酒井忠康氏が愛読書の一冊としていることを著書の中で書いておられた『アイヌの碑』(萱野茂)。先日たまたま中古書店で見つけた。
【作り話ではない。自らの生い立ちから、祖父母、父母、死んだ兄弟の生涯の真実。そして、アイヌ民族が背負わされてきた苦難の道。
5年の歳月を費やした、「文字をもたなかったアイヌ民族の一人の男が日本語で書いたアイヌの碑といえる」】本(1980年出版)。
「萱野さん、聞いてくれ。土を掘れば、石器も土器も出てくるが、言葉、おれたちの祖先の言葉は出て来ないもんなあー。言葉は土に埋まっていない。木の枝に引っ掛かっているわけでもない。
口から口、ただそれだけよ。頼むから若い人にアイヌ語を教えてやってくれ」
と一老人の言葉があったそうだ。
「言葉は民族の象徴、魂です。伝え続ける限り輝き続けます。今の子供が大人になったとき、
『おれは萱野茂からアイヌ語を学んだ』と胸を張ってくれたら、いい仕事をしたな、と嬉しくなります」
と萱野さんは書いていた。
寺子屋エッセイサロンに参加する若い子たちがいる。楽しくも、より充実したひとときでありたい。自分にできることをもっと探して…、などとあらぬ方向で私の中にも思いがわいたのだった。
実が割れたばかりの種を湿ったティッシュで包んでビンに密閉しておくと、根が伸びてきた、と佐伯一麦さんのエッセイにあった。
鉢に植えて5年。30センチほど伸びた枝先に芽を付けたのは葉芽だった。さらに2年、50センチほどになって花を付けた。紅色の侘助だったそうだ。
気の長い話だと知りつつ真似て密封した。なんてことない椿。
【作り話ではない。自らの生い立ちから、祖父母、父母、死んだ兄弟の生涯の真実。そして、アイヌ民族が背負わされてきた苦難の道。
5年の歳月を費やした、「文字をもたなかったアイヌ民族の一人の男が日本語で書いたアイヌの碑といえる」】本(1980年出版)。
「萱野さん、聞いてくれ。土を掘れば、石器も土器も出てくるが、言葉、おれたちの祖先の言葉は出て来ないもんなあー。言葉は土に埋まっていない。木の枝に引っ掛かっているわけでもない。
口から口、ただそれだけよ。頼むから若い人にアイヌ語を教えてやってくれ」
と一老人の言葉があったそうだ。
「言葉は民族の象徴、魂です。伝え続ける限り輝き続けます。今の子供が大人になったとき、
『おれは萱野茂からアイヌ語を学んだ』と胸を張ってくれたら、いい仕事をしたな、と嬉しくなります」
と萱野さんは書いていた。
寺子屋エッセイサロンに参加する若い子たちがいる。楽しくも、より充実したひとときでありたい。自分にできることをもっと探して…、などとあらぬ方向で私の中にも思いがわいたのだった。
実が割れたばかりの種を湿ったティッシュで包んでビンに密閉しておくと、根が伸びてきた、と佐伯一麦さんのエッセイにあった。
鉢に植えて5年。30センチほど伸びた枝先に芽を付けたのは葉芽だった。さらに2年、50センチほどになって花を付けた。紅色の侘助だったそうだ。
気の長い話だと知りつつ真似て密封した。なんてことない椿。
ほとんどの人が単一民族を是認しています。
と言いますより無関心です。
アイヌの人たちの哀しみ、迫害の歴史など知りません。
私もそれに近いのですが・・・
椿の実?思ってもいないこと、私も真似してみましょう。
「花下に舞う」先日アマゾンで注文しました。
今日届くようです。
試してみる、なんて言いましたが私の余命は?
無理かもしれませんが、楽しい試みです。
過酷な、などと言葉にしてしまうことははばかれるような「苦難の道」…。
一方で、「貧しいながらも心豊かに育った二風谷」とありましたが、
自然の摂理に従って生きる春夏秋冬の暮らし、伝承、祖母の物語りなどにも関心を持ちました。
水平社、ウトロ地区の問題、時折読んだり聞いたりしますが、私の中ではつながるのです。
若い頃に読んだ住井すゑさんの『橋のない川』から端を発している気がします。
そうなんです、私も先のことは考えずに試してみるくらいの気持ちです。