台風7号の接近・上陸により、関西地区では被害が出ているのでは?と、心配をしている。
それでも、前日までに交通各社やアミューズメント施設など、「お盆休み」で人が数多く利用するところについては、運休や休園の告知がされていたし、今朝になると生活に直結するようなスーパーマーケットや百貨店などの休業などが次々に報じられた。
このような「事前告知」があることで、様々な生活リスクの回避を取られた方も多かったのではないだろうか?
今日のような天候では、心やすらかに仏様を迎え・送るということはできないお宅も多いと思う。
そして今日は、終戦記念日でもある。
お昼、テレビ各局では「戦没者慰霊祭」の中継がされたはずだ。
お盆という日は、戦争と平和を考える日でもあるのだ。
それは「亡き人を思う」という共通のことなのかもしれない。
だからこそ、昭和天皇の直接の言葉「玉音放送」で語られたことばに重みがあるのだと思う。
今日のHuffpostに、現代語訳の「玉音放送」が掲載されている。
Huffpost:玉音放送の全文、現代語訳でどんな意味?「耐えがたいことを耐え…」【終戦の日】
この文を読んでみると、第2次世界大戦開戦に至る昭和天皇の考え、戦争終結を決めた思いなどを改めて知ることができる。
特に、見出しにもある「耐えがたいことを耐え…」という有名な一文は、「天皇である自分が、(その責においてこの戦争によって傷ついた日本のことを)耐え忍ぶ」と読み取ることができる。
この玉音放送を聞いて、当時の軍幹部が自害したのは「天皇陛下一人に責任を負わせてしまった」という、自責の念があったからだろうか?
であれば、その行動にも理解ができる。
問題は、時間の経過と共にその言葉のとらえられ方が変化し、「天皇陛下が、国民全員に厳しいことがあっても耐え忍んで欲しい」というニュアンスで受け止められるようになってしまったコトだ。
そこには、メディアの責任もあるだろうし、戦後教育の中で「第2次世界大戦とその後」に触れてきていない、ということも大きいような気がしている。
ある意味「玉音放送」を解釈する、ということ自体、戦後日本の「アンタッチャブル案件」だったという気がしている。
令和という時代になり、昭和天皇から薫陶を受けたとされる今上陛下の時代だからこそ、「玉音放送」の意味を改めて知り、「日本の戦争と平和」を考える必要があるように思うのだ。
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