もう昨年の話になるが、11月20日のLPSA金曜サロンは、昼が中倉宏美女流二段、夜が藤森奈津子女流三段の担当だった。
3本目に入った扇子サイン勝負は、7月31日の初っ端から7連勝のあと、さんざん負け続け、リーチまでこんなに延び延びになってしまった。しかし皮肉なことに、そのおかげで中倉女流二段に、三たびサイン勝負を挑むチャンスが巡ってきたのだ。
今回の扇子には、ファンランキングトップ10にランクされている船戸陽子女流二段、藤田麻衣子女流1級、中倉彰子女流初段に、中井広恵天河、石橋幸緒女流王位(当時)の両巨頭、そして渡部愛ツアー女子プロが入っている豪華版だ。ここで中倉女流二段のサインが入れば、完璧となる。この指導対局こそ、絶対に絶対に絶対に負けられない一戦であった。
この日の中倉女流二段はUGGを履いていて、ちょっとおしゃれ。しかし服装に感心している場合ではない。将棋に集中しなければならない。
将棋は、中倉女流二段の三間飛車に、私の急戦。これがバカにうまく決まり、金得となった。お互い香を取りあい、中倉女流二段が☖5一香と据えたのが以下の局面である。例によって符号のみを示す。一応、掲載の了解はとってある。
上手・中倉女流二段:1三歩、1九竜、2三歩、3四歩、5一香、6一金、6四歩、7二銀、7三歩、8一桂、8二王、8三歩、8四馬、9一香、9三歩 持駒:銀、歩2
下手・一公:1一馬、1七歩、2五歩、2六飛、3七桂、5六銀、5七歩、5八金、6七歩、6九金、7六歩、7八玉、8七歩、8九桂、9七歩、9九香 持駒:金、銀、桂、香、歩2
この局面はさすがにこちらがいいだろう。しかしうかうかしていると、☖1七竜☗4六飛☖3七竜☗4二飛成☖5六香☗同歩☖5七歩のような攻めがうるさい。
そこで私は、☗7五銀と馬を叱った。上手は☖8五馬。さらに私は自身満々に☗8六金と打った。☖9四馬なら☗9六香と馬を殺して下手勝勢である。
これはさすがに中倉女流二段も困っただろう、と盤面をよく見ると、なんと☖6三馬と引く手があるではないか!! こ、こんなところに逃げ道が空いていたのか!?
中倉女流二段は当然☖6三馬と指す。バ、バカな…!! 貴重な金銀をベタベタ打って、これがちっとも働かないばかりか、自玉の逃げ道も塞いでいる。なんというココセか!
以下☗6六香と迫るも☖5三馬と飛車取りに先逃げされ、☗4六飛☖8八銀☗6四香☖8九銀不成☗6八玉☖6三歩☗5九金寄☖6四歩☗8八馬☖3五馬☗4七歩☖4六馬☗同歩☖5六香、まで中倉女流二段の勝ちとなった。
上手が☖5一香と銀取りに打ってから20手目、それが実現したときが私の投了になるとは、夢にも思わなかった。今回は本当に本当に本当にサインが欲しかった。そして実際、3本目のサインをコンプリートしかけていたのに、空中分解してしまった。まったく、悪夢の敗戦である。
私は受付横の椅子にくずおれ、放心状態となった。完全に頭に血が上り、血圧が上昇しているのが分かる。
中倉女流二段は金損だったから敗勢に近かった。それを勝ち切れなかったのは私に非があるのだが、中倉女流二段に八つ当たりしそうな自分がいる。美人なのに憎たらしい。
憤懣やるかたなく、この将棋を別の盤で並べていたら、K氏が☗7五銀~☗8六金~☗6六香の3手を「ココセの3連発ですね」と言って苦笑した。ヒトの傷口に塩を塗る言葉とはいえ、まさにその通りで、返す言葉がなかった。
この日も藤森女流三段と中倉女流二段の大盤解説があったが、大盤が私の網膜に映っているだけで、解説はまったく耳に入らなかった。
中倉女流二段の帰り際、ちょっとした立ち話になる。
「きょうは完全にわたしの負け将棋でした」
と中倉女流二段。しかしいくら私を立ててもらっても、勝敗は覆らないのだ。
「ここに中倉先生のサインが入るはずだったんですよ」
と、私はうらめしく扇子を開く。と、中倉女流二段が、「あ、これ…」と言って、船戸陽子女流二段の揮毫を指す。それにはサインのほかに、ワンポイントのマークが描かれていたのだ。
「あ、これですか? これは船戸先生がサービスで描いてくれたもので…」
「嫉妬しちゃう…」
は? 嫉妬? 中倉女流二段が、船戸女流二段と私の仲???を嫉妬するのか?
「ええ!? いや、その、これは…」
私はなんだかしどろもどろになる。と、中倉女流二段は慌てたように手を振り、
「違います。私、船戸さんのファンだから」
と言った。
なんだ…。そういえば、おととしの「1dayトーナメント・フランボワーズカップ」では、船戸女流二段が優勝を決めた瞬間、聞き手だった藤田麻衣子女流1級が、
「ワタシ、船戸さんがもっと好きになっちゃいましたあ!」
と叫んだものだった。たしかに船戸女流二段はいつも颯爽としており、ほかの女流棋士からも人気を博しているのが分かる。もし宝塚だったら男役であろう。そして言うまでもないが、中倉女流二段は女役である。
というわけで、今回は指導対局に加え、わずかなおしゃべりでも1本取られ、私にとってはさんざんな昼の部だった。
3本目に入った扇子サイン勝負は、7月31日の初っ端から7連勝のあと、さんざん負け続け、リーチまでこんなに延び延びになってしまった。しかし皮肉なことに、そのおかげで中倉女流二段に、三たびサイン勝負を挑むチャンスが巡ってきたのだ。
今回の扇子には、ファンランキングトップ10にランクされている船戸陽子女流二段、藤田麻衣子女流1級、中倉彰子女流初段に、中井広恵天河、石橋幸緒女流王位(当時)の両巨頭、そして渡部愛ツアー女子プロが入っている豪華版だ。ここで中倉女流二段のサインが入れば、完璧となる。この指導対局こそ、絶対に絶対に絶対に負けられない一戦であった。
この日の中倉女流二段はUGGを履いていて、ちょっとおしゃれ。しかし服装に感心している場合ではない。将棋に集中しなければならない。
将棋は、中倉女流二段の三間飛車に、私の急戦。これがバカにうまく決まり、金得となった。お互い香を取りあい、中倉女流二段が☖5一香と据えたのが以下の局面である。例によって符号のみを示す。一応、掲載の了解はとってある。
上手・中倉女流二段:1三歩、1九竜、2三歩、3四歩、5一香、6一金、6四歩、7二銀、7三歩、8一桂、8二王、8三歩、8四馬、9一香、9三歩 持駒:銀、歩2
下手・一公:1一馬、1七歩、2五歩、2六飛、3七桂、5六銀、5七歩、5八金、6七歩、6九金、7六歩、7八玉、8七歩、8九桂、9七歩、9九香 持駒:金、銀、桂、香、歩2
この局面はさすがにこちらがいいだろう。しかしうかうかしていると、☖1七竜☗4六飛☖3七竜☗4二飛成☖5六香☗同歩☖5七歩のような攻めがうるさい。
そこで私は、☗7五銀と馬を叱った。上手は☖8五馬。さらに私は自身満々に☗8六金と打った。☖9四馬なら☗9六香と馬を殺して下手勝勢である。
これはさすがに中倉女流二段も困っただろう、と盤面をよく見ると、なんと☖6三馬と引く手があるではないか!! こ、こんなところに逃げ道が空いていたのか!?
中倉女流二段は当然☖6三馬と指す。バ、バカな…!! 貴重な金銀をベタベタ打って、これがちっとも働かないばかりか、自玉の逃げ道も塞いでいる。なんというココセか!
以下☗6六香と迫るも☖5三馬と飛車取りに先逃げされ、☗4六飛☖8八銀☗6四香☖8九銀不成☗6八玉☖6三歩☗5九金寄☖6四歩☗8八馬☖3五馬☗4七歩☖4六馬☗同歩☖5六香、まで中倉女流二段の勝ちとなった。
上手が☖5一香と銀取りに打ってから20手目、それが実現したときが私の投了になるとは、夢にも思わなかった。今回は本当に本当に本当にサインが欲しかった。そして実際、3本目のサインをコンプリートしかけていたのに、空中分解してしまった。まったく、悪夢の敗戦である。
私は受付横の椅子にくずおれ、放心状態となった。完全に頭に血が上り、血圧が上昇しているのが分かる。
中倉女流二段は金損だったから敗勢に近かった。それを勝ち切れなかったのは私に非があるのだが、中倉女流二段に八つ当たりしそうな自分がいる。美人なのに憎たらしい。
憤懣やるかたなく、この将棋を別の盤で並べていたら、K氏が☗7五銀~☗8六金~☗6六香の3手を「ココセの3連発ですね」と言って苦笑した。ヒトの傷口に塩を塗る言葉とはいえ、まさにその通りで、返す言葉がなかった。
この日も藤森女流三段と中倉女流二段の大盤解説があったが、大盤が私の網膜に映っているだけで、解説はまったく耳に入らなかった。
中倉女流二段の帰り際、ちょっとした立ち話になる。
「きょうは完全にわたしの負け将棋でした」
と中倉女流二段。しかしいくら私を立ててもらっても、勝敗は覆らないのだ。
「ここに中倉先生のサインが入るはずだったんですよ」
と、私はうらめしく扇子を開く。と、中倉女流二段が、「あ、これ…」と言って、船戸陽子女流二段の揮毫を指す。それにはサインのほかに、ワンポイントのマークが描かれていたのだ。
「あ、これですか? これは船戸先生がサービスで描いてくれたもので…」
「嫉妬しちゃう…」
は? 嫉妬? 中倉女流二段が、船戸女流二段と私の仲???を嫉妬するのか?
「ええ!? いや、その、これは…」
私はなんだかしどろもどろになる。と、中倉女流二段は慌てたように手を振り、
「違います。私、船戸さんのファンだから」
と言った。
なんだ…。そういえば、おととしの「1dayトーナメント・フランボワーズカップ」では、船戸女流二段が優勝を決めた瞬間、聞き手だった藤田麻衣子女流1級が、
「ワタシ、船戸さんがもっと好きになっちゃいましたあ!」
と叫んだものだった。たしかに船戸女流二段はいつも颯爽としており、ほかの女流棋士からも人気を博しているのが分かる。もし宝塚だったら男役であろう。そして言うまでもないが、中倉女流二段は女役である。
というわけで、今回は指導対局に加え、わずかなおしゃべりでも1本取られ、私にとってはさんざんな昼の部だった。