先にも書いたが、マスターの風貌は、俳優の丹波義隆に似ている。マスターに初めてお会いしたのはいまから12年前だが、それから全然変わっていない。せいぜいメガネを掛けたくらいだ。
「こんばんは。きょうはようこそお越しくださいました」
マスターが挨拶をする。ここから約2時間、この狭い空間で、華麗なるマジックショーが展開されるのだ。ああ、わくわくする。
ここで、このブログ恒例の、席の配置を記しておこう。
マスター
――――――――――
男 女 女 女 女 一公
○ ○ ○ ○ ○
○ ○ ○ ○ ○
○ ○ ○ ○ ○
私の列はカウンターの前なので、みんな着席している。後方の客は立っており、最後列は椅子の上に長板を置いて、その上に立つ形だ。カウンターの中から見ると、雛壇のように見えるはずだ。整理番号は私が1番。以下左に2、3…と進む。
後方は背の高さも勘案して配置されているので、順番どおりにはなっていない。ベストの席は2と3で、3の人が、整理番号が書かれたカードを引くのだ。
開演。まずはお客様から指環を借りる。2の女性が指環を渡した。マスターはそれを掌に乗せ、10度浮かせます、と言う。すると、指環の端が、ククッ…と浮き上がった。
「次は35度」
また指環が浮き上がる。オオーッ、と歓声が上がる。「磁石か何かで浮かせてると思われるので、これに入れますよ」
と、プラスチック製の筒を出し、その中に指環を入れた。
そこでマスターが念を入れると、また指環の端が、ククッと持ち上がった。今度はその指環を、小さな木箱に入れる。後方の男性から100円ライターを借り、下から軽くあぶると、指環のカラカラとした音が消えた。
と、マスターが首からネックレスを外す。その先には、いまの指環がくくりつけられてあった。指環の瞬間移動だ。またもみんなが歓声を上げる。
「これで、この指環にはパワーが入りました」
とマスターが言う。指環は人間の邪気を吸収してくれるという。
ナットが嵌まったボルトを、筒に入れる。再びマスターが念を入れると、ボルトがくるくる回り、ナットが外れた。
恐ろしい能力だが、マスターはこれを習得するのに、何ヶ月もかかったという。
「ボルトとナットが外れた絵をイメージするんです。
一流のスポーツ選手は、『繰り返しの大切さ』を知っていますね。毎日毎日、同じことを繰り返す。皆さんも、何かやろうと思ったら、3ヶ月間、続けてみるといいですね。そうすると、必ず効果が現れてきます」
マスターがESPカードを取り出す。○、+、□、△、波形の5枚のカードが5セット入っているものだ。世の中はすべて、これら5つの記号で成り立っているらしい。
マスターがカードを5枚持ち、私たちにも5枚渡す。これをお互いが順番に1枚ずつ出し合い、同じマークを当てるという趣向だ。私たちは、整理番号2~5の女性が代表して、これはと思うマークを出す。
なぜ、1番の私が選ばれなかったか。それはマスターに私の顔を憶えられているからだ。ウソかホントかは分からぬが、マスターは1度来た客の顔は憶えているという。私は年1回しか訪れていないが、さすがに13年も連続で来れば、マスターでなくとも、私のことを憶えるだろう。
私は、これから行われるであろうマジックのほとんどを、すでに拝見している。私が外されたのは、お互い暗黙の了解があった。
マスターが1枚カードを裏のまま、布の上に置く。その手前に、2の女性が1枚置く。ここでマスター、早くも両方を開けてしまう。それらは「□」で、当たりだった。
続いて3の女性と同じことをする。必ずマスターが先に置き、それから客が置く。これなら不正のしようがない。
4の女性とも同様にする。5の女性のとき、
「あなたの持っているカードは○か△のはずです」
とマスターが言う。
女性が見ると、確かにその2枚が残っている。マスターが、じゃあ私はこちらを置きます、と言い、4の女性も、選んだカードを裏向きに置いた。
あらためて、5ペアのカードを次々と表に返してゆく。
□、波形、+、○、△。
すべてがドンピシャリだった。
「私は未来の映像を見て、この結果を知っていたのです」
とマスターが言う。「だから皆さんがどんなカードを出そうとも、私にはこの結果になることが分かっていました」
と続けた。
いつもながら、見事な手際である。
「みなさん改めまして、私がHisamura Shuneiです。Shunちゃんと呼んでください。みなさんがいまここにいるのは奇跡ですよ。こんな九州の片田舎まで来て、みなさんがこうして顔を合わせたんですから。それは平安時代でも江戸時代でもない。いまの時代に生きて、ここに来たからこそ出会えたのです。
これはほんの名刺代わりです。いまは皆さんボンヤリしてますけど、マジックが終わってこの店を出るときには、皆さんシャキッとしてますよ」
マスターは滑らかな口調で語る。
私が毎年あんでるせんに訪れているのは、もちろんマジックショーを楽しむためだが、マジックの合間にさりげなく盛り込まれる、人生を生きるための訓話を拝聴すること、がある。とくに私は今夏、人生最大の「勝手な失恋」をした。それを癒すにはどうすればいいか、その答えを聞きたい、という目的があった。
むろんショーの最中はこちらから話しかけることはできないので、ショーが終わったあとの雑談時に聞くつもりだ。東京のジョナ研の仲間は、失恋なんか忘れて、これからを前向きに生きろよ、と言ってくれているが、マスターなら、私の思いもよらない言葉で諭してくれるような気がした。
マスターが、お札と硬貨を貸してくれませんか、と言う。マスターのコインマジックも絶品で、からくりが全然分からない。これまで見たものでは、500円玉を掌の上でペロンと湾曲させる。100円玉を3つに割り、それを元に戻す。100円玉にタバコを貫通させる。50円玉を親指と人差し指で半分に折る。10円玉を500円玉大に大きくしたり、1セント大の大きさに縮めたりする。
お札を使ったものでは、千円札の中に、50円玉がスーッと通る、などがあった。
私の財布の中には、まあその、その結果になった硬貨が、いまも御守り代わりに入っている。
今回私は、おカネを出すつもりはなかったのだが、後ろがグズグズしているので、千円札1枚と50円玉、10円玉、5円玉を出した。各種おカネはすぐ出せるよう、ポケットにしのばせているのだ。結局私は、出したかったんじゃないか、と思う。
マスターが壱万円札を取り、それを空中に浮かせた。みんなビックリしているが、驚くのはこれからである。だが物には順番がある。マスターはその前に、トランプマジックを始めた。
見事なマジックにみんなが驚く。その合間に巧みなジョークが入り、みんなが笑う。
「人間は、可笑しいから笑うんじゃありませんよ。可笑しいと思う心があるから笑うんです。忙しい忙しいと言ってる人がいますけど、忙しいとは心を亡くす、と書きます。あれはよくありませんね。
本屋に入って本棚から1冊の本を取って買う。これは宿命です。だけどそれを面白いと思うか面白くないと思うかは運命です」
それからマスターは、たかだか喫茶店なのに、予約制にしてしまって申し訳ありません、と謝った。しかし予約制にする前は、朝早くから店の前に長蛇の列ができ、バス会社や近隣に、迷惑を掛けどおしだったという。
「過去なんてね、生ゴミですよ」
さらにマスターが言う。これは私の好きなフレーズで、毎年聞いている。私がこのブログを始めたころ、エントリのタイトルにも使ったし、「駒音掲示板」にも書いたことがある。
マスターは続けた。
「失恋をしてくよくよしている人は、過去を忘れて、現在を充実させてください」
ええっ!? これは早くも、私が聞きたいことの答えを、ズバッと言われてしまった形だ。しかし…。「過去なんて生ゴミだ」は毎年聞いているが、その後に失恋話を加えたケースは一度もなかった。
マスターは、悩みを持ってここに来る人には、それを察知して、その回答をさりげなく言うことがあるという。ということは、今回は私への回答だったのではなかろうか!? マスターは続ける。
「人間は過去には戻れませんね。いま30代の人は、20代のころは若かった、と言う。40代の人は、30代のころはよかった、と嘆く。50代の人は、40代が楽しかった、という。60代の人は、50代に戻りたい、と言う。70代、80代…人間はいつになっても同じことを言うんですね。
だけど過去には戻れない。でも、ひとつだけ戻れる方法がありますよ。いま30代の人が、40代になった自分を想像する。それからいまの自分を思えば、現実は30代。10年間戻っているわけですね。そうなったら、いまの自分が何をすべきか、分かりますよね。うかうかしていられないですね」
これは12年前にも聞いて、なるほどなあと思ったのだが、それから12年、私は何も進歩していない。成長していない。この間私は、何をしていたのだろうか。あんでるせんでの有意義なひとときが、まったく活かされていない。
マスターはトランプを取り出して、いくつかマジックを行うが、話は快調に続く。
「男性と女性は、物の考え方が違いますね。会社で、上司が部下の男性と女性に、ホッチキスを買ってきて、という。それをもらって、上司が『これ、どこで買ってきた?』と聞くと、男性は『コンビニです』とか答える。だけど女性は、『私、間違った物を買ってきたでしょうか』と言って、別の物を買い直してくるんですね。同じ言葉を聞いても、人によってこれだけ受け取り方が変わるのです。
ある旅館で、客がポンポンと手を叩く。仲居さんは、なにか用かと思って部屋に来る。池の鯉はエサが貰えると思って寄ってくるけど、電線にとまっていたスズメは驚いて逃げてしまう。
同じ音を聞いても、これだけ反応が違うのです。物事を一面的に見ないで、あらゆる方向から見る、これが大切です」
みんながうんうんと頷く。
「あなたは1回結婚しましたね」
マスターが3番の女性に言う、女性は恥ずかしそうに頷いた。どうも、バツイチらしい。マスターは、何もかもお見通しなのだ。
「人生は何事もいいほうに考えなければいけません。離婚したって、それまでの生活で学ぶことがあったんだから、プラスだったと考えるべきです。
夫婦仲が冷えるときがありますね」
来た。これは私の最も好きな話だ。「あれはね、旦那さんが奥さんを、隣の家の奥さんだと思えばいいのです。隣の奥さんが、自分のためにわざわざ夕ご飯を作って、ご相伴までしてくれる。これで帰るのかと思ったら、さらにはお風呂まで沸かしてくれる。もう帰るだろうと思ったら、布団まで敷いてくれる。こんな有難いことはありませんねえ。
もしふたりの仲が悪くなったら、あの子供をごらん。仲が良かったころに出来た子よ、って!」
そこでマスターがテーブルをパン! と叩いて、ドッと笑いが起きる。上質の漫談を聞いているようだ。
もう、マジックショーを見に来たんだか、笑い話を聞きに来たんだか分からない。そう、あんでるせんの楽しみ方はマジックショーにあらず。その真骨頂は、マスターの訓話にあるのだった。
先の失恋・過去-現在-未来の話に戻る。
「失恋をしてもね、過去は忘れて、つねに現在と未来を見ることです。いまを充実させれば、それが明るい未来にも繋がっていくし、過去のつらい出来事も、楽しい思い出に変わります」
そうか…。そうだよなあ。いや、確かにそうだ。
しかしこれ、ジョナ研のメンバーも同じようなことを言っていた。だが、将棋バカの言葉だから全然有難味がなく、私は右から左へ聞き流していたのだ。
それが同じ言葉でも、マスターが言うと、スッと胃の腑に落ちる。ここが不思議なところだ。
もっとも将棋だって、プロの解説とヘボアマチュアの解説では、同じ変化を言っていても、納得の度合いが違う。だからそれは、やむを得ないことなのだ。
「いまを充実させれば、過去のつらい出来事も楽しい思い出に変わる」
私は今回、実に有難いアドバイスをいただいたのだった。
(つづく)
「こんばんは。きょうはようこそお越しくださいました」
マスターが挨拶をする。ここから約2時間、この狭い空間で、華麗なるマジックショーが展開されるのだ。ああ、わくわくする。
ここで、このブログ恒例の、席の配置を記しておこう。
マスター
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男 女 女 女 女 一公
○ ○ ○ ○ ○
○ ○ ○ ○ ○
○ ○ ○ ○ ○
私の列はカウンターの前なので、みんな着席している。後方の客は立っており、最後列は椅子の上に長板を置いて、その上に立つ形だ。カウンターの中から見ると、雛壇のように見えるはずだ。整理番号は私が1番。以下左に2、3…と進む。
後方は背の高さも勘案して配置されているので、順番どおりにはなっていない。ベストの席は2と3で、3の人が、整理番号が書かれたカードを引くのだ。
開演。まずはお客様から指環を借りる。2の女性が指環を渡した。マスターはそれを掌に乗せ、10度浮かせます、と言う。すると、指環の端が、ククッ…と浮き上がった。
「次は35度」
また指環が浮き上がる。オオーッ、と歓声が上がる。「磁石か何かで浮かせてると思われるので、これに入れますよ」
と、プラスチック製の筒を出し、その中に指環を入れた。
そこでマスターが念を入れると、また指環の端が、ククッと持ち上がった。今度はその指環を、小さな木箱に入れる。後方の男性から100円ライターを借り、下から軽くあぶると、指環のカラカラとした音が消えた。
と、マスターが首からネックレスを外す。その先には、いまの指環がくくりつけられてあった。指環の瞬間移動だ。またもみんなが歓声を上げる。
「これで、この指環にはパワーが入りました」
とマスターが言う。指環は人間の邪気を吸収してくれるという。
ナットが嵌まったボルトを、筒に入れる。再びマスターが念を入れると、ボルトがくるくる回り、ナットが外れた。
恐ろしい能力だが、マスターはこれを習得するのに、何ヶ月もかかったという。
「ボルトとナットが外れた絵をイメージするんです。
一流のスポーツ選手は、『繰り返しの大切さ』を知っていますね。毎日毎日、同じことを繰り返す。皆さんも、何かやろうと思ったら、3ヶ月間、続けてみるといいですね。そうすると、必ず効果が現れてきます」
マスターがESPカードを取り出す。○、+、□、△、波形の5枚のカードが5セット入っているものだ。世の中はすべて、これら5つの記号で成り立っているらしい。
マスターがカードを5枚持ち、私たちにも5枚渡す。これをお互いが順番に1枚ずつ出し合い、同じマークを当てるという趣向だ。私たちは、整理番号2~5の女性が代表して、これはと思うマークを出す。
なぜ、1番の私が選ばれなかったか。それはマスターに私の顔を憶えられているからだ。ウソかホントかは分からぬが、マスターは1度来た客の顔は憶えているという。私は年1回しか訪れていないが、さすがに13年も連続で来れば、マスターでなくとも、私のことを憶えるだろう。
私は、これから行われるであろうマジックのほとんどを、すでに拝見している。私が外されたのは、お互い暗黙の了解があった。
マスターが1枚カードを裏のまま、布の上に置く。その手前に、2の女性が1枚置く。ここでマスター、早くも両方を開けてしまう。それらは「□」で、当たりだった。
続いて3の女性と同じことをする。必ずマスターが先に置き、それから客が置く。これなら不正のしようがない。
4の女性とも同様にする。5の女性のとき、
「あなたの持っているカードは○か△のはずです」
とマスターが言う。
女性が見ると、確かにその2枚が残っている。マスターが、じゃあ私はこちらを置きます、と言い、4の女性も、選んだカードを裏向きに置いた。
あらためて、5ペアのカードを次々と表に返してゆく。
□、波形、+、○、△。
すべてがドンピシャリだった。
「私は未来の映像を見て、この結果を知っていたのです」
とマスターが言う。「だから皆さんがどんなカードを出そうとも、私にはこの結果になることが分かっていました」
と続けた。
いつもながら、見事な手際である。
「みなさん改めまして、私がHisamura Shuneiです。Shunちゃんと呼んでください。みなさんがいまここにいるのは奇跡ですよ。こんな九州の片田舎まで来て、みなさんがこうして顔を合わせたんですから。それは平安時代でも江戸時代でもない。いまの時代に生きて、ここに来たからこそ出会えたのです。
これはほんの名刺代わりです。いまは皆さんボンヤリしてますけど、マジックが終わってこの店を出るときには、皆さんシャキッとしてますよ」
マスターは滑らかな口調で語る。
私が毎年あんでるせんに訪れているのは、もちろんマジックショーを楽しむためだが、マジックの合間にさりげなく盛り込まれる、人生を生きるための訓話を拝聴すること、がある。とくに私は今夏、人生最大の「勝手な失恋」をした。それを癒すにはどうすればいいか、その答えを聞きたい、という目的があった。
むろんショーの最中はこちらから話しかけることはできないので、ショーが終わったあとの雑談時に聞くつもりだ。東京のジョナ研の仲間は、失恋なんか忘れて、これからを前向きに生きろよ、と言ってくれているが、マスターなら、私の思いもよらない言葉で諭してくれるような気がした。
マスターが、お札と硬貨を貸してくれませんか、と言う。マスターのコインマジックも絶品で、からくりが全然分からない。これまで見たものでは、500円玉を掌の上でペロンと湾曲させる。100円玉を3つに割り、それを元に戻す。100円玉にタバコを貫通させる。50円玉を親指と人差し指で半分に折る。10円玉を500円玉大に大きくしたり、1セント大の大きさに縮めたりする。
お札を使ったものでは、千円札の中に、50円玉がスーッと通る、などがあった。
私の財布の中には、まあその、その結果になった硬貨が、いまも御守り代わりに入っている。
今回私は、おカネを出すつもりはなかったのだが、後ろがグズグズしているので、千円札1枚と50円玉、10円玉、5円玉を出した。各種おカネはすぐ出せるよう、ポケットにしのばせているのだ。結局私は、出したかったんじゃないか、と思う。
マスターが壱万円札を取り、それを空中に浮かせた。みんなビックリしているが、驚くのはこれからである。だが物には順番がある。マスターはその前に、トランプマジックを始めた。
見事なマジックにみんなが驚く。その合間に巧みなジョークが入り、みんなが笑う。
「人間は、可笑しいから笑うんじゃありませんよ。可笑しいと思う心があるから笑うんです。忙しい忙しいと言ってる人がいますけど、忙しいとは心を亡くす、と書きます。あれはよくありませんね。
本屋に入って本棚から1冊の本を取って買う。これは宿命です。だけどそれを面白いと思うか面白くないと思うかは運命です」
それからマスターは、たかだか喫茶店なのに、予約制にしてしまって申し訳ありません、と謝った。しかし予約制にする前は、朝早くから店の前に長蛇の列ができ、バス会社や近隣に、迷惑を掛けどおしだったという。
「過去なんてね、生ゴミですよ」
さらにマスターが言う。これは私の好きなフレーズで、毎年聞いている。私がこのブログを始めたころ、エントリのタイトルにも使ったし、「駒音掲示板」にも書いたことがある。
マスターは続けた。
「失恋をしてくよくよしている人は、過去を忘れて、現在を充実させてください」
ええっ!? これは早くも、私が聞きたいことの答えを、ズバッと言われてしまった形だ。しかし…。「過去なんて生ゴミだ」は毎年聞いているが、その後に失恋話を加えたケースは一度もなかった。
マスターは、悩みを持ってここに来る人には、それを察知して、その回答をさりげなく言うことがあるという。ということは、今回は私への回答だったのではなかろうか!? マスターは続ける。
「人間は過去には戻れませんね。いま30代の人は、20代のころは若かった、と言う。40代の人は、30代のころはよかった、と嘆く。50代の人は、40代が楽しかった、という。60代の人は、50代に戻りたい、と言う。70代、80代…人間はいつになっても同じことを言うんですね。
だけど過去には戻れない。でも、ひとつだけ戻れる方法がありますよ。いま30代の人が、40代になった自分を想像する。それからいまの自分を思えば、現実は30代。10年間戻っているわけですね。そうなったら、いまの自分が何をすべきか、分かりますよね。うかうかしていられないですね」
これは12年前にも聞いて、なるほどなあと思ったのだが、それから12年、私は何も進歩していない。成長していない。この間私は、何をしていたのだろうか。あんでるせんでの有意義なひとときが、まったく活かされていない。
マスターはトランプを取り出して、いくつかマジックを行うが、話は快調に続く。
「男性と女性は、物の考え方が違いますね。会社で、上司が部下の男性と女性に、ホッチキスを買ってきて、という。それをもらって、上司が『これ、どこで買ってきた?』と聞くと、男性は『コンビニです』とか答える。だけど女性は、『私、間違った物を買ってきたでしょうか』と言って、別の物を買い直してくるんですね。同じ言葉を聞いても、人によってこれだけ受け取り方が変わるのです。
ある旅館で、客がポンポンと手を叩く。仲居さんは、なにか用かと思って部屋に来る。池の鯉はエサが貰えると思って寄ってくるけど、電線にとまっていたスズメは驚いて逃げてしまう。
同じ音を聞いても、これだけ反応が違うのです。物事を一面的に見ないで、あらゆる方向から見る、これが大切です」
みんながうんうんと頷く。
「あなたは1回結婚しましたね」
マスターが3番の女性に言う、女性は恥ずかしそうに頷いた。どうも、バツイチらしい。マスターは、何もかもお見通しなのだ。
「人生は何事もいいほうに考えなければいけません。離婚したって、それまでの生活で学ぶことがあったんだから、プラスだったと考えるべきです。
夫婦仲が冷えるときがありますね」
来た。これは私の最も好きな話だ。「あれはね、旦那さんが奥さんを、隣の家の奥さんだと思えばいいのです。隣の奥さんが、自分のためにわざわざ夕ご飯を作って、ご相伴までしてくれる。これで帰るのかと思ったら、さらにはお風呂まで沸かしてくれる。もう帰るだろうと思ったら、布団まで敷いてくれる。こんな有難いことはありませんねえ。
もしふたりの仲が悪くなったら、あの子供をごらん。仲が良かったころに出来た子よ、って!」
そこでマスターがテーブルをパン! と叩いて、ドッと笑いが起きる。上質の漫談を聞いているようだ。
もう、マジックショーを見に来たんだか、笑い話を聞きに来たんだか分からない。そう、あんでるせんの楽しみ方はマジックショーにあらず。その真骨頂は、マスターの訓話にあるのだった。
先の失恋・過去-現在-未来の話に戻る。
「失恋をしてもね、過去は忘れて、つねに現在と未来を見ることです。いまを充実させれば、それが明るい未来にも繋がっていくし、過去のつらい出来事も、楽しい思い出に変わります」
そうか…。そうだよなあ。いや、確かにそうだ。
しかしこれ、ジョナ研のメンバーも同じようなことを言っていた。だが、将棋バカの言葉だから全然有難味がなく、私は右から左へ聞き流していたのだ。
それが同じ言葉でも、マスターが言うと、スッと胃の腑に落ちる。ここが不思議なところだ。
もっとも将棋だって、プロの解説とヘボアマチュアの解説では、同じ変化を言っていても、納得の度合いが違う。だからそれは、やむを得ないことなのだ。
「いまを充実させれば、過去のつらい出来事も楽しい思い出に変わる」
私は今回、実に有難いアドバイスをいただいたのだった。
(つづく)