Luntaの小さい旅、大きい旅

ちょっとそこからヒマラヤの奥地まで

ラジャスタン横断 20 シティパレス

2011-03-19 02:21:12 | インド
12月27日

ジャイプールのシティパレスは旧市街のほぼ中央に位置する。

 車の往来する道路からはこの門をくぐってさらに奥まったところ。
ジャンタル・マンタルを作ったジャイ・シングが1733年にアンベールから移り住み、その後も増築を重ねて現在もその末裔が住むと言う宮殿はかなりの広さを占めている。

入り口を入って目の前にあるのはムバラク・マハル。
 イギリス人のサミュエル・ジェイコブ設計のこの建物は、現在は内部がテキスタイル博物館になっている。
撮影禁止の展示の中心はもちろん昔のマハラジャやマハラニが着用した豪華な衣装だが、中に一着、巨大なズボンがある。これを着用したマド・シングと言う王様は250キロの巨体だったそうだが、この衣装を見ればさもありなん。

 
ここからまた一つ門をくぐった先にあるのが謁見の間。
  
入り口にイギリスに行った王様がガンジス川の水をこれに入れて持って行ったという巨大な銀の水がめが展示されているが、その間で愛嬌を振りまいているサンタが場違いで不気味。

この奥にこれまた撮影禁止の巨大で豪華な部屋があるのだが、そこに数多く飾られているのは最後のマハラジャ、マン・シングII世の写真。
 1949年にインドが共和制になるまでマハラジャだったこの人、男前なだけではなく、ジャイプールの近代化に努めた名君だったそうな。

そしてさらに人気があったのはこの人の奥さん、ガヤトリ・デヴィ。
 ヴォーグ誌で最も美しい女性10人の1人に選ばれたというのもうなづける。

この二人も住んでいたであろう一角はチャンドラ・マハル。
 
ここには現在もマハラジャ一族が居住しているとのことで、下々が入れるのは中庭まで。

この中庭にはきれいな門が4つあって、
  
緑の門は春
   
蓮の門は夏
  
孔雀の門は秋
  
薔薇の門は冬をそれぞれ表しているのだそうだ。

門だけでもこれだけの装飾の施された宮殿、内部はいかほどかと思うが、しかし毎日観光客の押しかけるところに住むのはどんなものだろう。

 中庭には金色の天蓋のプレートがついた車が駐車していたが、これはマハラジャ警護の車だろうか。

美男子マハラジャの末裔には残念ながらお目にかかることはできなかった。


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コメント (3)
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