マル鉄回顧録

鉄道写真・鉄道模型を始め、バスやトラックなど、乗り物中心のブログです。昔の写真はマル鉄鉄道写真館で再編集しています。

高崎・上越線の荷物電車

2009-02-18 00:36:46 | 旧型国電
こんばんわ。

昔は「荷物電車」なんて地味な列車があちらこちらに走っていたモンです。今や形的に残存するものや列車として細々と形態を残すものがあるくらいで、まあ、実質は壊滅したと言って良いでしょう。

特急・急行列車に併結したり、首都圏では普通列車に併結したり、専用に組まれて遠距離を延々と走っていたものなど、電車、客車、気動車と、全国様々な態様で走っていましたね。

私の地元東北本線沿いでは、東海道線の荷物列車と同じように、客車仕立てのものの他に、普通電車に併結した荷物車と、荷物専用列車として仕立てられたものがありました。
このうち、『長岡行きの普通列車』に併結されたものについては過去ログでご紹介いたしましたが、今日は荷物専用として存在した荷物電車の写真をご覧いただきたいと思います。



昭和52年頃 東北本線 西川口~蕨間にて

この写真はブローニー6×6で撮影しています。
クモユニ74を連結した6両編成の荷物列車。私が小学生の頃からずっと存在していました。
子供の頃は何が繋がっているのか理解できませんでしたが、クモユニ74やクモニ83で組まれていましたね。寒冷地仕様のクモユニ74200番代も居たのですが、この大目玉の74も必ず連結されていました。
方向幕を見ると、どうも「豊橋」の上の部分が見えているような気がします。東海道線と共通運用だったのでしょうかね。



昭和57年1月頃 東北本線 西川口~蕨間にて

こちらは旧型国電の最晩年の頃ですかね。3+3の6両編成が2+2の4両編成に減車されるようになってしまいました。
中央東線で余剰になったクモニ83800番代が流出してきており、スカ色のまま普通列車に併結されたり、ご覧のように岡山地区でしか見られなかったような湘南色の出で立ちで上越線に進出してきました。
私的にはこの800番代の張上げ屋根車が大好きだったんです。しかし、気が付いた時には中央線の115系が新宿に乗り入れなくなってしまい、撮る機会を逸していましたので、このような形態でも同車を記録できたのは非常にラッキーでした。



昭和61年10月頃 東北本線 蕨駅構内にて(再掲)

こちらは荷物専用列車として最晩年の頃でしょうか。たった2両編成になってしまいました。
既に旧型電車は淘汰され、土着のクモニ143と、足りない分は身延線の荷物輸送廃止で新製ながらも役目を失ってしまったクモユニ143の異動で賄いました。特にクモユニ143-1は「身延線色」にままで上越を走ったため、結構注目を集めましたね。
こちらの写真は新性能車ですが、カテゴリ分類上、旧型国電に組ませていただきました。

線路際に写真を撮りに行って、時間帯が良いこともありしょっちゅう見てはいたのですが、意外と撮影していた枚数は少なかったですね。一つは旧型国電がそんなに急速に淘汰されるとは思っていなかったことと、やはり特急列車に比べて地味、貨物牽引機に比べて特徴がなかったのでしょう。細かいところを見れば奥が深いんですがね。そこは未だ知識のなかった中学・高校時代と言うことで仕方が無いでしょう。

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コメント (10)
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