森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

月は赤く、森は緑  ⑥

2008-10-31 11:48:23 | 詩、小説

 「月は赤く、森は緑     」の続きです。

      

 

 そうやって、おいらは無事においらの木に帰ってくることが出来たけれど、ブチ猫を埋めてあげるための手を失ってしまった。

「だけど若くなってしまっただんな。」とカラスが言う。

「本当の事を言うと、森の掟に従ったって善いんじゃないですかい。もうこの猫は、ただのむくろで、ただの肉。ワタクシと仲間で見事に片付けて差し上げますよ。」

「だけど・・・。」

「『だけど、』じゃないですよ。」いつになくカラスは強気だ。

「じゃなかったら、だんなは見た事がないかもしれませんが、目の前で朽ちていくのを見るほうが辛いんですよ、きっと。そう言えばワタクシメも、そんな経験はないですが。こういうのは人間の世界でも鳥葬って言って、りっぱな弔いなんですぜ。」

「だけど、やっぱりそれも辛いよ。だっておいらはサ・・。
このブチ猫に、こ、こ、こ、恋をしていたんだよ。」

「はああああ~!
そんな話は初耳だ。一体何処からその話は来たんですか。」

それでおいらは、猫さらいの話から白い雲の少女の話までしてやった。

「いろいろな意味で衝撃的な話だなあ。」とカラスは呆れたように言った。
「どうりで帰りが遅いとは思ったが、猫さらい相手にした事も、雲の少女に恋なんてしたなんていう話にも驚いて返す言葉もありませんよ。」

 

―チェッ、仕方あるまい。

と、カラスはブツブツ言いながら、その辺に落ちていた木の棒でおいらの木の下を掘ろうとした。だけど二度三度ガシッガシッと棒で突いたが、すぐにやめてしまった。

―こりゃダメだ。くちばしが折れちまう。

次にカラスは、おいらの伸びたばかりで柔らかい葉ばかりの若い枝をそのくちばしで突き落としたのだ。

―痛い。
と、おいらが言うと、

「ちょっとばっかし我慢してください。元はといえば、若くなってしまっただんなの我侭を叶える為なんだから。」とカラスは言って、もう一枝突き落とした。

―これじゃ、体が申し訳程度に隠れるくらいだな。どれ、もう一枝・・。

 

そんなことをカラスが独り言のように言い終わったとき、誰かが森の中にやってくる気配がして、カラスは隣の大木の梢の上に飛び上がった。

 

 見ると、一人の少年が何かを探すようにやって来た。その動きはまるでブチ猫がしていたかのようだ。あっちの木の根元、こっちの木の割れ目をチェックしている。だけど、おいらの木の根元にいるブチ猫を見つけると、小さく「アッ」と言って、駆け寄ってきた。

「母様(かあさま)が、猫は森に行くと言っていたことは本当だったんだ。」と少年は言った。

少年はブチ猫を抱きしめると、シクシク泣き出した。おいらもまた泣きたくなってしまったよ。

かなり泣いてから、少年は立ち上がり猫を抱きしめてトボトボ歩き出した。

 

 カラスは焦って「カア」と鳴いた。
―いいんだよ。
と、おいらは言った。

 だけど、カラスはおいらの言葉に無視をした。羽でパタパタ合図を送ると、森中のカラス以外の鳥たちがいっせいに可愛らしくさえずり出した。森の木々の梢は、優しくさわさわ揺れて、ご丁寧に風が少年の襟足を通り過ぎて行った。

 

少年は立ち止まり、振り返った。

「そうだね、ここをお前が選んだんだった。」と少年は言った。

そうして、少年はさっきカラスが使っていた木の棒でおいらの根元に穴を掘った。おいらの木の根元は固くて、少年にとっては大変だったかも知れない。だけど少年は一生懸命に掘っていた。

掘り終わると、彼はさっきカラスが落としたおいらの木の枝の葉をその穴に敷き詰めた。そしてブチ猫をそこに横たえさせた。

少年は少し考えるような顔をした。それからポケットからハンカチを出して広げると、
「このハンカチだったのか。」と少し残念そうな声で言った。

広げたハンカチを見て、おいらは吃驚し、カラスは思わず「カア」と鳴いた。

「変な絵が描いてあってごめんね。でも、このハンカチは僕の一番のお気に入りだったんだよ。昔ハロウィーンの夜、一緒にお菓子をもらって歩いたお兄さんの仮装が、あまりにもカッコ良かったから、ハンカチに絵を描いて母様に刺繍してもらったんだよ。」

そのハンカチに描かれた絵は、ハロウィーンモンスターのおいらだった。

少年は決意したように、そのハンカチを猫の上にふんわりと掛けてあげ、その上から土をかけた。

 

少年は立ち上がり行きかけたがまた振り返り、作った墓の出来具合をチェックした。そして満足したように、彼は走り去っていった。

 

カラスが何処かで花を引きちぎって来て、無造作に出来たばかりのお墓の上にぽとりと落とした。

「良かったね、だんな。」とカラスはしんみり言うと、空高く飛んで行ってしまった。

 

―ねえ、ブチ猫。お前はあの少年のことなんか一言だって言わなかったじゃないか。あの少年の気持ちに気がつかなかったのかい。だけどそうやっていろいろな人と関わりあって、お前は生きてきたんだね。

 


「そうよ、アタイはとっても幸せだったの。」

その時風が吹いてきて、ブチ猫のそんな声を何処からか運んできたのだった。

 

                         終わり

 

    But    「ハロウィーン・ナイト-カラスの微笑み」   に続く

 

 

 


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