現代の虚無僧一路の日記

現代の世を虚無僧で生きる一路の日記。歴史、社会、時事問題を考える

結婚式もさまがわり

2008-11-05 09:47:56 | 虚無僧日記
名古屋の結婚式は派手だ。式から新婚旅行、新居
とその家具など総合計すれば、「結婚費用は両家で
1,000万近い」というアンケート数字もあった。
これはダントツ日本一の数字だった。ちなみに東京は
350万くらいだったか。

数年前まで、結婚式によく呼ばれた。尺八の生演奏
でだ。それが最近さっぱり無くなった。
式場の人の話で「仲人を立てるのは、今や三分の1。
自分たちの思い思いの演出が増えそうだ。
家と家の面子をかけての式ではなくなってきたのだ。

「駆け落ちしていいよ、結婚費用出せんから。子供
生まれたら、孫の顔見せに戻ってきて」と。2、3日
前のラジオ「かにタク云ったもん勝ち」だったか。

私の娘たちも親孝行だ。結婚式もなにもかも、親に
頼らずにやってくれた。

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出家と家出

2008-11-05 09:08:49 | 五木寛之
中日新聞連載の『親鸞』。11/5は、忠範(ただのり=
後の親鸞)が、おやま(=比叡山延暦寺)に登ることを
決意し、幼い弟たちが「連れてって」「行かないで」と
泣きすがる。
「<それでも、わたしはいくのだ、あの山へ。二人の弟
たちを見すてて->。自分は悪人だと忠範は思った」
で終わっている。

平安末期は末法の世、人々の生活は苦しく、武士の台頭に
貴族は汲々となる。忠範の父は出奔して行くへ不明。母も
狂い死にし、3人の子は伯父夫婦に預けられるが、下級の
貧乏貴族で生活が苦しい。そんな状況で忠範は出家するのだ。
幼い弟を残して一人山に入ることに、罪の意識が働く。

家族を捨てて「出家」ならぬ「家出」した私も極悪人かと
苦しむ。子供が幼かった頃の家族の姿をよく夢にみる。
娘二人が結婚して、これで区切りがつくかとも思う。


11/3 東京銀ぶら

2008-11-05 07:09:56 | 虚無僧日記
11/3 長女の結婚式で東京へ行く。
「帰る」というべきだろうが、名古屋在住15年に
なったので、すっかり名古屋人。久々の東京である。
東京人の歩くペースに乗れるか心配したが、新幹線
から降りるにもホームは満杯。なかなか前に進めない。
東京駅から有楽町へ、そして銀座四丁目に向かった。
ものすごい人だ。祭日だからか、お年寄りも多く、歩く
スピードはのろのろ。名古屋の方が早い。

銀座通りは「ほこてん(歩行者天国)」になっていた。
広い車道も人が埋め尽くす。東京人の服装は地味だ。
黒一色。「銀ぶら」だから、歩くペースはぶらぶら遅い。
何が目的なのだろう。ただ歩いているだけ。ちなみに
ビルの中の店、デパートを覗いてみたらガラ空き。
松坂屋など名古屋より閑散としている。

10年前来た時は、大道芸あり、みやげ物を売る露天商あり、
賑やかだったが、全くない。一切禁止されているようだ。
黒い群集がただただ歩いているだけで、まことに殺風景。

唯一、托鉢僧が一人、鈴をジャラジャラ鳴らしていた。
近づいてみると、頭に被っているのは竹のザル。手にして
いるのは菓子器。鈴をうるさく振るだけで、経文は唱えて
いない。足は交差させて だらしなく立っている。見るから
にインチキ臭い。有り難味は感じない。勿論布施する人は
いない。私もやめた。インチキでも、向かう姿勢が問われ
るのだ。「人の振り見てわが振りなおせ」気をつけよう。

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