最近週末のお天気が良いと、早朝散歩へ出かけるようにしている。
理由はイロイロなのだが、今の時期、朝早く散歩に出かけるのはとても気持ちが良い。
と言っても、街中や緑地公園をゆっくり自分のペースで歩くというスタイルなので、本来の目的をどれだけ果たしているのかは、やや疑問だ。
今日も、そんな散歩へ出かけた時見入ってしまった広告があった。
それは「Ethicalファッション」の紹介広告だった。
広告があった場所は、システムキッチンなどの製造メーカーさんたちが集まって造った「ショールーム」。
キッチンスタジアムやカフェなどがあり、若い女性向けのお料理教室なども時折開かれている、なかなかオシャレな場所だ。
そこに聞きなれない「Ethical(「エシカル」と読む)」というコトバに、ひきつけられたのだった。
もちろん、私が行った(正しくは、通りすがった)時間では、ショールームなどは開いておらず、道路沿いに出してあったショールムのガラス戸にその広告があったのだ。
広告をしばし眺め、「Ethical」の説明文を読んでいた。
どうやら「ECO」でも「LOHAS」でもない、新しい生活スタイルの考え方のようだ。
「Ethicalとは?」
既に日本でも「エシカルJAPAN」 という団体があり、活動を始めているようだ。
説明文を読むと「ECO+フェアトレード」という、生活スタイルを目指しているとい感じだろうか?
このような活動は、確かにとても大切だと思う。
特に最近では、「価格は高くても、フェアトレード商品を購入する」という、生活者も増えてきている。
生活の考え方や価値観が変わり、生活者が共感し、納得できるモノ・コトでなくては、売れない時代になりつつあるという気がしている。
ただ何故このような取り組みが、国内産業へ向けられないのだろうか?と、思ってしまうのだ。
日本の場合「伝統工芸」という括りで終ってしまい、多くの生活者に知られていない、または良さを理解されないまま、後継者不足で無くなってしまうような場合さえある。
経産省などが中心となって、海外向けに「JAPAN ブランド」を積極的に紹介するような動きはあるようだが、国内向けにはそのような企画・推進プログラムがされていない。
それがとても残念だと思うし、伝統+環境+αが理解されれば、また違った動きとなるのでは?と考える。
「東日本大震災」以降、東北の産業に対する見直し・再評価がされはじめている今だからこそ、「日本Ethical」という発想も必要なのではないだろうか?
理由はイロイロなのだが、今の時期、朝早く散歩に出かけるのはとても気持ちが良い。
と言っても、街中や緑地公園をゆっくり自分のペースで歩くというスタイルなので、本来の目的をどれだけ果たしているのかは、やや疑問だ。
今日も、そんな散歩へ出かけた時見入ってしまった広告があった。
それは「Ethicalファッション」の紹介広告だった。
広告があった場所は、システムキッチンなどの製造メーカーさんたちが集まって造った「ショールーム」。
キッチンスタジアムやカフェなどがあり、若い女性向けのお料理教室なども時折開かれている、なかなかオシャレな場所だ。
そこに聞きなれない「Ethical(「エシカル」と読む)」というコトバに、ひきつけられたのだった。
もちろん、私が行った(正しくは、通りすがった)時間では、ショールームなどは開いておらず、道路沿いに出してあったショールムのガラス戸にその広告があったのだ。
広告をしばし眺め、「Ethical」の説明文を読んでいた。
どうやら「ECO」でも「LOHAS」でもない、新しい生活スタイルの考え方のようだ。
「Ethicalとは?」
既に日本でも「エシカルJAPAN」 という団体があり、活動を始めているようだ。
説明文を読むと「ECO+フェアトレード」という、生活スタイルを目指しているとい感じだろうか?
このような活動は、確かにとても大切だと思う。
特に最近では、「価格は高くても、フェアトレード商品を購入する」という、生活者も増えてきている。
生活の考え方や価値観が変わり、生活者が共感し、納得できるモノ・コトでなくては、売れない時代になりつつあるという気がしている。
ただ何故このような取り組みが、国内産業へ向けられないのだろうか?と、思ってしまうのだ。
日本の場合「伝統工芸」という括りで終ってしまい、多くの生活者に知られていない、または良さを理解されないまま、後継者不足で無くなってしまうような場合さえある。
経産省などが中心となって、海外向けに「JAPAN ブランド」を積極的に紹介するような動きはあるようだが、国内向けにはそのような企画・推進プログラムがされていない。
それがとても残念だと思うし、伝統+環境+αが理解されれば、また違った動きとなるのでは?と考える。
「東日本大震災」以降、東北の産業に対する見直し・再評価がされはじめている今だからこそ、「日本Ethical」という発想も必要なのではないだろうか?