ガラクタモンスターシリーズ(勝手にシリーズ化)の続きです。一番下に前の記事にリンクしてあります。
※ ※ ※
バサリと大きな音がした。
ハッとして、眠っていた僕は目覚めた。
気がつくとカラスが羽をバタつかせていた。
「『若くなってしまっただんな』も、すっかり立派になってきましたねえ。何のご縁があったのか、今まで仲良くしてくださって、ありがとうございやした。」とカラスが言った。
―いったい改まってどうしたんだい。
と、僕は聞いた。
「いえね、ずっと言いたかった事を、何気なく言ってしまいたくなる時もあるんですよ。」
―じゃあ、僕も言うよ。
ずっと仲良くしてくれてありがとう。それにいつだって助けてくれてありがとう。
するとカラスは悲しそうな顔をした。その顔を見ていたら、僕はなんだか不安になってきた。
―何処かに行ってしまうのかい。
「へえ。」とカラスは言った。
「この先の山を二つばかり越えたところにある杉の木は、千年も生きていらっしゃるのですよ。私がネグラにしている木に住み着いている虫は、同じ木の住人なので食するのを見逃してあげていたと言うのに、たった半年で死んでしまったのですよ。
ワタクシ達は同じ空間を生きているようでございますが、実は擦れ違っているだけなのでございます。生きて行く時間がそれぞれ違うのです。ゆえに会うは別れの始まりと申しますか・・・」
―カラスよ、カラス。やけに饒舌なようだけど、起きたばかりの頭にはよく分からない言葉ばかりだよ。
と僕は言った。
カラスは「ハハハ」と笑った。
「だんなにはまだ背も足りず枝ぶりも少ない。でもいつか梢も高くなりかいなが増えたら、そのひと枝を我が子供のそのまた子供の為に貸しておくんなさい。
そして語って欲しいんです。ワタクシとの思い出を。」
―ああ、やっぱりお前は何処かに行ってしまおうとしているんだね。そんなのいやだよ。絶対にダメだよ。
「『ああ、やっぱり』と言うのは、ワタクシメのセリフですなぁ。
そう、一つだけ気がかりなのがだんなが泣き虫だってことですよ。だんながいくら泣いたってその涙を止めようと努力しているワタクシめはもういないのですよ。ワタクシめの願いは、二つです。あなた様が泣かないと言う事。そして覚えていて欲しいということですよ。あなた様が100年生きれば100年、千年生きれば千年、ワタクシめも生きられるってものですよ。」
ーダメだ、ダメダメ。おいらには出来ないよ。
「おいら?」
―だから、僕にはそんなことは出来ないよ。行かないで、行かないで、僕を置いて行かないで。
僕は今にも泣き出しそうだった。するとカラスは言った。
「仕方がないなぁ。」
バサリと大きな音がした。
ハッとして、眠っていた僕は目覚めた。
それは隣の大木の高き梢から、雪が落ちた音だった。雪と共に僕の意識は眠っていたのだ。その音で思わず起きてしまったようだ。だけど僕は急いであたりの気配を感じ取ろうとした。
「どうしたんですか、『若くなってしまったけれど伸びてきただんな』」と、カラスが隣の木のところで、すっとぼけた調子で長い名前で僕を呼んだ。
カラスが隣の大木に止まったので、雪が落ちたのだった。僕はカラスを見つけてホッとした。
「まだ寝ていればいいものを。森の木々のほとんどはまだ寝ていますよ」とカラスは言ったが、
「ああでも、もう雪割り草が咲いたから、起きてもいい頃だったんだ。」とカラスはおどけるように地面を歩いて見せ、雪割り草のある場所を、僕に教えてくれたのだった。。
「もうすぐ春告げ鳥もなくでしょう。」
その後カラスは移りゆく季節の美しさを朗々と歌うように語りだした。
「そうしたらですね。
まるで何かが押し寄せてきたかのように、森の風景が変わっていくんです。森を空の上から見下ろすと、点描のように桃色、黄色、薄紫が見えて、そりゃあ、だんな、街で垣間見たフランス人が描いた昔の絵のようなんです。
そうなりゃあ、だんな、森の奥で一斉に咲いた花々の香りが森を覆いつくす。
ところがそんな季節は、あっという間に過ぎていき、いきなり緑が深くなる。だけど、深くなった木々の緑が澄んだ空気をたくさん生み出す。
次に森は赤くなる。月が赤い夜にはリーフマンも登場するかも知れないですし・・ヘッヘッヘ」
ーよせやいーと、照れて僕は言った。
なんだか僕は楽しくなってきた。過ぎていく日々は楽しいなあ。なんだかワクワクしちゃうよ。
そんな僕をチラリと見て、カラスは突然思いだしたように言った。
「おおっと、こうして入られない。ワタクシめには用があったのです。ちょっと出かけてきます。」
―エッ、いったい何処に行くというんだ。
「そうですね。たぶんですが、山を四つ五つは越えたところかと思います。行くのも大変なんですが、帰ってくるのはもっと大変みたいなんです。だからしばらく留守にしますよ。」
それでも僕は聞かずに入られなかったんだ。
― ・・・・、いつ頃、帰ってくるんだい。
「そうでございますねえ。真珠草の花が咲く頃帰ってまいります。」
パシャンと音がした。
「いつまで寝ているんだ、この木は。」と甲高い声がした。
春告げ鳥が僕の細い木に止まり、すこしだけ残っていた雪を僕の幹に向って蹴ったのだった。
「貧弱な木さん、もうとっくに春ですよ。」と春告げ鳥は言った。
「森中の木はとっくに目覚めていると言うのに、あんただけは何時までたっても夢の中。私が鳴くからには目覚めてくれなくちゃね。」
そうは言ってもまだまだ森の空気は寒かった
―雪割り草は咲いていますか。
「とっくのとうに咲いているよ。」春告げ鳥は偉そうに言った。この鳥は自分に知らないことなんかあってはいけないかのように話す。
―真珠草は咲きましたか。
「真珠草?」
なぜだか春告げ鳥は黙ってしまった。だけどしばらくすると、その沈黙を誤魔化すように、さらに偉そうに済まして言った。
「いやまだだよ。あれが咲くにはちょっと時間がかかるって言うものさ。」
そしてそそくさと飛び立っていってしまった。
―もう、分かっているよ。
と、僕は心の中で思った。
「カラス・・」
そう言うと胸がキューンとした。でも僕は泣かない。そして覚えていよう。僕が100年生きたら100年、千年生きたら千年、一緒に生きようね。
それでも僕は時々寂しくなると、森にやってくる鳥達に聞いてしまう。
「真珠草の花は咲きましたか。」ってね。
それも来る季節を繰り返して行くうちに、次第に誰にも聞くこともなくなってしまった。だけどそんなある日、一羽の若い小鳥が宿木を求めて飛んできた。
「あなたが『真珠草の花の木』さんですか。」
―えっ、違うよ!? あっ、そうかも知れない。でも、何それ『真珠草の花の木』って。
「私のお母様が言ったのです。あの森に行ったら、『真珠草の花の木』にお泊りって。森の中で一番優しい木だからって。私も私のお母様も、どうしてあなたをそう呼ぶかは知らないの。でも、みんなそう呼んでいますよ。だって、それがあなたのお名前じゃないんですか?」
―そうか、それが僕の名前なんだ。うん、そうだよ。僕がその『真珠草の花の木』だよ。
その時森の上空をカラスが
「Pearl grass flower tree」と鳴きながら飛んでいった。
そして僕は知ったんだ。最後にカラス、君は、僕に名前をくれたのだってね。
―僕の名前は「真珠草の花の木」または「Pearl grass flower tree」です。僕のいる森にやってくることがあったなら、どうぞ僕を訪ねてきてください。可愛い猫の話をいたしましょう。優しかったカラスの話なんかもいたしましょう。夏の陽ざしの強い日なんかであれば、あなたに日陰を作ってあげましょう。すっかり枝も伸びて、僕はスクッと森の中に立っています。
数年前のある日の春、春告げ鳥は森の奥の水辺でしょげていた。
「真珠草の花なんか、そんなもの私は知らないよ。私が知らないものを、森中のどんな鳥だって知らないよ・・」
月は赤く、森は緑①→コチラです
そこから最初に、次にと跳べるようになっています。
真珠草の花の木はベルネチアことではありません。
こちらの記事なんかを参考にしてください。→「真珠草」