猫は驚いて、体をまた起こして言った。
「恋人なんか、もう居ないわ。」
「だって、黒猫とかいたんだろ。あんたとは不釣合いのハンサム猫がサ。」
「不釣合いって何よ。会いたいのは猫じゃないんだけど、だいたいなんであんたは彼を知っているの。」
カラスはちょっととぼけてカァと言った。まさかおいらから聞いたって言えないし、言ってもらっちゃ困るよ。
「あの黒猫は、恋人だった時もあったけれど、どちらかと言うと兄弟みたいな友だちだったわ。でも、雌猫を追いかけて車に引かれて死んじゃった・・・。そう言えば、あの時アタイは泣いたなぁ。それでその時も、あの人に会いたかったわ。」
猫はまた黙って、目を瞑った。その顔が寂しそうで、おいらはどうして良いのかわからなくなってしまったよ。
するとカラスが、そんなおいらを見かねたのか、羽をばさばさバタつかせ、クエクエーと変な鳴き方をして、森中のカラスに合図を送った。すると、カラス達は力を合わせて、森の入り口に捨ててある、ゴミをおいらの傍に運んできた。
おいらは吃驚してしまった。だけど、カラスは済ました顔をして言った。
「ねぇ、若くなってしまっただんな。アッシは、若くなってしまっただんなが泣きっぱなしなのが気に入らないですぜ。そんなことで枯れでもしちゃ、アッシの子供の子供のまた子供が、困っちまう。どうかそれで体を作って、その猫を抱きしめてあげてくださいよ。」
―エッ、だけど今日は月も出ているし、ハロウィーンの日ってわけでもないじゃないか。
「嫌だなあ、若くなってしまっただんな。何にも知らないんだから。今日の月を見て御覧なさい。あんなに不気味に赤いんですよ。赤い月は、不思議を許すと言う許可書なんですぜ。」
―そうだったのか~。
と、思った途端に、おいらはゴミが組み合わさったガラクタモンスターになっていた。
「ブチ猫よ。」とおいらはそっと猫を揺さぶった。目をうっすらと開けた猫はおいらを見た途端、本当に嬉しそうな顔をした。
「ああ、お月様。願いが叶いました、ありがとう。」と、ブチ猫が言った。
「願い?」
「そうなの。アタイはあんたに会いたくて会いたくて、ずっと会いたいと思っていたのよ。」
「エッー。会いたいっておいらにかい。」
「そうなのよ。」
「だって、おいらと会ったのは、少し昔のほんの一晩の事なのに・・・」
でも、そういった途端に気が付いた。おいらもずっと会いたかった。少し昔のほんの一晩会っただけなのに。不細工ブチ猫にもハンサム黒猫にも、ずっとずっと会いたかったんだよ。
ブチ猫は、さっきまであんなにはっきりと喋っていたのに、だんだん声が小さくなってきた。
「そうなのよ。」とブチ猫は言葉を繰り返した。
「あの時、さよならって手を振ったわ。だけどすぐに気が付いた。あの人は・・・、ああ、そうね、人って言うのは間違いだったわね。でも、『あれは』というのも変じゃない。それであんたはアタイの大事な人になるって言う予感がしたの。アタイの一番大事な日に必要な人になるという予感だったわ。だからいつでも会いたかった。
アタイ、わかったわ。今日がその一番大事な日だったのね。」
おいらはブチ猫が何を言っているのか、良く分からないでいた。ただ、切なくて悲しかった。喋ったかと思うとまた眠る、その猫の背中や頭をそっと撫ぜてあげていた。
ブチ猫はまた目を覚まし、さっきよりも小さい声で言った。
「ねぇあの歌、歌ってよ。」
「あの歌よ。
『寂しくなんかなかったら~・・・』」
そうだ、おいらは思いだしたよ。
―さみしくなんかなかったら、
昔別れた人たちを思い出すことなんかないだろう。
―さみしくなんかなかったら、
詩も歌も生まれない。
―さみしくなんかなかったら、
自分の事なんか見つめない。
―さみしくなんかなかったら、
誰も愛することをしないだろう。
おいらは音痴だけど、歌ったよ。
「ねえ、ブチ猫。あの夜は本当に楽しかったね。」
ブチ猫はうっすらと笑って何か言った。
「エッ。」とおいらは本当に小さくなってしまったブチ猫の声を、耳を澄まして聞いたのよ。
「アタイはいつだって、本当に寂しかった。
だからいっぱいいっぱい愛したの。」
「うん。」おいらは応えた。
「アタイはいつだって、本当に寂しかった。
だからいっぱいいっぱい友だちができたのよ。」
「うん、うん。」とおいらは頷いた。
「アタイはいつだって、本当に寂しかった。
だからいっぱいいっぱい・・・・・・・・・。」
「おい、」とおいらは呼びかけたが、もう猫は何にも喋らなかった。