家訓は「遊」

幸せの瞬間を見逃さない今昔事件簿

メニューは遊び道具

2006-04-04 09:03:21 | Weblog
私が子育てしていた頃食堂に入るとメニューを一つの遊び道具にしていた。

「これ何と読むかあー」とやる遊びだ。

まだ幼稚園なのに定食、天丼、などの他「花の舞」やら「開運」やらの酒の名前が読めるようになっていたし「芋焼酎お湯割り」なども読めるようになってしまっていた。

何でも遊び感覚で見渡せば食堂であろうと、どこであろうと楽しいものだらけだ。


そんな育ちをした本人が言っていた。

その名残が大学生時代にも残っていたと。

酒を酌み交わしながらメニューを使って、もっと高度な文字の遊びをしていたという。


遊びの心で世の中を見れば勉強と遊びの境がなくなってしまう。


喋らない母親

2006-04-03 17:31:31 | Weblog
ファミレスといわれる食堂で夕食をとることになった。

隣の席に母親と小学校低学年の男の子と幼稚園男児がいた。
母親はきれいな顔立ちをしていて子供たちも、とてもかわいい感じだ。

だが、この家族「会話が無い」

母親は終始ケータイを持ちメールなのかゲームなのかに没頭している。
喋らない母親に子供たちが慣れているらしく、子供の側からも親に対して喋らなくなってしまっているようだ。
テーブルにハンバーグが運ばれて来ても、食べている間も、私たちが席を立つまでの間一言も喋っていなかった。

食事のとき自分の相手がメールばかりやっていて見向きもしなかったら激怒するのじゃないかなと思う、その母親も。

どんな経緯があるのか知らないけれど相手に対して失礼なことをしてはいけない。
相手が子供であろうとも。


私が子育てをしていた頃を思い出した。それはまた明日。