義母の亡くなった病院を訪れた。
椅子に腰掛けていたおばあさんに挨拶した。
「ああ。こんにちは。誰だっけ?」と言うので
「鷹端キクヱの娘夫婦です」と答えた。
我々を忘れていたが患者であった義母は覚えていた。
「ああ。キクヱさんは、もうあっちへ行ったら?」と右手の人差し指を上に向けた。
「あっち」というのは勿論「あの世」のことである。
このおばあさんは死ぬことを「あっちに行く」と言っている。
あっちが身近な場所であることが分かった。
私には、まだ遠い先のように思えるが53歳の今からでも「あっち」という気軽な気分でいたいと思う。
死は怖くない。
しかし生きるぞ。まだまだ。
椅子に腰掛けていたおばあさんに挨拶した。
「ああ。こんにちは。誰だっけ?」と言うので
「鷹端キクヱの娘夫婦です」と答えた。
我々を忘れていたが患者であった義母は覚えていた。
「ああ。キクヱさんは、もうあっちへ行ったら?」と右手の人差し指を上に向けた。
「あっち」というのは勿論「あの世」のことである。
このおばあさんは死ぬことを「あっちに行く」と言っている。
あっちが身近な場所であることが分かった。
私には、まだ遠い先のように思えるが53歳の今からでも「あっち」という気軽な気分でいたいと思う。
死は怖くない。
しかし生きるぞ。まだまだ。