中倉宏美女流二段は落ち着いた表情で、盤を真っ直ぐに見つめている。4日の指し初め式では艶やかなきもの姿で現れ、これが「ナカクラヒロミのMax」と確信したが、やはり女流棋士は対局姿がいちばんよい、と考えを改める。大駒1枚違う感じか。凛としていて、まるで絵画のモデルのようだ。
対する大庭美樹女流初段は、いつものように静かな対局姿勢である。それは公認棋戦でも指導対局でも変わらない。
島井咲緒里女流初段は、椅子の奥深くまで腰掛けて前かがみになる「島井流ファイティングポーズ」。こちらからだと、「ム」の字に見える。ただ気のせいかもしれないが、ややオーラが薄れている。
鹿野圭生女流初段も、やや前かがみで指すいつものポーズである。どちらの将棋も、好局が期待できそうだ。
私の位置からでは盤の位置が低いうえに陽光でテカッているので、駒の文字は見えない。駒の向きと盤上の位置で、どの駒かを推測しなければならない。しかし公開対局は局面を見るのがメインではない。対局者の表情を観賞するものと考える。
飛車を振った大庭女流初段が、自ら角を換わった。用意の作戦であろう。と、その数手後、中倉女流二段が左下の駒を一マス上げた。これは…穴熊の明示である。穴熊は中倉女流二段の好む囲いだが、角交換という条件つきではどうだろうか。駒がやや偏りそうな気がする。
また意外と知られていないが、大庭女流初段はイビアナ退治の名手である。LPSA金曜サロンの指導対局でも、アマ高段者相手に、王を中段に遊泳させ、イビアナを姿焼きにした将棋を何局も見た。
これは中倉女流二段、容易ではないと思った。
島井-鹿野戦は、例によって島井女流初段が「シマイ攻め」を敢行しているようである。これは決まれば爽快だが、頓挫すると即、負けに直結する。指すと、チェスクロックのボタンを、パン!と力強く叩く。島井女流初段はこういう押し方をするひとだったか? 考えてみれば、島井女流初段がボタンを押す姿を見るのは、初めてかもしれなかった。
中倉女流二段が、ずいぶん持ち時間を消費している。大庭女流初段がほとんど時間を使っていないのに、中倉女流二段のそれは残り5分しかない。指し慣れない形になり、手を模索しているのか。こちらのふたりは、駒を取ったら駒台に乗せ、それから「タン…」と静かにボタンを押す。
観戦者は、10人足らずである。と、前に座っていた老紳士が再び立った。将棋を覗きこんでいる。局面が見たければ、3階の解説場へ移動することである。そこでは石橋幸緒女流四段が、軽快な解説を行っているはずだ。将棋と顔の両方を堪能しようなどと、欲張ってはいけない。
ああ、中倉女流二段が見えない。その右の老紳士も立つ。いよいよ彼らが鬱陶しくなってきた。と、そのふたりがまたも対局者の写真を撮る。何度も書くが、対局中の撮影は厳禁である。もう少し大人しく観戦できないものか。
大庭女流初段が残り11分44秒のところで、早くも中倉女流二段が秒読みに入る。まだ中盤だが、ここで30秒指しは辛い。
老紳士…否、じじいらが左右に分かれ、テーブルの間から対局席に侵入する。また写真を撮る。上から覗き込む。しゃがんだと思ったら今度はお互いカメラを放り投げ、写真を撮り合っている。そんな愚行を無言で行っているこいつら、いい歳して、バカじゃなかろうか。
スタッフは棋譜入力に専念せざるを得ないため、誰も注意できない。加藤茶と志村けんのコントなら大爆笑だが、ここは真剣勝負の場である。笑うどころではない。気分が悪くなってきた。
鹿野-島井戦は島井女流初段の攻めが続いているようだ。こちらはお互いいい感じで持ち時間を消費していたが、鹿野女流初段の残りが3分27秒のところで、島井女流初段が秒読みに入った。鹿野女流初段が扇子をもてあそぶ。
じじいが両端に分かれたから、再び中倉女流二段の表情が拝めた。右手の人差し指と中指を頬にあてて考えている。まるで弥勒菩薩のようだ。扇子であおぎ、目を閉じる。大庭女流初段は微動だにしない。盤外はわさわさしているが、盤上は極めて静かである。
しかしじじいらがまたも盤の左右を行き来するので、大庭女流初段がギョッとする。スタッフ氏が写真を撮るフリをして、じじいらを排除した。しかしやつらは何とも思っていないだろう。
鹿野女流初段も秒読みに入っている。30秒ギリギリまで考えて指す。対して島井女流初段は、さして時間を使わずに指す。島井女流初段、優勢か。
中倉-大庭戦は、大庭女流初段が優勢と断言できた。大庭女流初段の玉の周りに、中倉女流二段の駒が迫っていないのだ。大庭女流初段の持ち味である、丁寧な指し回しが功を奏しているようだ。
島井-鹿野戦は、ちょっとした変化が起こっていた。島井女流初段が、椅子に浅く座り直していたのである。「ム」が「L」になった。闘志が薄れたのか? 盤面を見ると、島井陣には鹿野女流初段の駒が迫っているが、鹿野陣には島井女流初段の駒が見当たらない。鹿野女流初段は、残り5秒を待たずに指し始めた。表情に余裕がでてきた。これは形勢が逆転したようだ。
島井女流初段の手つきに力がなくなってきた。淡々と指している。と、島井女流初段が投了を告げた。11時40分。前回のチャンピオンが、緒戦で姿を消した。鹿野女流初段は、LPSA公認棋戦で、堂々の大阪初勝利であった。
すぐ感想戦が始まる。と、またもや例のじじいらが盤のすぐ横にやってきたので、私は呆れた。たまたま来ていた別のスタッフが注意する。ふたりを追いやると、机でバリケードを張り、ついに対局スペースを出入り禁止にした。
もう、情けないと言うしかなかった。今回は将棋ペンクラブ会員のH氏が声を掛けてくれたし、対局室では私のブログを読んでくださっている方から、挨拶もいただいた。だから大阪の将棋ファンはいい方ばかりだと思う。しかしたったひとりの偽善者のために、その男が所属する団体が胡散臭い目で見られてしまう例があるように、こんな傍若無人な行為を目のあたりにすると、大阪の将棋ファン全体に、悪い印象を持たざるを得なくなってしまう。
大いに気分を害している中、11時53分、中倉女流二段が投了した。駒損がひどく、最後は大差になった。大庭女流初段、序盤の作戦勝ちから徐々に差を拡げての、会心譜であった。
勝敗予想、2連敗である。
すぐ3階に移るべく、両者が席を立つ。その刹那、中倉女流二段と目があった。しかし中倉女流二段はそのまま立ち去る。大庭女流初段とも目があった。こちらはわずかに微笑んだ。これが勝者と敗者の差である。
私はその足で昼食を摂りに外へ出る。見知らぬ街をぶらぶらし、食事処を探すのは楽しいものだ。
住宅街の一隅に中華料理店があったので入る。ラーメン半チャン・ギョーザセットを注文する。今回の旅は、本当に中華ばっかりだ。
料理は美味しかったが、会計を終えても、店の女の子は何も言わない。店主も椅子にすわり、馴染み客とのおしゃべりに夢中だ。残念。次に西九条に来ても、もうこの店に入ることはない。
帰途、味のあるおじいさんが、背中を丸めてたこやきを売っていたが、迷ったすえ素通りし、「クレオ大阪西」へ戻る。
3階の下足箱で再びスリッパに履き替えていると、
「オオサワさんですよね」
と、声を掛けられた。
(つづく)
対する大庭美樹女流初段は、いつものように静かな対局姿勢である。それは公認棋戦でも指導対局でも変わらない。
島井咲緒里女流初段は、椅子の奥深くまで腰掛けて前かがみになる「島井流ファイティングポーズ」。こちらからだと、「ム」の字に見える。ただ気のせいかもしれないが、ややオーラが薄れている。
鹿野圭生女流初段も、やや前かがみで指すいつものポーズである。どちらの将棋も、好局が期待できそうだ。
私の位置からでは盤の位置が低いうえに陽光でテカッているので、駒の文字は見えない。駒の向きと盤上の位置で、どの駒かを推測しなければならない。しかし公開対局は局面を見るのがメインではない。対局者の表情を観賞するものと考える。
飛車を振った大庭女流初段が、自ら角を換わった。用意の作戦であろう。と、その数手後、中倉女流二段が左下の駒を一マス上げた。これは…穴熊の明示である。穴熊は中倉女流二段の好む囲いだが、角交換という条件つきではどうだろうか。駒がやや偏りそうな気がする。
また意外と知られていないが、大庭女流初段はイビアナ退治の名手である。LPSA金曜サロンの指導対局でも、アマ高段者相手に、王を中段に遊泳させ、イビアナを姿焼きにした将棋を何局も見た。
これは中倉女流二段、容易ではないと思った。
島井-鹿野戦は、例によって島井女流初段が「シマイ攻め」を敢行しているようである。これは決まれば爽快だが、頓挫すると即、負けに直結する。指すと、チェスクロックのボタンを、パン!と力強く叩く。島井女流初段はこういう押し方をするひとだったか? 考えてみれば、島井女流初段がボタンを押す姿を見るのは、初めてかもしれなかった。
中倉女流二段が、ずいぶん持ち時間を消費している。大庭女流初段がほとんど時間を使っていないのに、中倉女流二段のそれは残り5分しかない。指し慣れない形になり、手を模索しているのか。こちらのふたりは、駒を取ったら駒台に乗せ、それから「タン…」と静かにボタンを押す。
観戦者は、10人足らずである。と、前に座っていた老紳士が再び立った。将棋を覗きこんでいる。局面が見たければ、3階の解説場へ移動することである。そこでは石橋幸緒女流四段が、軽快な解説を行っているはずだ。将棋と顔の両方を堪能しようなどと、欲張ってはいけない。
ああ、中倉女流二段が見えない。その右の老紳士も立つ。いよいよ彼らが鬱陶しくなってきた。と、そのふたりがまたも対局者の写真を撮る。何度も書くが、対局中の撮影は厳禁である。もう少し大人しく観戦できないものか。
大庭女流初段が残り11分44秒のところで、早くも中倉女流二段が秒読みに入る。まだ中盤だが、ここで30秒指しは辛い。
老紳士…否、じじいらが左右に分かれ、テーブルの間から対局席に侵入する。また写真を撮る。上から覗き込む。しゃがんだと思ったら今度はお互いカメラを放り投げ、写真を撮り合っている。そんな愚行を無言で行っているこいつら、いい歳して、バカじゃなかろうか。
スタッフは棋譜入力に専念せざるを得ないため、誰も注意できない。加藤茶と志村けんのコントなら大爆笑だが、ここは真剣勝負の場である。笑うどころではない。気分が悪くなってきた。
鹿野-島井戦は島井女流初段の攻めが続いているようだ。こちらはお互いいい感じで持ち時間を消費していたが、鹿野女流初段の残りが3分27秒のところで、島井女流初段が秒読みに入った。鹿野女流初段が扇子をもてあそぶ。
じじいが両端に分かれたから、再び中倉女流二段の表情が拝めた。右手の人差し指と中指を頬にあてて考えている。まるで弥勒菩薩のようだ。扇子であおぎ、目を閉じる。大庭女流初段は微動だにしない。盤外はわさわさしているが、盤上は極めて静かである。
しかしじじいらがまたも盤の左右を行き来するので、大庭女流初段がギョッとする。スタッフ氏が写真を撮るフリをして、じじいらを排除した。しかしやつらは何とも思っていないだろう。
鹿野女流初段も秒読みに入っている。30秒ギリギリまで考えて指す。対して島井女流初段は、さして時間を使わずに指す。島井女流初段、優勢か。
中倉-大庭戦は、大庭女流初段が優勢と断言できた。大庭女流初段の玉の周りに、中倉女流二段の駒が迫っていないのだ。大庭女流初段の持ち味である、丁寧な指し回しが功を奏しているようだ。
島井-鹿野戦は、ちょっとした変化が起こっていた。島井女流初段が、椅子に浅く座り直していたのである。「ム」が「L」になった。闘志が薄れたのか? 盤面を見ると、島井陣には鹿野女流初段の駒が迫っているが、鹿野陣には島井女流初段の駒が見当たらない。鹿野女流初段は、残り5秒を待たずに指し始めた。表情に余裕がでてきた。これは形勢が逆転したようだ。
島井女流初段の手つきに力がなくなってきた。淡々と指している。と、島井女流初段が投了を告げた。11時40分。前回のチャンピオンが、緒戦で姿を消した。鹿野女流初段は、LPSA公認棋戦で、堂々の大阪初勝利であった。
すぐ感想戦が始まる。と、またもや例のじじいらが盤のすぐ横にやってきたので、私は呆れた。たまたま来ていた別のスタッフが注意する。ふたりを追いやると、机でバリケードを張り、ついに対局スペースを出入り禁止にした。
もう、情けないと言うしかなかった。今回は将棋ペンクラブ会員のH氏が声を掛けてくれたし、対局室では私のブログを読んでくださっている方から、挨拶もいただいた。だから大阪の将棋ファンはいい方ばかりだと思う。しかしたったひとりの偽善者のために、その男が所属する団体が胡散臭い目で見られてしまう例があるように、こんな傍若無人な行為を目のあたりにすると、大阪の将棋ファン全体に、悪い印象を持たざるを得なくなってしまう。
大いに気分を害している中、11時53分、中倉女流二段が投了した。駒損がひどく、最後は大差になった。大庭女流初段、序盤の作戦勝ちから徐々に差を拡げての、会心譜であった。
勝敗予想、2連敗である。
すぐ3階に移るべく、両者が席を立つ。その刹那、中倉女流二段と目があった。しかし中倉女流二段はそのまま立ち去る。大庭女流初段とも目があった。こちらはわずかに微笑んだ。これが勝者と敗者の差である。
私はその足で昼食を摂りに外へ出る。見知らぬ街をぶらぶらし、食事処を探すのは楽しいものだ。
住宅街の一隅に中華料理店があったので入る。ラーメン半チャン・ギョーザセットを注文する。今回の旅は、本当に中華ばっかりだ。
料理は美味しかったが、会計を終えても、店の女の子は何も言わない。店主も椅子にすわり、馴染み客とのおしゃべりに夢中だ。残念。次に西九条に来ても、もうこの店に入ることはない。
帰途、味のあるおじいさんが、背中を丸めてたこやきを売っていたが、迷ったすえ素通りし、「クレオ大阪西」へ戻る。
3階の下足箱で再びスリッパに履き替えていると、
「オオサワさんですよね」
と、声を掛けられた。
(つづく)