雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

仏法を広める ・ 今昔物語 ( 3 - 26 )

2019-02-10 08:29:48 | 今昔物語拾い読み ・ その1
          仏法を広める ・ 今昔物語 ( 3 - 26 )

今は昔、
天竺において、仏(釈迦)は衆生を教化するために舎利弗・目連・迦葉・阿難らの御弟子五百人をそれぞれを諸国に分けて遣わされたが、迦旃延(カセンネン・弁才に長じ、算術に優れていたとされる。)はケイヒン国(ガンダーラ地方にあったらしい。)が当てられた。

すると迦旃延は、「彼の国は、完全な神国(シンコク・ここでの神は、仏教以外の外道の神を指している。)であり、これまで仏法の名前さえ知られておらず、ただ一日中、ひたすら狩猟や魚貝を捕ることを生業としている国です。どうして教化できましょうか」と言った。
仏は仰せになられた。「それでも、速やかに行きなさい」と。
迦旃延は仏の仰せに従って行き着いた。そして、「悪しき樹の根元を切れば枝葉は育たない。そうであれば、私はまず国王の許に行って、彼を教化しよう」と思って、王宮に向かった。

国王は、狩猟に出発するところであった。数千万騎(大勢の表現)を引き連れている。
迦旃延は錫杖(シャクジョウ・僧が遊行時に携行する杖。杖の先端に数個の金輪がついていて、振ると音が出る。)を肩に担い、外衣(袈裟)と鉄鉢を腕にかけて、その前に立った。
大勢の人たちはその姿を見て、「これまで見たこともない格好をした者が、前に出て来たぞ。あれは何者だ」と、驚き怪しんで国王に申し上げた。
王は、「速やかに殺してしまえ」と命じた。
命令に従って、すぐさま首を切ろうとしたが、その時、迦旃延は、「しばらく待て。私は大王に申すべきことがある」と言って、国王の前に進み出た。
国王は、「お前はいったい何者だ。未だかって見たこともない格好だ。お前がここに来たのは、実に愚かなことだ」と言った。
迦旃延はそれに答えて、「大王は極めて麗しくあられる。私は極めてみすぼらしい。私は、大王の御狩の先払いをしようと思います」と言った。
国王はその言葉を面白がって、一行と共に王宮に引き返した。

「この者に、美味いものを準備して食べさせてやれ」と言って、食物を与えた。迦旃延は腹いっぱいになるまで食べた。
国王は、「うまかろう」と尋ねると、迦旃延は、「美味しゅうございます」と答えた。
今度はまずい食べ物を与えて、「これはどうか」と国王が尋ねると、「これもまた、美味しゅうございます」と答えた。
国王は、「美なる食べ物も、悪しき食べ物も、どれもうまいというのは、どういうことか」と尋ねると、迦旃延は、「法師の口は竈(カマド)のようなものです。美なる物も悪しき物も、腹に入ればどれもみな同じものなのです」と答えた。
国王はこれを聞いて、たいそう感服した。

迦旃延は、「私は九十日の間(夏安居の期間を指す。僧侶が一ヶ所で修業する期間。)ある女人の招待を受けています。これより行って法を説いて聞かせることになっています」と言って去っていった。
そして、女人のもとに行ってそこに居付いた。
女人は、頭の髪を抜いて、それを売って供養とした。
九十日が終わり、迦旃延は又国王の宮殿に参った。王は、「お前は、しばらく姿を見せなかった。どこへ行っていたのだ。又、食物はどうしていたのだ」と尋ねた。
迦旃延は、「私は九十日の間、ある女人のために法を説いて聞かせていました。女人は、頭の髪を抜いて、それを売って私に食べさせてくれました」と答えた。

すると国王は、「我はその女に会ってみたい」と言って、すぐに使いをやって召したが、女人は参らなかった。使いは、「彼の女人は、光を放って座っていました。その姿はたとえようもないほど美しいものでした」と報告した。
報告を聞いた国王は、急いで美しく花で飾った輿を造って、千乗万騎(センジョウバンキ・一千台の乗物と一万頭の騎馬。王侯の盛大な供揃えを形容する常套語。)を揃えて女人を迎えるために遣わされた。女人は、花の輿に乗って、光を放って王宮にやって来た。
大王がその女人を見ると、今いる五百人の后はまるで蛍のようであり、女人は日月のようであった。そこで、すぐに后として寵愛すること並ぶ者が無かった。昼夜朝暮にこの后を大切にした。

后は国王に言った。「わたしを愛してくださるならば、まず大王をはじめとして、国内の人民すべてがひたすら仏法を信奉してください」と。国王は后の教えに従って、初めて仏法を信奉した。さらに国内の人民は皆仏法を受け入れた。
これは、迦旃延の説法の力によるもので、女人がたちまち光を放つ身となり、后として寵愛されることとなった。それによって、この国に初めて仏法が広まったのである。
これはひとえに迦旃延の力なり、
と語り伝へたるとや。

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