《たまには指を折って文字を数えてみた その6 》
病院で知り合いになると言うのはそういうことなのだと、ある程度は覚悟していました。
それでもすれ違ったときに交わした短い会話の中で、複数回の手術を受けて癌と向き合っていることを知って、私はその若い人に前年に亡くなった妹を想わずにはいられなかったのです。
それで長い入院生活のほんの気晴らしになればと思ってライン友になり、花や猫の画像を送ったりしました。
1月に入院した時に知り合ったその人の事は、ほんの少しだけブログにも書いてきました。
短いので、そのまま転載します。
《病院で『ふつつかな悪女でございますが・・・』をスマホで読みました。何度読んでも励まされます。この漫画が縁で病院で若い友達が出来ました。》
《入院中、すでに買ってあったこの漫画の、ヒロインのポジティブさに救われました。
今の病院は患者さん同士のおしゃべりはダメなようです。(コロナのせいだと思います。)それでも、ほんの少しだけおしゃべりした若い人と
「まだ死に直面していないのに、死ぬかもしれないと心を痛めくよくよするするのは、無駄な時間だわ。」というようなセリフがあって、まさにそうだよねなどと、短い会話を交わし、友達になりました。》
→「ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~: 4」
《この漫画がきっかけで、病院で友達になった方がいたこともその記事に書きましたが、その時は頑張ってリハビリをしていましたが、病気は軽いものではありませんでした。
3月の終わりの桜の写真にはお返事が来て、4月の終わりのネモフィラと、未練がましく送った5月最初の薔薇の画像には既読が付きませんでした。
心のどこかでは分かっていたことですが、やはり心のどこかがチクチク痛みます。》
だけど7月のある日、私は考えました。
「可能性としては、退院して新しい生活を踏み出そうとしているのに、病院で知り合った訳の分からないおばさんのラインはもういらないわと思ったというのもあるにはあるよね。」
そうだわ。それもあるよね。じゃあ、私もお気に入りくらいは外そうかなと、その時になってその人のトップページを開いてみました。
あれっ、なんか書き込みがしてある・・・・・
私はその書き込みを何度も読み直し、そして初めて悲しいと思いハラハラと涙しました。
またそれはいったい誰が書き込んだのだろうかとも思いました。
長い病院生活で、ずっと会えないまま彼女を支えてきた夫さんだったかも知れません。
または彼女本人だったかもしれません。
私と彼女の係わりと言えば、いきなり降ってきた雨の雨粒の一滴が頬を濡らした、そんな一滴が私だったと思います。
だけどその一滴の雨粒は、彼女の頬を濡らすことが出来て、少しの悔いもないと思いました。
そこにはこう書いてありました。
「沙織のこと良くしてくださりありがとうございました。」
よくよく見ると、可愛らしい絵文字が添えてありました。
やっぱり最後まで明るい気持ちでいようとした彼女自身が打ったのかもしれません.
でもやっぱり・・・・
「沙織のこと」と言う書き出しに、夫さんではないかと思えてしまうのです。可愛らしい絵文字も、彼の強くあろうとする気持ちの表れだったかもしれません。
空に問う はたして友と呼べるのか 一期一会の出会いであっても
紫陽花の季節の終わりの別れにて 儚き出会いをしみじみ想う