ケイの読書日記

個人が書く書評

林芙美子 「牛肉」

2021-05-21 14:28:48 | 林芙美子
 またまた林芙美子の中編。あらすじはちょっと知っていて、勝手に『椿姫』(前途有望な青年と高級娼婦の悲恋)みたいな話なんだろうかと思っていたが…林芙美子らしい男女の現実が書いてある。

 新聞記者の佐々木は1年前に別れた満喜江から連絡をもらった。ちょうど漢口陥落(昭和13年1938年10月)の翌日で、街は戦勝ムードで沸き返っていた。満喜江はメエゾン・ビオレという娼館の売れっ子で、佐々木の初めての相手だった。
 佐々木はのぼせ上ったが、満喜江はエストニア人の裕福な商人に身請けされて行った。でも、やはり肌合いが合わなかったらしい。家出して佐々木の所に転がり込んだのだ。この時の満喜江は、わがまま放題で、佐々木のベッドに寝ころび、佐々木に用意させたバターとチーズをたっぷり塗ったパンを食べながら、佐々木が爺むさくなったと心の中で悪態をついているのだ。ちょっと厚かましくない?
 でも佐々木の家でも長続きせず、借金を作って出て行った。(借金はもちろん佐々木が払った)

 その後も佐々木と満喜江は、たびたび出会うが、そのたびに満喜江は惨めな様子になっていく。悪い病気にかかり働けないので、みすぼらしい姿で佐々木の前に現れる。知人の世話でなんとか生活しているらしい。知人からは、病気が治ったら吉原で働くように言われている。
 メエゾン・ビオレの売れっ子マキィとの再会に胸をときめかせていた佐々木も、だんだんウンザリし、美しい思い出は色あせてくる。

 戦争が終わり、戦地から戻ってきた佐々木は、前に勤めていた新聞社に復職し、細君を貰って子どもも生まれた。

 ある日、佐々木は電車をホームで待っていた時、満喜江の知人の婆さんに出会う。満喜江もこの戦争を生き延びたが、空襲にあって気がふれてしまい、周囲が持てあましているという。
 佐々木は気の毒に思い、ポケットの中の3枚のお札を「満喜江さんに渡して」と差し出そうとしたが、正直なところ少し惜しい気がして出さなかった。そしてそのお金で牛肉でも買って久しぶりに栄養を取ろうと思うのだ。ああ、なんて正直な人間だろう。そんなもんだよ。

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