昭和29年(1954)の「洞爺丸台風」の時は、気象レーダーも
衛星GPSも無かった。移動速度100kmという違例の速さ
だったのが、北海道に近づくと、急に速度をゆるめるという、
異常な動きをした。それが、船長の判断を誤らせたのだ。
現代は、衛星を使って、動きを正確に把握できるように
なった。地域も細かく分けて、予報が出せるようになった。
・・・・・そのはずだが。
名古屋は「午後から暴風雨」というので、学校も休校。
尺八の稽古も、詩吟も休みと あいなった。ところが
である。「いつ来るか、いつ来るか」と待てど暮らせど、
一向に風も吹かない、雨もパラパラ。そのうち 夕刻には
晴れてきた。「一体なんだったの!」である。
こんなことが過去にも数回ある。私の場合、予報は
いつもはずれ、「台風」よりも「テレビの情報」に
振り回される。
ま、私が居る限り、台風も東海大地震も名古屋には
来ない。いや、その判断が、いつか「ミス」になるかも。
周辺部では、大変な被害のようだ。「自分は護られて
いる」と いつも思う。無事であることに感謝し、
被害に遭われた方に、お見舞い申しあぐ。
衛星GPSも無かった。移動速度100kmという違例の速さ
だったのが、北海道に近づくと、急に速度をゆるめるという、
異常な動きをした。それが、船長の判断を誤らせたのだ。
現代は、衛星を使って、動きを正確に把握できるように
なった。地域も細かく分けて、予報が出せるようになった。
・・・・・そのはずだが。
名古屋は「午後から暴風雨」というので、学校も休校。
尺八の稽古も、詩吟も休みと あいなった。ところが
である。「いつ来るか、いつ来るか」と待てど暮らせど、
一向に風も吹かない、雨もパラパラ。そのうち 夕刻には
晴れてきた。「一体なんだったの!」である。
こんなことが過去にも数回ある。私の場合、予報は
いつもはずれ、「台風」よりも「テレビの情報」に
振り回される。
ま、私が居る限り、台風も東海大地震も名古屋には
来ない。いや、その判断が、いつか「ミス」になるかも。
周辺部では、大変な被害のようだ。「自分は護られて
いる」と いつも思う。無事であることに感謝し、
被害に遭われた方に、お見舞い申しあぐ。