きのう3日昼、パソコンのメールボックスを開いたら、東京都下在住の将棋ペンクラブ幹事・A氏から「きょう都内に行くので、よかったら飲みませんか」という旨のメールが入っていた。
当日に誘っても大沢はヒマだから大丈夫だろう、という読みが入っているようでおもしろくないが、私は友人からの誘いは断らないので、「OK」で返信した。
午後5時52分、地下鉄人形町駅の地上に、約束の2分遅れで着く。
しばらくすると反対側の歩道からA氏が走ってきた。奥さんもいっしょだ。私はA氏について歩く。と、外観は鉄道模型でも売っていそうな、小さな店に着いた。なんだこれは?
中には店長らしき人がいるが、まだ店は開かない。6時の開店らしいのだが、店の性質上、時間厳守なのだろう。
6時になり、開店。ここはなんと、鉄道趣味人御用達の、立ち飲みの店だった。1階はカウンターのみで、定員は7人前後。2階はテーブル席があるらしい。
私たちはカウンター奥に向かう。天井から吊り革がぶら下がっており、壁面にはローカル列車の写真などが飾られている。BGMは列車の走行音だ(今回はJR陸羽西線)。どうも鉄道好きのA氏が、同好の士である私にこの店を紹介したかったらしい。
私の仕事は1日立ちっぱなしのときもあれば、座りどおしのときもある。3日は座りどおしだったから、まあ立ち飲みでもいいが、仕事が終わればとりあえず座りたいのが人情であろう。この辺の感覚は、A氏とはちょっと違う。
両隣に位置したA氏夫婦は生ビール、私はサイダー。飲食物と引き換えにおカネを払う仕組みだ。サイダーはビンのまま出てきた。とりあえず乾杯。
奥さんが、JR北海道で販売している「KITAKAカード」がほしいとか言っている。A氏夫婦と私は「将棋」でつながっているが、奥さんが鉄道も好きだとは知らなかった。それにしても鉄道と将棋、どちらも後に「マニア」という単語がピッタリはまる。A氏夫婦は結婚しているからいいが、両方に首をつっこんで独り者の私は、未来がない。
私たちといっしょに入店したオジサンが左にいる。私の左にいる奥さんは時々オジサンの話し相手になっている。それはいいが、ひとりで立ち飲みの店に来て、どこがおもしろいのかと思う。
「名古屋を往復するのにね、行きは東海道本線、帰りは中央本線で帰ってこようと思うんですよ。長距離逓減制で安くなるから」
とA氏。
「おお、それはいいね」
と私。
「なになに?」
と奥さん。
「JRは長距離になるほど、キロあたりの料金が安くなるんだよ」
「ふうん」
「ボクはね、旅行は基本的に、一筆書きがいいと思うんですよ。こう輪を描く感じが最上。同じ線路は走らない。だからそれが達成できたときはうれしいですね」
と私。女性店員が入ってきた。里田まい似である。
「ああ分かります、分かります。ところで大沢さんは、どこの路線が好きなの?」
「廃線も入れていいの? 現役のみ?」
「現役で」
「う~ん、むずかしいなあ。指宿枕崎線…。あっ、違う、札沼線だ、学園都市線。終着駅の新十津川はいいですよオ」
「やっぱり端っこへ行っちゃうんですね」
私が九州・沖縄と北海道好きということを踏まえての発言である。
「冬に新十津川から乗ったことあるんですけどね、乗客はオレひとりだけで。こりゃもうね、オレだけのために列車が運行してくれてるんだと思うと、こんなに贅沢な旅はないなあ、と思ったわけですよ」
話が濃い方に向かったので、奥さんはカウンターに立てられているお中元のカタログ誌を見始めた。どこがおもしろいのかと思うが、女性はこういう雑誌を見て、あれがほしい、これがほしいと楽しい時間をすごすのだろう。
客がポツポツ入ってくる。いずれも「一人旅」である。そのたびに私たちは、順ぐりと右に詰めてゆく。店長と客がポソポソ話したりしている。そうか、ここは将棋サロンならぬ鉄道サロンなのだ。酒は入店のための口実にすぎず、客は同好の士と鉄道談議に花を咲かせて、1日の疲れを癒すのだ。
またひとり、女性スタッフがカウンターに入ってきた。女優の佐藤めぐみにそっくりである。数年前、私がDVDデッキを買ったのは、彼女が出ているCMをDVDに録画したいがためだった。
何とか佐藤めぐみ似の女性と話をしたいが、左にいる奥さんを無視するわけにはいかぬ。ところで奥さんはピンクの小ぶりな扇子、A氏と私は将棋の扇子をあおいでいる。A氏のそれは誰の揮毫か忘れたが、私は船戸陽子女流二段揮毫の扇子である。LPSA金曜サロンの優勝賞品としていただいたものだ。
どうでもいいことだが、A氏はM女流初段のファンである。むかし民放の早指し将棋戦で棋譜読み上げだか何かを担当していたらしく、それを観たA氏は、M女流初段のあまりの美しさに驚き、以来ファンになったという。
「オレ思うんですけど、Mさんはプロポーションいいですよね。誰も言わないけど」
「うん」
「こう、こう…こういう感じで…。いやホントに、なかなかAさんの目は高いと思った。オレ感心した」
「どうもどうも。ところで大沢さんは、女流棋士とは誰と話すんですか」
「ほとんど話さないけど、船戸先生とは話しやすいですよ。オレはかなり緊張してるけど。それでも話しやすい」
「ほう。女流棋士ではホントのところ、誰のファンなんです?」
「え? それはだから船戸先生ですよ」
「ああそうなんだ。船戸先生のどこに惹かれたの?」
A氏はさりげなく、私にそう訊いた。
(つづく)
当日に誘っても大沢はヒマだから大丈夫だろう、という読みが入っているようでおもしろくないが、私は友人からの誘いは断らないので、「OK」で返信した。
午後5時52分、地下鉄人形町駅の地上に、約束の2分遅れで着く。
しばらくすると反対側の歩道からA氏が走ってきた。奥さんもいっしょだ。私はA氏について歩く。と、外観は鉄道模型でも売っていそうな、小さな店に着いた。なんだこれは?
中には店長らしき人がいるが、まだ店は開かない。6時の開店らしいのだが、店の性質上、時間厳守なのだろう。
6時になり、開店。ここはなんと、鉄道趣味人御用達の、立ち飲みの店だった。1階はカウンターのみで、定員は7人前後。2階はテーブル席があるらしい。
私たちはカウンター奥に向かう。天井から吊り革がぶら下がっており、壁面にはローカル列車の写真などが飾られている。BGMは列車の走行音だ(今回はJR陸羽西線)。どうも鉄道好きのA氏が、同好の士である私にこの店を紹介したかったらしい。
私の仕事は1日立ちっぱなしのときもあれば、座りどおしのときもある。3日は座りどおしだったから、まあ立ち飲みでもいいが、仕事が終わればとりあえず座りたいのが人情であろう。この辺の感覚は、A氏とはちょっと違う。
両隣に位置したA氏夫婦は生ビール、私はサイダー。飲食物と引き換えにおカネを払う仕組みだ。サイダーはビンのまま出てきた。とりあえず乾杯。
奥さんが、JR北海道で販売している「KITAKAカード」がほしいとか言っている。A氏夫婦と私は「将棋」でつながっているが、奥さんが鉄道も好きだとは知らなかった。それにしても鉄道と将棋、どちらも後に「マニア」という単語がピッタリはまる。A氏夫婦は結婚しているからいいが、両方に首をつっこんで独り者の私は、未来がない。
私たちといっしょに入店したオジサンが左にいる。私の左にいる奥さんは時々オジサンの話し相手になっている。それはいいが、ひとりで立ち飲みの店に来て、どこがおもしろいのかと思う。
「名古屋を往復するのにね、行きは東海道本線、帰りは中央本線で帰ってこようと思うんですよ。長距離逓減制で安くなるから」
とA氏。
「おお、それはいいね」
と私。
「なになに?」
と奥さん。
「JRは長距離になるほど、キロあたりの料金が安くなるんだよ」
「ふうん」
「ボクはね、旅行は基本的に、一筆書きがいいと思うんですよ。こう輪を描く感じが最上。同じ線路は走らない。だからそれが達成できたときはうれしいですね」
と私。女性店員が入ってきた。里田まい似である。
「ああ分かります、分かります。ところで大沢さんは、どこの路線が好きなの?」
「廃線も入れていいの? 現役のみ?」
「現役で」
「う~ん、むずかしいなあ。指宿枕崎線…。あっ、違う、札沼線だ、学園都市線。終着駅の新十津川はいいですよオ」
「やっぱり端っこへ行っちゃうんですね」
私が九州・沖縄と北海道好きということを踏まえての発言である。
「冬に新十津川から乗ったことあるんですけどね、乗客はオレひとりだけで。こりゃもうね、オレだけのために列車が運行してくれてるんだと思うと、こんなに贅沢な旅はないなあ、と思ったわけですよ」
話が濃い方に向かったので、奥さんはカウンターに立てられているお中元のカタログ誌を見始めた。どこがおもしろいのかと思うが、女性はこういう雑誌を見て、あれがほしい、これがほしいと楽しい時間をすごすのだろう。
客がポツポツ入ってくる。いずれも「一人旅」である。そのたびに私たちは、順ぐりと右に詰めてゆく。店長と客がポソポソ話したりしている。そうか、ここは将棋サロンならぬ鉄道サロンなのだ。酒は入店のための口実にすぎず、客は同好の士と鉄道談議に花を咲かせて、1日の疲れを癒すのだ。
またひとり、女性スタッフがカウンターに入ってきた。女優の佐藤めぐみにそっくりである。数年前、私がDVDデッキを買ったのは、彼女が出ているCMをDVDに録画したいがためだった。
何とか佐藤めぐみ似の女性と話をしたいが、左にいる奥さんを無視するわけにはいかぬ。ところで奥さんはピンクの小ぶりな扇子、A氏と私は将棋の扇子をあおいでいる。A氏のそれは誰の揮毫か忘れたが、私は船戸陽子女流二段揮毫の扇子である。LPSA金曜サロンの優勝賞品としていただいたものだ。
どうでもいいことだが、A氏はM女流初段のファンである。むかし民放の早指し将棋戦で棋譜読み上げだか何かを担当していたらしく、それを観たA氏は、M女流初段のあまりの美しさに驚き、以来ファンになったという。
「オレ思うんですけど、Mさんはプロポーションいいですよね。誰も言わないけど」
「うん」
「こう、こう…こういう感じで…。いやホントに、なかなかAさんの目は高いと思った。オレ感心した」
「どうもどうも。ところで大沢さんは、女流棋士とは誰と話すんですか」
「ほとんど話さないけど、船戸先生とは話しやすいですよ。オレはかなり緊張してるけど。それでも話しやすい」
「ほう。女流棋士ではホントのところ、誰のファンなんです?」
「え? それはだから船戸先生ですよ」
「ああそうなんだ。船戸先生のどこに惹かれたの?」
A氏はさりげなく、私にそう訊いた。
(つづく)