本書は、「くまのプーさん」の挿絵画家として知られる著者が、78歳のときに発表した自伝エッセイ集である。描かれるのは、彼が7歳~8歳までの思い出。著者の何気ない日常風景を通じて描かれる、ビクトリア朝後期のロンドンの様子だ。
しかし、著者の記憶力には驚く。振り返って自分のことを考えると、7歳や8歳のころの記憶は殆ど残っていない。それを自分よりはるか歳をとってから、子供のころの思い出を書いているのだ。それも一冊の本にできるほど。面白かったのは5月1日に行われる「緑のジャック」のエピソード。仮装した一行の中に、女装した男がまじっており、それがよほど怖かったらしく、著者のトラウマになったようだ。(pp60-61)
ただ心理学の教えるところによると、記憶というものは、そのまま頭の中に残っている訳ではない。色々な情報から脳が再構成するものだ。だから本当は違うということがあるかもしれない。皆さんはないだろうか。例えば同じ出来事でも自分の覚えていることと人が覚えていることが違う。懐かしい場所に行ってみると、自分の記憶にあるものと違っていたということが。
だから書かれていることが必ずしも正確だとは思わないが、それでも、本文を線画で描かれた挿絵と一緒に読むと、ヴィクトリア朝後期の風俗がどのようなものか伺え、なかなか興味深い。挿絵もレトロな感じでなかなかいいので、これらの挿絵だけでも本書を出す意味が合ったと思う。
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