動画って、すごい。
いやはや、すごいよ、と、感心した。
なにも、いまに、はじまったことではないが。
故郷のじっちゃん、ばっちゃんにも、ぜひ、見て欲しい。
ブログに貼り付けると、効果絶大。
わたしは、見る側・専門であるが。
文字だけで表現するのと、言語をしゃべって、発音、視覚で、同時表現するのでは、ずいぶん違うものだ。
表情や声のトーン、感情の込め方、そういうパフォーマンスで、伝え方の色合いが変わる。
その人のもつ本質、基本は、同じだが、表現方法によって、ぐっとニュアンスが変わる。
両方、あわせて、表現されると、ぐうんと奥行きが出て、相乗効果が高まる。
だが、たいていの一般の人は、
自分そのもの、自分自身のカラダ、顔、口、動作などを使ってパフォーマンスすることに、慣れていない。
プレゼンテーション能力、コミュニケーション能力は、生まれつき備わっている人もいるが、
ある程度、経験やモチベーションを要すると思う。
(たとえば、押しの強い、目立ちたがり屋の、政治家とか)
俳優やタレントは、自分の見かけ、動作を表現ツールとして駆使して、表現する。
芸術家は、作品を通して、表現する。
舞踏家の場合、カラダの動きで表現する。
スポーツ選手は、勝敗の結果を出して、表現する。
で、話は、・・・
動画・・・が、すごいってことだった。
その動画を見るのも、広がるのも、インターネット。
その力は、ほんの一昔前なら想像を絶するものがある。
地球の表と裏も、ひょいっと、つないでしまう。
グーグル・アースも、すごい。
近所のコンビニに行くかのごとく、地球の裏側の、行ったこともない場所が映し出される。
パリ計画、こんどは、モンマルトルに泊まろうかな、などと考えて、ひとり、にんまり。
駅からどう歩けばいいのかな?
ステイ先への帰り道、お惣菜、買って帰る近所のお店、どんなかな?
1年に1度、ライフスタイルとして、お気に入りの場所に行って、定点観測したい。
定点観測は、マーケティングにも必須であるし、時の移り変わりがわかって、とても楽しい。
いろんな場所、知らないところばかり行くのも、楽しいかも知れないが、
知っているところを何度も訪れるのも、その度に新しい発見があり、いいものだ。
義父が、日本国内旅行で、同じところばがり、団体ツアーで旅していたが、あれは解せなかった。
同じところばかり行くなら、どう考えても、個人旅行だと思うが。
それに、なんの文句も意見も言わず、もくもくと着いていく義母も、なかなか・・・わたしは解せなかった。
まあ、人には人の好みと、事情、ってものがあるのだろう。
生き方にも、時代の色というものもあるだろう。
旅だけではなく、趣味の世界でも、同じところにばかり行っても、
集う人々の顔ぶれが、いつも変わりばえしない、同じ人では、つまらない。
まったく同じ顔ぶれでは、なんの変化も、流れももなく、滞り溜まるだけなので、面白みに欠ける。
99パーセント、同じ顔ぶれでも、たった一人の新顔が現れて、空気、カラーが、ごろっと変わるということもある。
やはり、なんでも、交流、流れ、動き、というものが必要だ。
安定と刺激。伝統と変革。保守と革新。定着と変化。
両方、欲しい。
安定や保守、伝統にも、見直しが欲しい。
いったん、ばらばらにして、もう一度、組み直す。作り直す。
破壊から、新しいものが生まれる。否定から、発見が生まれる。
一見、作り直す前と同じ外見でも、全体的に、ほとんど変わらなくても、一旦、風を通し入れる。
頭ごなしに新しいものを否定するのではなく、かといって、まるまる新しいものに、すべてを任せるのではなく、
自分の目、脳、で、問い直し、試行錯誤してトライ、チャレンジする柔軟な姿勢が大事だと思う。
抽象的になった。
選挙のことを言っているようなイメージになってきているが、そんなつもりはない。
が、何事も、モノゴトには共通する思考方法や、ノウハウ、行き着くところの概念があるのかも知れない。
いつも、ほんの少しでもいいから、動いていたい。
じっとしているけれど、実は、ちょっとすつ動いている、カタツムリみたいに。
動きが欲しい、と言いつつ、
あまり動きのない、テンポのない堅苦しいブログ内容の流れに、固くなって、眠くなった人もいるだろう。
わたし自身、肩がこりこりに凝ってきた。
流れが欲しいのは、ほかでもない、肩凝りをほぐす、血流か。