雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

亡骸から生じた蓮花 ・ 今昔物語 ( 16 - 35 )

2023-08-15 08:02:33 | 今昔物語拾い読み ・ その4

      『 亡骸から生じた蓮花 ・ 今昔物語 ( 16 - 35 ) 』


今は昔、
筑前国に一人の男がいた。
格別に観音に仕えて、常に観音品(カンノンボン・観音経)を唱えていた。また、善心が深く、決して悪業をつくることがなかった。

ところで、その国に、香椎明神(カシイミョウジン・福岡市に実在。)と申される神様がおいでになる。その神社では、毎年祭が行われていた。
この男は、その祭の世話人に当てられた。男は殺生を好まないが、神事ということなのでやむを得ず、魚や鳥を調えるために、野山に出掛けては鳥を狙い、川や海に行って魚を捕ろうとしていたが、ある大きな池があり、水鳥がたくさんいた。
そこで、男は弓で以てその鳥を射た。そして、池に下りていき鳥を捕ろうとした時、男は池に落ちて、沈んで見えなくなってしまった。
そこで、多くの人が急いで池に下りて捜し回ったが、見つからない。父母や妻子はこれを聞いてやって来て、泣き悲しんだが、男の体は遂に見つからず、甲斐なく終った。集まってきていた人たちも、皆帰ってしまった。

その夜、父母の夢に、この男が極めて嬉しげに、父母に語った。「私は長年道心があり、悪業を行うことを嫌っておりましたが、神事を勤めるために、やむなく殺生を行おうとしましたが、三宝(仏法僧を指すが、ここでは仏といった意味。)がお助け下さいましたので、罪業を造ることなく、すでに極楽浄土に移り、幸せな身に生れております。父母さま、決してお嘆きにならないで下さい。ところで、私の亡骸(ナキガラ)のある所をお教えいたしましょう。その亡骸の上に蓮花が生じるでしょう。その蓮花を目印にして私の亡骸のある場所と思って下さい。私が生きておりました時、観音にお仕えして観音品を朝暮に誦しておりましたので、永久に生死の苦しみから離れて極楽浄土に生まれ変わることが出来たのです」と。
そこで、夢が覚めた。

明くる日、かの池に行って見ると、亡骸があった。その上に蓮花が一群れ生えていた。
父母はこれを見て、しみじみと深く悲しんだ。ただ、まさに夢の教えの通りなので、「きっと浄土に生まれ変わったのだ」と思った。
これを聞いた人は、やって来て見て、「不思議なことだ」と貴んだ。また、国内の道心ある聖人たちも、この事を聞いて、皆やって来て結縁(ケチエン・仏縁を結ぶこと。)のためにその池の辺で、絶え間なく法華の懺法(センポウ・六根の罪過を懺悔する修法。)を修し、弥陀の念仏を唱えて、彼の霊に回向した。

昔からその池には蓮花が生ずることはなかった。ところが、この亡骸に生えた蓮花を種にして、池の中には蓮花が満ち広がって生えて隙間もない。
「これは、珍しいことだ」と言って、国の人が上京した時に語ったのを伝え聞いて、
此(カ)く語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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