ケイの読書日記

個人が書く書評

酒井順子 「下に見る人」

2015-10-14 13:43:14 | Weblog
 ちょっと変わったタイトルのエッセイ。人間は、どんな時に他人を下に見ようとするのかという事を、酒井さん自身の人生と重ね合わせつつ書いている。

 女子校で育った酒井さんは、大学になって初めて「男尊女卑」の洗礼を受け、非常に驚く。それ以降、社会人になってからもその風潮と戦い、仕事で成功しているわけだが、それ以前の酒井さん、つまり、子供時代から女子高校生までの酒井さんは…あまり友達になりたくないタイプ。

 先日、中村うさぎと三浦しおんの対談集で、中村うさぎが「女子校にはイジメは無い」と書いてたけど、んなワケないじゃん!
 酒井さんは、幼稚園から大学までエスカレータ式の私立名門校出身。小・中・高と女子校で、お金持ちのお嬢様たちのお花畑かと思いきや…そのお花畑が、決して楽園ではない事がよくわかる。
 転校生に「ゲロ」というニックネームをつけたり、クラスメートの配置図(縦軸をモテ・非モテ、横軸をおしゃれ・ダサイ)を作り自分を右上に配置したり、中学受験で新しく入ってきた大勢の人たちを、古参の子たちとガッチリ固まり排除したり…。
 
 ここら辺の濃厚な排他的雰囲気のことは、酒井さんも紹介しているが、桐野夏生の『グロテスク』に詳しく描写されている。
 私も、この『グロテクス』を読んだことあるけど、異質なものを排除しようとする雰囲気は、むせかえりそうになるほど。

 でも、こういった学校のヒエラルキーのトップにいた人って、社会人になってからどうなんだろうね。ビジネスで成功したり、幸せな結婚生活を送っていたりするんだろうか?それとも、あまりパッとしない人生を送っているんだろうか?


 私が、津村記久子の書く少年少女を、どうして愛しく思うのかを再確認した。本当に、普通の公立学校の小中学生なのだ。彼女の書く男の子女の子って。隣の席に座っていた、まったく目立たないけど、心の中では、いろんな悩みを抱えていた、さえない子たち。
 女流の文筆家って、裕福な家庭の子女が多いから、公立中学の微妙で不穏な雰囲気を書ける人って、少ないんだよね。その数少ない女流作家が、津村記久子。彼女は、お仕事小説などを褒められることが多いが、『まともな家の子供はいない』などに描かれる、男子中学生・女子中学生は、秀逸だと思うよ。
コメント
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