現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

捨て子

2008-05-23 09:29:52 | 社会問題
「親は名乗り出て」 ゴミ袋から救出の乳児、すくすく1歳(産経新聞) - goo ニュース

生まれたばかりの子を生きたままゴミ袋に捨てるとは、
鬼畜以下か。熊本の「赤ちゃんポスト」には17人が、
東京では昨年9人が捨てられたという。少子化で子供は
貴重な宝というのに。

ある擁護施設の所長の話を聞いた。
「両親が事故などで亡くなって、ここへ来た子はまだいい。
『お父さん、お母さんは、天国から〇〇君のこと見守ってる
からね』と励ましてあげられる。
親に捨てられた子は悲惨だ。何があっても最後は守ってくれ
るはずの親に“捨てられた”のだ。人間への不信感は尋常で
はない。

親の愛を知らずに育った子の行く末は、刑務所か精神病院。
「それではいけない」と、その所長は、高い塀と『規則』を
全廃し、私財を投じて、共同生活から、プライバシーを尊重
した個室に改造、普通の家庭のような環境で育てていこう
とした。ところがどっこい、子供たちの統制がとれなくなり、
暴走する。

一人の子が夜中に抜け出して、警察沙汰を起こす。深夜、
警察署まで引き取りに行く。決して叱らない。帰ると、別の
子がまた警察にご厄介になっている。

『A君には怒らなかった。自分にはどうだろうか?』と、
所長を試そうとするのだ。そんな子供の心を理解して
あげて、1年2年3年、愛情かけて信頼を築いていった努力。

すばらしい話だった。
その所長は、宇治の満福寺の住職の息子さん。満福寺の
子院の一つに、江戸時代『吸江寺』があり、虚無僧「朗庵」
が住んでいた。

捨て子を引き取って育ててあげたいとも思うのだが、私も
家族を捨てた身。父親としての資格がない。

「尺八と一休語りの虚無僧一路」のホームページも見てください。

一休と虚無僧」で別にブログを開いています。

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ちりとてちん

2008-05-23 07:27:16 | 筝尺八演奏家
「ちりとてちん」は、NHK朝ドラのタイトルだった
が、三味線の擬音語だ。琴では「トンコーロリン」
尺八では「レレレーツロ」等など。邦楽通には、
そのように聞こえるのだが、最近の邦楽界では、
そのように聞こえない演奏が多くなってきた。

ピアノなら「ドドドドドー」だが、琴では「トテトテ
ツーン」と、同じ絃を弾くにも、爪の当て方、角度、
糸の弾く位置で音の色を変えることができる。

ところが最近、そうやって変化を付けることを知らない
演奏家が多くなった。間(リズム)もそうだ。「トンコー
ロリン」は、我々は、子供の頃から自然に体に入って
いるリズムだが、最近の人の演奏は「ツッケンドン」
にしか聞こえない。情緒や味がない。

今回のNHKの録音でも、琴の奏者はそれなりに
活躍されている方だが、全く感性が合わない。
1ヵ月特訓してもらったが、長年染み付いてしま
った奏法は1ト月では変わらなかった。聞く人も、
それを聞き分ける耳が無いのであれば、やっても
無駄か。邦楽に明日はない。


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