予約は午後5時。その時間にならないと店内には入れないので、それまで時間をつぶすことになる。国道を挟んだ向かいにも別の喫茶店があり、そこに入って気分を高めるのが一公定跡である。
ところが、その喫茶店「ゆめうさぎ」のシャッターが閉まっている。貼り紙があり、店の裏手にある古民家に移転したという。
早速そこに向かうと、確かに古民家だ。ただしその外観は、ウチに雰囲気が似ている。ということは、ウチは古民家ということか。
店に入ると、カウンター3席、4人掛けのテーブル1つの、簡素な造りだった。カウンターには女性がふたり座っているので、私はテーブルにつくが、いささか居心地がわるい。
私は和風きのこパスタを注文する。外が見えないので、備え付けの長崎新聞を読む。脚本家・市川森一のお通夜が長崎市で行われたという。市川森一は、諫早市の出身だ。私が昼に通ってきた場所である。
読者欄に、「肥前小浜-千々石間の廃線跡を歩いた」という投稿があった。この廃線跡付近も、きょうバスで通ってきている。あの場所に鉄路が敷かれていたのかと思うと、感慨深い。
パスタは美味だったが、店からサイキック喫茶店が見えず、いささか消化不良だった。この店に訪れることはもうないと思う。
4時50分、会計を済ませ、川棚駅のすぐ向かいにある、西肥バスターミナルの待合室に入る。ここから2階のサイキック喫茶店が見える。1階のお菓子屋は、数年前に、コインランドリーに変わった。
外で待っている客は見当たらない。すでに何人かは、階段のところで待っているようだ。5時になった。私もはやる心を抑えて、喫茶店に向かう。
前の人に続いて階段を上がり、私も中に入る。こここそが、私が毎年12月に訪れているサイキック喫茶店『あんでるせん』である。
店内は広くもなく狭くもない。旧LPSA金曜サロンの対局スペースと同じくらいか。
右奥に5人分のカウンターがある。この向こう側で、マスターがマジックを行うのだ。あとは4人掛けのテーブルが5つに、6~7人が座れる大テーブルが設えられている。
マスターの奥さんと思しきママさんに名前を告げると、カウンターに座るよう言われた。私は一番右の席。ここは「整理番号1番」の席で、予約の早い順に番号が振られるから、私が最初に予約したことになる。ちなみに予約は2ヶ月前から可能で、私は10月29日に取った。しかし、もっと前に予約した人がいるはずだが…。まあいい。
あんでるせんでは、この整理番号が重要である。通常3番の席に座った人が整理番号を引くのだが、その番号に当たった人が、マジックショーのアシスタントのような役目をするのだ。この時マスターが、
「次に番号を引かれた人は、これからの人生で結婚します」
とか言うわけだ。
ここは、ただマジックを行うだけでなく、こんな突飛なことも予言してしまうのだ。これで私は過去に2回、マスターにそれを言われたというわけである。だから私が船戸陽子女流二段に一目惚れをした時、私は彼女と結婚すると信じて、疑わなかった。まあいまでは、自分のバカさ加減を嗤うしかないのだが。
すでに他の客も着席しており、数えてみると14人いた。定員は31人なので、かなり少ない。
それにしても、1年ぶりのあんでるせんが、懐かしい。私の旅行は、2月のさっぽろ雪まつり、5月の博多どんたく、8月の八重山諸島など、毎年行くところが決まっているから、旅先ではいつも「ああ、今年もこの地に帰って来た」と思う。
あんでるせんもそうで、1年間を無事に暮らし、今年もここに来られたことを、とてもうれしく思うのだ。
目の前にあるテレビには「さんまのまんま」の再放送が流れていた。ゲストは仲里依紗(なか・りいさ)。将棋ドラマ「ハチワンダーバー」の巨乳真剣師・中静そよ役で出演していた女性だ。
彼女は長崎県東彼杵(そのぎ)郡の出身とのこと。ここ大村湾の反対側にある島だ。彼杵半島は一度訪れてみたいのだが、いまだその機会がない。
壁には無数のポラロイド写真が貼られている。この店の噂を聞きつけて、多くの芸能人が訪れているのだ。列記してみると、
Aiko、杏里、いきものがかり、石原真理子、風間トオル、川渕三郎、クリスタルキング、ミスター都市伝説・関暁夫、竹村健一、ダチョウ倶楽部・上島竜兵、原田知世、藤岡弘、、舞の海、武藤敬司、MEGUMI、森山愛子、吉村作治、両国(力士)、若村麻由美、などなど。
藤岡弘、などは7回も訪れたという。圧巻はIBMの元会長で、わざわざ自家用ジェット機で長崎空港に降り、あんでるせんに訪れたらしい。
私の読みが正しければ、羽生善治王位・棋聖も、あんでるせんの存在はご存じのはずだ。もし羽生二冠が訪れれば、記念写真を撮られるに違いない。
ママさんがメニューを持ってくる。ここは喫茶店…軽食喫茶なので、飲食物の注文をしなければならない。それを食べ終えたあとマジックショーが始まるのだが、これは「マスターの余興」という位置付けなので、追加料金は一切かからない。私が毎年通っている大きな理由のひとつは、ショーの観戦料金を取らない、いうところにある。
私はスパゲティミートソース(788円)とアイスコーヒー(525円)を注文する。あんでるせんに訪れるのは13年連続13回目だが、意識はしていないのに、毎年違うメニューを注文している。ミートソースとアイスコーヒーは単品で頼んだことはあるが、両方頼んだのは今年が初めてだった。
遅刻組が何人か来て、私の横に年配の女性の3人組が座った。あんでるせんに来る客は圧倒的に2人組以上だ。私のようなさびしいひとり旅の人間は、とんと見たことがない。
ミートソースが運ばれてきた。味はふつうである。もう少し量があるとうれしいが、マジックショーを無料で見られるのだから、文句を言ってはいけない。
しばらく経って、アイスコーヒーが運ばれてくる。隣の女性に話しかけるわけにもいかないし、ひとりでは間が持たない。去年はこの待ち時間に、「LPSA詰め将棋日めくりカレンダー」の問題を作った。しかし今年は、そんな気力はない。
お客は最終的に、21人になった。どうも、団体のキャンセルがあったようだ。それで私の整理番号が、「繰り上げ1番」になったらしい。
宿泊施設などと違って、あんでるせんはキャンセル料を取らない。もちろん取りようがないからだが、ということはお客のほうも、一度予約を入れたらキャンセルをしてはいけない、ということである。
ふだんの生活でもそうだが、私は約束をホゴにする人を信用しない。
以前Ayakoさんに、飲み会の約束をすっぽかされたことがあったが、あれは私に言わせれば大減点で、これから私と彼女との仲が親密になったとしても、私は彼女を全面的に信じない。
会計の時間である。マジックショーの前に、済ませるものは済ましておこう、ということだ。私は1,313円。これ以上はもう1円も払う必要なく、安心してマジックショーを堪能できるのだ。
ママさんがチャンネルを変え、7時のNHKニュースが始まった。長崎県彼杵郡で起こった殺人事件を報じている。これは全国ニュースだから、かなりの事件である。きょうは妙に長崎県が取り上げられるな、と思う。
7時10分になった。カウンターにマスターが現われ、テレビのスイッチを切った。
彼こそがあんでるせんのマスター・Hisamura Shunei、その人であった。
(つづく)
ところが、その喫茶店「ゆめうさぎ」のシャッターが閉まっている。貼り紙があり、店の裏手にある古民家に移転したという。
早速そこに向かうと、確かに古民家だ。ただしその外観は、ウチに雰囲気が似ている。ということは、ウチは古民家ということか。
店に入ると、カウンター3席、4人掛けのテーブル1つの、簡素な造りだった。カウンターには女性がふたり座っているので、私はテーブルにつくが、いささか居心地がわるい。
私は和風きのこパスタを注文する。外が見えないので、備え付けの長崎新聞を読む。脚本家・市川森一のお通夜が長崎市で行われたという。市川森一は、諫早市の出身だ。私が昼に通ってきた場所である。
読者欄に、「肥前小浜-千々石間の廃線跡を歩いた」という投稿があった。この廃線跡付近も、きょうバスで通ってきている。あの場所に鉄路が敷かれていたのかと思うと、感慨深い。
パスタは美味だったが、店からサイキック喫茶店が見えず、いささか消化不良だった。この店に訪れることはもうないと思う。
4時50分、会計を済ませ、川棚駅のすぐ向かいにある、西肥バスターミナルの待合室に入る。ここから2階のサイキック喫茶店が見える。1階のお菓子屋は、数年前に、コインランドリーに変わった。
外で待っている客は見当たらない。すでに何人かは、階段のところで待っているようだ。5時になった。私もはやる心を抑えて、喫茶店に向かう。
前の人に続いて階段を上がり、私も中に入る。こここそが、私が毎年12月に訪れているサイキック喫茶店『あんでるせん』である。
店内は広くもなく狭くもない。旧LPSA金曜サロンの対局スペースと同じくらいか。
右奥に5人分のカウンターがある。この向こう側で、マスターがマジックを行うのだ。あとは4人掛けのテーブルが5つに、6~7人が座れる大テーブルが設えられている。
マスターの奥さんと思しきママさんに名前を告げると、カウンターに座るよう言われた。私は一番右の席。ここは「整理番号1番」の席で、予約の早い順に番号が振られるから、私が最初に予約したことになる。ちなみに予約は2ヶ月前から可能で、私は10月29日に取った。しかし、もっと前に予約した人がいるはずだが…。まあいい。
あんでるせんでは、この整理番号が重要である。通常3番の席に座った人が整理番号を引くのだが、その番号に当たった人が、マジックショーのアシスタントのような役目をするのだ。この時マスターが、
「次に番号を引かれた人は、これからの人生で結婚します」
とか言うわけだ。
ここは、ただマジックを行うだけでなく、こんな突飛なことも予言してしまうのだ。これで私は過去に2回、マスターにそれを言われたというわけである。だから私が船戸陽子女流二段に一目惚れをした時、私は彼女と結婚すると信じて、疑わなかった。まあいまでは、自分のバカさ加減を嗤うしかないのだが。
すでに他の客も着席しており、数えてみると14人いた。定員は31人なので、かなり少ない。
それにしても、1年ぶりのあんでるせんが、懐かしい。私の旅行は、2月のさっぽろ雪まつり、5月の博多どんたく、8月の八重山諸島など、毎年行くところが決まっているから、旅先ではいつも「ああ、今年もこの地に帰って来た」と思う。
あんでるせんもそうで、1年間を無事に暮らし、今年もここに来られたことを、とてもうれしく思うのだ。
目の前にあるテレビには「さんまのまんま」の再放送が流れていた。ゲストは仲里依紗(なか・りいさ)。将棋ドラマ「ハチワンダーバー」の巨乳真剣師・中静そよ役で出演していた女性だ。
彼女は長崎県東彼杵(そのぎ)郡の出身とのこと。ここ大村湾の反対側にある島だ。彼杵半島は一度訪れてみたいのだが、いまだその機会がない。
壁には無数のポラロイド写真が貼られている。この店の噂を聞きつけて、多くの芸能人が訪れているのだ。列記してみると、
Aiko、杏里、いきものがかり、石原真理子、風間トオル、川渕三郎、クリスタルキング、ミスター都市伝説・関暁夫、竹村健一、ダチョウ倶楽部・上島竜兵、原田知世、藤岡弘、、舞の海、武藤敬司、MEGUMI、森山愛子、吉村作治、両国(力士)、若村麻由美、などなど。
藤岡弘、などは7回も訪れたという。圧巻はIBMの元会長で、わざわざ自家用ジェット機で長崎空港に降り、あんでるせんに訪れたらしい。
私の読みが正しければ、羽生善治王位・棋聖も、あんでるせんの存在はご存じのはずだ。もし羽生二冠が訪れれば、記念写真を撮られるに違いない。
ママさんがメニューを持ってくる。ここは喫茶店…軽食喫茶なので、飲食物の注文をしなければならない。それを食べ終えたあとマジックショーが始まるのだが、これは「マスターの余興」という位置付けなので、追加料金は一切かからない。私が毎年通っている大きな理由のひとつは、ショーの観戦料金を取らない、いうところにある。
私はスパゲティミートソース(788円)とアイスコーヒー(525円)を注文する。あんでるせんに訪れるのは13年連続13回目だが、意識はしていないのに、毎年違うメニューを注文している。ミートソースとアイスコーヒーは単品で頼んだことはあるが、両方頼んだのは今年が初めてだった。
遅刻組が何人か来て、私の横に年配の女性の3人組が座った。あんでるせんに来る客は圧倒的に2人組以上だ。私のようなさびしいひとり旅の人間は、とんと見たことがない。
ミートソースが運ばれてきた。味はふつうである。もう少し量があるとうれしいが、マジックショーを無料で見られるのだから、文句を言ってはいけない。
しばらく経って、アイスコーヒーが運ばれてくる。隣の女性に話しかけるわけにもいかないし、ひとりでは間が持たない。去年はこの待ち時間に、「LPSA詰め将棋日めくりカレンダー」の問題を作った。しかし今年は、そんな気力はない。
お客は最終的に、21人になった。どうも、団体のキャンセルがあったようだ。それで私の整理番号が、「繰り上げ1番」になったらしい。
宿泊施設などと違って、あんでるせんはキャンセル料を取らない。もちろん取りようがないからだが、ということはお客のほうも、一度予約を入れたらキャンセルをしてはいけない、ということである。
ふだんの生活でもそうだが、私は約束をホゴにする人を信用しない。
以前Ayakoさんに、飲み会の約束をすっぽかされたことがあったが、あれは私に言わせれば大減点で、これから私と彼女との仲が親密になったとしても、私は彼女を全面的に信じない。
会計の時間である。マジックショーの前に、済ませるものは済ましておこう、ということだ。私は1,313円。これ以上はもう1円も払う必要なく、安心してマジックショーを堪能できるのだ。
ママさんがチャンネルを変え、7時のNHKニュースが始まった。長崎県彼杵郡で起こった殺人事件を報じている。これは全国ニュースだから、かなりの事件である。きょうは妙に長崎県が取り上げられるな、と思う。
7時10分になった。カウンターにマスターが現われ、テレビのスイッチを切った。
彼こそがあんでるせんのマスター・Hisamura Shunei、その人であった。
(つづく)