議は、そうした現実を踏まえて進める必要があります。「7月の大統領選挙までに・・・」というのは、いささか前のめりに過ぎるように思えます。

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インド  国内外に批判も、モディ首相の北東部訪問  ばらまき予算に統計不正、露骨な総選挙対策

2019-02-10 23:16:15 | 南アジア(インド)

(インド北東部トリプラ州の州都アガルタラで、式典に臨むナレンドラ・モディ首相(2019年2月9日公開)【2月10日 AFP】)

【市民権法の差別的改正 現地は移民流入を警戒して反発】
インドでモディ首相が黙認する形でヒンズー至上主義が広がっていること、また、昨年12月に行われた5つの州議会選挙で与党・インド人民党(BJP)が大敗したことで、5月までに行われる総選挙の向けての態勢立て直しのために、モディ政権が支持層向けにヒンズー教重視・反イスラムの姿勢を強めていることなどは、これまでも再三取り上げてきたところです。

そうしたヒンズー至上主義的施策のひとつが、不法移民に対し、イスラム教徒以外のみ国籍を与える市民権法改正の提案です。

しかし、この差別的な改正は不法移民流入が多い現地では、更なる移民流入を警戒するヒンズー教徒を含めた住民の反発を招いているとも報じられています。

****インド「イスラム差別」法案が波紋 他宗教の不法移民には国籍****
ヒンズー教徒が約8割を占めるインドで、イスラム教徒以外の不法移民にのみ国籍を与える法律改正案が下院で可決された。

ヒンズー至上主義を掲げるモディ首相の与党・インド人民党(BJP)の母体組織はイスラム教徒と対立してきた歴史があり、春に予定される総選挙に向け、保守層の支持固めを狙ったとみられる。

イスラム教徒や専門家らは「憲法の規定にある法の下の平等に反し、宗教間の対立をあおる」と批判している。
 
8日に下院で可決された改正案は、2014年末までにインドに不法入国したパキスタン、バングラデシュ、アフガニスタン出身者のうち、ヒンズー教▽シーク教▽仏教▽キリスト教――などイスラム教を除く6宗教の信者に国籍を付与するもの。

バングラからの不法移民だけで2000万人に上るとの見方もあるが、宗教別の人数を含め詳細は不明だ。
 
この3カ国はいずれもイスラム教国で、それぞれ宗教的少数派への差別や迫害が度々問題になってきた。このことを踏まえ、BJP前総裁のシン内相は「(イスラム教徒でない)彼らはインド以外に行く場所がない」と改正の意義を強調する。
 
イスラム教徒からは反発の声が上がる。ニューデリーで38年間暮らすバングラ出身のイスラム教徒の男性(55)は20年以上前にインド国籍を取得。「私は運が良かったが、取得できていない多くの人々もここに生活基盤がある。イスラム教徒というだけで出て行けと言われるのはおかしい」と憤る。
 
ジャダプール大のオンプラカシュ・ミシュラ教授は「宗教で人々の権利を選別するのは明らかな憲法違反」と指摘。さらに「BJPは上院で過半数の議席を持っておらず、実際に改正案を施行できるとは考えていない。ヒンズー教徒のために取り組んでいるという姿勢を見せたいだけだ」と批判する。
 
インドでは、14年のモディ政権誕生以降、勢いを増したヒンズー過激主義者によるイスラム教徒への襲撃や嫌がらせが相次ぐ。

BJPに詳しい地元紙の記者は「改正案の下院可決はBJPの反イスラム姿勢の最たる例だ。過激主義者の行動がさらにエスカレートしかねない」と懸念を示す。
 
一方、BJPの思惑とは裏腹に、不法移民が多い北東部では改正案に反発する動きがヒンズー教徒にも広がる。特にアッサム州では改正案への抗議デモが連日続き、BJPの連立政権のメンバーだった地域政党が連立からの離脱を決めた。
 
アッサムの人々はもともと言葉や生活習慣が異なるバングラからの移民流入に反対してきた。改正案が成立すればイスラム教徒以外のバングラ人の更なる流入を招くとの不満がある。
 
匿名を条件に取材に応じた政府系シンクタンクの専門家は「アッサム州では反移民を主張する武装組織が活動してきた。近年は弱体化していたが、改正案を機に息を吹き返すだろう。『パンドラの箱』を開けてしまった恐れもある」と指摘する。

 ◇ヒンズー至上主義とイスラム教徒
インドのイスラム教徒は全人口約13億人のうち約14%で、宗教別ではヒンズー教徒に次ぐ。

19世紀後半以降、インドを植民地としていた英国が、独立運動を妨害する目的でヒンズー教徒とイスラム教徒の対立をあおる政策を取った。

インド独立の父、マハトマ・ガンジーは宗教間融和を訴えたが、インド人民党(BJP)の母体のヒンズー至上主義団体「民族奉仕団」(RSS)はこれに反発し、1992年の北部のモスク(イスラム教礼拝所)破壊を主導した。2002年には西部でRSSのメンバーらとイスラム教徒が衝突し、イスラム教徒を中心に1000人以上が死亡した。【1月14日 毎日】
********************

モディ首相は、バングラデシュからの不法移民が多い北東部を訪問していますが、上記市民権法改正に対する現地の強い反発を受けているようです。

****インド北東部で首相訪問に合わせ抗議デモ、国籍に関する法改正案めぐり****
インド北東部で9日、ナレンドラ・モディ同国首相の訪問に合わせ、激しい反発を巻き起こしている国籍に関する法改正案への抗議デモが2日連続で行われた。

同国北東部のアッサム州、アルナチャルプラデシュ州、トリプラ州を訪れる予定のモディ首相は8日、最初の訪問地であるアッサム州の州都グワハティに到着すると、強い侮辱とみなされている黒旗による抗議で迎えられた。
 
デモ参加者は黒旗を振ったり、モディ首相をかたどった人形を燃やしたりしたほか、一部の学生は州政府庁舎前で、全裸姿で抗議した。
 
モディ首相率いる右派与党・人民党は、1955年に制定された市民権法の改正を提起。アフガニスタンやバングラデシュ、パキスタンといったイスラム教徒が多数を占める隣国から逃れてきたヒンズー教徒や宗教的少数派らにインド国籍を与えるというもの。
 
3300万人の人口を抱えるアッサム州では、少数民族および先住民と外部からの移住者との間で、数十年にわたり緊張関係が続いており、移住者には、隣国バングラデシュから流入してきたイスラム教徒やヒンズー教徒が多数含まれており、改正案は同地で激しい反発を受けている。
 
ただモディ首相は、改正案がアッサム州とその近隣州に害をもたらさないように政府が取り計らうと主張している。
 
アッサム州の一部グループは外部からの移住者の阻止を望んでいる一方、人権団体は政府の改正案の対象にイスラム教徒が含まれていないと非難。人権団体によると、世俗主義を公式に掲げるインドで、宗教が国籍取得の基準とされるのは今回が初めてだという。
 
同国では4月から5月にかけて総選挙の実施が見込まれており、専門家らによると、上院の承認を待つ市民権法の改正により、BJPは北東部諸州で大きなダメージを受けると予想されている。 【翻訳編集】AFPBB News
****************

【中国を刺激する首相の北東部訪問】
この北東部は対外的には隣国・中国と領有権を争っている地域でもあり、このモディ首相の北東部訪問は中国の激しい反発も招いています。(もちろん、インドからすれば首相が“国内”を訪問することは当然のことであり、中国からとやかく言われる筋合いではありません)

****中印関係が再び緊張か=インド首相の国境地帯訪問に中国が猛反発****
中国政府・外交部(中国外務省)は2019年2月9日付で、「インドの指導者」が、中印両国が領有権を主張しインドが実効支配している「アルナーチャル・プラデーシュ」を訪問することに「断固として反対する」などと猛反発するコメントを発表した。

コメントは「中国政府がいわゆる『アルナーチャル・プラデーシュ』を従来から認めておらず、インドの指導者が中印国境の東部分に行って活動することに断固として反対する」と猛反発した。

外交部が言う「インドの指導者」が、モディ首相であることは明白だ。(中略)

インドでは同国北東部のアッサム州で12月末、鉄道用としては同国最長の4.9キロメートルのドホーラサディヤ橋が完成し、モディ首相も開通式に出席した。同橋の建設はアルナーチャル・プラデーシュでの中国に対する防衛力強化の目的があるとされる。

中国外交部は9日のコメントで、「中国側はインドに、両国関係の大局から出発し、中国側の利益と関心を尊重し、両国関係の改善する動きを大切にし、争議を激化し国境問題を複雑化するいかなる挙動もしないよう求める」と主張した。

中印両国の間にはネパールがあるが、ネパールの東方と西方では両国が直接接する国境地帯がある。そして、西部国境のカシミール地区でも東部のアルナーチャル・プラデーシュでも領有権を巡って対立している。

西部国境のカシミール地区では当初、パキスタンも加わる「三つ巴」の意見対立だったが、中国とパキスタンは互いの実効支配地域の領有権を認め合う形で対立を解消させたので、領有問題は中国対インド、パキスタン対インドの構図になった。

アルナーチャル・プラデーシュについては中印の対立が続いている。中国側はアルナーチャル・プラデーシュの名称も正式には認めておらず蔵南(「チベット南」の意)と呼んでいる。【2月10日 チャイナレコード】
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【政権奪還に向けて変身した(?)ラフル・ガンジー国民会議派総裁】
国内外の激しい反発があるなかで、モディ首相が敢えて北東部を訪問したのは、おそらく総選挙対策でしょう。

モディ首相・インド人民党が昨年末の州議会選挙でつまずきを見せたことで、モディ政権発足以来影が薄くなっていた国民会議派・ラフル・ガンジー総裁に久しぶりにスポットが当たっています。

これまでのネール首相の血筋を引く“両家の御曹司”というひ弱なイメージを払拭して、“どぶ板選挙”も辞さない政治家に変身している・・・・とか。

****インド、“御曹司”ガンジー氏率いる国民会議派伸長****
5月までに行われるインド総選挙に向け、ラフル・ガンジー総裁率いる野党・国民会議派が勢いを増している。

インド屈指の政治家一族の御曹司で、頼りなさも指摘されたラフル氏だが、農村を精力的に回るなどして支持を拡大。「リーダーとして重要なタフさが出てきた」(現地政治評論家)とも評され、モディ首相のインド人民党(BJP)が牙城としてきた州まで揺るがす勢いだ。
 
「職がない若者と貧困にあえぐ農村が、あなたの専制と無能から解放されることを懇願する」
ラフル氏は20日のツイートで、こうモディ氏を批判。経済成長の恩恵が行き渡っていない現状を「失政」と厳しく指弾した。
 
会議派への追い風が鮮明となった昨年12月開票の国内5州の州議会選でも、ラフル氏は精力的に動いた。
会議派関係者によると、ラフル氏は、演説でも外交やマクロ経済といったテーマを避け、脆弱(ぜいじゃく)な収入源が社会問題化する農村を徹底して回る“ドブ板選挙”を展開。「BJPへの不満の高まりをラフル氏がすくい上げた」と会議派広報のプリヤンカ・チャトルベディ氏は分析する。
 
ラフル氏は、インド独立の父マハトマ・ガンジーの子孫ではなく、初代首相だったネールの系統だ。ネールの娘、インディラが後に下院議員となるフェローズ・ガンジーと結婚したことが、ガンジー姓を名乗るきっかけだ。フェローズとマハトマ・ガンジーに血縁関係はなく、ネールの血統は「ネール・ガンジー家」と呼ばれる。
 
インド政治史で存在感を見せるネール・ガンジー家だが、その歩みは平坦(へいたん)ではなかった。
首相となったインディラ、その後継となった息子ラジブはともに暗殺された。ラジブの弟サンジャイも政治家だったが航空機事故で死亡。栄光と悲劇性から「インドのケネディ家」との異名を取る。
 
ネールから数えて第4世代に当たるラフル氏への期待も当然高かったが、その経歴と行動に頼りなさが付きまとった。
 
会議派副総裁として臨んだ2014年総選挙は事実上の首相候補として戦ったが、モディ人気に太刀打ちできず惨敗。会議派は前回選挙(09年)の206議席から5分の1近い44議席にまで減らした。

15年には突然、「党の将来を熟考するため時間が必要」などとして約2カ月間姿をくらまして批判の声が上がった。「ただ、ここ1年ほどで良家の御曹司的な線が細い印象を払拭しつつある」と話すのは、政治評論家のサンジャン・クマール氏だ。
 
クマール氏は、「経済政策への期待に押されたモディ人気が失望に変わりつつあるが、都市中間層を軸にBJPへの支持も厚い」と指摘。「下院選は両党ともに過半数が取れず、他党との連立が焦点となる可能性がある」と述べている。

印国政与党BJPへの逆風を受けて、モディ政権は低所得者層などへの優遇政策を矢継ぎ早に発表しており、支持拡大に躍起だ。
 
政府は8日、貧困層に雇用や入学で10%の優遇枠を割り当てる憲法改正案を国会に提出し、可決された。これまでの優遇制度は低位カーストや特定の少数民族を対象にしていたが、貧困層も対象とすることで票の掘り起こしにつなげたい狙いがある。特に「上位カーストの貧困層」に狙いを絞った施策と指摘される。
 
10日には、年間売上高が400万ルピー(約613万円)以下の事業者に対して、物品サービス税の支払い免除を発表。家族を含めると1億人以上といわれる小売り事業主への優遇策も打ち出した。
 
既にモディ政権は昨年7月に政府が農家から買い取る農産物の最低保証価格を引き上げたほか、9月に貧困層向けの健康保険制度を導入。これに対し野党側は「選挙向けのバラマキ政策だ」との批判を強めている。【1月23日 産経】
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【モディ政権の“ばらまき”と統計数字隠し】
選挙が近づくと政権側は“ばらまき”で有権者にアピールするというのは、どこの国も同じですが、インド・モディ政権もかなり露骨なようです。

****インド総選挙へ「ばらまき予算」 中間層を念頭****
インド政府は1日、一定の土地を持たない農民には年6千ルピー(約9200円)を給付することなどを盛り込んだ2019年度の予算案を発表した。中間層を念頭にした所得税免除枠の拡大も含む「ばらまき予算」。5月までに予定される総選挙に向けモディ政権がなりふり構わぬ施策に出始めた。
 
与党インド人民党は、総選挙の前哨戦とされた昨年末の五つの州議会選で敗退。その背景には物価上昇や若者の失業などに伴う農民や中間層の不満の高まりがあると指摘されていた。
 
19年度予算案の目玉の一つとされる農民への給付は約1億2千万人が対象になるという。農村での就業機会拡大への予算も6千億ルピー(約9200億円)に増やした。

さらに、中間層向けに所得税免除となる年収を50万ルピー(約77万円)に大きく引き上げた。(後略)【2月2日 朝日】
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“ばらまき”の一方で、政権に都合の悪い数字は隠す・・・というのも多くの国・政権で行われるところです。
日本でも統計調査の問題が論議を呼んでいますが、インドではもっと露骨です。

****インド統計機関トップが抗議の辞任、雇用統計発表の先延ばしで*****
インドの統計機関トップが、雇用に関する報告書の発表を政府が遅らせていることに抗議し、辞任を表明した。
専門家の多くはこの報告書が、ナレンドラ・モディ首相の政権下で失業率が上昇したことを示すと予想している。

同国では5月に総選挙が実施されることになっており、こうした統計結果は、数百万人規模の雇用創出を掲げて2014年に政権の座に就いたモディ氏にとって痛手となる可能性がある。(中略)

各紙報道によると、2011〜12年度以来となる全国標本調査機構の報告書は、2016年にモディ政権が突然実施した高額紙幣の廃止政策を契機とした雇用喪失を反映している可能性がある。
 
高額紙幣廃止の狙いは大規模な地下経済を白日の下にさらすことにあったものの、実施方法に不備があり何百万人もの低所得層に不必要な苦しみを与えたとの批判を招いた。(中略)

独立系調査機関のインド経済モニタリングセンターによると、昨年12月の同国の失業率は7.4%に上昇し、15か月ぶりの高水準となった。また、高額紙幣廃止のあおりで、18年には1100万人が失業したとしている。 【2月3日 AFP】AFPBB News
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モディ首相が「明日から500ルピー札と1000ルピー札が使えなくする」と突如断行した高額紙幣廃止政策の目的は大きく2つあったと考えられています。1つ目が「ブラックマネーの撲滅」、2つ目が「電子決済の普及」です。

しかし、実際に不正な手段でお金をため込んだ人達は知恵を絞り様々なルールの抜け穴を探し、迅速にそれを実行したため、「ブラックマネーの撲滅」はあまり効果をあげなかったようです。ただ、不正蓄財に対し、こういう取り組みをおこなったことは世論的には評価されているようです。

また「電子決済の普及」についても、高額紙幣廃止直後に、商店はもとより、小さな屋台でもあっという間に電子決済が使用可能となる広がりを示しましたが、“数カ月の間は現金取引が全取引数の6割程度にまで減少したが、2年経った現在は、すべての取引に占める現金取引の割合は事件前の水準である9割弱にまで戻ってしまっているからだ。ダウンロードされた電子決算アプリも長い間使われなくなってしまっているようだ。”【1月29日 WEDGE】とのことで、目的を達成したとは言い難いようです。

なお、【WEDGE】は、“総括すると、政府の目的そのものは達成できなかったかもしれない。ただ、インド国民は必要であれば日本では考えられないダイナミックな「うねり」を市場に生じさせる柔軟性を有していることを実証した。”とも評していますが、それはモディ首相の功績ではありません。

高額紙幣廃止政策の効果は上がっていない一方で、その混乱で多数の失業者が発生したということになると、モディ首相も選挙前には隠したくなるでしょう。
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イラン  保守強硬派による自由を求める人々の圧殺に手を貸すアメリカの対イラン強硬策

2019-02-09 22:53:03 | イラン

(比較的当局の規制が緩いペルシャ舞踊に現代風アレンジを加えて教室で教えるエスマイリさん(本文参照)【2月6日 NHK「それでも私は踊りたい」】

【イランを敵視嫌悪する米社会・トランプ政権】
イラン革命から40年という節目にあたり、イランの現状を特集した記事がいくつか目につきます。
その中からいくつか。

オバマ前大統領のレガシーでもあったイラン核合意から離脱して経済制裁を科すアメリカ・トランプ政権ですが、そうした強硬姿勢の背景には、アメリカ世論のイランに対する厳しい見方があります。

****【イラン革命40年】トランプ政権、イラン封じ込めへ圧力包囲網****
イラン革命を受けて長年の断交状態にある米国とイランの関係は、トランプ政権がオバマ前政権の遺産である「イラン核合意」から離脱し、強力な経済制裁を科したことで改めて対立状況に回帰した。

トランプ政権は、中東最大の同盟国であるイスラエルや、サウジアラビアなどアラブ・ペルシャ湾岸のイスラム教スンニ派諸国と連携してイランを封じ込める構えで、対立のさらなる先鋭化は避けられそうにない。
 
トランプ政権のイランに対する強硬姿勢は、同国を「米国の敵」とみなす米世論に支えられている。CNNテレビが昨年5月に実施した世論調査では、イランを「深刻な脅威」とする回答が78%に上った。また米調査機関ピュー・リサーチ・センターによる同月の調査でも、イラン核合意に「反対」との回答は40%で、「賛成」32%を上回った。
 
トランプ氏は5日の一般教書演説でもイランを「有数のテロ支援国家」「急進主義的な体制」などと非難した上で、核合意からの離脱はイランに核を持たせないためだと強調した。
 
こうした対イラン政策の基本路線は、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が中心となって策定されているとみられる。
 
ボルトン氏は今年1月、同じく対イラン強硬派で、航空宇宙大手元役員のチャールズ・カッパーマン氏を副補佐官に据えるなど、対イラン圧力を一層強める構えを打ち出している。【2月9日 産経】
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アメリカ世論のイランへの厳しい見方は、イラン革命直後に在テヘラン米大使館がイラン人学生らに占拠された人質事件の“トラウマ”が大きく影響しているのではないかと、私は考えています。

以来、アメリカにとってイランは“絶対悪”であるとの見方が定着し、革命から40年を経過した今も、イラン国内の現状をありのままに見ることが難しくなっているように思えます。

****トランプ政権、貫く強硬路線****
「世界随一のテロ支援国家」。トランプ米大統領はイランをこう呼ぶ。
 
米歴代政権のイラン敵視も79年がきっかけだ。革命直後に在テヘラン米大使館がイラン人学生らに占拠される人質事件があり、解決に444日がかかった。米国はイランと断交した。
 
この事件が米国民にイランへの嫌悪を抱かせた。米ギャラップ社の世論調査でイランを「好ましくない」と答える割合はほぼ一貫して8割前後だ。
 
米国人口の約25%を宗教右派のキリスト教福音派が占め、その多くが親イスラエルの考えを持つ。保守派ユダヤ系ロビー団体「米国・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)」なども豊富な資金力を使い、政治家にイスラエル擁護の政策を働きかける。(後略)【2月6日 朝日】
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確かにイランは宗教指導者が最高権力を有する特異な政治体制ではありますが、大統領や議会に対しては一定に民意が反映する国家でもあります。

宗教に過度に束縛されない自由な生活を望む国民を多数存在し、女性の社会参加なども一定に見られる国です。
その点においては、アメリカの「同盟国」サウジアラビアに比べたら、むしろ欧米社会に近いようにも思えます。

イランが周辺地域に勢力圏を確保しようとしているのは事実ですが、それはアメリカを含め、多くの大国が行っていることとそれほどの大差はないようにも思えます。

テロ云々で言えば、9.11やアルカイダ・ISとのかかわりでは、「同盟国」サウジアラビアの方が深いでしょう。

核開発について言えば、核合意で一定に歯止めがかかる予定でしたが、今はそれも危うくなっています。(そもそも論で言えば、イランの核開発がダメで、なぜイスラエルの核保有は問題にされないのか? もっと言えば、なぜアメリカの核はよくて、他国の核はダメなのか?という根本的疑問もあります)

そのようなことを考慮すれば、別にイランが人権に配慮した民主的な国家だと言うつもりもありませんが、“絶対悪”として敵視することも公平さ・冷静さを欠いているように思えます。

【自由を求める人々と体制秩序維持を目指す勢力のせめぎあい】
アメリカの経済制裁のもとでイラン国民の生活は困窮しています。
そうした状況で、自由を求める流れと、アメリカに反発しイラン革命が目指した特異な体制を支持する勢力とがせめぎあっています。

****イラン革命から40年 賛否鮮明、臆せず政権批判も****
イスラム教シーア派の法学者が権力を掌握したイラン革命から、11日で40年となる。

首都テヘランには革命の立役者ホメイニ師の写真が飾られ、体制を支持する人々からは称賛の声が聞かれた。一方で、トランプ米政権の核合意破棄と経済制裁再開で困窮に拍車がかかる中、政権批判を展開する人も少なくない。

賛否はともに鮮明で、国民を二分する溝が深まっていることをうかがわせた。
 
テヘランの大通りには、ホメイニ師や2代目の現最高指導者、ハメネイ師の写真や肖像画があふれている。「神が守る国に敗北はない」といったスローガンを掲げた横断幕やイラン国旗も至る所で目につく。
 
しかし、革命記念日を祝うムードは感じられない。イランでは昨年、通貨リアルの価値が対ドルで半分以下に急落。官庁街近くの通りにはヤミ両替の男性がずらりと並び、数メートル歩くたびに「チェンジマネー?」と次々に声をかけられた。100ドル札と引き換えにホメイニ師の肖像をあしらった10万リアル札を百枚以上、輪ゴムで束ねて手渡す姿も見られた。
「あらゆるものが1年以内に3倍は値上がりした」と多くの人がいう。ファルハドさん(40)は本業の車のパーツ販売だけでは妻子を食べさせられず、ヤミ両替にいそしむ。「政府は40年前の出来事を革命だというが、実体は体制への攻撃であり、国家を侵略したのだ。自由な国になるよう願っている」と話した。
 
米の制裁は病気を抱える人にも打撃を与えている。薬局店経営のメヘルザドさん(34)によると、制裁で薬品の輸入量が減り、客足も途絶えた。「欧米企業が制裁に抵触するのを恐れているのだろう。特に、がん関連の薬は在庫が底を尽き、密輸業者が出始めているようだ」という。
 
一方、革命に関わる場所で話を聞くと、政府を賛美する声で埋め尽くされた。
 
テヘラン郊外の広大な墓地には、「殉教者」と刻まれた墓碑が延々と並ぶ。そこで会ったじゅうたん職人のアクバルさん(53)は「現在の国家の誇りや強(きょう)靱(じん)さ、治安のよさは殉教者がもたらした。彼らがいなかったら現在のイランは存在しない。私は体制を完全に支持する」と話した。
 
殉教者とは革命前の反王制デモやそれに続くイラン・イラク戦争、最近ではシリア内戦に加わって命を落とした人々をさす。アクバルさんの兄もイラクとの戦争で戦死したという。この40年間がイランにとって激動の連続だったことを実感させる。
 
殉教者を悼みにきた20代の大学生は、「米の制裁のためにイランは自助努力を重ね、何でも自ら製造しつつある」と述べ、制裁が国家の独立性を高める方向に作用していると訴えた。
 
シリアやレバノンなど周辺国への影響力維持を狙っているとされるイラン。しかし、国内は団結とはほど遠く、経済を中心に混乱が一段と深まる公算が大きい。革命から40年という節目の今年も波乱含みで推移することは確実だ。【2月9日 産経】
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国際的にはあまり大きく扱われませんが、イランにとっては孤立無援のなかで戦ったイラン・イラク戦争の苦難は非常に大きな出来事であり、その殉教者を悼む気持ちは、いわゆる保守強硬派だけでなく、自由な体制を求める人々の間でも共通していると思われます。

より自由な生活を求める人々については、折に触れて報じられていますが、最近目にしたなかで印象的だったのがNHKで放映された“踊り続ける”女性の話です。

****それでも私は踊りたい****
流行りの音楽にあわせて人前で踊ることが、禁じられた国があります。とりわけ女性が人前で踊るようなことがあれば男性以上に厳しい目が注がれます。それでも女性たちは踊り続けていました。いつか社会が変わることを願いながら。

男子禁制のダンス教室
集合住宅の地下にあるダンス教室。(中略)

しかしここはイランの首都テヘラン。ダンス教室は女性専用です。インストラクターを務めるエスマイリさん(33)はイランでは珍しいプロの女性ダンサー。ダンス教室は、エスマイリさんが自宅の一角に100万円かけて整備しました。

ほかのどの国でも子どもが踊ることに夢中になるように、エスマイリさんは幼いころから踊ることが大好き。独学でダンスを覚え、プロのダンサーを夢見るようになりました。

しかしイランでは、歌や踊りは宗教上の理由から厳しく制限されています。特に女性は公の場で踊りを披露することが原則として禁止されていて、とりわけ西洋の音楽を使ったものは御法度です。幼稚園のおゆうぎのようなものはともかく、この国で女性が人前で踊る機会は極めて限られているのです。

「ダンスを職業にすることには両親からも反対されました。公の場で踊れば、罪にも問われることになります。」(エスマイリさん)

エスマイリさんがダンサーを職業とするには難しい現実がそこにはありました。そこで始めたのが(それ自体も以前はタブー視されていましたが)ダンスを人に教えることだったのです。

人に見せることは許されない踊り。それでも、ダンスは若い世代を中心に急速に普及し、生徒はこれまでに500人ほどに上りました。そんな動きをエスマイリさんは前向きにとらえています。

「踊りは、人それぞれの趣味であって精神にも良いという考えが広まっています。宗教的にも決して悪いことではないと、意識の変化が起きているのです。」(エスマイリさん)

取り締まられたサンクチュアリ
ダンサーにとって、その姿をほかの人に見て欲しいと思うのは当然の欲求です。

この5年ほどの間でイランでも個人がインターネットで自由に発信する機会が増え、女性たちの間でも自らのダンスを録画し、公開する動きが相次ぎました。インターネットは、人々にとって現実社会では禁じられた「踊る」という行為を披露できる貴重な空間となっていたのです。

しかし、こうした流れに水を差す出来事がありました。宗教の教えに厳格なイランの司法当局は去年7月、インターネットに自身が踊る動画を投稿した10代の少女を拘束したのです。エスマイリさんの教え子の一人でした。

ネットには「ダンスは犯罪ではない」といった抗議の声があふれました。女性たちは踊りを披露する大切な“舞台”を失うことになったのです。

「伝統舞踊」ならOK
若いダンサーを育ててきたエスマイリさんにとっても当局の取り締まりはつらい出来事でした。それでもダンスを学ぶ女性たちに少しでも機会を与えたいと今、新たな取り組みを始めています。

この地域に伝わる「ペルシャ舞踊」をイチから学び、現代風にアレンジを加えた上で、教室で教えているのです。

なぜ伝統的な舞踊なのか。「伝統をいかした踊り」であれば、条件付きで政府の許可が得られ、ステージを開催することができます。「西洋風のダンス」ではなく、「伝統をいかした踊り」の体裁をとることで、当局の規制をかいくぐることができるというわけです。

こうしてことし1月、テヘラン北部の会場で、エスマイリさんたちが企画したダンスのイベントが開催されました。男性の入場は禁止、人目に触れるような宣伝も行ってはならないという条件つきです。写真は、ダンサーの親に撮影してもらいました。

エスマイリさんやその教え子たちもステージに立ち、踊りを披露しました。(中略)
「人々に見せることができる、“アート”があることは、素晴らしいことです」初めて人前で踊ったという女性は晴れやかな表情で話していました。

エスマイリさんはダンスを続ける理由について次のように話します。
「ダンスは、人の信念と同じで排除することなどできません。なぜなら、これは『生き方』だからです。」(エスマイリさん) (後略)【2月6日 NHK】
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【自由な表現の場としてのインターネット・SNS】
上記記事にもあるように、制約の多いイランでもインターネットの普及は自由な表現の場として大きな影響力を持つようになっています。

****(イラン・イスラム革命40年:上)自由か統制か、イラン岐路***
イランで、親欧米路線の急激な近代化を進めた王制を打倒するイスラム革命が起きてから、今年で40年となる。革命後に生まれた世代が多数を占める今、自由を求める声が高まり、革命当時の理念は揺らぐ。中東の大国が岐路に立っている。

 ■公然デート・髪覆わぬ女性――ロハニ政権で取り締まり緩和
 週末の昼下がり。テヘランの公園で若い男女がデートを楽しんでいる。寄り添って手をつなぐマリアムさん(27)とアリさん(28)は「周りは気にしない」。抱き合ったり、夜間にキスをしたりする男女もいる。(中略)

保守強硬派アフマディネジャド政権(2005~13年)では、風紀警察や民兵組織「バシジ」が国民を監視。デートする未婚の男女や、露出の多い服装の人を逮捕することもあった。
 
潮目が変わったのは13年。ロハニ師(70)が「若者や女性を力で抑え込むのはよくない」と主張して大統領に当選し、取り締まりが緩和された。だが、今も逮捕される危険はつきまとう。
 
携帯電話でのネット利用者は年々増えて約6100万人。ある女性記者は「若い世代はネットで世界のファッションや文化に触れている。体制側も変化に対応せざるを得ない」とみる。

バシジ関係者は「今の若者にはイスラム革命を経験した世代の常識が通用しない」と指摘する。

 ■強硬派からはネット規制論
体制側は警告に余念がない。反イスラム的な行為を紹介する国営テレビの番組「踏み外した道」が昨年7月、SNSを特集。ヘジャブを着けずにダンスする動画をSNSインスタグラムに投稿して逮捕された18歳の女性が泣いて悔いる姿を映し出した。
 
同テレビは今年1月にも、反政府デモをもたらした「道具」としてSNSを批判する番組を放送した。ツイッターなど外国企業が運営するSNSはイラン側で統制するのが難しく、目の上のたんこぶになっている。

大手紙記者は「体制側はSNSが体制批判に使われることをレッドライン(超えてはならない一線)とみている」。
 
体制側はこれまでも社会の秩序を乱すとしてネット上の言論を規制してきた。サイトの遮断は、ツイッターやフェイスブック、最大で約4500万人の利用者がいたテレグラムや欧米のニュースサイトなど数百万件に上るとされる。
 
多くの国民は違法を承知でVPN経由でSNSを利用。規制と抜け道探しのいたちごっこが繰り返されている。保守強硬派からは「中国のようにネットを完全に管理すべきだ」との声も上がる。
 
だがネットやSNSは経済活動にも欠かせない。送金や決済はネットが当たり前で、SNSでビジネスをする企業も多い。

治安維持の要である革命防衛隊関係者はこう語る。「完全にネットを止めて力で抑え込むことは可能だが、国内外の批判や経済の混乱は避けられず、国民の心がイスラム法学者による統治から離れ、国の根幹が危険にさらされる」

 ■改革、最高指導者の意向次第
イランでは保守強硬派、保守穏健派、改革派という3政治勢力があり、いま主導権を争っているのは保守の2派だ。
 
初代最高指導者のホメイニ師が89年に死去し、後継のハメネイ師(79)が厳格なイスラム教に沿った社会づくりを掲げ、国のかじ取りを担う。

その考えに忠実なのが保守強硬派だ。宗教界や司法部門、革命防衛隊などが属するとされ、イスラム教に敬虔(けいけん)な層や地方の貧困層などが支持する。(中略)

一方、保守穏健派は自由の拡大を目指し、都市の若者に支持されるが、ハメネイ師の意思に背くことはない。代表格のロハニ師は、核開発を制限する見返りに制裁を緩和させる核合意を成立させた。だが、トランプ米政権による核合意離脱と制裁再開で窮地にある。
 
ロハニ師は21年に大統領の任期を終える予定。国民からは、その後も故ラフサンジャニ元大統領のように改革の後ろ盾になってほしいとの期待がある。
 
だが、ハタミ元大統領が退任後に反体制デモを支持したとして、メディアでの露出を禁じられるなどした先例がある。その後、同氏をはじめとする改革派は影響力を低下させた。ロハニ師もまた、最高指導者の意向次第では厳しい立場に追い込まれる可能性がある。(後略)【2月5日 朝日】
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【自由圧殺に手を貸すアメリカの対イラン強硬策】
自由を求める人々と、イスラム的秩序を重視する保守強硬派がせめぎあうイランにあって、アメリカ・トランプ政権のイラン包囲網が市民生活を疲弊させ、アメリカとの合意を進めた穏健派・ロウハニ政権の力を弱め、結果的に反米・保守強硬派の勢力を強めることになること、それにより、上記のダンスにうちこむエスマイリさんのような人々を圧殺することを懸念します。

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