日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

「男の日傘」は、定着するか?

2011-06-15 16:19:30 | ライフスタイル
今年の夏は「節電の夏」。
既に、決まっている。
様々な生活情報と名のつくモノには「節電対策」というコトバが、ついて回る。
今の状況を考えれば、当然だろう。

だが、心配なこともある。
それは「熱中症」だ。
昨年は酷暑日続きで、亡くなった方も少なくない。
そして「節電」を意識せず自由に「エアコン」を使っていた昨年とは、比べのもにならないほど「厳しい夏」が今年やってくる。

もちろんこのような情報も、たくさんある。
その中で、日本生気象学会」が熱中症対策について注意:pdfファイル)、「熱中症対策、緊急提言」を発表している。
これを読むと、まず「体力をつける」という事が必要なようだ。
そのメニューも取り立てて難しいモノではなく、メタボ気味のおとうさん(おかあさんも)にとっては、良い運動になるかも知れない。
そのような「発想の転換」が、必要となってくるのが「今年の夏」だ。

この「熱中症対策」の中にもあるのだが「日陰を選んで歩く」というのも、重要なポイントだろう。
今ではオールシーズン日傘を差す女性もいらっしゃるようだが、実際日傘の下というのは、涼しい。
「日焼け対策」だけではなく、「涼しさを持ち歩く」という感覚もある。
もちろん、クーラーほどの効果は期待できないが、最近の日傘は「遮熱効果」を謳った物の多くなってきている。
そろそろ、「男性の日傘」も定着するのでは?という気がしている。

まぁ、「男性の日傘」が無理でも、何とか「帽子」だけでも復権できないものだろうか?
パナマ素材の夏用の帽子というのは、見た目も涼やかでなかなか素敵なモノだ。
ただ注意していただきたいのは、「子どもの野球帽」のような被り方だけは止めていただきたい。
やはり、ちゃんとした大人の帽子の被り方というモノがある。
イギリス紳士をお手本に、姿見の前でチョッと格闘をしていただければ「自分に似合う被り方」を知るはずだ。

「スーパークールビズ」というのであれば、「男の日傘」や「帽子」などがあっても良いような気がする。
少なくともTシャツにチノパンツよりも、キチンと感がある、大人の装いだと思うのだ。

電気料金の適正価格って、いくらなのだろう?

2011-06-14 11:31:30 | 徒然
Yahooのトピックスなどで「全原発停止の場合電気料金が、千円強値上がる」という記事が掲載されている。
時事通信社電気料金1000円アップ=全原発停止で試算-日本エネルギー研
この記事を読む限り、「日本エネルギー研究所」は、「原子力発電の方が、火力発電などに比べ安い」というコトを言っているように感じる。
本当にそうなのだろうか?

単純に「原材料である重油やLPガスの高騰」だけで、電気料金を試算してよいのだろうか?
というのも、今回の「東京電力・福島第一原子力発電所事故」で、各電力会社の原子力発電所は、地震・津波などの緊急対策が迫られている。
当然、それには費用が掛る。
おそらく、その費用を負担するのは受益者である、一般市民や企業だろう。
簡単に言えば、その費用負担額は、電気料金に上乗せされるはずだ。
それだけではなく、今回のように一度事故が起きれば、その被害補償は途方もない額になってしまうのでは?
その補償のための負担というのも、当然受益者に求めるだろう。
確かに、火力発電所でも事故が起きないわけではない。
だが、その被害となる範囲や補償額というのは、桁が幾つも違うのでは無いだろうか?
とてもではないが、そのような「災害リスク」が加味された数字だとは、思えないのだ。

事実、ネットで検索をすると「本当に原子力発電は、コスト安なのか?」という記事をいくつか見ることができる。
そして、この3、4ヶ月毎月のように電気料金は値上がっている。
それは原油高によるモノだが、原油の値上がり以上に何故か値上がっているのだ。
問題の東京電力は100円以上の値上げとなっているのだが、この値上げには「福島第一原子力発電所事故の補償費」などは、含まれていない。
このようなこともあってか、一部週刊誌などでは「原材料を言い値で買い、自分たちの利益分をチャッカり上乗せし、電気料金をはじき出している」という事まで書かれるようになってきた。
もしそれが本当であれば、「殿さま商売」どころか「将軍さま商売」なのでは?
結局のところ、生活者や自前の発電所を持たない中小企業などは、電力会社の言い値で電気料金を支払わなくてはならない。
それも「生活や仕事」を人質(といっては、失礼だが)にされてのことだ。

折角「自然エネルギーへの転換」などの論議が盛んになりつつあるのだから、これを機会に「電気料金の適正価格」という事も、考える必要があるのではないだろうか?



「脱原発」は、新たなビジネスチャンスとなるのか?

2011-06-13 20:16:50 | ビジネス
週末、全国各地で「脱原発・反原発のデモ」が行われた。
これはもちろん、「東京電力・福島第一原子力発電所事故」を受けてのモノだ。
また、東京電力や中部電力以外の電力会社でも、株主総会を控え、一部の株主たちが「脱原発提案」を出すという動きもあるよだ。
今年の電力会社の株主総会は、これまでのような雰囲気では無いだろう。
特に東京電力の場合、会社側が想定している以上の厳しい総会となるのではないだろうか。

さて、そんな社会情勢の中で考えたいのは、今盛んに言われている「自然エネルギーの利用」という点だ。
大きな施設が必要な「地熱発電」などは、それなりの資金力のある企業が参入しなくては難しいと思われるのだが、「太陽光発電」など「個人・戸別発電」と呼べるようなシステムであれば、様々な企業が参入できるチャンスがあるのでは?と、考えている。

特に、「蓄電技術」という点では、自動車産業などが既に開発を進めているはずだ。
先日も、トヨタが「緊急時にハイブリッド車を使った蓄電システム案」というモノを発表していた。
三菱自動車なども同様のシステム開発を急いでいるようだ。
ソーラー発電では無いが、ホンダは随分前から水素燃料蓄電車の開発を検討している、と記憶している。
その意味で、今回の「脱原発」はまったく違った分野の業種にとって、新たなビジネスチャンスとなっている。

他にも、ポータブルソーラー発電・蓄電器などを開発・販売をする中小企業なども現れはじめた。
大きな施設が必要な火力発電などについても、火力発電所を作るのではなく、その原材料を今までの石油などの化石燃料ではなく、バイオマスによる燃料へシフトできるような開発が、一気に進みはじめているように感じている。
例えば、被災地の廃材などを利用し、バイオマスエネルギーに変えるとか、直接的には廃材を原材料として、火力発電燃料を考えているというニュースも以前あった。

もちろん、様々なリスクが発生するだろう。
浜岡原子力発電停止により22%のCO2が増加する、という試算を中部電力が発表している、と中日新聞が伝えている。
浜岡停止でCO2が22%増 中電、火力代替で試算
しかし、今回の「脱原発」が単なる電力不足で終るのか、新たなビジネスチャンスと考えるのか?は、日本だけではなくグローバルなビジネス転換となるのでは無いだろうか?
それを日本がリードできれば、さまざまな意味で大きなステップとなるはずだ。

ピーチジョンの野口社長退任に思う

2011-06-11 08:15:48 | マーケティング
Yahooのトピックスに、「ピーチジョンの野口社長退任」という記事がUpされていた。
拙ブログにこられる男性諸氏にとって、「ピーチジョンって何?」という方も多いかも知れない。
10年ほど前から女性下着の通販で、一躍脚光を浴びた会社だ。
現在では、ワコールの傘下に入っている。

「ピーチジョン」が人気になった大きな理由は、それまでの女性下着と言うイメージを一新というか大きく変えたことだった。
それまでの下着というのは、「下着」であって「見せるモノではなかった」のだが、「ピーチジョン」は、「可愛い・セクシーな下着なら見せても良いんじゃない」という、提案をしたのだった。
この「見せ下着」が、それまで下着でしかなかったキャミソールなどを、ファッションの一部として外でも着るようになったのだった。

もう一つ「ピーチジョン」が人気になった理由は、有名タレントをモデルとして起用してきたことだ。
梅宮アンナさんや吉川ひなのさん、道端ジェシカさん、時にはパリス・ヒルトンなど、10代~20代前半の女の子たちに人気の国内外のタレントさんやモデルさんを起用し、話題作りも積極的に行い、起用したモデルやタレントさんたちが「ピーチジョンって、可愛くてセクシーだから大好き」と、イロイロなところでコメントしたことで、ますます人気になったというブランドだ。

ブランドが成長するにつれ、芸能人さん達との付き合いも広がったようだが、それが逆にブランドイメージを傷つけるコトにもなってしまった。
それが、所有していたマンションで起きた「元俳優の押尾学の事件」だ。
この件に関して、あくまでも野口氏個人の所有というコトだったのだが、この事件の頃から徐々に「ピーチジョン」というブランドが聞かれなくなってきたように思う。
もちろんそれだけではなく、「ピーチジョン」のような「可愛くセクシーな見せ下着」が、極普通に手に入るようになったり、「ピーチジョン」で扱う商品が増えすぎ、まとまりが無くなったというコトもあるのかも知れない。

今月に入り、書店で新しい「ピーチジョン」のカタログを見た。
久しぶりに見て驚いたのは、表紙のモデルさんのメイクだった。
「表紙モデルのメイク?」と思われるかも知れないが、ハーフのモデルさんが真っ赤な口紅をしていたのだ。
書店に行くとわかるのだが、女性ファッション誌の表紙を飾る女優さんやモデル、タレントさんたちのメイクというのは、いわゆる「ナチュラルメイク」が主流。
特に震災以降、真っ赤な口紅で自己主張するようなメイクや表情が、見られなくなってきている。
実はこの傾向は、震災前から始まっていたのだが、震災以降より強くなっていたのだった。
その中で、真っ赤な口紅のモデルさんというのは確かに目を引くのだが、どこか場違いな雰囲気を漂わせる結果となってしまっていたように感じていた。
「ピーチジョン」の野口さんには大変失礼なのだが、「今という空気が読めていないのでは?」という気がしたのだった。

実は、野口さんに限らず成功した経営者には、成功体験が企業成長の邪魔になるときがある。
女性の場合、特にそれが顕著に表れるように感じる。
「私のお気に入り。私の好きなテイスト(雰囲気)」にとらわれ過ぎて、時代の空気間というものとマッチしなくなっているコトに、なかなか気づけないコトが間々としてあるのだ。
今回の野口さんの社長退任も、そんなトコロがあるのでは?という気がしている。

AKB48的戦略

2011-06-10 11:20:43 | ビジネス
今年も「AKB48総選挙」が行われていた。
昨年行われた時は、丁度選挙が近かった(と思う)コトもあり、そのカラミというか話題に乗っかったイベントだと思っていた。
そうしたら、今年も「総選挙」があると聞いて、毎年実施しているのか?と、はじめて知ったのだった。

昨年CDの売上上位だったのは、この「AKB48」と「嵐」だった。
「嵐」の場合、ジャニーズというバックがありレコードからCDへと変わる時も、実はジャニーズ系のアイドルたちはレコードをリリースしていた、というコトがあった。
「レコードジャケットの方が、大きい=アイドルの顔写真が大きい方が、ファンの女性たちは喜ぶ」というのが理由だった。
もちろん「嵐」場合「音楽配信をしていない」というコトも、CDセールスに大きな影響を与えている。

一方、「AKB48」はどうなのだろう?
既にオバサンの領域に突入した私としては、「AKB48」の魅力というのがイマイチわからない。
それだけではなく、雨後の筍のように登場した姉妹グループ(「SKE48」など)?との関係もよくわからない。
勝手に「SKE48」は、「AKB48」の名古屋バージョンだと思っている。

そして、「AKB48」を仕掛けたのが秋元康さんだということを考えると、その昔大人気となった「オニャン子クラブ」を想像してしまうのだ。
それだけではなく、「オニャン子クラブ」から着想したと思われる「モーニング娘」とも似ているような気がする。
その意味で、プロモーションがこれらの2つのアイドルグループと似ているような感じを受けてしまうのだ。
と言っても、「AKB48」のファンは、「オニャン子クラブ」などは知らないと思うので、新鮮さを感じるのかもしれない。

ただ大きく違うコトは、「CD」をツールとして様々なプロモーションを行っている点だろう。
これまでは「CDを売るためのプロモーション」だったのが、「アイドルをメジャーにするためのプロモーションツールとしてのCD」に変わったという点だ。
何でも熱心なファンは、今回の「総選挙」のために「CDを聞くため」ではなく、投票をするために購入したという話もある。
もちろんCDだけではなく、メンバーそれぞれが持っている「ブログ」などのアクセス数なども「メンバー構成」に反映されるようだが・・・。

その点では「嵐」とは、まったく違う位置付けの「CD」がある。
「AKB48」の場合、「CDで音楽を聴く」為ではなく、「アイドルをメジャーに育てるためのツール」となっているのだ。
それで本当に良いのだろうか?
まだまだ10代の彼女たち(だと思う)が、アイドルである時はそれで良いと思うのだが、アイドルから卒業した時、彼女たちはどれだけ魅力的なシンガーや女優さんになっているのだろう?

古い感覚で申し訳ないのだが、「CD」はやはり「音楽を聴くため」のモノだと思うのだ。

もちろん、全国紙に「記事」として掲載され、海外まで中継をするこの「総選挙」のような話題作りの上手さは、秋元さんらしいと思うのだが・・・。

クルマのCM

2011-06-09 13:51:26 | CMウォッチ
震災以降、殆ど見ることが無くなったテレビCMがある。
それは、クルマのテレビCMだ。
いわゆる「自粛期間」を過ぎた今でも、トヨタや日産、ホンダあたりはテレビCMを流していないような気がする(「気がする」としたのは、実は最近テレビそのものを視聴していないため、テレビCMチェックもシッカリできていない)。

テレビCMとはまったく違う話だが、毎月の様に発表される「経済成長率」に類するデータがある。
お決まりのように、「今年の日本の経済成長は見込めない」というコトバが続く。
余りにもありきたりで紋切り型の表現なので、そのまま「スルー」している方も多いと思う。
だが、個人的にはこの表現に「???」という気がしている。
今年の日本の経済成長が見込めない大きな要因は、ご存知のとおり「東日本大震災」の影響だ。
この震災で、クルマを始めとする日本の基幹産業の多くがダメージを受けた。
だから「経済成長が見込めない」と紋切り型の表現で言われると、「チョッと待って!」といいたくなるのだ。

その理由は、「東日本大震災」が無ければ、どれだけの経済成長が見込めたのだろうか?という点がスッポリ抜けているように感じるからだ。
震災前まで盛んに言われていた「内需拡大」がどれだけ進んでいたのか?という点で、疑問を感じるし、今回の震災を一つの転機として捉え様という表現がまったくされていないからだ。

話を戻すと、クルマのテレビCMが流れない背景にあるのは、生産の問題があるからなのでは?という気がしている。
市場に充分供給できない状態の今、新型モデルのクルマのテレビCMを流したところで、生活者の関心は余り高くないだろう。
もちろん、クルマを購入したい!という人はいらっしゃるだろうし、事実被災地では、小型車を中心に中古車が人気だという。
「クルマが無くては生活ができない」という生活環境だというコトもあると思うが、クルマの需要がなくなったわけでは無い。
ただ、クルマのような大きな買い物を躊躇している生活者は多いだけなのだ。

そんな社会の空気間を読み取るだけではなく、生産状態が震災以前の状態に戻っていないコトで、クルマのテレビCMが殆ど見られなくなったのではないか?と、感じている。
2、3ヶ月後、以前と変わらない量のクルマのテレビCMが流れはじめたら、日本経済の本格的復興の足音が聞こえはじめた、というコトになるのかも知れない。

個人的には、「震災以降」のテレビCMはどんな業種であれ、以前とは大きく違う感性や表現方法のモノであって欲しいと思っている。
なぜなら、生活者の価値観が震災以前と以降では、大きく変わってしまったからだ。
その空気間をいち早くキャッチできる企業が、これから先伸びていくように感じている。

3.11以降の社会

2011-06-08 15:25:43 | アラカルト
拙ブログでも「3.11以降」をテーマに、エントリをしてきた。
そして、最近フッと思ったというか感じたことがある。
それは「3.11という大きな変革」というコトだ。

例えば、「東日本大震災」の津波の映像を数限りなくニュース映像として見た人の中には「モノの価値」というコトを考えるようになった。
そして「これまでのブランド信仰」のような価値観に、虚しさを感じるようになった人も少なからずいる。
「震災にあえば、一瞬のうちにあらゆるモノを失ってしまう」と、感じ始めているからだ。

他にも、これまでのような「お金が解決できる」コトよりも「お金で解決できないコト」に注目しはじめているような気がするのだ。
その一つが「被災地ボランティア」だろう。
ボランティアとして活動をするということは、お金ではなくある種の「達成感」があり、同時に「認められ感」もある。
「人様のお役に立った」という実感だ。

そのような意味で、「東日本大震災」は日本人の価値観を大きく変えてしまった。
それだけではなく、世界に対しても代えてしまったかもしれない。
それは震災直後の日本人の行動だ。
余りにも自然に、人と分かち合い、譲り合う姿というのは、世界各中から賞賛の声となったが、同時に日本人自身も忘れていた価値観が復活したような気がしている。
いみじくもそれは、マイケル・サンデル教授は「地球市民」というコトバで表現した。
日本人が持っている善良的な価値観は、これから先、世界のスタンダードとなる価値観かも知れない。
むしろそうなるために、必要なことは何なのか?というコトを、真剣に私たち自身が考えなくてはならないような気がしている。

もう一つは、東京電力「福島第一原子力発電所事故」だ。
この事故によって、世界のエネルギー政策に問題点を投げかけた結果となってしまった。
例え、後手後手となっている対応策であろうと、大きな教訓と新しいエネルギー政策を市民レベルで考えるキッカケとなったことだ。
一部では中国は「トリウム型原発」を進めはじめている、という報道があったり、ドイツでは「自然エネルギー・循環型エネルギー」の本格的な運用を検討し始めている。
問題なのは、この事故が起き収束の目途も立たぬまま、様々な情報が飛び交い生活者を不安に陥れている日本が、何のビジョンも語られていないという点だろう。

ソフトバンクの孫さんは、自費で「自然エネルギー政策所」のようなモノを立ち上げたりして、話題となり注目されているのだが、個人やある特定の団体で解決できるような問題では無い。
その事は、十二分に政治家の方たちも理解しているはずだ(と、願っている)。

世界は、3.11以降様々なコトを感じ、考え、行動に移し始めている。
でも本来であれば、その中心にいなくてはならないのは、日本なのだ。
その事に、早く気づいて欲しい・・・政治家のみなさん。

いつの時代も、変わらない

2011-06-06 19:43:42 | CMウォッチ
サントリー伊衛右門の新しいテレビCMが始まった。
「働く人」をテーマにした内容だ。

サントリーの伊衛右門そのものは、「緑茶」という一つの商品でしかない。
その一つしかない商品でありながら、寛政という時代設定の中で季節折々の風景や生活観を表現しつづけてきた。
かれこれ7、8年続く息の長いテレビCMだろう。

ペットボトル飲料に限らず、1年間で新発売される食品・飲料水の数というのは膨大なモノだ。
その中にあって、生き残っていくというのはとても大変なコト。
まして「ロングセラー」と成りつづけるためには、ある種の「共感性」と「親しみ感」というモノが無くては難しい。
その意味では、伊衛右門に限らず伊藤園の「お~い、お茶」なども、優れた商品だといえるだろう。

さて、本題のテレビCMなのだが、今回は「働く人」をテーマにしている。
そこに登場する人たちの姿を見ていて、「寛政(福寿園創業の頃)と今と、変わるモノが無い」という感想を持ったのだった。
確かに、使う道具などは随分と違うのだが、「働く姿勢」という点では何ら変わるところが無いように感じたのだった。
大工さんであろうと、両替商、茶店のお嬢さん、医者・・・様々な人が、ただ一生懸命にその仕事をしていることには、時代は関係ないのかも知れない。

逆に、寛政いう時代を映しながら、現代の働く人を映し出しているように感じたのだった。
そして、このタイミングでこのテレビCMが流れるというのは、なんと政治に対する皮肉なのだろうか?と・・・。
もちろん、サントリーや広告代理店としては、このタイミングを狙っていたとは思わない。
思わないが、どこか痛烈な政治批判の要素も感じてしまうのは、私だけだろうか?

時代は変われど、「お上」と市井で働く人々の姿というのは、変わらないのかも知れない。
そして、働く本分を忘れない人の姿は、美しい・・・そんな気にさせられるCMだ。


節電生活は、定着するのか?

2011-06-05 20:41:25 | ライフスタイル
「日本の夏、金鳥の夏」という、名コピーがある。
ご存知「大日本除虫菊株式会社」の、蚊取り線香のコピーだ。
そして今年の夏は、「日本の夏、節電の夏」となりそうだ。

新聞や雑誌(特に女性週刊誌や生活雑誌)などでは、「節電のアイディア」を特集し、スーパーやホームセンターなどでは「節電対策グッズ」が売り場を拡張中だ。
とは言うモノの、これまでの快適な生活を手放すコトは、なかなか難しいモノがあるようだ。
事実、大手家電量販店では「省エネ家電」が、大人気だという。
昨年の「エコポイント制度」で相当の売上があったと思うのだが、今年も引き続き「節電対策」として人気を集めているという。

おそらく、「一度覚えてしまった快適さや便利さを手放す」というコト自体、物凄く抵抗感があるコトなのかも知れない。
いくら政府の旗振りで、メディアが「節電の夏」と言ったところで、いきなりエアコンの設定温度を上げたとしても、40年ほど前の生活に戻れるわけでは無い。
ただ、冷静に考えると「エアコンの設定温度28℃」というのは、40年ほど前の真夏の気温だったような気がする(30℃を超える日というのは、数えるほどだった)。
というコトは、「40年くらい前の真夏の気温の中で普通に生活をしなさい」というコトでもある。
逆に言えば、「日本の夏が暑くなりすぎた」というコトなのだ。

その「エアコン・冷蔵庫」と同様に「節電対象」となっているのが、照明だろう。
LED照明に代えることで、電気代の節約をするコンビニや、オフィス照明を止め、一人ひとりのデスクにLEDライトを設置を考えている企業もあるようだ。
そんな中、地下鉄の照明がやや暗くなったことに抵抗感があるのは、実は高齢者の方が強いというテレビインタビューを見た。
若い世代の方が「今までが明るすぎたんだよね。節電、節電」と笑いながら答えているのに対し、戦後の厳しさを経験したと思しきご高齢の方などは「暗いのはダメ。明るくなくっちゃ不安でしょうがない」と答えていた。
加齢に伴う、体の不自由さによる明るさを求める気持ちもあるとは思う、だがむしろ戦時中~戦後の暗いコトへの不安感が強いのでは?と、感じる瞬間でもあった。

そして、その「節電コール」も地域によって、温度差が違うだろう。
中部電力や東京電力、被災地の東北電力などの管内は、「必要に迫られた節電」。
一方、関西電力・北陸電力以西の地域は「掛け声だけの節電」だ。
その意識の違いは、大きいのでは?

日本全体の「節電の夏」は、やはり難しいような気がする。


docomo、本格的に反撃開始?

2011-06-04 19:55:21 | CMウォッチ
今日の新聞に、docomoの新しい広告が全面のサイズで登場していた。
ご覧になられた方も多いと思う。
そして新しい「docomoの顔」となったのは、桑田佳祐さん。
CMソングも書き下ろされ、音楽配信がスタートしているようだ。

携帯電話の人気CMというのは、先ごろ発表された「CM好感度調査」でも1位になった、ソフトバンク「白戸家シリーズ」だ。
auなども人気アイドルグループ(といっては失礼か?)「嵐」を起用し、若い女性(ばかりでは無いようだが)からの支持を集め様としている。
そしてdocomoだが、数年前の「反撃開始!」発表以来、「どこが反撃なんでしょう?」という状態が続いていた。
それは「契約販売台数」という、現実的な数字でも表れていた。

それが、俳優の渡辺謙さんを起用した「スマートフォン」のテレビCMあたりから、徐々に盛り返しつつある。
そしてその第2弾が、桑田さんというわけだ。

このように見ていると、docomoのテレビCMがソフトバンクのCMに本格的に反撃開始!というように見えるのだが、本当はチョッと違う。
それは、ソフトバンクの「白戸家シリーズ」と、docomoの渡辺謙さん⇒桑田佳祐さんのCMとでは、CMの位置付けが違うからだ。
ソフトバンクの「白戸家」のシリーズは、あくまでもソフトバンクの企業CMであったり、サービス内容のCM。
一方、「渡辺謙さん⇒桑田佳祐さん」のdocomoは、「スマートフォン」という特定の機種のCMだからだ。

とすれば、docomoが意識している「反撃相手」というのは、ソフトバンクの「白戸家」ではなく、「i-Phone」という事になる。
そうやって見てみると、docomoのスマートフォンのCMは「機能・使いやすさ」と言ったコトを中心に、伝えていることがわかる。
docomoのHP上で現在(6月4日)見られる、渡辺謙さんのバージョン「名刺篇」などでは、「名刺整理が簡単にできる」というコトを訴えている。
もちろん、それだけではなく「名刺に負けるな!」と、新人たちへのエールも忘れてはいない。
その延長線としてのCMが、今回の桑田佳祐バージョンだとすると「機能・使いやすさ」+購入対象者へのエールというのが、大きな筋だろう。

一方、「i-Phone」のテレビCMというのは、「機能・使いやすさ」の表現がまったく違う。
基本的なアプローチが「i-Phoneというツールがあれば、日々の生活はもっと楽しく、快適になる」という点を強調し、アピールしている。
それがアップルという企業の企業文化というコトになるのだろう。
そしてその場面では、一切ソフトバンクらしさというものが登場しない。
おそらく利用者自身も「i-Phoneを使っているのであって、ソフトバンクを使っているのでは無い(料金請求者が、ソフトバンクなだけ)」という意識なのでは?

そこが、ソフトバンクとdocomoの大きな違いのような気がする。
というのも、携帯電話のテレビCMというのは2種類あり、一つは携帯電話会社のCM、もう一つは携帯電話を作っている企業のCMがあるからだ。
その中で、ソフトバンクの携帯電話に限って言えば、携帯電話を作っている企業CMというものを殆ど見ることがない。
強いてあげれば「i-Phone」だけなのだ。
だからこそ、「i-Phone」が何か特別なモノに感じるし、他の携帯電話とソフトバンクが一致しやすいのだ。

そのような違いが、今後どのような影響を及ぼすのか?チョッと興味深い。