![]() | 消えない夏に僕らはいる (新潮文庫nex) |
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水生大海による、「消えない夏に僕らはいる」(新潮文庫)。風高シリーズの開幕となるとなる作品だ。今、何人かの作家が、自分の中で、プチブームになっているが、この水生大海もその一人だ。
風高こと風見高校に入学した椋本響は、クラスのメンバーをみて愕然とする。まさか、あの子たちが同じ高校に入学して、しかも同じクラスにいるとは。
事件は5年前の夏に遡る。響の住む田舎街に、都会の学校の生徒が、校外学習でやって来たのだ。その中の4人の少年少女と仲良くなった響は、彼らに頼まれて廃校探検の案内をすることになった。ところが、その廃校で、響のはとこが起こした事件に巻き込まれたことから、彼女の人生が大きく狂ってしまうことになる。そして、4人の生徒のうちの一人である汐見紀衣の腕には、消えない傷がついてしまった。
その事件が原因で、響は、小中と、いわれない中傷やいじめを受けていた。本来、罪の責めは、犯した本人が負うべきもの。家族は勿論だが、親戚ならなおのこと関係がない。はとこなど、ほとんど他人も同然ではないか。ところが世の中には、この当たり前の理屈が分からずに独善的な正義(とても正義とは呼べないのだが)を振りかざし、筋違いの言いがかりをつけるものが案外といるものだ。簡単な数学の計算をすれば、先祖の数は無限といっていいほどいる。自分だって先祖を、遡っていけば、どこで血筋が繋がっているか分からないというのに。こういったところは、決して小説の中の話とは言い切れないと思う。
事件のことで響がこれ以上傷つけられないよう、両親はペーパー離婚をして、響の姓を変え、高校も県外にしたのに、あの4人といっしょに、高校生活を送る羽目になった響の絶望はいかばかりだろう。彼らが自分のことに気が付かないよう、目立たないように過ごす響だが、何者かの悪意が働き、クラスのみんなに事件のことが知られてしまう。
しかし、この物語は、決して人の悪意だけを描いているのではない。事件がきっかけで、響は、4人とあの夏の日の友情を取り戻すことになるのだから。実は、4人も響のことに気が付いていたのだが、彼女にどう接したら良いのか分からなかったのだ。結局は、4人と1人の思いが通じ合い、止まっていた時間が再び動き出す。そして、最後に5人は、いっしょに、5年前の事件に潜む意外な事実を明らかにするのである。
著者のあとがきによれば、このシリーズは5人を主人公とする青春群像劇であり、学園ミステリーだそうだ。今回の中心人物は響だが、今後はこの5人の誰かを中心にシリーズを展開していくことを考えているようである。既に「君と過ごした嘘つきの秋」という作品が続編で出ているようだ。こちらではどんな出来事が待っているか楽しみである。
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※本記事は、書評専門の拙ブログ、「風竜胆の書評」に掲載したものです。