日々是マーケティング

女性マーケターから見た日々の出来事

「テレビ」の存在そのものが変わる?

2011-09-06 20:00:07 | ビジネス
日経新聞のWEBサイトに、NTTdocomo系(「系」ってどういう意味なんでしょうか?関連会社?それとも子会社?曖昧な表現が気になります)が「携帯向け次世代放送の申請」を行った、という内容の記事が掲載されている。

記事を読む限り、今まで使っていたテレビ放送で使っていた地上電波の空き分を、この「携帯向け次世代放送」に振り当てるようだ。
地デジ化をした後で、この携帯向け次世代放送というのが、イマイチ分らないのだが、イメージ的には、タブレット型の携帯端末で映像が見られるという気がしている(この内容に付いて、詳しい方教えてください)。

拙ブログでもエントリさせてもらったのだが、先日米国の映画・ドラマの配信サイト「Hulu」が日本でも配信を開始した。
こちらはインターネットを使っての配信だったが、今回は携帯電話の電波を使っての配信というコトになるのだろう。
「Hulu」がWiFiなら、こちらは3G回線を使っての動画配信、というコトになるのだろうか?
いずれにしても、「映像を見る」という生活スタイルが大きく変わる可能性がありそうだ。

とすれば、一番影響を受けるのは「テレビ」というコトになる。
「Hulu」が映画やドラマに限っているため、「テレビを持ち出す」というイメージが湧きにくい部分がある。
もし、今回の「次世代放送」が現在の「地デジ」放送の一部分でも、放送するとなると「普段見ているテレビ番組を持ち出す」というイメージになってくる。
その点が、まだ見えていないのでなんとも言えないのだが、「テレビ」の存在そのものが変わる可能性が出てくるような気がするのだ。

例えば、今自宅で音楽を楽しむ、音楽ファンはどのくらいいるのだろう?
クラシックやジャズのファンの方は、自宅でゆっくりと演奏を楽しむのだろうが、若年層を中心にJ-PopやK-Popをi-Podなどの携帯音楽プレーヤーにダウンロードをして、「聞き流す」というスタイルなのではないだろうか?
それと同じ様に「テレビを見るのは、いつでもどこでも好きな時に、好きな場所で」というスタイルに変わるかも知れないのだ。
もちろん、家族が集まるリビングでゆったり楽しむテレビもあるだろう。
と同時に、旅行や出張途中でテレビのニュースなどをチェックしたり、娯楽番組を見て楽しむというコトが出来るようになるかも知れない。

ところで・・・docomoさんが配信していた「beeTVチャンネル」って、今どうなっているんでしょうか?

「ノーリスク」を求める社会

2011-09-05 05:26:45 | アラカルト
東京電力「フクシマ事故」発生以来、日本中が「放射能」に怯えている。
もちろん、「フクシマ事故」とは関係のない地方であっても、小さなお子さんを持っているお母さん方にとって「放射能」というのは、「あってはならないもの」という認識になっているように感じている。
中には「定期健康診断」で実施されるレントゲン検査を断る人もいる、と聞いたこともある。
事実かどうかは分らないが、レントゲン検査まで断るというのは、チョッとヒステリックな反応のような気がしている。

実は昨日、名古屋で「再発・転移のがん」についての講演会があり、聞きに出かけた。
その講演会で、いくつか興味深い話があった。
その一つは「メディアを中心に、白か黒かといういわゆる二次元的な話で物事をとらえる傾向がある」というコト。
例えば「イレッサ」という肺がんに使われる薬がある。
ご存知の方も多いと思うが「イレッサ」は、承認されてから副作用で約700名の方が亡くなられている。
この「イレッサ」が承認されたとき、メディアは「夢の治療薬」と絶賛する記事を書いていたが、副作用で亡くなる方が出てくると、今度は一斉に「悪魔の毒」というような記事になった。
実際には、「イレッサ」で肺がんが治った患者さんは、亡くなった方よりも遥かに多いにも関わらず、その情報を流すことなくセンセーショナルな話題性の部分だけをクローズアップし、伝える傾向がある。
それが、逆に「がん治療」の現場では、患者の理解を得られず困っている、という話だった。

それと同様なことが「放射能」というか「放射線」にも起きているような気がするのだ。
実際、私たちが生活している環境の中で「放射能を浴びずに生活する」というコトは、出来ない。
海外旅行をするだけでも、相当量の放射能・放射線を浴びている。
東京に住んでいる人が、放射能から逃げるために沖縄に転居するのだって、飛行機に乗ることで、放射能を積極的に浴びる結果になってしまっているのだ。
言い換えれば、日常的生活をする上で「放射能に対するリスクを0にする」というコトは、出来ないことなのだ。

そんな中、生涯累積放射線量に意見殺到 国民の関心高く、答申遅れ必至という記事が、中日新聞のWEBサイトに掲載されていた。
「放射能」や「放射線」をいくらでも浴びつづけてよい、とは思わないが、「フクシマ事故」以来の日本人の動揺などを見ていると「ノーリスクの社会」を求めているのでは?という気がしてくるのだ。
それを煽りつづけているのは、紛れもなくメディアなのでは?
もちろん、「適切な情報を適宜発信している」と思うのだが、自分に都合がよい、センセーショナルなタイトルや内容のほうが印象深く、「ズバット!」断言されることで、受け手となる生活者の多くが、一種の「思考停止状態」になり、他の情報を受け付けなくなっているような部分が多いのではないだろうか?

「ノーリスクの社会」というのは、ありえないはずだ。
とすれば、「興味・関心」があれば、「ズバット!」断言した言葉では無い意見や考えも積極的に聞く必要があると思う。
そしてメディアそのものも、そのことを考える必要があると感じた講演会だった。

投資も社会貢献型?

2011-09-04 09:33:52 | CMウォッチ
最近、時折目にする「投資信託」の新聞刷り広告。
通常なら、いわゆる「ボーナスシーズン」に掲載されるコトが多く、この時期に掲載されるコトはあまりない。
強いてあげると、「国債発行」にあわせた時くらいという印象しかない。
その「投資信託」の広告がとても気になったのだった。

その理由は、「社会貢献寄付型信託」というモノだったからだ。
運用方法は別にして、これまで貯蓄と資産運用に、寄付という社会貢献を組み合わせた「投資」という考えが、一般的ではなかったように思う。
その意味で、このような金融商品は新しいタイプだと思う。
何よりこれまで「寄付」というお金を出す行為と、「投資信託」というお金を貯める行為が一つになるという発想は、余り一般的ではなかったからだ。

そんな広告を眺めながら、考えたことがある。
会社員時代、偶然にもハーバード大の学生と知り合うことがあった。
彼女は、「奨学生」としてハーバード大で学んでいた。
米国だけではなく、日本の大学でも資産運用をしながらこのような「奨学金制度」を実施している大学はある。
リーマンショック時に、日本のいくつかの大学で「運用に失敗し、○○億の損失」というニュースが話題になったが、その運用目的の一つが「奨学金制度」だったのでは?と、思っている。
ハーバード大などは、集まった寄付金などを元に積極的に投資し、その投資利益が相当な資産となっているとも、その知人から聞いたこともある。

そして今回の「東日本大震災」で集まった、相当額の義援金などのことが気になったのだった。
義援金の支払いが進んでいるのか?という心配もあるのだが、集まった義援金の一部を「ファンド」とし、運用することが出来ないだろうか?というコトだ。
災害があるたびに、様々なトコロで義援金の募集の呼びかけがあり、相当額の募金が集まっているはずだ。
その多くはおそらく日本赤十字社などを通じて、被災地に送られていると思うのだが、今回の「東日本大震災」のような場合は、長期的に多方面に渡る支援が必要だと考えれば、義援金の一部を積極的に投資・運用するという方法もあるのではないだろうか?

それだけではなく、「ゆうちょ・国際ボランティア貯金」のような、個人向け小額の金融商品があってもよいのでは?
ゆうちょ銀行の場合、寄付する先が決まっていた(「JAICA」だったと記憶している)と思うのだが、この寄付をする団体などを自由に選べようになれば、国内外の気になる団体に寄付することが出来るし、その寄付団体からも「活動報告」のような情報を得ることが出来る。
その中の一つとして、日本赤十字社があっても良いと思うし、被災した子どもたちを支援する団体や、「国境なき医師団」、「ユニセフ」があっても良いと思う。

そんな金融商品が出来ればな・・・と、思った広告だった。


日本という国を見直す

2011-09-02 20:08:51 | CMウォッチ
今日の全国紙に、宝島社の30段広告が掲載されている。
30段広告というのは、新聞2面を使った真中の頁に掲載される大きさの広告だ。
「宝島社 いい国つくろう 何度でも」
その大きな広告のキャッチコピーが「いい国つくろう。何度でも」。
使われている写真は、第二次世界大戦後米軍の厚木基地に降り立ったマッカーサー司令官。
コーンパイプを口にくわている、有名な写真だ。

実は、この宝島社の広告だけではなく先々週、先週と同じ30段広告(+15段広告(=全面広告))を全国紙に掲載した企業があった。
旭化成ホームズ(「へーベルハウス」)の「昨日まで世界になかったものを。」だ。
先々週は、夜明けのオランダの風車小屋の風景。
先週は、日が落ち、富士山の裾野に広がる家路を急ぐ車や家々の明かりが灯る風景。
どちらも雄大な写真だった。
特に、先週の「愛する国に住むということ。」は、キャッチコピーと写真がマッチしたとても印象深い広告だった。
旭化成グループのテレビCM「昨日まで世界になかったものを。」シリーズも、個人的には好きなCMの一つで、使われている楽曲(「さよならの向こう側」)と映像がとても合っていると感じている。

こちらの広告は、もちろん宝島社の広告とは主旨が違う。
宝島社の広告は、企業広告でありながら「(震災や原発事故で元気を無くした)日本を元気にしたい」という、メッセージが込められている。
その意味では、企業広告の枠を超えた意見広告のようなトコロもある。
一方、旭化成ホームズ(「へーベルハウス」)の広告は、あくまでも企業広告であり、自社の技術を伝える内容になっている。

だが、「愛する国に住む」というキャッチコピーから受ける印象は、「日本という国が大好きだ」というコトだ。
「震災があっても、この国を愛し、この国で生きていく・・・」そんな気持ちになる(気持ちに気づかされる)広告だと思う。

宝島社は、戦後の復興の象徴の一つであるマッカーサーの写真を使い「いい国をつくる」というメッセージを発信し、一方旭化成ホームズは富士山という日本を象徴する山と家々やクルマのヘッドライトの灯りで「この国で生きている」というコトを表現している。

どちらも「日本を見直し、この国で生きる」というコトを考えさせる、広告だと思う。





ネット動画配信「Hulu」で変わるコト

2011-09-02 07:05:31 | ビジネス
昨日の新聞各社のWEBサイトに、「ネット動画配信『Hulu』が配信開始」という記事が掲載されていた。
「Hulu」というネット動画サイトがどのようなサイトなのか、まったく知らなかったのだが、どうやら海外の映画やドラマ専門の動画配信サイトのようだ。
それも月額1,500円程度で、見放題!というコトらしい。

このニュースを聞いて、最初に考えたのは「テレビがどうなるのか?」というコトだった。
もちろん、テレビ局の番組=コンテンツそのものにも影響が出てくると思うが、まず影響を受けるのは「テレビ」という機器だろう。
以前から言われていた「ネットが受信できるテレビが、これから主流となってくる」というコトが、いよいよ本格化して来るのでは?と、簡単に想像できるからだ。

それだけではなく、今家電メーカー各社が力を入れている「HDD付け」のような「録画テレビ」の位置付けも、気になるトコロだ。
もちろん、スポーツ中継などは今回の「Hulu」は対象としていないので、スポーツファンにとっては「見れないスポーツ番組を録画する」という需要は、充分あるだろう。
なんと言っても、日本の場合「スポーツ観戦=テレビ観戦」という場合が、欧米に比べるとけた違いで多いからだ。

だが、他のドラマなどは録画する手間を省けるなどの、メリットがある。
この場合、日本のテレビ局が配信するという条件付きとなるが、お盆の頃(だったと思う)「民放各社がオンデマンド配信をする」という報道があったことを考えれば、この「Hulu」の進出も、このような動きを考えてのコトだと考えられる。
とすれば、闇雲に「HDD付き(外付けを含む)」というセールスポイントは、セールスポイントではなくなってしまう。
少なくとも、インターネットが受信できるテレビであれば、海外映画やドラマのファンからすれば、余り必要がない機能となってしまう。
「あれば便利」という感じだろうか?

と同時に、ブルーレイやDVDレコーダーなどは、どんな位置付けとなるのだろう?と、考えてしまうのだ。
「外付けHDDテレビ」や「ネットテレビ」の登場で、これまでのような「録画し、録画を見る」という機能そのものが、テレビ本体に移っていく可能性がある。
それだけではなく、i-Padのようなタブレット端末でも視聴可能というコトを考えれば、「テレビで見る必要性」も揺らいでくる可能性まである。
かつて、ソニーの「ウォークマン」が、「音楽を外に持ち出した」ようなコトが映像でも起きる可能性があるということだ。

もう一つは、やはり「レンタル店」だろう。
海外の映画やドラマに限定されるということで、邦画や日本のドラマのDVDなどは関係なさそうだが、少なからず影響は出てくるだろう。
もう一つ、気になるのはこれまでテレビ局各社が、人気番組をDVD化して販売するというビジネスモデル(と言うべきか?)も、どうなっていくのだろうか?
もちろん、DVD+オリジナルグッズ販売という方法そのものは、残っていくとは思うのだが、オンデマンド視聴が増えてくれば、「視聴率」そのものの意味も変わってくるだろうし、「Hulu」の登場によって、ドラマなどの番組制作そのものを見直すコトが出てくるだろう。

その様に考えると、扱われたニュースの大きさは小さくても、様々なトコロで与える影響は大きいかもしれない。
そして「ライフスタイルの変化」を起こすキッカケとなるかも知れない・・・と、感じている。